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六本の糸~研究ドーム編~
59.流動
しおりを挟む「フィーネは無事に宇宙に出たようです。さて・・・どうしますか?」
キースは安心したような表情をしていた。
「ハンプス少佐。我々も地球に降りましょう。『天』の軍本部はどうでしたか?」
カワカミ博士はユイから離れて、通信機の近くに寄った。
「・・・・慌てたようでしたけど、できるだけやってみると言ってました。」
まあ、ロッド中佐が言った方が効力も違ったと思いますが・・・・とぼそりと付け加えてキースは言った。
「ありがとうございます。私たちも準備をしましょう。6人が戻ってきてすぐに動けるように。シンタロウ様は大丈夫ですか?」
「それは・・・まだ処置中だと思います。・・・」
イジーは心配そうに部屋の外を見た。
ラッシュ博士が処置をするために近くの手術室に運んだのだ。
「見に行ってください。無理をする必要はありません。」
カワカミ博士はイジーに優しく言った。横でキースも頷いていた。
「・・・・ありがとうございます。」
イジーはソフィを放り出して、走って部屋を出た。
「若いなー」
キースはその後ろ姿を見て呟いた。
「こういう経験ですから、いわゆるつり橋効果ですね。」
「カワカミ博士。もう少しロマンチックに行こうぜ。」
笑いながら言うと、キースは通信機を改めて睨んだ。
「宇宙の人間をすべて地球に下ろすなんて・・・・不可能に近い。」
キースは呟いた。
「そうですね。でも、被害を最小限にするためにはそうするしかない。」
カワカミ博士は悔しそうな顔をしていた。
「なんの被害だ?」
「お父さん!!」
意識のなかったタナ・リードが意識を取り戻したようだ。
「あなた方が操ろうとしていた洗脳電波です。宇宙の人間に浴びせられたらひとたまりもない。みんな操り人形・・・・それこそ、ドールになります。」
「そして、みすみすムラサメ博士を見逃したわけか・・・・」
タナ・リードは挑発するように言った。
「・・・意識がプログラム内に逃げるよりはずっとましです。なにより、下手に近づけない。ならば、こっちが対抗策を練って挑むしかないです。」
カワカミ博士はそう言うと冷たい目でタナ・リードを見た。
「・・・カワカミ博士。ロッド家の執事か・・・。ロッド家で会った時に気付いていたらまた違ったのかもしれないな。」
タナ・リードは自嘲的に笑った。
「私も、あの時にあなたの本性に気付ければ違ったのかもしれない。」
「・・・気まずい喧嘩はいいから、どうして地球に降りるんです?俺らが宇宙にいた方が・・・」
キースの問いにカワカミ博士は首を振った。
「・・・・対抗策です。最後のコウヤ様の・・・・ゼウスプログラムは地球にあります。」
「え?」
その答えにキースは驚いた。
「・・・・母体プログラム・・・・一つだけは隔離していました。安全策としてです。」
カワカミ博士はそう言うとタナ・リードを見た。
「持っているのは・・・・レイモンド・ウィンクラー大将。あなたの元友人で、レイ・ディ・ロッドの親友であり、クロス様とレスリー様の協力者です。」
「・・・・レイモンドさんが・・・・そんな大事なもの。」
キースは信じられないような口調で言った。
「いえ、あの人だからです。現軍トップの兄弟だからこそあの人は辛い位置にいました。」
カワカミ博士は消え入るような声で言った。
「・・・・レイモンドらしい。」
タナ・リードは懐かしむように言った。
「・・・・その友人を裏切ったあなたが言うのですか・・・・」
カワカミ博士はそう言い捨てると通信機器の方を見た。
「ハンプス少佐。念のために『天』の方にもう一回伝えてください。地球に下ろすように。」
「わかりました。けど、俺の言葉じゃあ、限度があります。」
キースは自信なさげに言った。
「ならば、私が言おう。」
急に響いた声に驚きキースとカワカミ博士は声の元を見た。
「自分も言いますよ。」
対抗するように別の声が響いた。
「・・・・・戻ってこられたのですね・・・」
声の主を確認し、カワカミ博士は安心したような表情をした。
「悔しいけど、この二人が言った方がいいな。」
遅れて部屋に入る、強化ガラスの部屋から出てきたコウヤは頼もしそうに二人を見た。
「漂う宇宙船には私が伝えよう。」
コウヤに続きディアが出てきた。
「ゼウス軍には私が伝えよう。あなたにも協力してもらうぞ。准将。」
更にレイラが出てきた。
「私は何もできないけど、応援するよ。」
横たわっていたユイが起き上がり笑顔で言った。
「・・・・皆さん。」
カワカミ博士は嬉しさに顔をほころばせたが、直ぐに真面目な表情になった。
「・・・・はい。頼みます。」
カワカミ博士のその言葉を合図にしたように全員が動き始めた。
「ニシハラ大尉。『天』に繋げた後には地球の全部に繋げてくれ。」
クロスは慣れた口調で指示を出した。
「中佐。このドーム周辺にもいくつか地連の軍艦が出てますね。それにもつなげた方がいいのでは?」
ハクトは淡々と言った。
「そうだな。察知したか。・・・・私が警戒するように言ったから、私の口から変更を言わないとな。」
「そうですね。だいぶ警戒しています。」
「流石だな。ニシハラ大尉。いや、ハクト。」
「通信繋がりましたよ。ロッド中佐。いや、クロス。」
並んでいるハクトとクロス、二人は頼もしかった。
「ハンプス少佐。他に使える通信機器はありますか?」
ディアはあたりを見渡した。
「わからねーが、これとかは使えるか?設定はいじってないからすぐには・・・」
キースが調整していない通信機器を指差したらディアはそれに駆け寄った。
「調整は大丈夫だ。さっきプログラム内に入ったことにより、自力で操作する術を得た。」
そう言い、ディアは機械を立ち上げた。
「ディア、次貸して。私もゼウス軍に連絡しないと。」
レイラがディアに駆け寄り言った。
「わかった。」
この並ぶ二人もまた、頼もしかった。
「キースさん。これからどうする?」
コウヤは頼もしい4人の親友を見て眩しそうな顔をしていた。
「地球に降ります。でも、まずはシンタロウ様の治療が終わらないといけません。」
「シンタロウ・・・?大丈夫なんですか?」
コウヤは思い出したように慌てた。
「今、近くの部屋でキャメロンが処置をしています。」
「キャメロンが・・・・」
「キャメロンは優秀な医者です。銃弾を取り除くことなど朝飯前です。」
「・・・・見に行く!!」
コウヤは叫ぶように言うと部屋を飛び出した。
「待って!!私も!!」
ユイも続いて飛び出した。
「ゲホッ・・・・・」
「だいぶ無理やりだけど、銃弾は取ったわ。まあ、あとは時間をかけて治すことね。強化された人間っていう意味がよく分かったわ。別の時にあなたを治療していたら、解剖していたかもしれないわ。」
カラン
ラッシュ博士はピンセットに挟めた銃弾を落とした。
「あの時・・・・マーズ博士に治療してもらって正解ってことか・・・?」
「レイラちゃんに感謝ね。あと、マーズ博士にも感謝よね。」
「そうだな・・・」
シンタロウはラッシュ博士を見ながら起き上がった。
「・・・ってわけで終わったわよ。」
ラッシュ博士は背後で目を光らせているイジーに声をかけた。
イジーは警戒するようにラッシュ博士を見たが、起き上がって気安い笑みを浮かべて手を振っているシンタロウを見つけて走り寄った。
「過激な運動は控えてね。」
ラッシュ博士はそう言うと冷やかすようにイジーとシンタロウを見た。
「ありがとうございます。」
シンタロウは小さな声でお礼を言った。
「・・・・別に、貴方を助けたくてやったわけじゃないわ。」
ラッシュ博士はそう言うと部屋の外に歩き始めた。
「待ちなさい!!」
イジーが慌てて叫ぶとラッシュ博士は笑顔で振り向いた。
「別に逃げやしないわ。それに、彼の近くであなたが看てあげなさい。」
「・・・・ありが・・・とうございます。」
イジーがラッシュ博士の背中にお礼を言った。
「・・・・」
ラッシュ博士は黙った。
バタン
「シンタロウ!!」
部屋にコウヤが走りこんできた。
「コウヤさん。」
イジーはコウヤを見て目を輝かせた。
「お前がいるってことは・・・」
シンタロウもイジー同様に目を輝かせていた。
「ハクトを取り戻した。」
コウヤはそう言うとシンタロウにガッツポーズをした。
シンタロウは笑顔になった。
「よかった。俺も頑張った甲斐があった。」
そう言うと左胸を抑えた。ちょうど先ほど銃弾を取った肺がある場所だ。
「まだ私たちの仕事は終わっていないわ。」
イジーはシンタロウの肩に手をかけて優しく言った。
「そうだな。」
イジーに応えるシンタロウを見て、コウヤは思わず目を逸らした。
「・・・・あなたもキャッキャしたら?」
ラッシュ博士と目が合った。
「キャメロン・・・・」
コウヤは何とも言えない気分になった。だが、ラッシュ博士がシンタロウの治療をしたことが不思議と嬉しかった。
「私に対して親しみを持っちゃダメよ。冷静になりなさい。」
ラッシュ博士はそう言うと横に視線を動かした。
「・・・・・」
ユイがラッシュ博士を睨んでいた。
「そう。こんな風に憎悪を見せてくれないとね。」
「ユイ・・・・ごめん。ユイの気持ちも考えないと・・・・」
コウヤはユイが彼女の元でずっとモルモットのように扱われてきたことを思い出した。
「・・・・・いいよ。別に。コウの人を憎み切れない所、私は好きだもん。」
ユイの言葉にコウヤは複雑な気分になった。
憎みきれない・・・・
憎んで憎んで・・・・
作られた記憶で憎んで・・・・挙句暴走した。
「ユイが思っているほど、俺は高尚な人間じゃないよ。」
「私、コウのこと、高尚なんて思ったことないよ。」
ユイは笑った。
「・・・・とにかく、戻ったなら。俺たちも行くか。」
シンタロウはそう言うと立ち上がろうとした。
「・・・・!?お前・・・まさか麻酔なしでやったのか?」
コウヤはシンタロウの状況を見て目を丸くした。
「そんなわけあるか。局部麻酔だ。まあ、クッソ痛かったけどな。」
シンタロウはそう言うと笑ったが、立ち上がれず崩れ落ちた。
「まだ切れてないから不安定なんですよ。」
イジーは仕方なさそうな表情をしてシンタロウの腕を肩にかけて立ち上がった。
「・・・・・すまん」
「無茶はしない。いくらコウヤさんの前でカッコつけたいからって・・・・」
イジーはシンタロウを説教するように言った。
「お前・・・俺の前でカッコつけたかったのか?」
「違う!!!イジーも変なこと言うな!!」
シンタロウは顔を真っ赤にして反論した。
「・・・・イジー・・・・・あ!!」
ユイは何かを思い出したようにイジーを指差した。
「?」
「ユッタちゃんの親友だった子だ!!」
ユイは叫んだ。
「ああ、ユイさんにはまだ正式に言ってませんでしたもんね。」
イジーはユイの顔を見て笑った。
「ねえ、戻るんじゃないの?」
一向に会話が落ち着かないことを心配したのか、ラッシュ博士は部屋の外を見ながら言った。
「あらかた連絡し終わったな。」
クロスはそう言うとハクトを見た。
ハクトはクロスを睨んでいた。
「なんだ?そこまで私が正体を偽っていたことに怒っているのか?」
クロスはため息をついた。
「・・・いや、仕方ないことだとも思っている。これで俺とあんたが中々接点を持てなかったことに対して疑問が解消された。」
「ほう。」
「最初は上から避けられていると思っていた。だが、あんた・・・・お前も避けていたんだな。」
ハクトはそう言うと歯ぎしりをした。
「そうだ。お前は勘がいいからな。ましてや、お前は両親が人質に取られて監視されている身だ。そんなリスクを冒せるはずない。」
クロスは当然のことのように言った。
「・・・殺しすぎだ。」
ハクトはそう言うと辛そうに俯いた。
「私の役目だ。あの本部を守るためには必要だ。」
クロスは淡々と答えた。
「・・・・・だが、レイラの父親まで・・・・」
ハクトはヘッセ総統のことを言っているようだった。
「あの男を殺すことが目的だった。本部の守りに徹していたのも全てそのためだった。」
クロスは変わらず淡々と答えた。
「それに・・・・あの男はレイラの父親ではない。兵器としてレイラを利用するために付いた嘘だ。」
クロスはそう言うとハクトとの会話を無理やり切り上げた。
「仲悪いわけじゃないんだけどな・・・・」
ディアはハクトとクロスの状況を見て呟いた。
「仕方ないわ。私だってクロスに関しては言いたいこと沢山あるし、不満も多い。」
レイラはそう言うと口を尖らせた。
「・・・・そうだな。クロスに関してはみんなそうだと思う。まして、私もだが、ロッド中佐と接していた人間は・・・・。」
ディアはそう言うとレイラを見た。
「なに?」
「レイラに対しても不満はある。言いたいことも沢山あるさ。」
ディアはそう言うと非難するような目でレイラを見た。
「・・・お互い様よね。」
「親友同士の再会と共闘だという場面なのに、空気は重いな。」
キースはため息をついた。
「仕方ないですよ。お互いバラバラの環境で生きて、バラバラの目的で生きて来たんですから。」
カワカミ博士はそう言うと部屋の外を見た。
「これからどうする?このドームを出るにしても何で出る?」
ハクトは周りを見渡した。
「待て、コウ達が戻るのを待たないと・・・・」
ディアは部屋の外を見た。
「コウはどこに行ったんだ?」
ハクトはさっきまでいた親友を探した。
「お友達が治療していたから心配なんでしょう。」
レイラは頷きながら言った。
「さて、どうするんだ?カワカミ博士。この先の戦略はあなたが決めるのがいい。いや、貴方の知恵が必要だ。」
クロスはそう言うとカワカミ博士を見た。
「え?カワカミ博士!?」
ハクトはそう言うとカワカミ博士を見た。
「ああ、貴方は知らなかったですもんね。」
カワカミ博士はそう言うとハクトにお辞儀をした。
「・・・・ロッド家の執事が、カワカミ博士だったのか・・・・」
ハクトは気が抜けたような表情をした。
「情けない顔だ。」
クロスはハクトの顔を見て笑った。
「うるさい。お前、そのサングラス取ったらどうだ?顔を隠す必要ないだろう。」
ハクトはクロスを睨みながら言った。
「私は、優男だからこれが無いと迫力に欠けるのだよ。」
「大丈夫ですよ。中佐。内面が綺麗じゃないので総合的に迫力はあります。」
ハクトはわざとらしく敬語で言った。
「言うな。」
クロスは笑った。
「あーもう!!二人ともやめてよ。」
レイラは笑いながらにらみ合う二人の間に入った。
「ただいま。って・・・・どうしたの!?」
コウヤはクロスとハクトの間に入って顔を顰めているレイラを見て驚いた。
「コウ。クロスとハクトが険悪だ。気持ちはわかるが、大人げない。」
ディアは淡々と言った。
「ディアは止めないの?」
ユイは止める素振りをしないディアを不審そうに見た。
「楽しいから見てる。」
ディアはそう言うと笑顔でハクトとクロスを見た。
「あー・・・・急いで考えないといけないのに・・・・」
コウヤは呆れながらカワカミ博士の元に駆け寄った。
「どうしますか?」
「やっぱりあなたが必要なんですね。」
カワカミ博士は笑顔でコウヤを見た。
「え?」
「いえ、それでは、これから地球に降ります。この施設を出るに関しての案もありますので・・・」
カワカミ博士はそう言うとハクトを見た。
「ニシハラ大尉。あなたの察知能力で、この施設内で今出港しようとしている船を探せますか?」
「船・・・・このドームをですね。できると思いますよ。」
「その気配覚えてください。ニシハラ大尉だけでなく、皆さんも察知できれば覚えてください。その気配を避けて地球に降ります。今、ムラサメ博士と対峙することはほぼできません。」
「このドームを出て行くのはどうする?」
クロスはカワカミ博士を見た。
「それに関してはハンプス少佐が何か案があるようで・・・・」
カワカミ博士はハンプス少佐を見た。
「ああ。ハクトも使ったと思うが、『天』から電車があるのは知っているよな。」
「なるほど。だが、俺は記憶が曖昧だ。場所に関してはそこの二人に案内を頼むのか?」
ハクトはタナ・リードとソフィを顎で差した。
「いや、電車で入ってきたのはそいつらだけじゃない。それに、私とコウも場所は分かっている。」
ディアはそう言うとコウヤを見た。
「ああ。」
コウヤは頷いた。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
部屋にイジーとシンタロウとラッシュ博士が入ってきた。
「おお。処置は済んだのか?」
キースはシンタロウの様子を心配そうに見た。
「銃弾は取り除いたわ。この子頑丈だから、後は、まあ、頑張ってってところよ。」
ラッシュ博士はそう言うと両手を上げた。
「局部麻酔だけど、まだ抜けてないから歩くのはふらつくわ。」
イジーはシンタロウを支えながら言った。
「すまん。心配かけて・・・・」
シンタロウは申し訳なさそうに言った。
「気にするな。シンタロウ。お前がいないと私たちはここにいなかった。」
レイラは励ますように言うと微笑んだ。
「さて、彼の処置が終わったから進むか。」
クロスはそう言うと歩こうとし始めた。
「・・・・シンタロウ君?」
ハクトが目を丸くしていた。
「あ」
コウヤは何か思い出したように呟いた。
「ども、ハクト。久しぶり。」
シンタロウはハクトに笑顔で言った。
「え・・・生きて・・・・」
呆然とするハクトに
「何があったのかは話すとかなりかかるから、落ち着いてから話すぜ。」
シンタロウはそう言うと頷いた。
ハクトは置いて行かれたような顔をして、首を傾げてレイラやディア、クロスを見た。
三人とも首を傾げて曖昧に笑うだけで何も答えなかった。
「よし、進むか。」
キースはそう言うと歩き出した。
「待って!!」
ラッシュ博士はそう言うと、コードに繋がれた箱を取り、抱え込んだ。
「・・・それは?」
カワカミ博士は不思議そうに見ていた。
「・・・これだけは・・・・持っていきたい。」
ラッシュ博士は答えなかったが、必死に言った。
「・・・・今は進むことが大事だから・・・・」
コウヤはカワカミ博士をたしなめるように言った。
両足を怪我したソフィをストレッチャーに乗せタナ・リードが押す。そのタナ・リードをハクトが見張り、ラッシュ博士をユイが見張り、足に怪我をしたレイラにディアが肩を貸し、まだ動くのに無理のあるシンタロウをイジーが支え、先頭はキース、その後ろにカワカミ博士、一番後ろはクロスとコウヤが並んで進み始めた。
「あの・・・・・マリーさん。」
ミヤコは凛とした気品を感じる貴婦人に声をかけた。
「なんです?」
マリーは優しく微笑みながら応えた。
「マリーさんの息子って・・・・あの有名なロッド中佐ですか?」
「違いますよ。」
マリーは即答した。
「え?でも、名前も同じですし・・・・」
ミヤコはマリーの即答に驚いた。
「レスリー・ディ・ロッドは私の息子です。ですが、有名な軍人のロッド中佐は私の子供ではないです。」
ミヤコはきっぱりと断言した。
「え・・・・・じゃあ、息子さんは今どこで・・・・」
「あの子は・・・・私が頼りないばかりに、勝手に一人で進んでしまったの。子供なんてそんなものよ。いつまでも可愛いままなのに、いつまでも可愛がらせてくれない。」
「・・・そうですね。私も・・・勝手に一人で進んでしまうのはわかります。」
「ええ、けれど、帰ってきてくれればいいの。『お母さん』って、そう言って帰って来てくれれば・・・・・」
マリーはそう言うと初めて縋るような目を見せた。
「・・・そうですね。私も・・・・」
ミヤコはコウヤとのやり取りを思い出した。
「そうだ。ニシハラ大尉のご両親もお呼びしましょう。」
マリーは思いついたように言った。
「え?・・・・・そうですね。」
ミヤコは目を丸くしたが、友人を呼ぶことのように目を輝かせるマリーを見て笑顔になった。
二人の母親が会話している中、部屋に一人のレイモンドが入ってきた。
「連絡が入りました。カワカミ博士から。どうやら地球に降りてくるようで。」
レイモンドはそう言ってから、部屋の状況を見て苦笑いをした。
「これはこれは・・・・申し訳ない。取り込み中でしたか。」
申し訳なさそうに頭を下げた。
「・・・・宇宙を漂うといわれても、その間何もすることがないのか・・・・」
テイリーは落ち着かない様子だった。
「総裁は待つのが得意だとお聞きしているが?」
レスリーは逆に落ち着ききっていた。
「今回は状況が違う!!」
テイリーは大声で反論した。
「そうですね・・・・一つの国が滅ぼされて、大きな混乱が起きている。あの映像がここと同じように放送されたなら間違いないでしょう。」
淡々と機械整備士が言った。
「そうだ。何もやることがないなら、そこの衛生兵と機械整備士の名前を教えてくれ。これから長い旅を共にするんだ。」
モーガンはできるだけ場を明るくしようと笑顔で言った。
「そ・・・・そうね。」
リリーもモーガンの様子を察したのか笑顔で言った。
マックスは忠誠など特になかったとはいえ、母国が滅ぼされるのを目の当たりにした。
明るく勤めれるはずもなく、時間がたつにつれて表情が死んで行っている。
「自分は衛生兵として総裁とこの戦艦に乗りこみました。『リオ・デイモン』といいます。衛生兵ですけど、血は苦手です。」
衛生兵はそう言うとお辞儀をした。
「自分はリオと同様にこの戦艦に乗りこんだ機械整備士の『カカ・ルッソ』といいます。機械整備士なのですが、握力が20以下で、ナイフとフォークよりも重いものは持ったことが無いです。」
機械整備士はそう言うとお辞儀をした。
「総裁。誰の人選だか知らないが、役に立つのかわからない連中じゃないか。」
レスリーは横目でテイリーを見た。
「確かに・・・レスリーさんの処置する時、リオさんは目をつぶっていましたよ。」
モーガンはてへっと笑うリオを指差して言った。
「人選は前総裁です。ちなみに二人とも25歳です。」
テイリーは強調した。
「はい?」
モーガンとリリーは何を言いたいのかわからないようだ。
「要は、年上だということか・・・・別に関係ないだろ。ここまで来たら。」
レスリーはニヤリと笑いテイリーを肘でつついた。
「主要人物が若すぎます・・・・私だって若手だと云うのに・・・・」
「ちなみにお前は何歳だ?」
「・・・・31歳です。」
テイリーは気まずそうに答えた。
「テイリーさん、犯罪ですよ。」
リリーはきっぱりと言った。何とは言わなかったが、それだけでもテイリーには伝わった。
「マックス。お前はいくつだ?」
レスリーは呆然とするマックスに声をかけた。
「え・・・と」
「若そうだけど、研究員であの施設にいて、ラッシュ博士の直属だろ?結構な年齢いっていてもおかしくないな。」
「まあ、26です。」
マックスは答えた。
「・・・・・俺より上だ。俺は21だからな。」
レスリーはそう言うとマックスに笑いかけた。
「・・・・心配かけてすみません。」
「辛いなら何か口に出せ。表せ。・・・・共有できなくても吐き出せるなら吐き出せ。」
レスリーはそう言うとマックスの背中を叩いた。
「吐き出すも何も・・・俺は・・・」
「怖がって人の足にしがみついていた奴が、今更恥ずかしいとか考えんなよ。」
レスリーはマックスの目を見て言った。
「平気なフリも、やめろ。お前は自分で思うほど強くない。長旅になるんだ。見るからに持久力がなさそうなやつが無理するな。」
マックスはレスリーの言葉に俯いた。
その様子をテイリー達は見守っていた。
「・・・・う・・・・うう、レスリーさああん」
マックスは声を上げて泣き始めた。
「そのレイモンド大将は今どこにいるのですか?・・・・地球とはいえ、ドームは大量にあります。」
ディアはカワカミ博士に訊いた。
「それでしたら、コウヤ様がわかっているはずです。」
「え?」
コウヤは急に名前を出されて困惑した。
「ミヤコ様を迎えに来られた時にお会いしましたよね。レイモンド様・・・・以前にもお会いなさっているとか・・・」
「ああ、でも、そのドームに降りるかはわかっていないですよ。」
コウヤは母と別れた時のことを思い出して思わず笑顔になった。
「地球であなたが彼と会ったドーム。おそらくそこにいます。ミヤコ様と奥様もご一緒ですよ。」
「ミヤコとは誰だ?」
コウヤの隣を歩いていたクロスが聞きなれない名前に反応した。
「コウ・・・・まさか・・・」
レイラが横目でコウヤを睨んだ。
「レイラも会っているぞ。『天』に着いた時、俺に話しかけてきた人だ。」
シンタロウがレイラをたしなめるように言った。
「あ・・・・あの人ね。あんたの親友の母親か。・・・親友ってコウだったんだもんね。」
レイラは納得したように頷いた。
「・・・・俺はいまいち掴めていない。何でシンタロウ君とレイラが仲良さげなのか、ルーカス中尉とも仲良さげで、シンタロウ君が生きていたことだって、嬉しいが、どうしてだか・・・・」
ハクトは一人だけ話についていけてないのが悔しいのか、少しすねた顔をしていた。
「話せば長い。俺は大変だった。」
シンタロウはそう言うとため息をついた。
「そう。長いんですよ。」
イジーはシンタロウに同調して頷いた。
「そういえば、ルーカス中尉が無事なのはよかった。」
ハクトはイジーを見て安心していた。
「おかげさまで、危ない目に遭いましたが」
イジーは車に轢かれそうになったことを思い出していた。
「ハンプス少佐の機転でリリーとモーガンは無事だ。お前の仲間は欠けていない。」
ディアはハクトを安心させるように言った。
「そうか・・・よかった。」
「電車に乗り込みましたら『天』に寄ってドールをいくつか持ち出しましょう。ディア様のドールも置いたままですよね。」
「そうだ。私が乗っていたドールはこの施設内に置いたが、あれは誰が乗る?」
クロスは思い出したように言った。
「何かいじったか?」
ディアは心配そうにクロスに訊いた。
「私が乗りやすいようにした。お前等だって見ていただろ。あれだけの戦闘をするのに自分に合わない設定のまま乗るのは自殺行為だ。」
クロスは淡々と言った。
「お前が乗れ。そして『天』までそれで行け。」
ハクトは吐き捨てるように言った。
「そうだな。電車の護衛と・・・・私が直接まだ浮いている戦艦に言った方がいいかもしれないからな。」
クロスはそう言うと笑った。
「まだ戦艦退いてないのか?」
キースは心配そうに訊いた。
「そうですね。・・・まだ数台います。たぶん熱狂的なお前のファンだぞ。中佐殿」
ハクトは嫌味らしく言った。
「ハクトは昔からクロスとは何かと諍いを起こしていたからね・・・・」
レイラは呆れていた。
「なあ、クロス。お前はマリーさんとは面識ないのか?」
コウヤは以前地球で会った貴婦人を思い出した。
「面識はある。レスリーと二人で何度か会っている。息子想いの良い母親だ。」
クロスは素直にマリーのことを褒めた。
しばらく歩く中、周りに沢山の実験体となった者たちの死体があった。
皆で夢中で走り抜けたカプセル部屋と、ドールの実験部屋。
そこにはおびただしいほどの死体があった。銃殺も目を背けたくなるが、撲殺は見ることができなかった。
確かに合流部屋以降にも実験体の死体はあった。
それに比べられないレベルだった。
通ったことのあるコウヤ達は苦い顔をしただけだが、ハクトはあからさまに顔を顰めた。
「・・・・・殺しすぎだ。」
ハクトはそう言うと、クロスを見た。
「・・・・・だが、そのおかげでムラサメ博士が乗っ取れる体が制限できる。」
クロスは否定することもなく淡々と言った。
「・・・・それとこれは違う。」
ハクトはクロスの方を睨んだ。
「ハクト・・・・・誤解だ。」
シンタロウはハクトに強く言った。
「誤解も・・・・これはいくらなんでも・・・・」
「俺だ。ここのほとんど・・・・いや、全ての実験体は俺が殺した。」
シンタロウは庇う口調でもなく断言した。
「え・・・・?」
「だから、親友同士で喧嘩するなよ。」
シンタロウはそう言うと視線を逸らした。
その様子をコウヤ達は黙って聞いていた。
カプセル部屋を抜ける前にカワカミ博士が立ち止まった。
「・・・待ってください。」
「どうしました?」
「頭の機械を解除した方がいます。彼を連れて行きましょう。」
カワカミ博士はそう言うと、隠し部屋に向かった。
「研究用ドームから戦艦が出てきます。」
リリーが外の様子を見て言った。
「・・・あれに乗ったか・・・・」
レスリーは出てきた戦艦を見て呟いた。
「あれは、レスリーさん方が乗ってきた戦艦ですよね。あれにみんな乗っているんですか?」
リリーはそう言うと目を輝かせた。
「いや、あれには乗っていない。あれに乗っているのは・・・ムラサメ博士だ。」
レスリーはそう断言すると舌打ちをした。
「カワカミ博士はなぜ、取り逃がす真似を・・・」
「どうします?追いますか?」
レスリーの様子を見てテイリーが恐る恐る訊いた。
「いや、カワカミ博士と一緒にいたハンプス少佐が下手に動くなと言っている。何かあるんだ。」
レスリーはそう言うと宇宙を飛ぶ戦艦を見た。
「戦友はやはり信頼していますか?」
テイリーはその様子を見て訊いた。
「・・・信頼できる人間だ。それだけだ。」
レスリーは簡単に答えた。
「・・・・マックス。お前はラッシュ博士の研究を間近で見ていたんだろ?何か・・・聞いたことはなかったか?」
モーガンはマックスに訊いた。
「・・・いや。ただ、リード氏が全宇宙を敵に回しても余裕みたいなことを言っていた気がした。だから、もしかしたら・・・・人の頭をいじるようなことじゃないか?例えるなら・・・・・モルモットの頭に機械を埋め込んでいるんだ。それは、洗脳作用みたいなことがある。それと同等なものが絡んでいるんじゃないか?だいたい、ドールプログラムだって、洗脳プログラムが裏の面だ。俺はリード氏が操ることは出来ないだろうと想像していたから軽く見ていた。」
マックスは話すごとに饒舌になっていった。
「・・・・洗脳作用・・・埋め込んだ機械はそれだけでなく指示を受ける役割もあった。電波を受信する機能があるはずだ。そうだ。人間の脳波も微かだが電波だろう。それを受信する役割に長けているのがニシハラ大尉をはじめとした特別な人間だ。ドール適性が高いというのは電波への感受性が高いんだ。ただ、鍵、いわゆる適合者はどういう経緯で決まったのかは置いといて・・・・ムラサメ博士と言っていたな・・・・・」
マックスは少し複雑そうな顔をした。
「すごい・・・・よく知っているな。」
モーガンは感心していた。
「こいつ、あの施設屈指の研究者だぞ。」
レスリーは呆れた様子でモーガンを見ていた。
「俺なりにまとめたことを考えると・・・・ドールプログラムに於いて大事なのは権限なんだろう。そもそもドールプログラム独自のネットワークにアクセスできるのに権限が必要なんだ。それに制限がかかっていたから適合者を鍵と呼んでいた。そして、鍵も権限の強さに差があって、操作に作用する。レスリーさんもわかっているだろ?あなたが言っていた母体プログラムのこと・・・・それを聞いて権限の順番の重大さがよくわかった。・・・・プログラム内での会話が可能これはネットワークに行ける存在だけに赦されたものだ。そして、それを用いて意識を通わせることが可能と考える。コウヤ達はそれを狙っていた。その意識を通わせることができるのは・・・鍵だ。権限を持つ者。ラッシュ博士はその権限が欲しかったんだ。意識を通わせる・・・・意識を・・・・・プログラム内に・・・」
マックスはそう言うとしばらく黙った。
「・・・・マックス。ムラサメ博士は・・・・意識だけ生き返ったと考えていいな。」
レスリーは黙ったマックスを見た。
「・・・・はい。ムラサメ博士はプログラムの開発者。・・・ドールプログラムをよく理解している。そして、一番の権限と仮定してもいい。それが蘇ったとしたら・・・・」
レスリーとマックスは二人で青い顔をしていた。
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