あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~「天」2編~

62.同士

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『天』は大混乱をしていた。

 港は混み合い、軍の戦艦といえど、簡単に出入りできるほどではなかった。



『・・・・港の出入り口に船が溜まっている・・・・』

 舌打ちと共にクロスが呟いた。

『・・・・ただ降りろだけだと難しいか・・・・』

 ハクトもため息まじりに言った。



「もしかして・・・・軍が機能していないの?」

 コウヤは恐る恐る訊いた。



『それに近いな。悪者をつるし上げるのに夢中で市民の安全をないがしろにしている・・・・先が思いやられるな。』

 クロスは自嘲的に笑った。

『・・・・指導者が必要だな。』

 ハクトは何か意味を含ませて言った。



『・・・・とりあえず、入るぞ。』

 クロスはハクトの言葉を無視して港に入った。



「・・・・ハクトは、クロスに地連の軍をまとめて欲しいと思っているんだな。」

 コウヤはハクトの意図をなんとなく掴んだ。

『欲しいとか願望でない。あいつが生きる理由が無いといけない。それに軍はあいつを求めている。』

 ハクトはそう強調して言った。



「俺・・・クロス自身も難しいと思ってるんじゃないか?。父親のこともあるし・・・・」

 コウヤはクロスの実の父親がヘッセ総統だったことを思い出して、何とも言えない気分になった。

『・・・・父親?』

 ハクトは知らない様子だった。

 確かにハクトはそれを明かした現場にいなかった。



「と・・・とにかく俺らも入ろう。」

 コウヤはクロスの許可なしに言うのを躊躇い、会話を中断させた。







 ガタン プシュー



 電車はどうやら『天』に着いたようだ。だが、暗いうえに場所がわからない。

「ここはどこだ?」

 ディアは窓の外を見た。

「もうドーム内ですかね。扉を開けて大丈夫ですか?」

 カワカミ博士はリード氏に訊いた。

「私が嘘を言ったらどうする?カワカミ博士。」

 リード氏は意地の悪い言い方をした。



「大丈夫ですよ。ここはドームの中です。確か、港近くの軍の備品置き場の地下です。」

 シンタロウの発言にリード氏は頷いた。

「よく知っているな。ロウ君」

「俺はシンタロウですよ。ロウは偽名です。」

「知っている。知っていてそう呼んだ。」

 リード氏は愉快そうに笑った。



「私とシンタロウは電車に乗り込んで来ているから分かるんです。」

 イジーはリード氏を睨みながら言った。

「おお怖い。君はロッド中佐の補佐だったな。まさかこんなところまで来るとは思わなかっただろうに。」

「私は『希望』出身で、クロスさんの妹のユッタ・バトリーの友人でした。無関係のままでいられるわけないです。」

 イジーはそう言うと改めてリード氏を睨んだ。

「お父さん。」

 ソフィはリード氏を宥めるように言った。

「悪い悪い。・・・・若い子達を見ていると羨ましくなってしまってな・・・」

 リード氏はそう言うと笑った。

「・・・・まして、友情や絆などで動く者たちはな・・・・昔を思い出す。」

 リード氏はそう言うと改めてシンタロウを見た。



「君はこの中で特に異質だ。ただ、友人というだけだろ?なにも動く理由がない。」

「・・・・・勘違いしていないか?」

 シンタロウはそう言うとリード氏に向かって笑った。

 そして、睨んだ。

「俺の両親はゼウス共和国に殺されてんだ。復讐はしないが、影で動かしていたあんたに俺が動く理由を諭されるのはいい気分しないんだよ。」



 その顔を見てリード氏は笑った。

「もし、私が部下を選ぶなら、特別の子達ではなく、君を選ぶだろうな。」

「・・・それは光栄です。」

 シンタロウは吐き捨てるように言うと電車の外に出た。



「・・・・復讐はしなくても、殺されたとい事実と恨みは消えない。」

 キースはリード氏に呟いた。

「・・・・あと、君も部下に選ぶだろうね。ハンプス少佐。」

 リード氏はキースに笑いかけた。

「そりゃ・・・・どうも。」



「・・・・友情か・・・・旦那様とレイモンド様を裏切った身で・・・・」

 カワカミ博士はリード氏を睨んだ。

「・・・・そんなものよりも、利害の一致したロバートの元に行っただけだ。」

 リード氏は言い訳するわけでもなく、淡々と言った。

「友情での末路は・・・レイモンドを見ればわかる。」

 リード氏は歪んだ笑みを浮かべていた。



「だが、あなたもこのザマか。情けないな。」

「・・・・どうとでも言え。私は、最早敗者だ。」



「老人二人。いつまでごちゃごちゃ話してんのよ。降りなさいよ。」

 ユイはカワカミ博士とリード氏に厳しく言った。



「はは・・・・老人・・・ですね。」

「いいところ初老だ。」

「ただの老いぼれは、若い世代を犠牲にしていいわけがない。」

 カワカミ博士の言葉にリード氏は黙った。







 

「ロッド中佐!!」

「ニシハラ大尉!!」

 歓声が港を満たす。



 その歓声に市民も振り向く。

 視線の元へ更に視線が集まる。



「・・・・ハクト、クロス・・・これ」

 コウヤは自分に向いているわけではないが、気まずいと思った。

「・・・・お前が目立ちすぎたからだ。」

 ハクトは苛立ちを隠さずにクロスを見た。

「派手な方がいい。緊急事態でもあるからな。」

 口元に笑みを浮かべて余裕そうに言うクロスは絵になる。

 ふとそんなことを考えてしまったことに寂しさを感じた。



「さて、先導をしてくれるのだろう?コウ。」

 クロスはそう言うとコウヤの後ろについた。



「は?」

「君が発案した集まりに僕は行くんだよ。」

 クロスの口調でロッド中佐は笑った。

「くく・・・」

 ハクトは珍しく意地悪そうに笑った。そして、クロスと同様にコウヤの後ろに付いた。



「は?お前まで・・・」



「俺らのリーダーだろ?」

 こんなハクトの顔は見たことない。そのぐらい性格の悪そうな顔をしていた。



 この二人はコウヤを攻撃するときは結託する気がする。

 仕方なくコウヤは二人を後ろに連れ港を歩いた。



 面白いくらい道がひらく。人が避ける。

 市民たちは

「あれがさっきのロッド中佐。サングラスの人ね。素敵。」

「若いのね。」

「あの軍人さんも素敵」

 みな口々にクロスとハクトを褒めるような言葉が聞こえる。



「あの先頭のやつ誰?」

「わからない。見たことないけど・・・・」

「なんか弱そう。」

「でもロッド中佐とニシハラ大尉と仲良さげだ。」

「くそ・・・うらやましい。」



 耳の痛くなる言葉も聞こえる。



「我らのリーダーが知られていないとは」

「こいつ二等兵だぞ。下っ端だ。」

 大げさに嘆くクロスに対してハクトはサラッと返した。



 《・・・・こいつら・・・まじ性格悪い。》

 コウヤは後ろに並ぶ親友二人に対して強く思った。

 だが、後ろの存在に頼もしさも強く感じていた。









「・・・・割り切っていたはずだけど・・・そうはいかないものだ。」

 マックスが呟いた。

 戦艦内は地球に降下しているためガタガタと揺れている。



「どうした?」

 レスリーはマックスの言葉に反応した。

「・・・・レスリーさんも話したところにいたから、知っているはずだ。」

 マックスはそう言うとテイリーを見た。



「はい?私ですか?」

 テイリーは急に自分に向いた視線に驚いていた。

「いや・・・俺には弟がいた。死んだが・・・・その死にネイトラルが多少なりともかかわっている。」

 マックスの言葉にレスリーは一瞬顔を歪めた。



「確か・・・・ディア・アスールの暗殺を受けた軍人だったな。」

 マックスの様子に何か思い当たることをがあるようだった。

 それよりも驚いていたのは



「え・・・・それ本当か?」

「え・・・あの二人の・・・・どっちかの?」

 リリーとモーガンだった。



「コウヤも知っているようだけど、二人も知っていたのか?」

「・・・いや、知っているも何もご飯一緒に食べたし・・・・」

 モーガンはその二人とどう会ったのか、どんな話をしたのかを話した。



「気の弱そうな方が俺の弟だ。ドールの才能はあってな・・・・若いのに相当な地位にいた。」

 マックスは少しだけ誇らしげだった。



「・・・・マックス。お前が複雑そうな顔をしていたのは、弟を殺したのがクロス・・・・いや、ロッド中佐だからか。」

 レスリーは相変わらず顔を歪めていた。

「・・・・誰が殺したか・・・は関係ないと思っていた。それに、軍に入った時から、こうなる覚悟はしていた。もちろん今もだ。だけど・・・・」



「・・・・あの人・・・彼は仕事を忠実にした。」

「わかっています。・・・ただ、彼に対して複雑な想いを持っているのは、わかります。」

 マックスは複雑そうな顔をした。



「・・・・赦せないのは・・・自分自身ですね。」

 テイリーはマックスの顔を見て頷いた。



「自分・・・?」

 リリーやモーガンは首を傾げていた。



「私の勘違いでなければ・・・あなたは相当な地位にいる研究者でしょう。国内でもそれなりに発言力があるのでは?・・・それこそ、作戦を握りつぶすこともやろうと思えばできたでしょう?」

 テイリーはマックスを探る様に見た。

「それは、知らない。・・・なにせ、握りつぶそうとしたことがなかった。できたできないではないんだ・・・やろうとしなかった。」

「それが赦せない・・・のですね。」

 テイリーはマックスを真っすぐ見た。



「・・・その通りなんだろうな。自分でもわからない。ただ、俺は利口なんだ。何が悪いか、どういった目的があったかわかる。人も恨み切れない、誰かに憎しみを抱くことができない。いや、周りに回って、俺はその恨むべき集団に所属していたからだろう。俺は、結局弟を捨て駒にした奴らと同じことをして・・・他の奴も同じようにした。」

 マックスは嘲るように笑った。



「お前が俺らに協力するようになったのは、捨て駒のような実験体の死体を見てか・・・あのあたりでお前の表情が変わった。」

 レスリーはマックスを見て納得したような顔をした。

「・・・結局、俺は何がやりたかったのかわからない。」

 マックスは椅子の背もたれにもたれかかり、俯いた。



「・・・・すみません。急にこんな話して・・・・」

 周りの目に気付いたらしく、マックスは慌てて謝った。



「いや、知らないままでいないでよかった。・・・・よかったって言い方はよくないけど・・・」

「そうよ。私たちは知るべきだったんだから。マックスはそんな気まずくならないで。」

 モーガンとリリーがマックスをフォローするように言った。

「・・・・本当にいい奴らだな。」

 マックスはぎこちなく笑った。



「マックス。俺はクロスと一心同体だ。ロッド中佐は俺とクロス二人分の存在だ。」

 レスリーはマックスを真っすぐ見つめていた。

「・・・・はい。」

 マックスは寂しそうな顔をしたが、しっかりと返事をした。

「お前が自分を赦せないと思ってもいいが、俺たちはお前に助けられた。この腕の処置もお前がしてくれた。」

 レスリーは切られた右腕を持ち上げた。

「何がやりたいかわからないと言っても、お前は能力もあって、若い。今まで何やってきた?」

「・・・プログラムの研究と、データ採取。・・・それから、ドールの設計。フィーネと対峙した黒銀のドールは俺が設計したものだ。でも、俺はそこに戻れないです。」

「そうか。」

 レスリーは考え込むように右手を額に当てようとしたが、手が無いことに気付いて左手を額に当てた。



「・・・・俺、レスリーさんの義手作ります。・・・それこそ、ドールプログラムの応用で作れます。」

 マックスは目を輝かせていた。

「そうか。楽しみに待っている。」

「・・・義手も作りますけど・・・俺、このまま去ることはしたくないです。」

「・・・頼もしいな。」

 レスリーは頷いて笑った。



「じゃあ、機械整備士の俺も何か手伝おうかなー。いいだろ?」

 モーガンは上半身を左右に揺らしながらマックスを見ていた。

「思っていたけど、モーガンって俺よりも10歳下だよな?」

 マックスは納得してないようにモーガンを見ていた。

「精神年齢同じようなもんだから大丈夫だろ。」

 レスリーは二人を見て笑った。

「こら!!モーガン!!」

 リリーはモーガンを叱った。

「これ怒るべきは俺だろ!!」



 かつて、別々の目的で動いていたが、形はどうあれ今は共にいる。

 気まずさも、息苦しさもあるかもしれないが、確かに仲間になっていた。

「・・・・」

「・・・・総裁、気まずいですね。」

「会話に入れなくなりましたね。」

 テイリーとリオとカカはそのやり取りを気まずそうに見ていた。





 

「港の方がさわがしいですね。」

 カワカミ博士は辺りを気にしていた。

「車を取ろう。あと、シンタロウは入院しろ。」

 レイラはそう言うと堂々と手近な車に乗り込んだ。



「待ってください。」

 イジーはレイラを止めた。

「なんだ?」

「私がします。」

 イジーはそう言うとレイラと同じように堂々と車に乗り込んだ。

「だが、君は右手を折っているのだろ?」

「添木をしてます。左は動きますし、敵軍のあなたとより私の方がいいでしょう。」

 イジーは右手首にいつの間にか固定していた棒を見せた。



「全く・・・・肝が据わっているな。あと、お前もだけど痛みあるだろ。」

 キースの感心したような呟き、シンタロウの方を見て胸を叩いた。

「痛いですよ。ただ、そんなこと言えないです。肝に関しては俺もイジーも殺されかけましたから」

 とシンタロウは答えてソフィとリード氏を睨んだ。



「・・・俺はどうすればいいのか?」

 ジューロクは自分だけ浮いている気がしているようで、気まずそうにしていた。



「とにかく、軍本部に向かおうぜ。港にはたぶんコウヤ達が着いたんだろう。ロッド中佐とニシハラ大尉に沸いているから騒がしいんだと思う。」

 キースはそう言うと車割を指示し始めた。



 イジーの運転する車にレイラ、シンタロウ、リード氏

 ディアの運転する車にユイ、カワカミ博士、ソフィ

 キースの運転する車にラッシュ博士、ジューロク



「俺はたぶん顔パスで行ける。運転手は現在の地連軍に変に思われていないので固めた。」

「ディアが運転するんだ。」

 ユイは自分が運転したかったようで少し口を尖らせていた。



「運手技術はあるだろうが・・・ユイは免許もっていなだろ?」

 ディアは確認するように言った。

「・・・・・」

 ユイは黙った。持っていないようだ。



「じゃあ、俺が先導する。」

 キースはそう言うと車に乗り込み、走り出した



「じゃあ、私たちも行きましょう。」

 イジーも車を走らせた。



「では、私たちも行こうとしよう。ユイ。その女を見張っていろ。」

 ディアは後部座席にいるソフィをバックミラー越しに睨んで言ってから車を走らせた。







「ねえ、二人はいつからデキているの?」

 軍人の言葉じゃなく、素の言葉でレイラはシンタロウを見た。



「ゴホっ」

「ッ!!」

 イジーとシンタロウは同時にむせた。



「は・・・え?」

 シンタロウは何故かリード氏に助けを求めるように目線を動かした。

「おや?レイラ君の恋人じゃなかったのか?」

 リード氏は不思議そうに言った。

「は?」

 イジーは思った以上に低い声が出てしまったことに言った後に少し赤面していた。



「あれは方便ですよ。その方が、彼がそばにいやすいと思って、だいたい私は一途です。」

 レイラはそう言うと運転席のイジーを冷やかすように見た。

「だから、安心していいぞ。」

 レイラは続けて言った。

「・・・・今はそんなこと考えてられないので・・・・」

 イジーはそう言うとバックミラー越しにシンタロウを見た。

「そうだな。レイラの変な気遣いは嬉しいけど考えてられないからな。」

 シンタロウはイジーに頷いた。



 レイラは少しつまらなそうな顔をした。

「・・・・けど、全てが終わってから、俺がイジーに懺悔レクチャーをしないといけないらしい。」

 シンタロウはそう言うと続けて

「約束したろ?」

 バックミラー越しにイジーを見た。

「・・・・そうね。」

 イジーはそう言うとバックミラーに映るシンタロウの目から目を逸らした。

 耳まで真っ赤になっていたが、レイラは何も言わなかった。

「あ・・・・今のコウヤとかには言わないでくれよ。」

 シンタロウは急いで付け加えた。

「わかっている。そんな無粋なことはしない。」

 レイラはなぜか軍人口調で言った。



「この場で問い詰めているのはどう考えても無粋だろうにな・・・」

 リード氏はぼそりと呟いた。







「今まで何があったの?ディアはコウといつ再会したの?みんなは何があったの?」

 ユイは矢次にディアに質問した。

「私はハクトが艦長をしている船に乗っているコウと再会した。その時の彼はまだ記憶が戻っていなかったから、他人行儀だった。」

「へー・・・私より遅いのか。」

 ユイはにんまりと笑った。

「そうだな。」

「ねえ、ディアは今まで何やっていたの?」

「簡単だ。ひたすら勉強と訓練だ。私はいつかネイトラルを導いてこのドールプログラムによる被害を対処する使命があった。そのために必要な能力は付ける必要があった。」

 ディアは淡々と答えた。

「お父さんとは接触しなかったの?そうすればもっと変わったんじゃないの?」

 ユイはカワカミ博士を見た。

「どこにスパイがいるかわからないですから、私自体はあまり動かないでいよう思ってたんだ。」

 そう言うとカワカミ博士はソフィを睨んだ。

「あなたもそうですが、あなたの父親もですよ。」

「あー・・・お父さんがレイモンドさんのうっかりをゼウス共和国に流したことがきっかけだものね。」

 ソフィは面白そうに笑った。

「うっかり?」

 ディアはバックミラー越しにソフィを睨んだ。

「ええ、言葉の端々にレイラちゃんの存在を嗅ぎ取ったお父さんがヘッセ総統にそれを流したのが『天』襲撃のきっかけよ。元々私の父さんとレイモンドさんは何やら因縁があるみたいで・・・レイモンドさんはどうだか知らないけど、お父さんはレイモンドさんとの会話は全て記憶か記録しているわ。」

「レイモンドさんに落ち度はあったかもしれないですが、彼に罪はないです。でも、そう割り切れないのが彼の欠点であり、いいところであるのです。」

 カワカミ博士はレイモンドをフォローするように言った。

「そうなんだ。ねえ、お父さんさ、クロスの傍にいたんでしょ?」

 ユイの言葉にカワカミ博士は暗い顔をした。

「・・・そうだね。傍にいた。」

「クロスって何があったの?」

 ユイはカワカミ博士の変化に気付いていないのか続けて質問した。

 ディアは何も言わずにカワカミ博士の言葉を待っていた。



「・・・・まず、『天』の襲撃で何があったのか。・・・ユイはユッタ様を覚えているかい?」

「うん。クロスの妹のめっちゃ美少女。」

「彼女が亡くなった。」

「え・・・」

 カワカミ博士の言葉にユイは黙った。

 カワカミ博士はチラリとディアの方を見た。

「看取ったのは・・・レスリー様です。クロス様はレイラ様と出かけていました。ただ、そのお二人も襲撃に巻き込まれました。ユッタ様から聞いた話を伝えるためにレスリー様はクロス様のもとに走りました。恥ずかしながら、私は爆発に巻き込まれて気絶していました。」

「・・・そのユッタちゃんから聞いた話って何?」

 ユイは恐る恐る訊いた。



「・・・屋敷の前でロバート・ヘッセにレスリー様とユッタ様はお会いしています。」

「・・・」

 ディアは察したのか目を伏せた。



「ここで大事なのは、レイラ様はロバート・ヘッセの子供じゃないです。ただ、母親の願望もあり名前も名乗っていたこと、そして、彼女が目立って特別だったからこそ、あの男はレイラ様を攫いに来たのです。」

 カワカミ博士は弁明するように言った。



「そうなの?レイラの父親は誰?」

 ユイは首を傾げていた。

「クロス様はご存知みたいです。」

「へ?クロスが?」

 その言葉はユイとディアが重なった。

「はい。」

「まじか。それで、それで、ユッタちゃんから聞いた話って?」



「・・・・ロバート・ヘッセは、自分たちの父親だということです。ユッタ様は見た時に気付いたはずです。クロス様に父親が会いに来たのではと思ったみたいですが・・・・クロス様はもっと覚えていました。お二人とも物心つくくらいに父親から離されていますから。」

「え・・・・じゃあ、ユッタちゃんは自分の父親に殺されたの?」



「皮肉なもの・・・・自分の子供を殺した男が、自分の子供に殺されるという」

 カワカミ博士の言葉に車は静まり返った。







「ラッシュ博士。」

「なあに?ハンプス少佐。私を助手席に乗せていいの?見張りもそんなモルモットだったら抑えられないかもしれないわよ。」

 ラッシュ博士はそう言うと微笑んだ。

「・・・・後ろに乗せているジューロクだっけ?あいつの頭にある機械ってのはまだ作れるのか?」

 キースの問いにラッシュ博士は一瞬目を丸くした。だが、すぐさま目を細めて笑った。

「そうね・・・・機械の構造は把握しているし、マーズ博士と私がいればすぐに作れるわよ。カワカミ博士の協力があればもっといいのができるけど?」

「カワカミ博士は協力しないさ。」

 キースは棘のある言い方をした。

「そうね。・・・・・何が言いたいの?」

 ラッシュ博士はそこで何かに気付いたようだ。

「・・・・この機械でできることってのは、コウヤ達がやってのけているドールの遠隔操作とプログラム内への侵入・・・・か?」

「そうよ。」

 ラッシュ博士は驚いたような顔をしていた。

「・・・・・機械ってのは作るのと取り付けるのとどれくらい期間がかかる?」

「・・・・だからこの車割りね・・・・」

 ラッシュ博士は納得したような表情をしていた。



「私を信用しているのかしら?」

 一息ついてからラッシュ博士は雰囲気を変えてキースに訊いた。

「・・・・信用とかじゃない。お前は確固たるものを崩された、心の支えか?」

「自暴自棄になってやらかすかもしれないわよ。」

 ラッシュ博士は笑いながら言った。

「それはない。お前は賢い。だから、ムラサメ博士を止めた先にお前の求めるものがあるってことを薄々感づいているんだろ?」



「はっ・・・・・あはは・・・・貴方深読みしすぎ・・・・・」

 ラッシュ博士は一瞬息を詰まらせたが、楽しげな笑い声をあげた。

「そんな人の思考深読みしていたら、人生楽しくないでしょ?」

「・・・・そうでもない。俺は楽しい。」

「・・・そうなの?」

「ああ。」

「あなたの辿った人生は楽しくないものだったはずよ。」

「そうだな。地獄だった。」

「なぜ楽しいの?」

「今は楽しい。」

「死ぬかもしれないのよ。」

「それはずっとだ。」

「若い彼らが羨ましいの?」

「そりゃ当然だ。」

「死ぬかもしれないわよ。」

「くどいな」

 キースは笑った。



「・・・決まりのようね。」

 ラッシュ博士は諦めたように言った。



「助かる。・・・・ありがとう。キャメロン・ラッシュ先生。」

 キースは真面目な顔をしていた。



「久しぶりね・・・・先生と呼ばれるのは・・・・」

 ラッシュ博士はキースの顔を眩しそうに見ていた。
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