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六本の糸~「天」2編~
66.子ども
しおりを挟む「でっかい屋敷だな・・・・」
「ここに来るのは二回目ね」
イジーとシンタロウはロッド家の前で立ち止まっていた。
「コウヤはここに滞在していたんだな・・・・近くにいたんだったら会うこともできたんだな・・・・」
「後悔してもしょうがないわよ。それに会えたのだったらいいでしょ?」
イジーはシンタロウの肩を叩いた。
「痛い!胸に響く。」
シンタロウは弾が入っていた胸を抑えた。
「あ、ごめん。」
イジーは思わず両手を合わせて謝った。だが、添木をしているのを忘れていたのか添木に折れた部分を盛大に押さえつける形になり、痛みに悶絶した。
それを見てシンタロウは思わず笑った。
「ちょっと、最低!!」
イジーは笑ったシンタロウを非難したが笑顔だった。
「ねえ、シンタロウ君。」
笑い合う二人の間に入るようにシンタロウを呼ぶ声がかかった。
「・・・・・はい。」
シンタロウは表情を一変させて声の主を見た。
「・・・・あなた本当すごいわね。そこまでの切り換えはハンプス少佐もできないわよ。」
声の主、ラッシュ博士は感心したようにシンタロウを褒めた。
「何か御用ですか?」
イジーもシンタロウ同様に表情を一変させていた。ただ、彼女の表情はシンタロウとは少し質が異なるものだった。
「ルーカス中尉も警戒しないで。ただ、シンタロウ君に少し話があるだけ。」
ラッシュ博士は片手をひらひらさせてイジーを追い払うような仕草をした。
「私が居たら都合が悪いことですか?」
イジーは強い語調でラッシュ博士を威嚇するように言った。
「いてもいいけど・・・・シンタロウ君はいて欲しくないと思うわ。」
ラッシュ博士は胸を指差しシンタロウを見た。
「・・・・イジー先行ってて。」
シンタロウは表情を曇らせて言った。
「え・・・・でも」
「後で話すから、俺は約束を守るさ。」
シンタロウはそう言うとイジーを屋敷の中に押しやった。
イジーは心配そうにシンタロウをみたが、仕方なさそうに諦めて屋敷の中に入った。
「・・・・かわいいわね。あなたが心配なのよ。」
ラッシュ博士は微笑ましそうに見ていた。
「あなたには銃弾を取ってもらって軽い処置をしていただいた恩がある。」
「それ以上に赦せないものもあるでしょうね。」
ラッシュ博士の言葉にシンタロウは表情を変えなかった。
「それは別の話です。俺を怒らせたいだけですか?」
「・・・・つまらないわね。まあいいわ」
ラッシュ博士はがっかりした様子だったが表情をころっと切り替えて笑った。
「俺の怪我のことですか?確かに胸は苦しいですけど、処置を済ませていますし、治療も・・・」
「別にあなたの怪我のことじゃないわ。むしろ苦しくて当然でしょ?」
ラッシュ博士はタバコを取り出した。
「肺に怪我をしている人の前でタバコを吸うんですか?」
「・・・・くわえるだけよ。」
ラッシュ博士は一瞬しまったという表情をしたが、取り出そうとしたライターを仕舞い、タバコをくわえた。
「なんだよ・・・・騙したのかよ。てっきり・・・・」
「症状が悪かったらルーカス中尉には黙っているつもりだったのね。あなたもなかなか身勝手な男ね。」
ラッシュ博士は非難するようにシンタロウを見た。
「・・・・で、何の用だ?」
ラッシュ博士の言葉に一瞬だけ眉を顰めたがシンタロウは改めて訊いた。
「・・・・あなたとモーガン君かしら・・・おそらく特別ちゃんに近付いている。まあ、あなたは元々強化人間と思っていいから、当然ね。」
ラッシュ博士はくわえていたタバコを右手に持ち、手に余すように揺らした。
「・・・キースさんは?」
「・・・・ああ、彼はまあ、いい軍人よ。それよりも」
ラッシュ博士は一瞬目を伏せたがシンタロウを見た。
「・・・・あなた地球に降りるんでしょ?」
タバコをシンタロウに向けてラッシュ博士は言った。
「人手が足りなくて必要なら宙に残るつもりもある。」
「いえ、降りなさい。ルーカス中尉ともそう話しているんでしょ?」
「何が言いたいんですか?」
「・・・・・最後の決戦になるのかしら・・・・通信機器を全く使えない環境で戦うわ。相手側のモルモットに対しての最大の対処法よ。」
「・・・・それだと、前線に出る戦艦との通信はどうする?コウヤ達ならまだしも・・・・」
「6人はメインよ。彼らがいないとムラサメ博士は止められない。けど、彼らには戦えない瞬間が訪れる。」
「俺が戦うというわけか。」
シンタロウは納得したような表情をした。
「地球に降りてそこでコウヤ君がゼウスプログラムを開くまであなたには通信なしで戦う訓練をしてもらうわ。モーガン君もいいかしらね。」
ラッシュ博士はシンタロウの回答に満足したような表情を浮かべた。
「特別に近いからか・・・・?モーガンは戦闘員じゃないぞ。」
「彼には戦艦の指示をしてもらうわ。あなたは6人の援護よ。これは、通信機器が使えなくても敵を察知できる可能性のあるあなたが必要なの。」
「他の戦闘員は?」
「通信機が使えないのなら使えないわ。まあ、盾ぐらいにはなるでしょうね。」
「そうか。」
ラッシュ博士はシンタロウのそっけない対応に笑顔になった。
「必要な犠牲だものね。あなた、指揮官・・・・指導者向きね。」
「・・・・俺は日陰者で結構だ。話は終わりか?」
シンタロウは鬱陶しそうにラッシュ博士を見た。
「ええ。まあ、この話はルーカス中尉に聞かせてもよかったけど、そうもいかないでしょ?」
「死亡率が高いな。6人が戦えない時にほぼ単体で敵さんとやり合うというわけか。」
シンタロウは当然のことのように言った。
「こわい?」
ラッシュ博士は冷やかすように訊いた。
「当たり前だ。」
「そんな風に見えないわよ。」
「見えないだろうな。それは俺の感情だ。俺の義務のために恐怖は邪魔だ。」
「あと、あなたを前線に出そうと思ったのは、アリアちゃんのこともあるわ。」
シンタロウはアリアの名前に反応した。
「彼女が少しでも長くムラサメ博士を抑えてくれるためには、あなたとコウヤ君が必要なのよ。きっとね。」
「そうだろうな。アリアは甘えん坊だ。見栄っ張りだがな。」
「ルーカス中尉の前でそんな話はできないでしょ?」
ラッシュ博士の言葉にシンタロウは首を振った。
「・・・・・彼女とアリアは違う。」
シンタロウは吐き捨てるように言った。
「冷たいのね。」
ラッシュ博士は何かを思い出すように呟いていた。
「冷たいもない。それは本当のことだ。」
「そう。実はね・・・あなたに訊きたいことがあったのよ。」
ラッシュ博士は何かを思い出したようタバコを指に挟めて両手を合わせて言った。
「・・・グスタフ・トロッタのことか?」
「察しがよくて助かるわ。」
ラッシュ博士はにっこりと笑った。
シンタロウは眉を顰め、口元を歪めた。
「ムラサメ博士の言う通り、あの子が今のあなたのルーツなのね。」
ラッシュ博士は納得したように頷いた。
「彼はあんたの名前を出していた。あと、マーズ博士のことも言っていた。」
「どういう経緯があったのか知らないけど、マーズ博士は医者であるけどメインはプログラムの解析。トロッタ研究員は・・・人体改造がメインの子よ。」
「そうか。」
シンタロウは分かっていたことのように関心が無いようだった。
「彼を殺したの?」
ラッシュ博士の問いにシンタロウは後ろを向き、屋敷に向かって歩きだした。
「・・・俺のせいで死んだ。」
そう言うと、シンタロウは屋敷の扉に手をかけて入った。
「さて、これからの話をするにしても何か言いたいことがあれば言って行こう。」
ディアは提案するように言った。
「そうだな・・・・俺たちだから話せることもある。」
ハクトは賛成した。
「胸の中空っぽにしていこうということね。」
ユイも頷いた。
「頭空っぽが何言っているのだか・・・・」
レイラはユイを意地悪い表情で見て言った。
ユイはキーと叫びレイラに飛び掛かった。
「胸空っぽというより、もたれさせることならできるよ。」
クロスは優しいクロスの口調で言った。
「いいんだよ。俺たちは腹の内を明かし合う必要がある。」
コウヤはクロスを咎めるように見た。
クロスはコウヤを見て鼻で笑った。
「私たちは変わってしまった。昔の様に子供でない。そして、全員が汚れている・・・・・」
クロスは自嘲的に笑った。
その言葉にレイラは俯いた。
「お前の余計なことを言う性格は治らんのか。」
ハクトは面倒そうにクロスを見た。
「言っただろ?もたれさせるとな。ユッタの前だったから控えていた。実際は汚い話をしたくて仕方なかったよ。」
クロスはそう言うと先ほどの墓前で見せた笑顔の面影しか残さない皮肉な笑い方をした。
「・・・手を汚すのが当然って・・・・異常なんだろうけど・・・笑えない。」
ユイは拳を握り締めて口元を震わせていた。
「事実だ。実際この中で一度も手を汚したことないものはいないはずだ。」
ディアは確認するように言った。
「一番きれいなのはあんたでしょうね。ディア。」
レイラは諦めの混じった笑い方をした。
「・・・・・そうでもない。」
ディアは一言言い多くを語ろうとしなかった。
「罪は・・・・償うと同時に背負うものでもある・・・・・償えないものならなおさらね・・・」
ユイは呟いた。
その言葉にハクトはクロスを見た。
「・・・・うざったいな。」
クロスはハクトの視線を受け煩わしそうに目を逸らした。
皆が手を汚している。
コウヤはユイを庇ったときの後悔と懺悔を思い出した。
「・・・俺もだ。沢山・・・・ドールプログラムに振り回されて、それに負けてしまった。」
コウヤの言葉にハクトは目を逸らした。
「負けとかではない・・・・お前は記憶が戻っていなくて不安定だった。」
ハクトがコウヤを庇うように言うと
「これに関しては仕方ないというものではない。汚した手は戻らない。失った命は戻らない。」
クロスがハクトの言葉を叩き切った。
一人は実験として
一人は自分を必要としてくれる父親のために、生き残るために
一人は地位と実力と経験を固め、生き残るために
一人は上から指示された戦場で生き残るために
一人は復讐を成就させるために
一人は自分の過去を偽られ、創られた憎しみに振り回されて
「だが、コウ。義務を語るのなら後悔は連ねるな。さっきも言ったが、これは事実だ。」
クロスはコウヤを見た。
「こう見えても僕は君を頼りにしている。」
クロスはそう言うと口元だけで笑った。
その表情と言葉でコウヤはクロスの言いたいことがわかった。
「・・・ごめん。クロス。」
自然と謝罪の言葉がでてきた。
コウヤの謝罪の言葉にクロスは首を振った。
「腹の内を明かすと言っても、重い話を始めてしまったごめん。どうしても・・・・君たちといると僕は自分のやったことから逃れたくなるんだ。それを、自分が許せなくて」
クロスは自嘲的に笑いながら言った。コウヤ達に順番で顔を向けるのに関わらず、クロスは目を合わせなかった。
「・・・・レスリー・・・・」
優しそうな貴婦人、マリー・ロッドは久しぶりに見る我が子に涙を浮かべた。
「・・・・お母さん。」
レスリーはマリーの表情を見て申し訳なさそうな顔をした。
「レスリー君・・・・とそちらの方々は・・・・」
マリーと共にいた貫禄のある初老の男がいた。
「・・・・・レイモンド・ウィンクラー大将・・・・」
モーガンは呟くと姿勢を正した。リリーもそれを聞いて姿勢を正した。
「ああ、フィーネの機械整備士のモーガン・モリスとオペレーターのリリー・ゴードンか」
レイモンドは表情を和らげた。
「・・・・・レイモンド・ウィンクラー大将。今回はお世話になります。自分は・・・・」
テイリーは姿勢を正しレイモンドに向き直った。
「テイリー・ベリ大尉いや、元大尉か。久しいな。君にはあの作戦の時にいいだけ責められた。」
レイモンドはテイリーを見て苦そうな表情をした。
「・・・・覚えていらっしゃいましたか・・・・あの時の非礼は・・・」
「いや、いいんだ。あの作戦は私の責任だ。あれがきっかけで君が軍を抜けたのは今も申し訳ないと思っている・・・・」
レイモンドはテイリーを見て悲しそうに笑った。
テイリーは、腰は低くしているが、納得していない表情でレイモンドを見ていた。
「え・・・・テイリーさんってもと地連の人だったんですか?」
リリーが驚いた。
「あの作戦・・・ってことは『希望』周辺の殲滅作戦か・・・・作戦の参加者にはいなかったが、関係者か?道理で・・・・」
レスリーはテイリーの顔を見て眉を顰めた。
「・・・・俺のいとこが作戦に参加していた。犬死に近い結果だった。」
「・・・・・犬死か・・・・」
レスリーはテイリーの言葉を聞き辛そうな表情をした。
「テイリーさんが元地連の軍人だってことはネイトラル内では結構知られていますよ。だからお飾りとはいえ総裁の位置に置かれたんです。」
カカは説明するように言った。
「殲滅作戦の後に軍を抜けた人は結構いるんだ。ネイトラル現総裁がそうとは知らなかったが、遺族や親せきとかが軍に在籍している場合は特にな」
レスリーは付け加えるように言った。
「まあ、積もる話もあるでしょうが・・・・皆さんどうぞ。先客もいますが、ゆっくりしてください。」
マリーはそう言うとマックスを見た。
「レスリーのお友達?あなた軍人じゃないわね。他の方々とも違うわ。」
マリーはマックスの腕をさすった。筋肉がないとでも言いたいのだろう。
「え・・・・お友達というよりは・・・・えっと・・・」
マックスはどう答えていいのかうろたえていた。
「彼は軍人ではないけど仲間だよ。お母さん。」
レスリーはそう言うとマリーの手をマックスの腕から離した。
「そうなの。じゃあ、学者さんね。」
「そうだよ。とりあえずみんな休んでひと段落付こうと思うんだ。いいかな?」
レスリーの提案にマリーは目を輝かせた。
「もちろん。お仲間もみんな休んで。お部屋は沢山あるから。」
両手を合わせて嬉しそうに言うマリーから、彼女が寂しかったことがわかった。
慣れた様子で食卓の準備をするカワカミ博士。その横には楽しそうにユイが立っていた。
慣れない様子で皿を運ぶリード氏と厳しく指示するイジー。
車椅子でぼーっとしているソフィ。庭の庭園で話し込むハクトとディア。アルバムを開いているクロスとレイラ。
「お父さんには敵わないもんな。」
キースは手持無沙汰な様子のコウヤを見て笑った。
「べ・・・別にそう言うわけでは・・・・」
コウヤはキースの言葉に慌てて首を振り手を振った。
「ははは。慌てすぎ。いいじゃねーかよ。隠すことでもないだろ。」
キースはコウヤの横に立った。
「キースさんって・・・・すごいですよね。」
コウヤは隣に立つキースを見上げてしみじみと言った。
キースは一瞬目を丸くしたがいつもの笑顔になった。
「なんだよ。照れるな。褒めても何も出ないぞ。まあ、俺がにやにやするだけだ。」
「俺にとって、キースさんは恩人ですから。」
コウヤはキースに腕を引かれて戦艦フィーネに乗ったことを思い出した。
「・・・・・それはこっちもだろ?お前がいないと生き残っていなかったかもしれない。」
キースはコウヤの鼻をつまんだ。
「うー・・・・それに、いつもキースさんは正しいです。俺が狂った時もずっと諭してくれて・・・・俺はそれを聞いていなかった。」
「正しいことなんてない。俺はいつも何もわからずにいる。だいたい、人間の事情に正解なんて存在しない。正しいことかはわからないんだ。目指すことに対する最善であるかだ。起きてしまった事態が不正解とかはない。それはただの事実になる。正解不正解があるのは机上でだけだ。」
キースは何かに言い聞かせるように言った。
「へー・・・・なんか難しいです。」
コウヤは鼻の上に皺を寄せていた。
「お前ももっと大人になったらわかるさ。」
「やっぱり子供ですか・・・・俺は。」
コウヤはがっかりしたように呟いた。
「お子ちゃまだよ。力を持て余した厄介な6人の怪物。」
「クロスもハクトもですか・・・」
コウヤはクロスとハクトを順に見た。
「あいつらは自分の狭い世界でしか物事を見ていない。ハクトは味方に甘すぎるし判断も甘い。クロス・・・・まあ、中佐殿は自分の価値観でしか物事を判断していない。力がありすぎるのが厄介だ。変に賢いが、考える後始末が幼稚で無責任だ。」
キースもコウヤと同じようにクロスとハクトを順に見て言った。
キースの横顔を見てコウヤは憧れを感じた。
「全てが終わったら・・・・キースさん、俺たちを導いてくれますか?」
思わず言ってしまった。
全てが終わったら、今は不安な先のこと、この人ならクロスとハクトを諭してくれる。
「・・・・お前も無責任だな。俺は能力も何もかもお前等より低い。」
「それは謙遜です。」
「どうとでも受け取れ。俺は何もかもわからずお前ら以上に戸惑っているいい年したガキだ。」
キースはそう言うと何か思い出したように口元に笑みを浮かべた。
「どうしたんですか?」
コウヤはキースが笑った意味が分からなかった。
「・・・・いや、昔同じようなことがあったんだ。そうか・・・やっと気持ちがわかった。」
キースはなぜか嬉しそうだった。
「支度ができたよ。」
ユイの明るい声が響いた。
そう言えば先ほどからおいしそうな匂いがする。
「明日からは準備に入るのですから今日はゆっくりと食べましょう。」
カワカミ博士は、以前のように執事のような表情でコウヤ達を食卓に招いた。
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