あやとり

近江由

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六本の糸~「天」2編~

65.腹を割る

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 ガタンガガガ



 船全体を揺らしフィーネは地球の海に着水した。



「・・・・ふう。海に着いてしまえば、あとは飛ばすだけだ。」

 レスリーはため息と安堵の息を同時に吐き出した。



「あとは分かるわ!ありがとうレスリーさん。」

 リリーはそう言うと張り切って操作盤を見た。



「ところで、どこに行くの?レイモンド・ウィンクラー大将のところって・・・どこ?」

 モーガンはレスリーに訊くとテイリーたちに視線を移した。

「あと、ネイトラルの総裁さんってここにいつまでもいていいの?」

 モーガンの言葉にテイリーは咳ばらいをした。



「ああ、この総裁お飾りですから。あのこの前のパフォーマンスのために担ぎ上げられた感じです。」

 リオが言う。

「まあ、ネイトラルの有力者であることには変わらないですけどね。」

 カカはリオの言葉を補足した。



 テイリーは更に大きく咳ばらいをした。



「真っすぐ目的地に行ってもいいか?」

 レスリーはテイリーに訊いた。



「構わない。」

 テイリーは何故か少し偉そうに言った。



「どこに行くんですか?着地するドームは地連系列ですか?」

 マックスはレスリーを見て訊いた。



「いや、どこのドームでもない。レイモンドさんと・・・俺の母親のところだ。」

 レスリーは少し照れた表情をしていた。



 ガタンガタン

 船が大きく揺れた。

「うわ!!」

 マックスは間抜けな声を上げた。



「リリー!!地球は重力あるから!!」

 モーガンが叫ぶ。

「月の設定のまま動かしていた!!っちょっちょ・・・これどうやって変えるの!!」

 リリーが混乱した声を上げていた。

 どうやら水面から飛び立とうとして失敗したようだ。





 

 未だ騒がしい軍本部、その一室で初老の男と化粧の厚い女が向かい合っていた。

「キャメロン。」

 初老の男、カワカミ博士は化粧の厚い女、ラッシュ博士を呼んだ。

「何?説教?」

 ラッシュ博士は目線だけをカワカミ博士に向けた。



「なぜ私たちに協力する?ムラサメ博士に協力するのかと思っていました。」

「私だってプライドはあるわ。まあ、あの人が私を呼ぶならいつでも裏切るわよ。」

 ラッシュ博士は表情を変えず言った。



「それは無いでしょう・・・・貴方だってわかっているはず。それでもこっちに協力する理由は・・・?」

「・・・・ドールプログラムって人の感情を受けとってしまうのよね・・・・プログラム内にあったあの人の意識は色んな感情を受け取り、その中でも憎しみの感情を強く受けたんじゃないかしら?ドールプログラムによって狂わされるのは生身の人間だけじゃないわ。」

 ラッシュ博士は同意を求めるようにカワカミ博士に顔を向けた。



「そうですね・・・・ですが、ムラサメ博士は十分におかしかった。ナツエ様が亡くなった時から・・・」



「あの人はプログラムによって狂わされたのよ。そのきっかけはあなたでしょう?カワカミ博士。あなたが考案した人の意識への利用・・・・」

 ラッシュ博士は責めるような目をカワカミ博士に向けた。



「そうでしたね・・・・ですけど、それを利用しゼウス共和国に加担したあなたが言う言葉ですか?」

 カワカミ博士はラッシュ博士を睨んだ。



「・・・・あの人の研究は私の手が届くところに無いといけないのよ・・・・私は時間が欲しかった。あの人についていくための。それなら、あの人を止めてしまえばいい。そう考えたのよ。」



「どれだけの犠牲が出たと思っているのですか!?」



「人の発展のために犠牲はつきものよ。」

 カワカミ博士の怒声にラッシュ博士も大声で応えた。



「発展のための犠牲、その発展の先で人は滅ぶのですか?今のままだと全宇宙をドールプログラム、ムラサメ博士に支配されます。あなたの言う通りなら、ドールプログラムによって歪められたムラサメ博士に支配されます。」



 カワカミ博士の言葉にラッシュ博士は顔を逸らした。そして、彼女はわざわざ持ち出してきた箱を見た。

「その箱の中身・・・・」

 カワカミ博士はラッシュ博士の見ている箱を見た。



「・・・・・」

 ラッシュ博士は何も言わなかった。

「・・・・それは・・・コウヤ様に渡してください。彼が持つべきです。いえ、彼に任せるべきものです。」

 カワカミ博士は中身を察したのか表情を歪めていた。

「・・・・・」

 ラッシュ博士はカワカミ博士の言葉を聞き流していた。



 コンコン

 ドアを叩く音が聞こえた。



「どうぞ。」

 ラッシュ博士は音の主を部屋に招いた。どうやらカワカミ博士との会話を終わらせたいようだ。



「どうも・・・・ってハクト達は?」

 入ってきたのはキースだった。その表情は何故か好奇心が隠されずギラギラしていた。まるで野次馬のようだった。

「ハンプス少佐。ニシハラ大尉たちなら出かけてますよ。」

 答えたのはカワカミ博士だった。



「そっか・・・・いやー、宿の手配とかどうなったか・・・って」

 キースは少し心配そうな顔をしてた。



「みんなロッド家よ。ただし、カモフラージュで人数分の手配はしたみたい。」

 ラッシュ博士はそう言うとカワカミ博士に同意を求めた。



「そうですね。リード親子に関してはこの軍施設だったら危険ですからね。情報は漏れないようにしているとはいえ・・・リード氏のことはここの上層部は知っています。」

 カワカミ博士の言葉にキースは頷いたが少し不満そうな顔をしてた。



「でも・・・あいつを守るためにこんな小細工をしないといけないなんて・・・・ってのが本音だ。」

 キースはそう言うと手をヒラヒラとさせた。



「落ち着いてお話しできるところだというと、軍よりもロッド家がいいだろうということで」

「港はどう?地球に降下するにしても今は危険でしょ?船が多すぎるし、月周辺には地球に降下しようとしている船がうようよしているって噂よ。」

「あー・・・・どうにか順番を付けて説得した。ただ、それに対して軍の戦艦を小出しにしかできない上に民間を優先して納得させた。」

 キースはそう言うと疲れた表情をわざとした。

「私たちが降りるのは・・・・」

 カワカミ博士は恐る恐る訊いた。



「早くても三日はかかる。まあ、それまで休むのもいいだろ。対策を立てるのに時間も必要だろうしな。」

「そうですか・・・・」

 カワカミ博士は何かを思案しているようだ。



「ハンプス少佐。入ってきた時になんか目がギラギラしていたけど・・・・どうしたの?」

 ラッシュ博士は入室してきた時のキースの表情が少し違ったことを気にしていた。



「いや・・・・二人は何か変なこと聞いていないんですか?」



「?」「変なこと?」

 カワカミ博士とラッシュ博士は首を傾げた。



「いえ・・・聞いていないならいいです。ちょっと変な噂が流れていたもので・・・」

 言葉を濁しキースは部屋から逃げるように出て行った。







 

「いいのか?せっかくの再会だろ?」

「いいのよ。最近会ったばっかりだし・・・・せっかくの再会はあの6人だから。」

 シンタロウの問いにイジーは笑顔で答えた。

 横目でユッタの墓前に並ぶ6人を見た。

 こんな風に彼らを笑顔で見れる日が来るとは思わなかった。



「シンタロウ。行きましょう。」

 イジーはシンタロウの腕を引いた。

「あ、そうだ。イジーは早く病院来いだそうだ。」

「は?」







「仲いいな。まさかあの二人が知り合ってこうなるとは思わなかった。」

 ディアは並んで歩き去るイジーとシンタロウを見て言った。



「何があったのかわからない。」

 ハクトは相変わらず不満そうだ。



「私の口から言うよりシンタロウから聞くといいわよ。ねー」

 レイラはそう言うとコウヤに同意を求めた。

「そうだな。俺が教えるには波乱万丈だし、まだ聞いていないことも多いから・・・・」

 コウヤは頷いた。

「大丈夫。私は何も知らないから。」

 ユイはハクトの肩を笑顔で叩きながら言った。



「なんだか、こんな会話懐かしいな。」

 クロスは表情をほころばせていた。



「・・・そうだな。」

 その表情を見てハクトは安心した顔をした。



「不敵な笑顔よりそっちの顔の方が好きよ。」

 レイラは笑顔のクロスを見て言った。



「・・・・・」

 クロスは驚いたような顔をしたが、直ぐに顔を伏せた。



「あー!!照れてる。クロス照れてる!!」

 ユイは楽しそうにクロスを囃し立てた。



「俺はともかく・・・・クロスやコウは目移りすることもあっただろうに・・・変わらない相手に想いを抱き続けるとは、すごいな。」

 ハクトは照れているクロスとユイのことを笑顔で見ているコウヤを見て言った。



「それについては、当然のことらしい。」

 クロスは一瞬ハクトを睨んだが、淡々と言った。



「当然?ハクトの自分はともかくは気になるけど、どういうこと?」

 コウヤはなぜか気まずそうにしていた。



「僕たちは特別というのは知っているよね。普通の人に気持ちが揺らいだりもしたことはあるかもしれないけど、意識の根底・・・いや、もう刻み込まれているらしい。大げさに言うと犬と猫で番には基本的になれない。それと同じで僕たちの意志ではなくてそう言うものらしい。」



 クロスの説明にコウヤは更にそわそわしていた。



「なるほどね。・・・・・でも、その理屈だと私とハクトとかコウとかがありうるということよね・・・・」

 レイラは信じられないと呟きハクトとコウヤを見た。



「理屈はそうだけど・・・・僕はディアは癇に障るしユイは会話が通じなくて無理だな。」

 クロスはそう言うとおどけたような表情をした。



 その言葉にユイは頬を膨らませた。

「私も無理だよ。ハクトは融通が利かなさそうだし、クロスは意地悪そうだからね!!」



「癇に障るのは私もだぞ、クロス。そしてコウは論外だ。そもそも、ハクト以外ありえん。」

 ディアは断言した。



「気になっていたけど・・・・コウは何でさっきから気まずそうな顔しているの?」

 レイラは落ち着かない視線のコウヤを見て言った。



「え・・・・えっと、みんながカップリング論を展開させててちょっとついていけなく」

 コウヤの言葉にハクトは意地の悪い笑い方をした。



「いや、こいつフィーネに乗っていたときに一人女子と修羅場していたから。」

 ハクトの言葉に全員はコウヤに非難の目を向けた。







 

 フィーネの操舵は気が付いたらレスリーがやっていた。



 レスリーの後ろでリリーが申し訳なさそうにしていた。

「レスリーさん」

「なんだ?」

 リリーは張り切って操作するつもりだったのに、結局はレスリーにやってもらっていることが気まずいのか目を泳がせて話題を捜していた。



「その・・・・操舵をやっていたと言っていましたけど・・・・軍でですよね・・・」

 リリーの質問にレスリーは沈黙した。

 質問の内容が気になったのか、モーガンたちもレスリーを見た。



「そうだ。俺とクロスが入れ替わったのは軍に入ってからだ。入れ替わる前は俺が軍にいた。」



「えっと・・・・でも同期入隊とかだったらバレるんじゃないですか?レスリーさんは士官学校ですよね?」

 リリーの言葉から、彼女が同期の人間と多少なりとも繋がりがあることが受け取れる。

「学校は途中で切り上げて直ぐに戦場に出たし、俺は無口だった。それに、顔に包帯を巻いてサングラスをしていた。この目を見たらわかるだろうが・・・・光に弱いのは本当だ。レイモンドさんの協力もあった。」



「学校はそれで行けても、軍に配属されて戦場に出たらちがうのでは?」

 どうやらテイリーは戦場の経験があるようで戦場と言うときに顔を多少顰めていた。



「同じ隊に所属した者たちには顔を見せた。」

 レスリーは淡々と言った。



 その言い方に何か察したのかテイリーは顔を伏せた。

「・・・・そうか。」

「え?じゃあその人たちとかは・・・・」

 モーガンが口テイリーの質問に続くように訊いた。



「みんな死んだ。」

 レスリーは何かを押し殺すように言った。



「え?」



「俺は前線に出された。レイモンドさんの後ろ盾が身を結んだのは自分を隠すことに対してだけだ。配属される部隊は前線だった。最初で最後の任務は忘れもしない・・・『希望』周辺の殲滅作戦だ。相手のゼウス共和国は今考えると全員モルモット・・・いや、実験体だっただろうな。」



「その作戦は知っています。参加した部隊はほぼ全滅。生き残りは・・・・今はほとんどいないんじゃないですか?レスリーさんは貴族出身ですよね・・・・そんな」



「『天』出身の俺は多少なりとも煙たい存在だったのかもしれない。だが、幸か不幸かそのおかげで入れ替わりが楽になった。マックス。お前がそんな悲しそうな顔をするものか?」

 レスリーは思いのほか悲しそうな顔をしているマックスを見て笑った。



「その後から入れ替わっていたんですか?」

「ああ、その地獄の後は・・・・俺は半ばノイローゼになった。」

「じゃあ、殲滅作戦は実力で生き残ったんですね。確かにドール操作とか慣れてましたし、実力者だと見受けました。」

 マックスは悲しそうな顔をしたまま頷いた。

「・・・・そうだな。死の物狂いだった。俺はクロスとの約束、父とユッタの復讐が支えだった。」

 質問に答えるレスリーは何かをやり切った表情をしていた。



「レスリーさんは・・・・地獄を見ていたんですね。その作戦の生き残りであることでロッド中佐は順調に地位をあげていますから。」

 モーガンは頷いて言った。



「そうだな・・・・俺は途中でクロスに替わったのもあるから、ひどかったが地獄ってのもそれだけだ。それよりも・・・・ハンプス少佐の方がひどいはずだ。」



「そうなの?」

 リリーは信じられないという表情をしていた。



「ああ。俺より早い段階から前線に出ていた。珍しくないことだが、あの人も所属になった隊はほぼ全滅している。その中で生き残って今の地位を手に入れた。それに・・・・あの人も生き残りだ。あの作戦の生き残りは・・・俺とあの人だけだ。」



 レスリーはキースにたいしてかなり同情的であった。

「ハンプス少佐が・・・・・か。いっつもあんな軽い人なのにね。」

 モーガンはキースの普段を考えているのか視線を空中に泳がせていた。



「ニシハラ大尉のように特別だと認識されているのはまた違う。・・・・とまあ、俺とクロスの入れ替わりについてはざっくりとこんなものだ。」

 レスリーは話を締めくくると黙って操舵に集中し始めた。



 モーガンとリリーはキースと地獄が結びつかないようで相変わらずぽかんとしていた。









「軍人さん。俺に何の用だ?」

 病室のベッドに横たわる男は目の下の隈がひどい。

「お前がどういう経緯でモルモットになったのか・・・・知りたいと思ってな。ジューロク」

 キースは横たわる男、ジューロクに言った。



「噂で聞いた。ハンプス少佐どのは今の地連において大きな影響力を持つと・・・・」

 ジューロクはそう言うとキースを羨望の混じったまなざしで見た。

「別にそんな力ないさ。」



「現場を知っている上は重宝される上に慕われやすい。まして、あんたは地獄を見てきた人だ。俺たちの間でも有名だったですよ。『希望』周辺の殲滅作戦、地連の汚点の生き残り。それが上に重宝される理由というわけか。」

 キースの謙遜を無視し、ジューロクは続けた。



「・・・その生き残りにロッド中佐もいる。現場を知っている・・・お前はそういう上を知っているのか?」

 キースは誉め言葉をそのまま質問に返した。



「俺の且つての上司・・・・・まあ、付いていた人がそうだった。失脚して部下もろともモルモットだ。・・・・そういう経緯だ。」

 ジューロクは暗い口調だった。



「その人を尊敬していたんだな・・・・」

 キースはジューロクの口調を受けて呟いた。



「・・・・馬鹿な人だった。幼いころからヘッセ総統のお付だったみたいらしいが、お人よしでどこまでも忠実で・・・まあ、裏切ったんだがな。」

「裏切ったか・・・前総統の部下だったのか?」



「秘書みたいなものだ。ただ、優しすぎたのか・・・・総統に捨てられた女に手を出して、それを利用された。」

 ジューロクは最後の方に怒りを込めていた。



「目障りだったのか?」

「そうだったのかもしれない。手を出した女も地雷だったから何とも言えないが。」

 ジューロクはそう言うとよくある話だと呟いた。



「その失脚したお前の元上司は?」

「ずいぶん前に・・・たぶん死んだ。」



「たぶん?」

 キースは引っかかる言い方に首を傾げた。



「予想はついていると思うが、『希望』『天』の破壊活動には俺らのような操作できるモルモットが使われている。『天』ならまだ、生きている可能性はあるが、あの人は『希望』の破壊活動のモルモットに充てられた。」



「・・・・そうか」

 キースはジューロクの横たわるベッドに腰かけた。



「お前はその人が好きだったんだな。女に引っかかって失脚してそのせいでお前がモルモットになっても・・・・」

 キースは羨ましそうにジューロクを見た。



「ああ。変な意味じゃない。真面目で・・・素直だった。馬鹿だけど、賢いひとだった。今でも思い出す。俺たちに指示を出すときも偉そうじゃない、頼むように言うんだ。大事な仕事ならなおさらだ。その時に揺れる綺麗な緑の瞳が印象的で・・・・・地雷で利用されたと分かっていても最後まで一人の女性を愛し続けていた。・・・・要は救いようがない馬鹿だった。」

 ジューロクは笑顔だった。



「はは、お前の話でしかわからないが、俺もその人好きだな。俺の上司は嫌な人だった。」

 キースは嫌という割に笑顔だった。



「嫌な人か・・・・でも嫌いではなかったんだろ?」

「・・・・わからない。ただ、俺をよくわかっていたんだろうな。」

 キースは遠い目をした。



「・・・・作戦での犠牲者か・・・・・」

 ジューロクの問いにキースは無言になった。だがしばらく考え込んで



「いい人ではなかった。素直でもなく、本音は分からない。接しやすいが皮肉と軽口の区別がつけにくい。・・・・・馬鹿では無かったな。」

 思いだすように呟いて口元に笑みを浮かべた。

「本音がわからないと言いながら、お前はその人の本音が分かっているんだな。」

 ジューロクはキースの顔を見て溜息をついた。



「・・・花の話をした。」

「花・・・か?」



「ああ。泥の中で咲くと言われている花だ。あの人はそれが見たかったって言っていた。汚い地連でも咲くことのできる・・・」



「ロマンチストだな。」

「そんな柄じゃなかったから俺は揶揄われているのかと思った。」

 キースは首を傾げた。



「俺の上司は・・・その花みたいな人だったかもしれない。ヘッセ総統という汚いものに触れても、ずっと綺麗でいた。」

「俺はその人に会ってみたいな。」



「お互い、いい上司を持っていたんだな。」

 ジューロクの言葉にキースは苦い顔をした。

「お前のはいいかもしれないが、俺の上司は嫌な奴だぞ。」

 今度は眉を顰めた。



「はははは。そうかそうか・・・・。あの人がヘッセ総統なんかに仕えなければ・・・・」

 ジューロクはヘッセ総統が嫌いなようだ。



「だが、失脚したとしても理由が弱いな。モルモットにするにしては女に手を出した・・・ましてや捨てられたといってもいいんだろ?」



「その先に続きがある。」

「続き?」



「ああ。あの人はその女とヘッセ総統の本妻の亡命を手助けしたんだ。」

 キースはその言葉に目を光らせた。



「・・・・それはいつの話だ?」

 キースの声は低くなっていた。



「そうだな・・・・今から15、6年前か。当時開放的だった『希望』にな。・・・ヘッセ総統が怒ったのはその中に自分の子供もいたことだ。女の子がいたと聞いていたから、レイラ・ヘッセか?」

 ジューロクの言葉はキースの耳に入っていなかった。







 

「『希望』周辺の殲滅作戦。モルモットの実戦使用の試験か・・・・」

 カワカミ博士の言葉にラッシュ博士は頷いた。



「懐かしい作戦ね・・・・そうよ。地連は相当痛手を食ったはずよ。いや、違うわね。レイモンド・ウィンクラー大将は・・・・かしら?まあ、それでロッド中佐が台頭してきたのよね。」



「あの時はまだレスリー様でした。」



「・・・そうよね。クロス君だったら地連の被害も少なかったかもしれないもの」

「レスリー様は優秀で勇敢な方です。」

 ラッシュ博士の言葉にカワカミ博士は静かに怒った。



「わかるわよ。ただ、特別君は違う。そう言いたかっただけ。それよりも、ただその話をしたかっただけじゃないわよね?」

 ラッシュ博士は何かを察したのか腕を組んで頷いていた。

「・・・ええ。殲滅作戦。地連側もゼウス共和国側もあるものを捜していた。・・・ですよね。」

「そうよ。むしろそれが目的だった。モルモットの試験はいつでもできる。」



「ドールプログラムの最高権限を搭載したドールですね。」

 カワカミ博士の言葉にラッシュ博士は頷いた。



「あなたは何か知らないの?」

「カギは・・・・コウヤ様です。」

 カワカミ博士は遠くを見つめた。



「そうなの。今のムラサメ博士以上の権限を持つの?」

「そうですね・・・・そのドールはドールプログラムのきっかけ。ムラサメ博士が対抗できるものではないのです。キャメロンは何も知らないのですか?」



「どういうこと?」

 ラッシュ博士は態度を一変させて険しい表情をしていた。



「シンヤはわかっていたのかもしれませんね。あなたの気持ちに。」

 カワカミ博士は親しみを込めて呟いた。



「・・・・まさか。あの人は私を見ていなかった。だから、私は研究だけは・・・」

 ラッシュ博士は吐き捨てるように笑って言った。だが、その目は悲痛だった。



「狂っても・・・・貴方に隠していたのが何よりの証拠です。」

 カワカミ博士はそう言うと微笑んだ。

「・・・・シンヤは意外と目ざといからな・・・・」

 呟くカワカミ博士の口調には親しみがあった。



「・・・・盲目だったのはあなたの方だものね。天才ギンジ・カワカミ。」

 ラッシュ博士は皮肉るように言った。



「あなたの言うことはあながち間違っていないのかもしれません。シンヤの憎しみはドールプログラムによって増幅されている・・・・だとしたら、彼は自分でも止められないのかもしれません。」

 カワカミ博士は深刻そうな表情をしていた。



「アリアちゃんが意地でも止める・・・・って言っていたけど、ゼウス共和国にはまだモルモットとドール部隊があるのよ。」

「感情が増幅されて・・・・彼はただの破壊活動を行うのかもしれない。」

 カワカミ博士の口調にラッシュ博士は笑った。



「どうしたんです?」

 カワカミ博士は急に笑い出されたのに対し、いい感情は抱いていないようだ。

「いや・・・・だって、あなたの話し方・・・・全然危機感ないわ。昔の天才ギンジ・カワカミそのものよ。」



 ラッシュ博士の言葉にカワカミ博士は目を伏せた。

「私は、確かに見たいのかもしれないです。ドールプログラムに飲まれる人間を、国を・・・・それを止める子達を」

 最後の言葉にラッシュ博士は面白くない顔をした。



「私は父親です。ユイの・・・・・ムラサメ博士の中にもその思いはあるはずです。」

 ラッシュ博士はその言葉にも面白くない顔をした。







 

 墓地を出て6人歩く姿は何とも言えない威圧感があった。

 一人はこの前まで実験体として監禁されていた。

 一人はこの前までゼウス共和国のエリート軍人だった。

 一人はこの前まで仲裁国の総裁だった。

 一人はこの前まで戦艦の艦長をしており、現在の注目の大尉である。

 一人は無慈悲な死神と畏れられ、人々を扇動し軍を動かす力がある。

 一人はこの前まで普通の学生だった。だが、プログラムを止める要である。



「話してみると変わらないものだな。」

 ディアは感慨深く呟いた。



「ロッド家に着いたら・・・・これからの話をしないといけないんだな・・・・」

 コウヤはさっきまでも今までの感覚が懐かしく嬉しかった。だから、先に事を考えたくなかった。



「これからがある。その先も、だから必要だろ。」

 ハクトはそう言うとクロスを横目で見た。

 クロスはハクトの視線から逃れるように顔を背けた。



「ハクトとクロスは宙に残るんだな。私たちも残るか?勢いで地球に降りるような空気だが、宙に他の戦力も必要だろ?」

 ディアは冷静な口調だった。



「いや、宙は洗脳の恐れがある。なるべく最低限の戦力で挑む。正直言うと俺とクロスだけでいいんだが、軍の性質上そうはいかない。補給とか衛生兵の関係で軍本部にも数人申請している。」

 ハクトは苦笑いをしていた。



「・・・・確実な味方は地球に下がってほしいんだ。私は、あの研究ドームで共闘したもの以外味方だと認識していない。」

 クロスは淡々と言った。



「・・・・・二人に何かあったらどうするの」

 ユイは責めるようにクロスを見た。



「それはない。このポンコツは、未だに実力を発揮していない上に迷惑をかけまくりだが、私に次ぐ力を持つ。もし、私たち二人がだめなら不可能だということだ。」

 クロスは片頬を吊り上げて笑った。



「・・・・余計なこと言うな。」

 ハクトはクロスを睨んだ。

「役に立ってから言え。ニシハラ大尉。」

 クロスの言葉にハクトはバツが悪そうにした。











「・・・・着いた。」

 レスリーは安堵したように呟いた。

 地球に降り立ち何十時間が経っていた。



 眠っていたリリーとモーガンは目をこすっていた。

「ここは?見たことないドームだけど・・・・」

 モーガンはあくびを噛み殺しながら言った。



「ここは、申請していないドームだ。この辺りはかつて国があった。地盤の変動があり、大きく地形が変わっていて隠れるにはもってこいなわけだ。小さいが国の規模は大きかったみたいだから廃墟も多い。変な風評もありなかなか探索もされない。」



「なるほど・・・・その風評もこの地球の状況だと関係ないな・・・・この辺りにドームを作るのも・・・・」

 テイリーは感心していた。



「ネイトラルのドームを造ろうと思うな。」

 レスリーはテイリーを睨んだ。



「わかっています。ですが、いずれ地球の人口は昔の様にあふれかえる。その際に新しいドームが必要になります。」

 テイリーは宥めるように、言い訳するようにレスリーに言った。



「大丈夫だ。宇宙はどうにかなる。一時的な避難だ。」

 言ったのはマックスだった。

 レスリーとテイリーはマックスを驚いた目で見た。



「ですよね・・・・レスリーさん。」

 マックスはレスリーに笑いかけた。

「・・・・あ・・・ああ。」

 レスリーは驚きを隠せない様子だが、口元に隠し切れない笑みを浮かべた。



「・・・まあ、今の状況を打開するにしても先に大きな権力を持つ方々を敵に回せませんよ。」

 テイリーは諦めたような口調で首を傾けた。



「このドームがこれからの滞在先なんですか?」

 リリーは恐る恐る訊いた。



「ああ。ここはレイモンド・ウィンクラー大将の隠居先であり、俺の母親が滞在しているドームだ。カワカミ博士の協力もあり地下にはドームの設備と訓練スペースもあるからカカには仕事をしてもらう。もちろん医療施設もあるからリオも忙しくなる。」

 レスリーはそう言うと、テイリーと一緒に乗り込んだリオとカカを順に見た。



「はい!!」

 リオとカカは姿勢を正し勢いよく返事をした。

「何で俺の時よりいい返事なの!?」

 テイリーの叫びがむなしく響いた。



「・・・・医療施設があるなら・・・・俺も働けますよ。それに俺はドールの設備でも」

 マックスがムキになっていた。

「言わなくても働いてもらう。だが、お前は休むことが大事だ。リオとカカは待機だった。・・・・・あ、テイリーも。」

 諭すようにレスリーはマックスに言った。



「そしてそれは、お前らにも言えるからな。モーガン。リリー。」

 二人を順に見てレスリーは厳しい表情をした。



「ええ。」

「もちろん。」

 頷く二人はさっきまで寝ていた。

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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

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