あやとり

近江由

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六本の糸~「天」2編~

68.感傷

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 夜の屋敷は暗く、やはり不気味だった。

 久しぶりに親友と長い時間を過ごしたのもあるが、これからのことに気持ちが昂っているのに加え不安ということもあり、コウヤは眠れなかった。



 確か庭が綺麗だったのを思い出して、散歩と洒落込んでみようかと思ったのが間違いだったのか、庭では何やらレイラとクロスが話し込んでいる。



 久しぶりに見た穏やかな笑顔。

 あんなに頑なだったのに、結局一緒に過ごしたかったのかと思い、邪魔をしないでおこうと気を遣った。 そう、気を遣った。



 足音を立てないように慎重に歩いていると、以前コウヤが入った部屋、レスリーの父の部屋に人の気配があった。



 誰だろうと覗き込むとそこにはリード氏がいた。

 ぎょっとして、その場から去ろうと急ぎ足になったら

「誰だ?そこにいるのは?」

 と気付かれた。



「いや、わかるぞ・・・コウヤ君と言えばいいか?」

 リード氏はコウヤと直ぐに言い当てた。



 バレてしまったからには仕方ないとコウヤは降参するように部屋に入った。



「よくわかりましたね。」



「足音を立てないように慎重だったのだろうが、バレバレだ。君は訓練を受けていないから、君だとな。他の者は私が気付けない。」

「そんなにバレバレでしたか・・・」

 流石に自信がなくなってきたコウヤは少しうなだれた。



「他の者なら気付かないだけだ。最初から男だと断定していた。なら君だけだ。あと、そんなに落ち込まないでくれ。こう見えて私も現役時代があった。」

 リード氏は困ったような顔をした。



「そうでしたね・・・。どうしてこの部屋に?あなたに割り当てられているのは・・・」



「ここの部屋の主とは知り合いでな・・・私のせいで死んだが、少年時代を共に過ごした。」

 リード氏は懐かしむように、かつてコウヤがひっくり返したアルバムを手に取った。



「ここの部屋は、おそらく昔のままだ。ロッド侯爵が死んだ日から変えられていない。」

 リード氏はアルバムをめくり懐かしそうに目を細めていた。



「・・・その写真の中にある集合写真・・・何人かいますが、その中の1人ですか?」

 コウヤはかつて見た写真を思い出した。



「見たのか?まあ、私も勝手に見ているのだが、そうだな。私はレイモンドの隣にいる。ロバートに、ライアン、そしてレイと私とナオ・・・おそらく彼だろうな。」

 リード氏は写真を見て頷いていた。



「少年時代を共に過ごしたのに・・・そんな彼らを裏切れるんですか?あなたは・・・」

 コウヤはリード氏を睨んだ。



「私たちには変わらないものが無かった。変わらなかった者たちは・・・死んだか、冷や飯を食った。」

「レスリーの父親とレイモンドさんですか・・・」



「この部屋をそのままにしているのは、カワカミ博士だと思うが、おそらくレイモンドに頼まれているのだろうな。」

 リード氏は部屋の書きかけのメモや、下げられた椅子を見て目を細めた。



「こんなことをしても死んだ者は死んだままだというのがわからないのか・・・」

 リード氏は吐き捨てるように呟いた。



「あなたには・・・わからないでしょうね。幼い時の友人を裏切って・・・」



「今回の騒動・・・結局は夢想家と実際家のギャップで起きているだろう。絆や幻想を大切にしたレイモンド、ロッド侯爵、ナオ、ムラサメ博士、ラッシュ博士。それらを切り捨て、利害で動いた私やロバート。これで言うとライアンは中途半端だな。」



「・・・あの、ナオって・・・誰ですか?」

 コウヤは何度か出てきた知らない名前が気になっていた。



「ああ。ロバートの幼馴染であり、秘書であった男だ。死んだがな。」

 リード氏は皮肉気に笑った。



 開いていたアルバムを仕舞い、リード氏はコウヤを見た。



「君たちと同じように私にも変わらないものがある・・・が、それは無駄なものだった。」

 動かしたものを慎重に元に戻してリード氏は出入り口付近にいるコウヤに寄った。



「俺は、無駄だと思わないですよ。」



「・・・若いな。」

 リード氏はコウヤを眩しそうに見た。



「君は、非情な決断をしなければならないかもしれないのだ。」

 リード氏は、コウヤの肩を叩いて、部屋から出て行った。





 

 コウヤ達が戻って来て一日が終わり、朝が来た。

 ロッド邸のある一室では、朝食を終えたキースとラッシュ博士が向かい合っていた。



「これにサインする?」

 ラッシュ博士はキースに一枚の紙を差し出した。

「承諾書か・・・・いいぞ。」

 キースは笑った。

「・・・・まあ、あってもなくても変わらないわよ。」

 ラッシュ博士はそう言うと持っていた紙をクシャクシャにして灰皿に置いた。



「・・・・・表立ってはクロス君が無責任と言われているけど、あなただって相当なものよ。」

 ラッシュ博士はタバコをくわえライターで火をつけた。ついでに灰皿に置いている紙にも火をつけた。



「無責任ではない。・・・・・俺はな、待たせている人たちがいるんだ。」

 キースは燃える紙を真っすぐ見た。

「・・・・・殲滅作戦を思い出すわね。責任者はレイモンド・ウィンクラー大将で作戦を行うんでしょ?」



「ああ、作戦に責任者は必要だ。後はメインの戦艦の艦長と小隊の隊長か・・・・」

 キースは何かを思い出すように笑った。



「・・・・決めているのね。あなたが羨ましいわ。」

 ラッシュ博士はキースを見て微笑んだ。

「俺もあんたもやれることをやろう。」

 キースは何故か胸を張っていた。



「そうだわ・・・・あなたシンタロウ君のフォローをするって言っていたけど・・・・6人とは違って彼には話した方がいいんじゃない?」

 ラッシュ博士はそう言うと窓の外を見た。



「ああ、どうせ地球に降りたら一緒に訓練をするんだ。その時にでも話す。」

 キースはラッシュ博士の後に続くように窓の外を見た。



「まあ、今はいいわね。」

 ラッシュ博士は外のシンタロウを見て目を細めた。

「そうだな。邪魔しちゃ悪い。」

 キースもラッシュ博士の言葉に頷いた。





「ねえ、シンタロウ。」

 イジーは庭で椅子に座り外を眺めるシンタロウに声をかけた。

「ああ。腕大丈夫か?」

 シンタロウは右腕を指差し笑った。

「大丈夫。・・・・あのさ。」

 イジーはシンタロウの横に腰かけた。



「・・・・ムラサメ博士に対抗するために通信機器が使えない状態で戦うらしい。ドールプログラムにコウヤ達6人が介入する時、戦える人材として、俺が戦うことになった。」

 シンタロウはそう言うとイジーを恐る恐る見た。



「あなたが決めたことでしょ。・・・・・その話がシンタロウに行くってことはシンタロウにしかできない役目なのね。」



「・・・・俺、アリアの元に帰らない。」

 シンタロウは断言するように強く言った。



「俺が軍に志願したとき、アリアとコウヤがいるから帰る場所がある。と考えていたんだ。・・・でももう違う。俺の帰るところはないんだ。」

 シンタロウは自分の両手をじっと見ていた。



「・・・アリアさんはどうするの?あなたとコウヤさんが帰る場所と思っているかもしれない。」

「わかっている。俺は親友としてアリアを助け出す。いや、小さいころから妹みたいに世話を焼いていたから、それの延長線上だ。彼女もそれを望んでいる。そし・・・」

 言いかけたところでイジーはシンタロウの顔の前に手を出して止めた。



「彼女を助け出して・・・先のことはそれから話して。帰る場所なんて知らない。あなたは自分に役目を与えて、それを果たしたいと思っているんでしょ?」

 イジーは語り掛けるように、叱り付けるようにシンタロウに言った。



「そうだ。」

「私だってそこまで馬鹿じゃない。・・・・・だから・・・・」

 イジーとシンタロウは見つめ合った。





「ストーップ!!!」

 二人の間に入るように声がかかった。

 声に驚いてイジーとシンタロウは飛び上がった。



「ユ・・・・ユイさん!?」

 イジーは思わぬ闖入者に呆然とした。

「ユ・・・・ユイちゃん・・・?」

 シンタロウは腰を抜かしかけている。



「それ以上はフラグだから!!!ダメ絶対!!」

 ユイはそう叫ぶと両手でバツマークを作り二人の周りを走り回った。





 三人の様子を窓から見ていたラッシュ博士とキースは

「思いがけない邪魔が入ったわね。」

「楽しそうでいいんじゃね?」

 と二人にしては珍しく平和そうな表情をしていた。







 

 他国の関係者ということでレイラとリード氏、ディアは朝早くから本部に向かっていた。

 軍本部は大忙しだった。

 ハクトやクロス、キースは戦いの後のため休みをきっちり取らせてもらった。

 だが、他の待機していた軍人は地球からの問い合わせや輸送船の遣り繰り、一般人への対応により寝ないで仕事を続けていた。

 そんな気配がムンムンとする。



 軍本部に向かう車でハクトとクロスは顔を顰めた。

「・・・・帰ったの悪かったか・・・・」

 ハクトは昨日ゆっくりとロッド家で過ごしたことに申し訳なさそうにしていた。



「・・・・・お前は休むべきだ。むしろ休め。効率の悪い奴だ。大昔のある国ではそんな考え方をするものを家畜のような呼び方をされていたようだ。」

 クロスは手をひらひらさせて言った。



「俺は飼われているわけではない。・・・・甘いと言いたいわけか?」



「ふん。わかっているならいい。組織に飼われているような根性はニシハラ大尉には持ってほしくない。だいたいそれから脱却するために若い軍人たちが私に続いて反乱を起こしたんだ。」

 クロスは真面目な顔だった。



「・・・・・悪い。」

 ハクトはクロスがハクトのことだけを気にしていたわけではなかったことに気付いて謝った。



「私たちの行動もそうだが、ついてきてくれた者たちには無理をしてでも期待に応える必要がある。自分を演じてでもだ。お前は地連で二番目に強い男だ。」

 クロスはハクトを見ていた。



「・・・・お前の言うことは確かに正しいな・・・・」

 ハクトは全面的にクロスの言い分を認めた。



「先の話はするな。キリが無くなる。ただ、今のお前は地連のニシハラ大尉だ。ロッド中佐、ハンプス少佐、ニシハラ大尉が今の地連の核となる。中間管理職のような感覚でいるなよ。」

 クロスは笑顔もなく言った。

「・・・・・そうだな。」

 ハクトも笑顔もなく答えた。

 二人は真面目な顔をしていた。



「真面目な話をしているところ申し訳ないけど・・・・どこに停めればいい?」

 コウヤは駐車するスペースを探し同じところをぐるぐるしていた。









 ホワイトボードに各国の動かせる船の数、月と地球の図が書かれていた。張り出されている地球地図には各国のドームの位置がそれぞれ示され、その前でディアとレイラが立ち、彼女たちの前にはリード氏を始めとし、地連の(反乱前までの)お偉いさんが座り二人の様子を見ていた。



「ネイトラルのドームももちろん開放する。身元証明ができないものに関してもだ。ただ、ドームに入ってもらったあとに分けられる。」

 ディアは地図に書いてあるネイトラルのドームを指差した。



「洗脳されていないゼウス共和国の国民は暴動を防ぐために別の航路で地球に下ろそう。」

 レイラは空図を指差した。

「宙でもなるべく接触しない空路を通りたいが、そうもいかないな。」

 難しい顔をするレイラに

「ネイトラルの船と合同はどうだ?こっちの国は地連が嫌になった奴、ゼウス共和国が嫌になった奴が同量くらいいる。今回の事態に関しても一番理解のある国だ。ネイトラルの船なら、地連の連中も騒がないだろ?」

 ディアはそう言うとネイトラルの船一つをゼウス共和国の船の方に矢印を引いた。



「収容人数は最大1500ほどだが何台必要だ?」

「宇宙にいた軍艦はほとんどゼウス共和国に行った。船の規模は500以下で十分だ。」

 レイラは手短に答えた。



「・・・・わかった。ゼウス共和国の船、ネイトラル、地連関係なく各船には地連の将校に乗ってもらうか。」

 そう言うとディアは冷たい目で前に座る軍人たちを見た。軍人たちの後ろ、一番後ろにはジューロクが無言で座っていた。彼は一番前で説明する二人を食い入るように見ていた。



「かまわない。どうせ地連の船に乗るにしても針の筵だ。どこに乗っても変わらない。」

 リード氏はそう言うと他の軍人たちに同意を求めた。

 他の軍人たちはリード氏につられるように同意したが、一人浮かない顔をしている男がいた。



 気の弱さと器の小ささ、度量のなさを宇宙放送で晒された男。

 ライアン・ウィンクラー総統だ。



 レイモンド・ウィンクラー大将の弟だが、兄弟仲はよくない。



「ライアン・ウィンクラー総統。これ以外の選択肢はないです。」

 ディアは睨み付けるようにライアンを見た。



「・・・・・小娘が・・・・」

 そう吐き捨てると諦めたような表情をした。



「言いたいことはそれだけですか?総統。」

 レイラはライアンを睨みつけた。

「言いたいことが反映されるとは思えないから、言っても無駄だろ。」

 ライアンは拗ねるように言った。大人げない。



「反映されるようなことを言っていただければいいですよ。意見なら大歓迎。ねえ、ディア。」

 レイラはまるでクロスのような嫌味を言って横のディアに同意を求めた。



「ああ。何かいい意見があれば言っていただきたい。誰でもいい。」

 ディアは嫌味と受け取らずそのまま意見を募集した。



「・・・・・ゼウス共和国のものを地球に送る必要はあるのか?」

 一人の軍人が言った。



「それは・・・?どういうことですか?」

 レイラは非難するような目でその軍人を見た。



「敵国だ。それなら他の地連のものを下ろすことに・・・・」

「私は甘い。そして私は地連の人間じゃない。ゼウス共和国の人間だ。」

 レイラは軍人に詰め寄った。

「意見は嬉しいが、その話題は現在の地連のトップにするべきだ。いや、仕切っている奴だな・・・・」

 レイラの言葉に軍人は息を呑んだ。



「彼は私の様に甘くない。」

 レイラの言葉にディアも頷いていた。



 ジューロクは静かに部屋から出て行った。









「まず、私が先導しゼウス共和国方面の宙にいくつかの無人の戦艦を置く。戦艦機能は動力以外排除し、電波の妨害地点とする。設定に関してはカワカミ博士に担当してもらう。この戦艦を置くにして最低限の人数で臨む。設置地点はこの図のようになる。配置後は速やかに撤退。撤退するにあたって、通信機器類は使わず照明弾を使うように。色で状況を知らせる。」



 作戦の概要はクロスの言った通り、ゼウス共和国側に無人の戦艦を3隻配置する。その戦艦をラインとしそれ以上の場所で戦闘は行わない。砲撃等に関しては、向こうの射程圏内ならばこちらも射程圏内だ。とクロスの言葉からラインを越えずに対応することに。

 3隻配置の時はクロスが先導する。戦艦を定位置に停めた後乗組員は撤退。その際にクロスは出たままである。ハクトとクロスの交代は6時間おき、他の者は、4時間おきに交代だ。



「まあ、ニシハラ大尉が無理というなら私が8時間でそちらは4時間でも構わない。」

 クロスは一番後ろで怖い顔をして聞いているハクトを挑発するように言った。



「逆でも構わないですよ。中佐殿。」

 ハクトは仰々しく言った。

「バカにするな。」

「その言葉そのまま返します。」



 ハクトとクロスのやり取りに部屋の空気は凍っていた。

 わけではなく、別の好奇心のようなものが湧いていた。







 軍本部に来たからと言ってコウヤにできることは何もない。

 まさに暇を持て余している状態。

 訓練をすればいいのだが、やる気に満ちあれている兵士たちが訓練所にひしめいている。

 訓練、鍛錬、修行と名の付く場所はどこもかしこも目の色がギラギラとした兵士たちで一杯だった。

「・・・・気持ちはわからなくもないんだけどな・・・・」

 コウヤは屋上の椅子に腰かけて人工物の空を眺めていた。



「やることがないのか?少年。」



 コウヤは声の主を見た。

「ジューロクさん・・・・」

 コウヤに声をかけたのは、研究ドームで唯一生き残ったモルモットのジューロクだった。



 ジューロクが本名ではないのは勿論だが、彼は名前を語らないためジューロクと呼んでいる。

「コウヤ・ムラサメ君。確か、『希望』の破壊の時に現場にいたんだよな。」

 ジューロクはコウヤの座る椅子の前に立った。

「座りますか・・・・?」

 コウヤは席を詰めて椅子を開けた。



「大丈夫だ。目を見て話したい。」

 ジューロクは首を振った。



「あの、ジューロクさん・・・・俺うろ覚えなんですよ。」

 コウヤは『希望』の破壊の時に確かに現場にいた。

 だが、偽物の記憶の痕跡が大きいのか肝心な本物が思い出せないのだ。



「そうか・・・・・実はな、『希望』の破壊に使われたモルモットに、俺の元上司がいた。その人の最期を知っているなら教えて欲しいと思ったが・・・・」

 ジューロクは残念そうにしていた。



「すみません・・・・・」

「いや、仕方ないことだ。それに、彼が目の届くところにいたかは分からない。お前が知らないことも考えられる。」

 ジューロクはがっかりしていたというのに表情はどことなく明るい。



「ジューロクさん。何か明るくなりましたね。」

 会ったときはモルモットから抜け出すために死を望んでいた。そんな彼の表情の中に明るさがある。



「まあ、嬉しいことがあった。」

 ジューロクは空を見ていた。



「・・・・嬉しいことですか・・・・」

 コウヤはジューロクの顔を見て何かを推し量ろうとしていた。



「・・・・・お前は自分の命を、全てを捧げようと思った人はいるか?憧れでもいい。」



「え!?・・・・・えっと・・・・それは」

 コウヤは思いがけないジューロクの質問に顔を赤くした。



「あ・・・・恋愛関係じゃない。あれはある種の熱だから例外だ。」

 ジューロクはコウヤの表情を見て、コウヤが何を考えていたのかわかった。



「え・・・っと、捧げるとかはないですけど、憧れとか、ついていきたいな・・・・とか思った人はいますよ。」

 コウヤはジューロクが言うほど強くはないが、キースに導いて欲しい、諭し続けて欲しいと昨日思ったばかりだ。



「そうか。俺はいた。その人が上司だった。」

 ジューロクは亡くなったであろう上司のことを思い出しているのだろう。表情が明るく、何かを眩しがるように目を細めた。



「その人のせいでモルモットになった・・・・んですね。でも、それすらも受け入れてしまうほど・・・・」

 コウヤはジューロクの表情と感情の流れを読み取った。

 ジューロクの感情に他人を責めるモノはなかった。そして、後悔もなかった。



「・・・・・レイラ・ヘッセ・・・・・綺麗な目をしていた。」

 ジューロクは下を向いていた。



「レイラ・・・・?ええ。確かに綺麗な緑ですね・・・・あの、彼女が・・・・?」

 コウヤは予想のしていなかった人物の名前がでて戸惑った。



「いや、今回の作戦で俺が協力できることがあれば協力する。なんなら命を捨てるような行為でも構わない。」

 ジューロクは力強くコウヤを見た。



 あ・・・・

 昨日自分が提案した『・・・・ジューロクさんとかは・・・・使えないのかな・・・?』

 と発言したことが急に思い出された。



「ジューロクさん!!・・・・その、実は・・・・」

 コウヤは急に自分が彼の存在を道具のように言っていたと感じた。



 ジューロクにそのことを言うと

「いや、普通だろ。お前は特に命がかかるとか考えてなかった。その後に出てきた親友の名前を聞いて命の危険を認識した。最初から分かっていてそう発言できる奴ではない。俺はお前のことをそう思っている。」

 ジューロクは気に留めていなかった。本当に気に留めていなかった。



「・・・・・そうみんなも思っているから、俺を責めるようなことを言わなかったんですかね・・・・」

 コウヤはあの発言をした現場にいた人を思い出していた。とくに非難されるような気配も何もなかった。



「これは俺の偏見が入るが・・・・・軍の上に立つような考えをするロッド中佐は当然の言い方だったんだろうな。ニシハラ大尉も人を動かしたことのある人間だ。レイラ・ヘッセにしてもディア・アスールにしてもそうだ。ユイ・カワカミに関しては、自分が道具のように扱われてきたからだろう。シンタロウ君は物事を切り離して考えられる人と思っている。悲しいことだけど根底にはこれがあるんだろうな。もちろんお前がそう考えるやつとは思っていないのもある。」

 ジューロクはそう言うとコウヤを見て微笑んだ。



「・・・・何か・・・・悲しいですね。」



「俺はお前がそう感じられる人だと改めてわかって嬉しい。」

 ジューロクはコウヤを眩しそうに見ていた。



「ジューロクさんはそう言ってくれますが・・・・俺はそんな大層な人間じゃないです。」



「お前が自分をどう思っていても構わない。ただ、お前が彼らの精神的主柱であることは変わらない。お前がどう思おうが彼らがお前を頼りにしていることに変わりはない。」

 ジューロクの言葉は重くコウヤの胸響いた。ハクトとクロス、ディアとレイラ、そしてユイが自分を精神的に頼りにしているのか。

 5人から何となくそんなことは言われたことはあった。彼らから言われるよりも第三者から言われることの説得力を強く感じた。



「・・・・・俺がお前に言えることは・・・・頑張れ・・・・っていうありきたりな言葉だけだ。」

 ジューロクは笑ってコウヤを見た。



 コウヤは素直にジューロクの言葉を受け取れた。

「・・・・俺、あなたと話せてよかったです。」

 この人を助けて、助けれてよかった。コウヤはそう思った。



「ジューロクさん・・・・・生きていてくれてありがとうございます。」



「それはこっちのセリフだ。・・・・・助けてくれてありがとう。」

 ジューロクはそう言うと建物の中に向かって歩き始めた。



「俺も役に立てる限り立つからな。」

 建物の中に入っていくジューロクを見てコウヤは頼もしい気持ちになったが、何やら不安も感じた。ただ、この不安は何なのかわからなかった。





 

 割り当てられた部屋でディアとレイラは対策を説明したため休んでいた。

 頭の固い大人に説明することのめんどくささ、主導権が無ければ難しかっただろう。

 二人は精神的に疲れていた。



「・・・・ありゃ、リード氏も付け込めるわけだ。若者には度量が狭いくせして同期や同年代には寛大だ。」

 ディアはティーカップを傾けて言った。



「今まで自分は井の中の蛙だと思っていたけど、まだかわいいもんだったわ。」

 レイラは疲れた顔をして焼き菓子をかじった。



 二人のいる部屋には建前上の見張りの軍人がいた。

 まだ若く興味津々で二人の様子を見ていた。



「しかし、意外だ。私に対して地連の連中が寛容すぎる。クロスが何か小細工したとしか思えない。」

 焼き菓子を飲み込み軍人モードの口調でレイラは言った。



「ああ、それなら言っていた。たしか・・・・以前からゼウス共和国内で陰謀を阻止しようとしていたがそれを煙たがられモルモットにされた悲劇の女性とな。ヘッセ総統と血が繋がっていないことも公言していた。何よりロッド中佐とコンタクトを取って陰謀を探っていたという設定だ。何度か対面しているのだろう?戦闘中に逃がしたことが有名だからすぐに受け入れてもらえたようだ。」



「設定多い!!・・・・なんなのよ。クロスそこまで考えて行動していたの・・・・」

 レイラは髪の毛を掻きむしりため息をついた。



「・・・・・どう考えていたかは知らないが、レイラが地連で不自由なく暮らせるようにとの配慮はしていたさ。私やハクトが、互いが一番なようにクロスにとってお前が一番だからな。」

 ディアはさらりと惚気を加えた。



「・・・・そうね。」

 レイラは頬を、染め顔をにやけさせていた。



「失礼します。」

 部屋に女性の軍人が入ってきた。どうやらお茶道具など休憩用の小物を追加しに来たようだ。



「かしこまらなくていい。私たちは休憩中だ。かしこまって接せられる方が疲れる。」

 ディアはそう言うと手をひらひらと振った。



「そうよ。こっちの話が筒抜けな感じがして、静かすぎるのは嫌だからてきとうに何か話してて。雑談しててもいいわ。これは命令よ。」

 レイラは最後の部分を強調した。



「では・・・・おかまいなく・・・・」

 女性の軍人は元いた若い男性の軍人に話しかけ始めた。



「そう言えばレイラはシンタロウを随分と頼りにしているようだが、彼はやっぱり有能か?」

「ああ、私のメンタルがボロボロの時に支えてもらったし・・・・あんたもいたでしょ?フィーネが月に上がるときに・・・・私がハクトぼっこぼこにしたやつ。」

「ああ・・・・あれは堪えた。」

 ディアは苦笑いをした。

「まあ、あんたもブチ切れてたし私も頭プッツンだったしカオスだったわね。」

 レイラは自嘲的に笑った。

「・・・・途中でドールに変わったのも彼だな。まったくコウはいい親友を持っている。」



「そう。器用で小回りが利くのは元からみたい。」



「特別だから能力は上だが・・・・もし何もなかったらシンタロウの方が能力は高いんではないか?自分が他の人に比べて役に立っていないことが。」

 ディアは笑った。その笑顔には優しさがあった。



「今でも使い勝手はシンタロウの方がいいわ。・・・・だいたいコウに求めているものとシンタロウが求められて伸ばした能力は全く違うわ。」

 レイラも優しく笑った。



「・・・・コウは自分を過小評価しすぎだ。たとえ植え付けられたものでも、能力は低いかもしれないが・・・・私たちのコウへの依存は不変だというのに・・・・」

 ディアは頭を指で軽くつついた後に胸を指差した。

「そうね。実際ハクトもクロスもコウに依存しすぎよ。だからあんなに大人げなく喧嘩ができるのよ。」

「激しく同意だ。」

 レイラとディアは頷き合った。



「ねえ・・・・聞いた・・・・・今日の打ち合わせの時・・・・」

「え・・・・あの二人のことか?」

「すごく気を許している感じで・・・・あんなに大人げないの見たことないから女子の間だでは疑惑が確信に変わっているのよ。」

 女性の軍人と男性の軍人はなにやら雑談に熱が入り始めたのか声が大きくなっていた。



「・・・・・女子は好きだよな・・・・・恋バナとかゴシップ・・・」

「当然でしょ!!男子は楽しくないの?」

「楽しいわけねーよ。俺二人とも尊敬しているんだから。何で仲いいだけでそっちに話しを持っていくんだよ!?女は・・・」



 ディアとレイラは会話の中に不穏な気配を感じ取った。

「・・・・君たち・・・・今誰の話をしているんだ?」

 ディアは口元にぎこちない笑顔を浮かべていた。



「え・・・・あ・・・・ちょっとした噂話です。」

 急に声をかけられた二人は慌てて姿勢を正した。



「ゴシップと言っていたが・・・・誰と誰だ?」

 レイラは軍人モードになっていた。

 二人とも目が笑っていなかった。







 

「いい知らせだ。コウ達の地球行きが早まりそうだ。」

 クロスは書類を淡々と整理するハクトに淡々と言った。

「・・・・そうか。」

 ハクトは複雑そうな顔をしていた。



「昨日のハンプス少佐の割り振りがよかったようだ。物資は無人運転に回し、各企業とその家族ごとで避難をさせているようだ。」

「・・・・・いい知らせか・・・・・」

 ハクトは浮かない顔だった。



「・・・・楽しかったからね。コウがいてみんながいて昔に戻ったみたいだった。」

 クロスは笑顔で言った。



「ああ・・・楽しかった。」

 ハクトは強く頷いた。



「ニシハラ大尉・・・・・いや、ハクト。これが最後のチャンスだよ。」

 クロスはハクトを見下ろして優しい表情をしていた。



「今更地球に降りろっていうのか?」



「僕が訊くのはこれで最後だ。この機会を逃したら・・・・・お前は私とともに宙で戦うことになる。」

 クロスはロッド中佐の顔になっていた。



「他の奴だと役不足だ。俺しかできない。親友が無茶なことをしようとしているんだ。それに・・・・」

 ハクトは椅子から立ち上がり姿勢を正した。



「あなたには憧れていましたから・・・・・ロッド中佐。」

 クロスを見てハクトは敬礼をした。



「・・・・私も君は頼りになる中間管理職だ。」

 クロスはハクトの様子を見て笑った。

「中間管理職か・・・・もっともな意見です。」

 ハクトもクロスを見て笑った。



「君は次の作戦に移るまで私の部下だ。」

 クロスは宣言するようにハクトに言った。

「は!!ロッド中佐。」

 ハクトは点呼を取るときの様に勢いのある返事をした。



「コウヤ・ムラサメが戻ってくるまで・・・・・生き残り、戦おう。」

「必ず・・・・必ずです。」

 クロスの、ロッド中佐の差し出した手をハクト、ニシハラ大尉は強く握った。



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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

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