あやとり

近江由

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六本の糸~「天」2編~

69.小箱

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 軍での対応が残っているクロス、ハクトは本部に残し、ディア、レイラ、ジューロク、リード氏と共にロッド家の屋敷に戻ると神妙な面持ちをしたカワカミ博士とキースがいた。



「カワカミ博士・・・・キースさん?」

 コウヤ達を確認すると二人は笑顔になった。

 どうやら先ほどまで深刻な話をしていたようだ。



 そして、その内容をコウヤには教えてくれない。



「・・・・聞いて教えてくれるような様子じゃないな」

 同じことを考えていたようで、ディアとレイラは諦めたような表情をしていた。



「おかえりなさい。皆さん。晩御飯の支度はできていますので、どうぞ中へ。」

 カワカミ博士は執事の顔になり、慣れた様子でドアを開けてコウヤ達を招き入れた。



「・・・お前本部に行っていたんだな。」

 キースはジューロクを確認すると意外そうな顔をした。

「せっかく自由に動けるんだから動かないと損だろ?」

 ジューロクは気安くキースに応えた。

 どうやらこの二人は相当気を許す仲のようだ。二人の間にどんなやり取りがあったのか知らないが、コウヤにはなんとなく二人の共通点が見えたような気がした。



「クロス様とニシハラ大尉は本部ですか?」

 カワカミ博士は二人がいないことに気付き、何か不都合があるのか眉を顰めた。



「ああ・・・・二人はまだ軍の対応が残っているし、あの二人は残留組だから作戦の打ち合わせとかがあるんだろう。」

 ディアは目を泳がせながら言っていた。いつものディアなら淡々と言うはずだがなにやら落ち着かない様子だ。

 ディアと同じくレイラも落ち着かないようで、眉を上下に動かしながら目を泳がせている。



 訓練された二人が動揺を隠せないことが不思議で首を傾げていた。キースとジューロクの方を見ると二人は何やら悟ったような表情をしていた。ますます腑に落ちなかった。



 カワカミ博士も首を傾げていたが何も聞かずに屋敷の中に入って行った。









 レイモンドの力により、彼の所有するドームにハクトの両親が到着した。

 二人がレイモンドやマリーに導かれるままドーム内の屋敷に入り、すでに滞在しているレスリーやモーガン達の元に向かっていた。



 滞在二日目にかかるが、レスリーはだいぶ腕が安定してきたのか、痛み止めを飲まなくなっているようだ。横でマックスがレスリーの顔色を見て薬を持って構えている。

 リオとカカは予想以上の待遇の良さに、モーガンやリリー達とはしゃいでいた。

「二人とも・・・年齢考えて」

 テイリーは呆れたようにリオとカカを見ていた。



「心はいつまでも少年!!精神年齢は低いに越したことは無いです。」

「年齢考えるのはテイリーさん!!」



「ああー。もう、元総裁も何でこの人選だったのか・・・」

 テイリーはキャッキャはしゃぐ二人に頭を抱えた。



「そうかっかすんな。・・・この二人は命の危機に無関係なところにいたんだろ?動いていないにしろ参っているはずだ。息抜きをするのも大事だろ?元大尉。」

 レスリーはテイリーに向かってにやりと笑った。



「そうですが、モーガン君たちがはしゃぐのと違いますよ。」

 テイリーが諦めたように椅子に腰を掛けたところで部屋にレイモンドたちが入ってきた。



「みんないるな。新たな滞在者たちだよ。」

 レイモンドとマリーは中年の男女を連れていた。その後ろにはミヤコが立っていた。どうやら彼女も同行していた様だ。



「こちらがニシハラ大尉のご両親の・・・」

 マリーは中年の男女を手で指した。



「リュウト・ニシハラです。ハクトの父親です。いつも息子がお世話になっています。」

 マリーに紹介された初老ぐらいの男、ハクトの父親リュウトは頭を下げた。

「キョウコ・ニシハラです。ハクトの母親です。いつも息子がお世話になっています。今回は私たちまで・・・・」

 リュウト同様にマリーに紹介された婦人、ハクトの母親は頭を下げた。



 リュウトは目がハクトと同じような形で切れ長だった。運動をしているのか推測される年齢よりも体が引き締まっていた。ハクトの体型は父親似のようで、四肢の均整がとれている。

 キョウコは目や髪の色はハクトと同じだが、彼女を見た時のみんなの反応は驚きが大きかった。なぜなら、彼女もリュウト同様推測される年齢よりも若い外見をしているのは勿論だが、その美貌がみんなを驚かせた。肌が白く、唇は薄紅色。理知的な瞳は大きく、眉はきりりとしていた。口元の皺も程よい年輪を感じる。

 あと、なんとなくディアに似ている気がするのは全員が思ったことだ。





「・・・・・あいつマザコンだったのか・・・」

 レスリーはぼそりと呟いた。横でマックスが吹き出した。



 リリーはキョウコに見惚れていた。モーガンは口を開けて呆然としていた。



「そして、こちらが・・・・・コウヤさんの母親の・・・・」

 マリーは呆然としているものがいるのに気付いていないのか、元来鈍いのか、構わず紹介を続けた。



「ミヤコ・ハヤセです。キョウコさんの美貌に見惚れているところ悪いけど、私に視線を移してね。」

 ミヤコはモーガンを見て言った。



「あ・・・・いや、すみません!!」

 モーガンは慌ててミヤコの方を見て頭を下げた。



「いいね。素直で。」

 ミヤコはモーガンの様子を見て微笑んだ。

「あらまあ・・・・・」

 キョウコは少し恥ずかしそうにしていた。



「ミヤコさんも美しいですよ。エネルギーに満ち溢れていて魅力的です。」

 レイモンドはミヤコに笑いかけた。



「まあ・・・・レイモンドさんに気を遣わせて悪いですわ・・・・おほほほ・・・」

 流石のミヤコも隠居状態とはいえ、地連の大将に褒められて恐縮した。



「レイモンドさん、母さん。こちらのカカとリオはそれぞれ衛生兵と整備士です。なので、設備の仕事や医療施設の使い方を教えてくれないでしょうか?もうそろそろ働き始めてもらいたいですから。」

 レスリーは肘から先を無くした腕を持ち上げて言った。どうやら無意識に利き腕がある前提で腕を動かしたようで、直ぐに腕を下ろした。



 レスリーの怪我を見てマリーは一瞬顔を顰めた。だが、直ぐに頷いてカカとリオの傍に駆け寄って案内を始めた。

 リオとカカは少しだけしょんぼりしていたが、歩みにスキップが混じっていた。



「・・・・レスリー君。」

 レイモンドはレスリーを気遣うように傍に寄り、レスリーの右腕をゆっくりと持ち上げた。



「これは、モルモットと戦って斬られました。痛み止めを打っているので大丈夫です。処置もこちらのマックスにやってもらいました。」

 レスリーは後ろにいるマックスを顎で指し言った。



「そうか。君はもう、ゆっくり休むといい。君たちも・・・できるだけ・・・」

 レイモンドは後ろにいるリリー、モーガン、テイリー、マックスを見て言った。







 

「明日出発?」

 コウヤとレイラ、ディアは驚きの声を発した。



「そうだ。お前等には言っていなかったが、どうやら俺の初動がよかったみたいだ。」

 キースはそう言うと胸を張って顎をさすった。



「・・・・いや、早い方がいいってわかっているけど・・・・」

 コウヤは地球に降りることが不安というわけでなく、ハクトとクロスと別れることが不安だった。



「・・・・二人は・・・・?ハクト達は・・・・・」

 ディアはゆっくりとキースを見た。その目は切羽詰まっていた。



「・・・・お二人さんには悪いけど・・・・ニシハラ大尉もロッド中佐も見送りには来ない。これはいつ出るのか決まる前からあの二人が言っていたことだ。」

 キースはそう言うとディアから目を逸らし、なおかつレイラと目を合わせないようにコウヤに視線を移した。



「なんで二人は怖い様子なの?」

 ユイはディアとレイラの様子がおかしいことに気付いていた。



 いや、たぶんみんなが気付いていた。コウヤもそうだが、あえて触れていない様子のキースを見てそれに倣っていた。



「まあいいだろ。・・・・というわけで準備は大丈夫か?リード氏には・・・証人と人質の両方の役割で来てもらう。」

 キースはリード氏を冷たい目で見て言った。



「ああ・・・・私に選択権はないだろ。・・・・異議があるとしたら、レイモンドに会いたくないということだ。」

 リード氏は大人げなく顔を歪めた。どうやらレイモンドと相性が悪いようだ。



「そう言うわけにいかない。あなたがどう思うと会ってもらいますよ。」

 カワカミ博士はリード氏を睨みつけた。



「そうと決まったらレイラちゃんもだけど、ハンプス少佐、シンタロウ君、ルーカス中尉、ジューロクさんのためにある程度の医療設備の整っている艦で行かせてもらえるのよね。」

 ラッシュ博士はチラリとキースを見た。



「ああ、その辺のぬかりは無い。なにせロッド中佐どのが命じたんだ。下手な艦を寄越されるわけない。」

 地球に降りる準備の話が進んで行くが、相変わらずディアとレイラの表情は曇っていた。

 コウヤは触れていいのかだめなのかわからず、こっそりとキースを見た。



 キースはコウヤの視線に気づいたのか、ディアとレイラを見た。



「・・・・・お二人さんさ・・・・変なこと信じるなよ。噂だし・・・・その・・・二人ほどの人物なら何が本当なのかわかっているだろ?」

 キースははれ物に触れるように言った。



「ブッフ!!」

 その話を聞いていたイジーがすさまじい勢いで吹き出した。



 全員の視線がイジーに集まった。

 イジーは慌てて口を押えて黙ろうとしていたが、体がプルプル震えて



「・・・す・・・すいません!!プッフ・・・・フ」

 と笑いをこらえながら走って部屋を出て行った。



 訳も分からずコウヤは呆然とした。

 その後を追いかけてシンタロウが部屋を飛び出したのも冷やかす気が起きずユイと二人で首を傾げていた。



「・・・・俺は、二人は素敵な女性だと思うぞ・・・・・あいつらもわかっているはず。」

 ジューロクが空気に耐え切れなくなったのか何やら訳のわからないフォローを入れた。



「「知っている!!!」」

 ディアとレイラは声を荒げて同時に叫んだ。









 

 最後の晩餐ではないが、『天』滞在の最終日となる夕食を終え、片づけをするカワカミ博士をユイは手伝っていた。



「お父さん。もう隠していることはない?」

 ユイはテーブルに置いてある皿を重ねながら言った。



「隠していることか・・・・どうしてそんなことを聞く?」

 質問の答えではなく逆に質問を返すカワカミ博士。



 二人の会話が気になり、コウヤは廊下から部屋にこっそりと入った。



「お父さんは肝心なことを何も言わないんだもん。いっつもだよ。周りが信用できないからと言っても、お父さんがもっと情報を出していればもっと違ったかもしれない。」

 ユイは父親を責めた。

 おそらくこれは娘であるユイにしか言えないことだろう。

「痛いところを突くな・・・・・確かに、正直に言えば・・・・・自分が全ての元凶と言ってもおかしくない。私が、シンヤにこの研究のすばらしさを語ったから彼はここまでのことをやってしまったのかもしれない。ゼウス共和国に研究を狙われることもなかったのかもしれない。」

 カワカミ博士は淡々と反省を始めた。その口調は反省しているというよりも振り返っているようであった。

「そんなことを聞きたいわけじゃない。それに、ゼウス共和国が破壊活動をしたことが始まりだよ。いろんな事態が重なって・・・・・こうなったわけだもん。」

 ユイは口を尖らせて言った。そして、チラリとコウヤの方を見た。どうやらコウヤが入ってきたことに気が付いたようだ。だが、カワカミ博士には言わずにいた。



「私だって確信を持っていることはない。第一・・・・ドールプログラムで作った人格が本当に死者のものかどうかわからない。」

「知っていたんだ。ドールプログラムで作った人格に死者のものがあるって・・・・」

 ユイは間髪を入れずに言った。

「・・・・まあ、同じ研究をしていましたから・・・・」

 カワカミ博士は一瞬まずったような表情をしたが、しぶしぶと取り繕ったようだ。



「じゃあ・・・・何でムラサメ博士の人格は確信を持っていたの?作り出したのなら違うかもしれないでしょ?」



「それは、私が答えるわね。」

 コウヤは急に横から声がして驚いた。

 気が付いたらラッシュ博士がいた。



 ラッシュ博士の方を見たカワカミ博士はコウヤの存在に気付いて一瞬表情を固めた。

 ラッシュ博士の腕には、研究施設から持ち出した小箱があった。



「・・・・これ、なんだと思う?」

 ラッシュ博士は挑戦するような表情でユイに訊いた。

 ユイはラッシュ博士を睨んだ。だが、直ぐに考えるような表情になった。



「・・・・なに?」

「脳みそ」

 ラッシュ博士は即答した。



「あの人の・・・・よ」

 ラッシュ博士は目を細めて言った。

 あの人という言葉に沢山の感情が詰まっていた。



 この人は本当に父さんのことが好きだったんだ。



「・・・・・これを基にあの人を私が造った・・・・いや、違うわね。あの人はもう自分の人格をドールプログラム内に搭載していた。いつ殺されても大丈夫なように・・・・それに気づいたのはつい最近よ。まあ、これが仕上げになったのは間違いないけどね。」

 ラッシュ博士はそう言うと大切に抱えていた小箱をコウヤに渡した。



「・・・・・やはり、シンヤはゼウス共和国と地連が研究を狙っていることを早い段階で気付いたのですね。」

「狙わせるのは彼の指示だったのよ。彼の指示でゼウス共和国に情報を流した。あの人はそこからゼウス共和国を壊すつもりだったみたいだけど・・・・地連と共謀するとは思っていなかったみたい。」



「シンヤの・・・・?」

「父さんの?」

 コウヤとカワカミ博士は目を丸くした。



「ええ・・・・たぶん彼がゼウス共和国に渡そうとしたプログラムにはゼウス共和国を破壊するように設定されていたんだと思うわ。今回は、更にドールプログラムによって暴走を促進されたのもあるけどね。コウヤ君たち6人を使ってそれにカギをかけたのはあなたよね。カワカミ博士。」

「そうですね。ゼウス共和国に渡すつもりでいたのなら、今回暴走しゼウス共和国を攻撃させたことにも納得ができます。カギをかけなかったらドールプログラムが使われた段階でゼウス共和国を破壊していましたか・・・・」

 カワカミ博士は合点がいったのか、頷いて言った。



「・・・・・これが父さん・・・・」

 コウヤは渡された小箱を見つめた。



「大切にしなさい。もしいらないなら返して。」

 ラッシュ博士は愛おしそうに小箱を見ていた。



「・・・・いや、ありがとうキャメロン。すべてを話してくれて。」

 コウヤは首を振った。そして、素直にラッシュ博士にお礼を言った。



「素直なところはいいところよね。」

 ラッシュ博士は目を細めて笑った。



「・・・ゼウスプログラムは、地球のレイモンド様が持っている。そして、そのプログラムは、コウヤ様にしか開けないというのは話しましたね・・・」

 カワカミ博士はコウヤを見た。



「はい・・・」



「私はこのプログラムは開かせないように作りました。開けないわけではないのですが・・・・・あなたの意識に大きな打撃を与えると思います。」



「打撃・・・・?」



「はい。プログラムでの打撃は・・・・潜在意識の辛いところを刺激するように細工しました。もしコウヤ様が他人の手に渡り無理やりプログラムを開かせられることがあってはいけないので、正気に戻す力技のような細工をしています。」

「・・・・細工・・・・」

 コウヤは息を呑んだ。

 ユイはコウヤを心配そうに見ていた。







 洗面所で鏡を見つめてジューロクは自身に皮肉な笑いをした。

 そして、鏡に映った自分以外の人間に気付いて声を出して笑った。

「ははは・・・・どうした?小僧。」

 ジューロクは顎に生えた無精ひげからもみあげを人差し指でいじり言った。

 声をかけられたキースもジューロク同様笑った。

「・・・・・あんたも馬鹿だな。せっかく助かった命なのに・・・・」

「お前も助かった命だろ?昔のことだが」

「助けられた命だ。」

 キースは訂正するように言った。



「そうか。まあ、どっちでもいい。俺も助けられた命だ。」

 ジューロクは鏡でなくキースの方見た。

「レイラちゃんか?」

 キースの言葉にジューロクは驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔になった。



「気付いていたのか・・・・目の色の話でか?」

「前知識があったからな。ちなみにお前が嫌いなロバート・ヘッセの息子はクロス・バトリーだ。今のロッド中佐だ。」

「だろうな。皮肉にも若いころにそっくりだ。外見の違いはあれ、若いころのロバート・ヘッセを知っているものなら重ねるだろうな。あのうさん臭い話し方と演説の仕方がそっくりだ。笑い方もな。」

 ジューロクは気にした様子もなく笑った。



「レイラちゃんがきっかけで命を張る気になったのか」

 キースは納得したように頷いた。



「それだけじゃないさ。」

 ジューロクは首を振った。



「それだけじゃない・・・・?」

 キースは意外そうな顔をしたが、それ以上追及する様子はなかった。



「・・・・コウヤ・ムラサメ・・・・あいつの青さと甘さと染まっていない感じが何となくあの人に似ていたんだ。」

 ジューロクは懐かしそうに言った。

 キースはジューロクの顔を見て笑顔になった。だが、すぐにいつもの調子のいい表情をした。

「上司か。そこまで想われるなんて羨ましい限りだ。」

 キースは両手を広げて大げさな素振りをした。



「お前だって、この前話していた人・・・・嫌な奴というほどではないだろ?」

 ジューロクは子供を見るような目でキースを見た。



 キースは心外そうに眉を寄せた。が、すぐに諦めたような顔をした。

「やっぱり年の功か・・・・・しばらくガキとしか話していなかったからな。」

 キースは腕を組んでため息をついた。



「ガキか・・・・そうだな。子供だ。だが、俺から見たらお前も子供だぞ?ハンプス君。」

 ジューロクはキースを諭すように言った。



「そんなこと言われるのも久しぶりだ・・・・・」

 キースは何かを思い出すように言った。

 そして、ぽそりと呟いた。

「・・・・あの人のこと、・・・好きだったんだな。」



 ジューロクはキースを見て真面目な顔をした。

「死に急ぐなよ。ハンプス少佐。あのガキどもはあんたを頼りにしているぞ。」

 諭すように、説得するようにジューロクは言った。



 その言葉を聞き、キースは懐かしそうに笑い、何も言わずに洗面所から出て行った。








 

 抱える小箱の重さが腕と胸にかかる。

 何も知らなければこの箱はただの小箱なのだろう。

 だが、知ってしまった。

 この箱はいわば父だ。

 優しかった父、家族を大切にし、母を愛し、母を失い狂った父。



「・・・父さん。母さんに会ったら、どうするつもりだったんだよ・・・」

 返事はしないただの箱を抱きしめコウヤは歯を食いしばった。



 ハクトもクロスも軍の本部にいるんだ。ディアとレイラは難しい国の話をずっとしている。

 ユイは父親と失った時間を取り戻そうとしている。



 屋敷の窓から人工的な月明かりが差した。窓の格子とコウヤの影が床に映る。まるで牢屋に閉じ込められている人の様だ。



 あわただしく過ぎたここまでの日々。ただ自分は皆と一緒に走ればよかった。

 自分に何かできることはないのかと聞いていたけど、いざ役目が来るとなると怖気づいてしまう。



「情けない・・・・」

 皆自分の役目を果たそうとしている。戦い続けてきた親友たちのすごさを肌で感じた。



 地球のドームで出会った親友たちは、アリアは今も戦い続けて俺らを待っている。シンタロウは、失い、憎み、苦しんで手を汚す道を進んだ。

『希望』で出会った親友たちは今やこの世界の情勢を変える力を持つ者になっている。

 レイラは、愛されず血の繋がりのない父を頼り、失い憎み、狂って気付いて、今は自分を冷静に見られる。

 ディアは、財団を継ぎ、ドールプログラムの騒動を鎮めるためにずっと力を蓄えてきた。表舞台に立ち殺されそうになっても毅然としている。

 クロスは、実の父親に妹を殺され、大切な者も奪われ復讐に生きていた。蓄えた力や彼を心棒する者の戦力は今や宇宙一と誰もが認めるほどだ。

 ハクトは、家族を人質に取られ、ずっと軍の中で利用されて生きていた。大切な人のために命を懸けるのを惜しまず、宇宙で二番目の力を持つと言われ、彼もクロスと同じく心棒する若者が多い。

 ユイは、ずっとドールプログラムの研究に使われ、心を壊されそうになったのだろう。いつまでもコウヤ達のことを忘れずにいてくれた。今も無邪気に笑ってくれている。



 戦っていない自分が情けなくて仕方ない。

 壁にもたれかかり、箱を抱えて座り込んだ。



 キースさんは彼らをガキと言ったけど、それ以上にガキな自分は何だろう。



「・・・・・俺・・・・大丈夫かな・・・・」

 応えてくれるはずもない箱は、相変わらず重いままだ。

 だいたいこの箱の中にどんな風に脳みそが入っているのだろうか。

 中身を怖くて見れない。ただ、この中に父がいたのだ。





「怖いのか?コウヤ。」

 コウヤは声の主を見た。

 きっと彼が来るのを期待していたのだろう。自然と縋るような笑顔になった。

「・・・・・キースさん」

 コウヤは声の主、キースに縋るような目をした。

 月明かりに照らされたキースは、さっきのコウヤの様に格子の影の中にいた。

 キースの方が、背が高いからか、格子の影からはみ出ている。



「お前は何も考えずに地球に降りろよ。考えるのはゼウスプログラムに対面したときだろ?」

 キースはコウヤの向かいに同じように壁に寄りかかりしゃがみこんだ。



「キースさん・・・・・俺、自分だけ戦っていないんですよ。みんな俺を頼りにしているって言ってくれているし、ジューロクさんだって言ってくれて・・・・それで俺もって思っても・・・・・いざ降りるとなると・・・・」



「怖気づいているっていうより、置いてかれているのが寂しいんだな。情けなくて、周りの存在が近いと思っていただけあって寂しい・・・・役割はあると言われても一緒に戦っていないと感じる。」

 キースの言ったことはコウヤの思っていることの核心だった。

 驚きを隠せない。隠すつもりもないが、キースの言葉はコウヤに自分のことを改めてわからせた。

「・・・キースさん、その通りです。・・・キースさんはなんだってお見通しだな。」

 キースはコウヤの言葉に笑った。

「バカ言うな。お前なら他人の考えていること感知できるんだろ?感情の流れを読んで。」

 オールバックにしている髪を掻き上げるようになでつけ、キースはため息をついた。



「いいじゃねえかよ。置いてかれていても・・・・お前は追い付けるんだ。」

 優しく微笑みキースはコウヤに言った。その笑顔は何かを羨んでいるようだった。

「それは・・・・極論っていうか、屁理屈じゃないですか?きれいごとに近いですよ。」

 屁理屈はどっちだかわからないが、子供の様にコウヤは口を尖らせた。



「そうだな。悩めよ子供のうちにな。」

 開き直ったようにキースは大げさに笑った。



「悩みますよ。・・・・・俺はまだまだ子供ですから。」

 拗ねるように言うとキースは尚笑った。何がおかしいのかキースは息を切らして笑っていた。



「・・・・・はは・・・・」

 ひとしきり笑い終えると息を整えてコウヤを見た。



「・・・・俺にもお前みたいな時があった。」

 キースは目を細めて言った。

 キースが自分のような子供であったのが想像できないコウヤは驚いた。いや、だが軍に入りたてならそうだろう。しかし、信じられないのは変わらない。

「キースさんの様に冷静な人が俺みたいだったんですか?」

 コウヤは疑い深いまなざしを向けた。



「俺はガキだった。言っとくが、俺が軍に入ったのは21か2だったぞ。お前より年上の時だ。」

「え?」

 コウヤは驚いた。キースの纏う空気はもっと年輪を感じるものだったからだ。



「・・・・まあ、今から4,5年前か・・・ははは、ちょっと無茶な作戦で生き残って、それ以来・・・・まあ、今に至る。」

 キースは視線を下に向けたまま話した。

「・・・・キースさん・・・・」

 あまり感情の流れを察せないコウヤだが、キースの感情の揺らぎはわかった。



「俺が言えるのは頑張れっていうことだけだな。」

 キースはニカっと笑った。



「それ、ジューロクさんにも言われました。」



「まじか!?」

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