あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~プログラム編~

80.ありのまま

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 宇宙空間に出て安定するまで数時間かかり、方向を「天」に向け始めた。

 舵とモニターを見てレスリーはため息をついた。



「お疲れ様です先生・・・・あとはドームに入るだけですね。」

 イジーはレスリーを労う言葉をかけた。



「レスリーさんすごいです。モーガンもいい勉強になったんじゃない?」

 リリーも安心しきっていた。



「この後「天」にレイモンドさんを下ろして、本部の体制を整えたら即作戦開始だ。時間はそこまでない。気を抜くのはいいが、直ぐに切り替えれるようにしろ。」

 レスリーは表情を硬くしたまま椅子に座った。



「ニシハラ大尉たちとはいつ合流するんですか?」



「途中で拾う。クロスとニシハラ大尉たちの位置には補充部隊が送られる。一時間ほど二人に休息を与えたのちすぐに出てもらう。」

 レスリーは考え込んだ。



「ハンプス少佐を呼んでくれ。本部に通信させて補充部隊を送ってもらう。あと前線組も全員呼べ。」

 レスリーは指示を出した。



「はい!!」

 リリーは艦内放送を入れた。



「全員操舵室に来てください!!」

 勢い良く叫んだ。



「・・・・・・それでいいか。」

 レスリーは考え込んだあと、頷いた。












 交代とはいえ、気を張る任務に集中力も途切れ途切れになっていた。

 ゼウス共和国側から戦艦の気配もドールの気配もない。

『ニシハラ大尉。』

 通信が入った。時間を確認して首を傾げた。



「まだ交代の時間じゃないです。休んでください中佐。」

 ハクトは通信相手のロッド中佐として任務にあたっているクロスに言った。

『補充部隊が準備にかかっている。お前の大好きなフィーネが宇宙に上がった。合流の準備と引き継ぎ事項を脳内でまとめておけ。』

 クロスの言葉にハクトの集中力は回復した。



「本当か?」

『ああ、お前はゼウス共和国側しか見ていないから気付かなかったかもしれないが、地球側に集中するとわかる。・・・・あ、今はやめておけ。任務中だ。』

 クロスは笑いながら言っていた。



「そうか・・・・」

 ハクトは嬉しさと心強さがこみ上げた。

『浮かれるなよ。あと少しだが最後まで気を抜くな。』

 ハクトの様子を察してクロスは叱咤するように怒鳴った。



「はい!!」



 








 操舵室に集められたコウヤ達は腕を組んで考え込むレスリーを見ていた。



「カワカミ博士とラッシュ博士は?」

 硬い口調だった。



「二人は機械の調整があると言ってました。宇宙にはいって条件が変わったとか・・・詳しくはわかりません。二人以外は全員います。」

 答えたのはカカだ。



「レスリー。今後のことを話してくれ。」

 コウヤは二人のことを考えないように自分を急かすようにレスリーを急かした。



 レスリーは頷いてコウヤ達を見渡した。

「そうだな。これから「天」に向かう途中でニシハラ大尉とクロスを拾う。補充部隊を派遣してもらっているから万一の時はそれなりに大丈夫だ。プログラム内でムラサメ博士を抑える必要があるが、何よりもゼウス共和国内の機械設備を無効化する必要がある。完全に電源を落とさせるのは誰でもできるが、プログラム関係の機械を無力化する必要がある。」

 レスリーは話しながら順に顔を見て理解しているか確認した。



『そこからの説明はこちらからさせていただきます。』

 機械を挟んだ音声が響いた。



「カワカミ博士・・・・」

 レスリーは通信機器の音声をあげると再びコウヤ達の顔を見渡した。



 コウヤはカワカミ博士の声に戸惑いを感じた。



『通信機器を使えなくする必要があるのは、ゼウス共和国のドール関係を無力化する時です。通信機器が使えると、そこから逃げられる可能性があります。ゼウス共和国にはコウヤ様方に乗り込んでいただきます。直接ムラサメ博士を消すことはできなくても抑えることは可能です。付近の空域からフィーネと他のドールが護衛します。』



「カワカミ博士。ムラサメ博士を消すことはできないのか?」

 レイモンドは眉を顰めた。どうやら脅威が消えないことに対して不安があるようだ。



『ドールプログラム内で生きる意識を消す方法は・・・・わからない。・・・・とにかく止めることが優先だ。』

 カワカミ博士は何かを誤魔化すように答えを急いだ。



 もし、ムラサメ博士の意思を消せないものだとしたら想定していることと変わってくる。

 レイモンドの表情が暗にそう示した。



「レイモンドさん。今はカワカミ博士の言ったことを実践するのみです。先のことは・・・」

 レスリーはレイモンドを諭すように言うと、その視線をキースに向けた。



『それよりも、皆様に新しいドールがあります。』

 カワカミ博士は話題を変えるように急に声色を明るくした。



「・・・・新しいドール?今まで使っていたのは?」

 ユイは表情に不信を滲ませていた。



『もっといいものです。性能は間違いないです。ゼウス共和国で持っていたモノなので、ユイやレイラ様にとっては使いやすいでしょう。適合率が高い人向けなので、実験体以外使える人がいなかったわけです。なにより・・・・シンタロウ様にはとってもいいものです。』



「え?」

 急に名前を出されてシンタロウは変な声を上げた。すぐに表情を冷静なものに戻して、その場にいないカワカミ博士を見るように前を見た。



『銃の装備を可能にしました。専用の付属銃と燃料、弾丸も用意しています。これはシンタロウ様にだけ合わせましたので、適合率が低い他の方には適応されませんので、更に安心ですね。』

 カワカミ博士はおそらく優しく笑っているだろう。



「ありがとうございます。」

 シンタロウは頭を下げた。



 ドールプログラムのレーザー砲が80~90以上でないと使えないこと、該当者を設定しプログラムにロックをかけたこと。そして、シンタロウ個人のみで銃の装備が可能なこと。



 ・・・カワカミ博士は警戒心が強い。基本的に人を信用していない・・・・



 コウヤは他の人の顔を見た。



 レイラとディア、ユイも表情を曇らせていた。



 だが、今回の作戦はカワカミ博士の協力が不可欠だ。何かを聞いても全て躱されるのは目に見えている。









 



 線を引くように配置された戦艦とドール達。その真ん中にいる一体のドールがその線上から退き始めた。

 退いたドールの隙間に入るように10数体のドールが飛んできた。

 どうやら交代の様だ。



 交代したドール達は、交代されたドールを見送るように花道のごとく道を開いた。

 交代されたドールから直線上にまた別のドールがいた。



『ロッド中佐。ただいま補充部隊と交代しました。』

 交代されたドールに乗っているハクトは向かう先にいるドールに通信を繋げた。



「ご苦労。現在「天」近くにフィーネが飛行中。港に着けるほど安定はしていないが、我々は受け入れられる状況だ。場所については言わずとも察せられるだろ?」

 通信受けたクロスは安心したように息を吐いた。だが、ハクトに察せられないようにだ。



『当然だ。そちらは大丈夫ですか?』

 ハクトは鼻で笑った。



「頼りにしているぞ。」

 クロスも鼻で笑った。



 飛ぶ二体のドールは、示し合わせているわけではないが、綺麗に並び全く同じ方向に向かい飛んでいた。



 月に造られたドームの方向から少しずれた軌道だ。その先にあるのは一つの飛行体。戦艦だ。





「・・・・何日ぶりだ?揃うのは。」

 戦艦を確認するとクロスは呟いた。



『俺と何回交代した?』



「数えていない。そっちは?



『数えていない。撃破した敵の数は覚えているんだけどな。』



「同じくだ。」



「・・・・ふ・・・」

『ぷっ・・・ふふ』

「『あはははは』」

 会話が途切れ、しばらくすると二人は笑い出した。



「どっちが繋げる?私か?」

 クロスは笑い終えると視線の先の戦艦を見つめた。



『じゃあ、俺が通信しよう。』

 ハクトも同様に戦艦を見つめているだろう。





 ジージー

 機械音が響いた。何かが繋がるときの音だ。



『こちらニシハラ大尉だ。戦艦の方に合流したい。大丈夫か?』

 ハクトは通信を視線の先の戦艦に繋げた。



『こちら戦艦フィーネです。ニシハラ大尉、クロス・バトリーさんの受け入れ体勢は整っています。』

 声を聴いて思わずクロスは笑った。



「その声はレスリーか・・・・そうか、私はクロス・バトリーとして扱われるんだな。」

 クロスは呟いたあとに悲しそうな顔をした。



『一般人が軍に志願した場合の階級だから一番下っ端だ。お前はな。』

 レスリーはおちょくるように言った。



「ははは。そうだな。」



『レスリー・ディ・ロッド本人か。その地点でフィーネは止まれるか?』

 ハクトは硬い声でレスリーに訊いた。



『お二人の技術なら止まんなくても大丈夫でしょう。なにせ宇宙で1番と2番なのだから。』

 レスリーは相変わらずおちょくるような口調だ。



 レスリーの背後で何やら抗議の声が上がったようだ。



「・・・くくく・・・」

『はは・・・ははは』

 思わずクロスもハクトも笑った。あまりに懐かしい感覚だった。









 

「ドールを受け入れる。出撃口から二部屋以上近い場所にいる者は離れるように言ってくれ。」

 レスリーは口元に笑みを浮かべて艦内放送の指示をした。



「・・・向こうにいるのはカワカミ博士とラッシュ博士だけだからその二人に・・・・」

 リリーは急いで通信を繋げようとした。



『大丈夫ですよ。私たちは離れました。』

 再びカワカミ博士から通信が入った。



「では、私は「天」の軍本部に向かうため準備をしようか・・・・タナを連れて行く。構わないか?」

 レイモンドは部屋の隅で不敵に笑うリード氏を一瞥してレスリーとキースを見た。



「扱いに困っているからちょうどいい。」

 レスリーは賛成した。



「俺も本部に置いた方がいいと思う。今なら若い奴が歓迎してくれる。」

 キースは冷たくリード氏を見た。



 キースの視線にひるむことなくリード氏は変わらず笑っていた。

 シンタロウはリード氏を見て何やら考え込んでいる。



 コウヤはシンタロウとリード氏の間に何かあったのか気になり、リード氏の表情を探るように見た。

 不意に腕を引かれた。



「あいつのことなんか気にしないで・・・・ハクト達を迎えに行こ?コウ」

 ユイが頬を膨らませていた。



「ユイの言う通りよ。馬鹿二人を迎えに行きましょう。」

 レイラはコウヤのユイに捕まれていない方の腕を引いた。



「さ、ぶん殴りに行こう。」

 ディアはコウヤの背中を押した。



「あ・・・ちょ・・・ちょっと!!ってぶん殴るって?」

 コウヤは3人に押し出される形で操舵室から出て行った。



 その様子を見ていたキース達は思わず笑みを浮かべた。

「いいなー。俺も大尉たちに会いたい。」

 モーガンは口を尖らせていた。



「会えるだろ?この船に入ってくるわけだから急ぐ必要は無い。」

 レスリーも笑みを浮かべていた。



「あの6人の間には入れないわよ。」

 イジーは呟いた。



 リリーは気を遣うようにイジーを見たが、彼女の表情は寂しそうなものではなく、ただ笑っていた。



「さて、先のことも話したから、全員持ち場に戻れ。リオは医務室に、マックスとカカはコウヤ達を追って、ドールを確認しに行け。ついでにカワカミ博士にドールの詳細を聞くといい。他は休むなり覚悟を決めるなり自由だ。」

 レスリーは操舵室に残った面々に言った。



 それを聞いてモーガンは歩きだそうとした。

「お前はまだ、操舵の勉強だ。ここがお前の戦場になる。感覚を覚えろ。」

 レスリーはモーガンの肩を掴み止めた。



 モーガンはしょんぼりとして元の場所に戻った。





 






 操舵室を出て、ドールの出撃口に小走りで向かう。両脇にユイ、レイラ、背後にディアがいて、とても威圧感がある。だが、そんなことは言えない。



 ガー・・・・ガタン

 何かが戦艦に降り立った音だ。



「・・・・二人だ。」

 コウヤの呟きにユイ達は頷いた。



 コウヤもだが、他の三人も自然に足が早まる。

 出撃口に入るために今は宇宙空間用のスーツが必要だ。



 4人は出撃口と繋がっているドール格納庫を見渡せる部屋に入った。先ほどキースとコウヤが話した部屋だ。



『こちらから向かう。』

 部屋に通信が入った。

 ガラス越しに見える格納庫にはすでにドールが2体入って来ていた。



 コウヤは格納庫と部屋を阻む強化ガラスに近付いた。

「・・・・ハクト、クロ・・・・」

 コウヤは二人の名前を呟くとき、ガラスの前から弾き出された。



「ハクト!!」

「クロス!!」

 ディアとレイラがガラスに張り付いていた。



 弾き出されたコウヤはむなしく床に転がった。



 コウヤにユイが駆け寄り

「どんまい。」

 と笑顔で言った。コウヤは癒された。









 レスリーの言った通り、ハクトとクロスにとって動いているフィーネに戻ることは造作もないことだった。受入れ態勢の整っているのだから猶更だ。

 ドールで内部に入ると飛行用のエンジンを切る。ドール自体の手足の動きだけで格納庫に向かった。

 久しぶりに入るフィーネは懐かしく、中にある気配まで懐かしかった。



 格納庫にドールを置いてハクトとクロスはドールから降りた。まだ宇宙用のスーツは身に着けている。



 ハクトとクロスは同時に格納庫から見える部屋を見た。そこはドールの様子を見るために格納庫を一望できる部屋だ。強化ガラスで隔たれている。



 思わず笑った。

 二人は格納庫付属の通信機器をいじった。



「こちらから向かう。」

 笑い声交じりでいうとガラス戸にディアとレイラが張り付いてきた。途中でコウヤが飛ばされた気がするが、その様子を見てハクトもクロスも癒された。



 完全に宇宙空間から遮断されていることを確認したが、念のために何重もの扉がある。それを律義に開けて、閉めてを繰り返した。



 宇宙用スーツを脱ぎながらハクトは顔を顰めた。クロスもだ。



「・・・・くさい。」

「・・・・・同感だ。」

 二人は汚いものを触るように脱いだ宇宙用スーツをつまみ、壁際に寄せた。







 

 こちらから向かうと言われてもじっとしていられるわけがない。

 恋する乙女なら猶更だ。



 コウヤはぼんやりとそんなことを考えながら前を歩く二人を見た。



 ディアとレイラはポーカーフェイスを装っているが、内心すごくうれしいのは分かる。感情の流れを読めるというのはあるが、そんなのは関係ないほど二人のことは知っている。



 格納庫に直接通じるドアは安全のためにロックがかかっているため、廊下の方から向かっていた。



 近付いた廊下の真ん中にコウヤ達を阻むように立つ人影があった。

 その人物を確認するとコウヤは思わず警戒し、足を止めた。

 他の3人もそうだった。



「お急ぎのところ、止めて申し訳ないです。皆さん。」

 頭を下げる彼は執事の時を思い出させる。いや、ずっとそうだったが、最近は違うように思えていた。



 先ほどまでの再会を喜ぶ気分から一変して、コウヤは胃がもたれるような感覚だ。

 前のレイラとディアもそのようだ。

 嬉しい感情の流れの中に冷たい水が流れ込んだように冷たい。

 コウヤの横にいるユイは拳を震わせて何か考え込んでいた。



 しばしの沈黙のあと

「お父さん。何考えているの?」

 一番先に口を開いたのはユイだった。



「あなたの行動と、言動。最近はおかしいです。」

 次はディアだ。



「信用したいです。けど、あなたは私たちを信じていますか?」

 次はレイラだ。



「・・・・カワカミ博士。あなたは、俺らの味方・・・・ですよね。」

 コウヤは目の前に立つカワカミ博士に縋るように訊いた。



 カワカミ博士はゆっくりと頷いた。口元に優しい笑みを浮かべていた。



「当然です。」

 その言葉に嘘はなかった。だが、信用しきれない何かを感じた。



「貴方は、父親のギンジ・カワカミですか?それとも執事さん?・・・・または、研究者のカワカミ博士ですか?」

 コウヤは微笑むカワカミ博士を探るように見た。



「コウヤ様。全て私ですよ。全て私から切り離せるものじゃないです。」

 カワカミ博士は困ったように首を傾げた。



「お父さん。私は信じていいの?」

 ユイは疑心を隠そうとしない表情だった。



「あなた方は自分を信じてください。・・・・・私もあなた方を信じています。」



 カワカミ博士の背後から二人の人影が見えた。

 その二人はカワカミ博士を見つけると戸惑ったように立ち止まった。



 カワカミ博士は背後に新たに来た二人に気付いたようで、コウヤ達に背を向けて背後の二人の方を見た。



「・・・・カワカミ博士・・・・?どうか・・・・?」

 ハクトはコウヤ達とカワカミ博士を交互に見て首を傾げていた。

「何があったんです?」

 クロスはカワカミ博士を凝視していた。



「私はあなた方を信じています。」

 カワカミ博士の言葉に嘘はなかった。

 カワカミ博士は再びコウヤ達の方を見た。



「あなた方6人がムラサメ博士を止めて・・・・・ドールプログラムの暴走を止めること。私はそのお手伝いをする。それだけです。それを伝えたかったのです。」

 カワカミ博士の言葉に嘘はなかった。

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