あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~プログラム編~

79.装い

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 宙に上がるためにシャトルがある施設に行く必要があった。

 個人ドームで流石にシャトルを持つことは難しいため、別の場所に向かう。



「ネイトラルのシャトルを使ってほしいと申し出があった。」

 ディアは複雑そうな顔をしていた。



「いや、今のネイトラルに借りは作りたくない。地連のを使う。」

 レイモンドは首を振った。



「待ってください。なら、ゼウス共和国のにしていただけますか?ここからなら近いですよ。自分の言うことは聞くと思いますし、たかがシャトルでケチなことは言いません。」

 レイラはレイモンドとディアの顔を交互に見た。



「私も・・・・ネイトラルの今のシャトルは使わないくていいと思う。」

 ディアはレイラとレイモンドを見た。



「ゼウス共和国のにする。案内できるか?」

 レイモンドはレイラとマックスを見た。



「自分はできます。操舵をしますか?」

 レイラはマックスと操舵をしていたレスリーを見た。



「自分が操舵しますよ。案内をお願いします。」

 レスリーは舵を持ったまま言った。



「わかりました。今の位置を出せますか?」

 レイラは操作盤に張り付いているリリーを見た。



「こちらから出します。現在の座標は・・・・」

 答えたのはイジーだった。どうやらこの戦艦の機械系統を理解しつつあるようだ。リリーはよこで気まずそうな顔をしていた。



 モニターに現在地が示された。



「ここから南下した先にある。赤道より下だ。場所を入力する。」

 レイラはそう言うとその場に立ったまま黙った。

「あ・・・・こちらからしますか?」

 リリーが席を立ち、レイラに入力をしてもらおうとしたとき



 ピピ

 モニターに目的の入力がされた。



「ここだ。」

 レイラはモニターに出た場所を指差した。



「便利ですな・・・・」

 レスリーは感心したように頷いた。

 リリーやイジーは驚きを隠せない様子だ。



「これが、ドールプログラムの用途か・・・・確かに便利だ。」

 レイモンドは感心した様子だ。





 



 目的地もはっきりし、オペレーターのリリーとイジー、操縦士のレスリーと見習いのモーガン、案内役のレイラ以外は操舵室から出て行った。



「ネイトラルってディアの管轄内の国だよね。なのに何でそこのシャトル使うの嫌だったの?」

 ユイは腕を組んで仏頂面のディアに話しかけた。



「痛いところを突くな・・・・」

 ディアは困ったように笑った。



「そう言えばそうだな。あれだけ協力してもらっていたネイトラルだからてっきり使うのかと思った。」

 コウヤも引っかかっていた。



「・・・・そうだったんだ。だが、事態が収束しつつあるのをネイトラルは知っている。情報が他の国に比べて偏りにくいからな。」

 ディアは眉間の皺を抑えていた。



「・・・・アスールさんが力を振るえる期間が終わりつつあるんだろ。そもそもネイトラルだって色んな人間が入ってきているんだ。最初とは全然状況が違うだろうな。先のことを考えるとネイトラルに借りを作るのは良くない。アスールさんが力を振るえるならまだしもな。」

 キースがディアの様子を見かねたのか歩いてきた。



「そうだ。察しがいいな。ハンプス少佐。残念ながら私はドールプログラムのことが収束したら力も無くなるだろう。アスール財団もネイトラルを立ち上げるときにほぼ資金力も使い果たした。国の運営に口は出せても財団の人間以外も入ってきている。外部からきたテイリーも総裁から引きずり降ろされるだろうな。父が出て来るならまだしも・・・」

 ディアは自嘲的に笑った。



「ディアのお父さんって、ナイトさんだよね。私も何度か会ったことあるけどいい人だよね。」

 ユイはディアの父を知っているようで少し笑顔だった。



「外面はいい。だが、父は出てこないだろう。汚い上役を嫌っているから私が上に立つと同時に表舞台から去った。・・・まあ、アスール財団はネイトラルじゃあ、もう遺跡みたいな存在というわけだ。」

 ディアはため息交じりに言った。



「どうするんだよ。お前・・・・これから・・・・」

 コウヤは初めてディアの状況を理解した。彼女がこんなに後ろが危ない状況で動いていたことを知らなかった。



「事態を収束してからだろ。考えるのは。せっかちだなコウは。それに、私は幸い国民の人気も知名度もある。力が無くなるといっても今よりだ。」

 ディアは目を細めて笑った。



「・・・・そうだよな。事態が収束してからだよな。」

 コウヤは自分に言い聞かせるように言った。



「そうだよね。言いにくいこと聞いてごめんね。ディア。」

 ユイは申し訳なさそうにディアに謝った。



「いや、気にしなくていい。おそらくお前ら以外は気付いていることだから。」

 ディアはコウヤの後ろに立つキースを見て笑った。



「何か俺らが鈍いみたいじゃないかよ!!」

 コウヤは急に恥ずかしくなった。

 辺りを見渡し誰か味方を求めた。目に留まったのは横で笑うユイだった。









 

 フィーネの格納庫の中に、並べられた数体のドールと共に一つの機械が置いてある。

 その横に椅子を並べカワカミ博士とラッシュ博士が座っていた。



「悪趣味ね・・・・どこまで把握したのかしら?」

 ラッシュ博士は機械と端末を繋ぎ、操作するカワカミ博士を見て笑った。



「おおよそは・・・私はコウヤ様たちのような特別ではないですが・・・・」

 カワカミ博士は端末の画面に映るもの見て、耳にイヤホンを繋げていた。



「コウヤ君たちとは違っても、貴方は元の頭の造りが違うでしょ。そこに特別も何もない。純粋な人間として特別でしょ。」

 ラッシュ博士は面白いものを見るようにカワカミ博士を見た。



「実験体として欲しいですか?生憎ですね。私の頭はドールプログラムに向いていないのですよ・・・・・」

 カワカミ博士はラッシュ博士に機械的に笑った。



「残念。あなたの頭ならドールプログラムでもっと良くできると思うのに・・・」



「キャメロン。勘違いをしていますね。私は確かに通信ができる特別達とはちがいドールプログラムと通信はできません。・・・・しかし」

 カワカミ博士は端末を操作し続けた。



「ドールプログラムを使って強化した頭より、私の頭の方がいいんですよ。強化した頭は一般のレベルなのでいまいち比較になるかわかりませんが」

 カワカミ博士は端末の画面をひたすら目で追っていた。



「・・・・意外でもないわ。」

 ラッシュ博士は感動もなく呟いた。



「・・・・・おおよそ情報は手に入っています。どこからどういう経路で攻略すればいいのかは大丈夫です。」

 カワカミ博士は端末の画面と軽く指で叩き、淡々と言った。



「・・・・・やろうと思えば貴方はムラサメ博士を止められたんじゃないの?」

 ラッシュ博士は目を細めてカワカミ博士を見た。



「私が安全装置を付けてしまったので、無理でした。特別なプログラム6つが必要なのですよ。どのみち・・・・・」

 カワカミ博士は淡々と答えた。



「そう。」



「お子様方は先のことを不安に思っているようですね。実際に作戦にあたっている者以外は収束後の主導権をどうしようと画策しています。誰に救ってもらうかなど関係ない。利用することだけ考えています。・・・・無知は時に罪になります。」

 カワカミ博士は冷たい声で言った。



 ラッシュ博士は興味深いものを見るようにカワカミ博士を見た。



「シンヤの試みは正しかった。しかし、彼はドールプログラムを作動させることができなかった。」

 カワカミ博士は呟いた。



 彼の呟きにラッシュ博士は飛び上がる勢いで椅子から立ち上がった。

「は・・・?どういう・・・・だって・・・・」



「ゼウスプログラムに仕掛けた細工は無駄ではなかった。私は勘違いをしたままになるところでした。」

 カワカミ博士は納得したような笑みを浮かべていた。










 



 艦内の居住スペースにそれぞれの乗組員の部屋がある。今回は人数も少なく一般人もいないため広く使っている。ただ、万一のために部屋は基本二人以上である。

 シンタロウはコウヤと二人で一部屋だった。今その部屋にはシンタロウだけだ。

 瞑想するように座り、目を閉じていた。



「・・・・どうされました?」

 誰かの気配を感じたのかシンタロウは目を開き、扉の向こうを見た。

 扉が開き一人の男が顔を出す。



「適合率が上がって勘も鋭くなったか。ロウ君。」

 顔を出したのは意外な人物だった。



「まさか俺を尋ねてくるとは意外です。」

 シンタロウは男の顔を確認すると立ち上がり姿勢を正した。



「硬くなるな。こっちから勝手に来ただけだ。私は君と話がしたかっただけだ。」

 立ち上がるシンタロウを止めるように男は言った。



「いえ、硬くなっているのではなく、警戒しています。」

 シンタロウはそう言うと来客の男を冷たく睨んだ。



「いい感情を持たれていないのは承知している。だが、私は君に興味を持っている。」

 男はシンタロウに睨まれたのも気にせず笑った。



「准将、何のお話をされに来たんですか?」

 シンタロウは来客の男、タナ・リード氏を警戒するように見た。



「いや。ロウ君。君が地連の軍服を着ていることについて、何かレイモンドから聞いているか?」

 リード氏はシンタロウを見て打算的に笑った。



「俺が地連所属に戻るよう暗に示しているのでは?」

 シンタロウは分かっていたことの様に言った。



「私が思うに・・・・それだけではない。」

 リード氏は首をうねるように振った。



「地連の駒が多い方が作戦後に主導権を取れるからですか?」

 シンタロウはリード氏の表情を探るように見た。



「それもある。・・・・作戦後、間違いなく該当者の、鍵の取り合いになる。ネイトラルはディア・アスールの所有を主張し、ついでにニシハラ大尉も狙うだろうな。もしかしたら全員の所有を主張する。」



「彼らはモノじゃない。」



「そうだ。だが、君だってわかっているのだろう?世界が彼らを中心に動くこと。それを今回の作戦で示してしまう。もしかしたら君はそれ以上の危惧をしているのかもしれないな。」

 リード氏はシンタロウを試すように見た。



「過大評価にもほどがある。」



「まさか。私は君を買っている。視野の広さ。体験で君は感情を殺すことを覚えて得難い冷静さと冷酷さを身につけた。何より君はあの6人に一目置かれている。ハンプス少佐に次いでな。」



「俺を抱え込めばコウヤ達がついて来るとレイモンド・ウィンクラー大将が考えているとは思えないです。確かにその可能性はあるかもしれない。しかし、ディアさんもハクトも馬鹿じゃない。レイラだってわかっているはずだ。」

 シンタロウは首を振って大げさに否定した。



「作戦後に大事なのは、作戦に参加した6人以外の人間だ。特に君とハンプス少佐だ。本物のレスリーはクロス君との関係で難しい立場だろうが、君とハンプス少佐は違う。今現在ドール操作の能力は君の方が上であることは知っている。彼の持っていた冷静さを君が持っていることは身に染みている。」

 リード氏はシンタロウを探るように見た。



 シンタロウの顔から徐々に表情が失われていく。それは冷血な判断を下すときの表情に近かった。





「自由に動いていいと誰が言った?」

 リード氏の後ろから脅すような声がかかった。

 リード氏は小さく舌打ちをした。



「別に危害を加えているわけではない。気にしすぎだろ?レイモンド。」

 リード氏は背後に立つレイモンドを横目で見た。



「上に立つ者・・・・部下を心配するのも役目だ。作戦の成功のために必要なものなら何よりもだ。」

 レイモンドはリード氏を睨んだあと、シンタロウを見て笑った。



「申し訳ない。シンタロウ・コウノ君。この男の言ったことは気にするな。」

 レイモンドは口元だけで笑みを作っていた。



 シンタロウは目を細めてレイモンドを見た。





 





『発射準備にかかります。作業員は作業開始の位置についてください。』

 艦内放送がかかった。どうやらシャトルのあるゼウス共和国所有の施設に着いたようだ。



「あー大変だ。出ないといけないなー。俺慣れていないのに!!」

 大声でマックスが主張した。



「希望したのそっちのくせにうるさいですね。」

 カカは呆れた様子でマックスを見ていた。



 外気用のマスクと機械作業用の簡易的なスーツを着ることから、どうやら作業にあたるのはこの二人の様だ。



「他に機械を触れる人はいないのですか?」

 リオは他人事のように二人を見てた。



「化け物組は論外だ。簡単とはいえあいつらにリスクを背負わせるわけにいかない。モーガンも今は操舵の感覚を掴みつつある。シンタロウ・コウノも重要だ。カワカミ博士とラッシュ博士を動かすわけにはいかない。」

 マックスは頬を膨らませながらも自身が作業にかかることは割り切っているようだ。



「ゼウス共和国の施設だから、誰かいないんですか?マックスさんゼウス共和国の人間ですよね。」

 カカは期待するようにマックスを見た。



「俺はインテリだからあまり人と関りが無かった。ずっと研究施設にいたからなおさらだ。」

 マックスはカカから目を逸らした。





「あー、友達いなかったんですね。」

 リオとカカは憐れむような目でマックスを見た。



「うるさーい!!俺は能力が高かったから距離を置かれがちだっただけだ!!」

 マックスは大人げなく叫んだ。



「性格に難ありそうですからね。」

「言えてるー」

 リオとカカは二人でひそひそと話していた。



「それなら手伝おう。化け物組は心外だか、ここの施設に入っても大丈夫なのは私ぐらいだろう。」

 外気用のマスクと簡易的なスーツに身を包んだレイラが歩いてきた。



「大丈夫なのか?お前。」

 マックスは驚いて飛び上がった。少し気まずそうな顔をしているのは先ほどの会話が聞かれたのか気にしているようだ。



「何度地球から飛び立っていると思っている。なにより、機械の操作は触れなくてもできるようになっている。」

 レイラは自信満々で言うと出入口のボタンを押した。



「そこの衛生兵。扉が開くからこれを付けろ。」

 ボタンを押してからだが、リオに外気用マスクを投げた。

 リオは慌ててマスクを受け取り装着した。

 カカは少し怖いものを見るようにレイラを見た。



「私が聞いてみる。もし手伝ってもらえるならそれに越したことはない。」

 レイラはとっとと出て行った。



「あ・・・おい!!待て」

 マックスは急いでレイラの後を追った。その後をカカが追った。





 



 艦内の廊下の一角に、申し訳程度に設けられたスペースがある。休憩所だが、周りをガラス戸で囲まれている。いわゆる喫煙所だ。

 喫煙所の中で一人の女性がタバコを吸い、煙を吐いていた。

 考え込むように頭に人差し指を当てて、口元には笑みを浮かべていた。



「・・・・キャメロン。」

 かけられた声に女、ラッシュ博士は振り向いた。

 ガラス戸の向こうにはコウヤは複雑そうな顔をして立っていた。

「・・・・あら、思い出したようね。」

 ラッシュ博士はコウヤの顔を見て眉をハの字にしながら笑った。



「話がしたい。」

「待って、今ここは煙がひどいから別のところに行きましょう。」

 ラッシュ博士は吸いかけのタバコを惜しむことなく灰皿に押し付け火を消した。



 ガラス戸を開けてコウヤの前に立った。

 ラッシュ博士はコウヤを見上げ、口元にだけ笑みを浮かべた。



「私が憎くなった?」

 ラッシュ博士の言葉にコウヤは首を振った。



「キャメロン。何があったのか話して。俺は・・・・どうしても、キャメロンが父さんを殺したとは思えない。」



 ラッシュ博士は無言でコウヤを見つめた。



「何で裏切ったんだ?父さんに近付きたかったって言っていたけど・・・・それだけ?」



「それだけよ。本当に。あなたは女心がわかっていないのね。手に入らないと分かったら、あの人が欲しくなった。何を考えているのか・・・・あの人の研究を理解することで私はあの人に近づける。あの人のためにゼウス共和国に接触したけど、あの人の研究を手に入れるためには、私はゼウス共和国に行くことが一番の近道だと判断した。だから、裏切った。」



「父さんは、何に殺されたの?」



 コウヤの問いにラッシュ博士は視線を泳がせた。

 彼女の中に揺らぎと悲しみがあった。



 父は、ドールプログラムを操ろうとしていた。

 意識をプログラム内に取り込ませることを優先していた。あの時にゼウス共和国の襲撃があることを知っていたとしたら・・・・



「・・・父さんは、自殺なんだね。」

 自分で結論を言って、コウヤは崩れ落ちそうになった。父は、自分を見捨てて死んだという事実に。



「キャメロンが、父さんの頭を切り取らせたのは、プログラムとの接続させないためだったんだね。電波の届かない何かに父さんの頭を入れて、プログラムから遮断するため。」



 ラッシュ博士はコウヤの顔を見て、諦めたようにうなだれた。



「考えていることが知りたかった。全てプログラムの中に流れていくんじゃないかと思ったのよ。」

 ラッシュ博士は白衣の裾を握った。



「キャメロン。ドールプログラムが活用され始めたのっていつから?」



「・・・モルモット自体の実験はだいぶ前から行われていたわ。ただ、ドールプログラムのネットワークが出来上がったのは間違いなく「希望」襲撃の後よ。あなた方が入れる訳の分からないプログラムはおそらくネットワークが作り上げているものよ。」

 ラッシュ博士は迷った後に話し始めた。



「父さんが自殺した理由は、ドールプログラムのネットワークを完成させるためだったんじゃ・・・そしたら「希望」の襲撃後にドールプログラムを利用した兵器が出てきた理由も、ドールの適合率の高い兵士が台頭してきた理由も・・・」

 コウヤは複雑そうな顔だった。

 父がコウヤを見捨てて作り上げたもの。素晴らしい発明だとしてもあの時の孤独は晴らされるものじゃない。そして、それによって亡くなった命も沢山ある。



「止めなさい。」

 ラッシュ博士はコウヤの思考を止めた。



「キャメロン・・・・?」



「貴方は作戦の実行だけ考えなさい。」

 ラッシュ博士はそう言い捨てるとコウヤから逃げるように歩き去った。



 ラッシュ博士の後姿を見てコウヤは首を傾げた。冷たく言い放されたことなのに、なぜか彼女の言葉に優しさを感じた。



「キャメロン・・・・?」



『あれは動かすなよ。お前の手に負えない。変なことを考えるな。』



『そうだぞ。コウヤ。お前はあれを動かせた。それが証拠だ。』

 急に頭によぎった言葉だった。



 考えるのが辛くなりコウヤは深く考えなかった。







 





「天」の軍本部では、モニターに映る戦艦とドール達を防衛作戦にあたっている軍人たちが変わらずに見続けている。

 熱のこもった目で見つめる者もいれば、崇拝するように仰ぎ見る者もいる。その中で異質な視線が化け物を見るような視線だった。



「・・・・・私は、恐ろしいことに手を貸そうとしていたのだな・・・・・」

 この部屋の中で数少ない作戦関係者以外の男は口を開いた。

 男の呟きは他の軍人の耳に届いても無視された。

 この前まで軍で最高権力を誇っていた男の呟きなのにだ。



 だが、無視されたことを気にかけるわけでもなく男はモニターに映る戦艦とドール達を見つめ続けた。



「地球側から連絡来ました。ハンプス少佐達はこれから打ち上げに入るそうです。1日弱で「天」付近に着くことが可能な様です。」

 一人の軍人が連絡を受けたのか、急いで入ってきた。



「ハンプス少佐の他は誰が来るんだ?」



「作戦責任者にレンモンド・ウィンクラー大将、ロッド中佐の補佐だったルーカス中尉、ディア・アスール元ネイトラル代表やレイラ・ヘッセをはじめとする協力者です。」

 軍人たちの会話を聞いて、男は笑った。



「お前は・・・・いつまでロッド家に囚われているんだ。」

 笑いながら呟いた言葉は様々な感情が滲んでいた。





 





「月に上がったら私コウとべたべたする!!」

 ユイは急に宣言するように叫んだ。



 ユイが急に叫んだからディアは驚いて固まった。



「今更だな。気にすることはない。べたべたしに行け。」

 ディアは眼鏡を整えながら呆れていた。



「モチベーション大事!!ディアは?とりあえずハクトに会ったらなにする?」

 ユイはディアに詰め寄った。



「近い近い近い近い・・・・それならレイラに聞け。なぜ私に・・・・」



「近くにいたから。」

 ユイは即答した。



「だよな。」

 ディアはため息を盛大に吐いた。



「忘れていない?ディア。私たち、乙女なの!!作戦があるとはいえ・・・・ほら!お・と・め!!」

 ユイは両手を広げて何かを主張した。



「乙女であるかもしれないが、私はそれ以前に元ネイトラル代表だ。今は作戦に参加する身でもある。」



「今は作戦中じゃない。」



「いや、移動時間も大事・・・・」



「ほら!!作業していない。なにする?」

 ユイはディアの話を全く聞いていない。



 ディアは呆れたようにうなだれた。

「そうだな・・・・」

 呟いて口元に笑みを浮かべた。



「顔をなめ尽くすような接吻でもしようか?」

 揶揄うように笑うとディアはユイを見た。



 ユイは横で興味津々で目を光らせている。

「それで?それで?」

 ユイは更にディアに詰め寄った。



 ディアもまさかここまで食いつかれるとは思っていなかったようだ。

 仕方ない様子で考え込んだ。



 しばらくするとディアの顔から表情が消えた。



「・・・・・クロスをぶん殴る。」

 低い声で呟いた。



 ユイは詰め寄っていたのが嘘のようにディアから離れた。





『発射準備に入ります。固定された座席に座ってください。』

 艦内放送が入った。どうやら準備が整ったようだ。

「あ・・・あー!!もう発射準備終わったんだね。」

 ユイは自分から聞いておいて会話をすぐに切り替えた。



「思ったより早かったな。手伝ってもらえたようだな。」

 ディアはユイの切り替えに従った。どうやらユイを揶揄っていたようだ。





 



 艦内放送を聞いてコウヤは固定された座席のある場所に向かった。

 ふと思い出して、ある場所の近くに向かった。

 ドール格納庫を臨める場所。そこの格納庫で初めてドールに乗った。いや、初めてではなかったが、初めてドールの神経接続をした場所だ。

 発射のため格納庫には人おらず、出撃口が繋がっているため格納庫は閉め切られていた。

「当然だな。」



 この部屋に座る場所がないか探していた。



「よお。いい場所選ぶなあ。コウヤは」

 部屋に入ってきたのは軍帽を被り、服装を整えたままのキースだった。

「キースさん。」



「ここは結構揺れるぞ?別の場所に行くのが安全だと思う。」

 いい場所と言いながら別の場所を勧める。そして、キースはこの部屋で宙に上がるまで過ごすつもりの様だ。安定しない椅子に腰を下ろした。



「キースさんこそ・・・・」

 コウヤもキースと同じく安定しない椅子に腰を下ろした。



「考えるのに、ここがいいんだ。」

 キースは格納庫の方を見ていた。



「・・・・俺があそこでドールに乗ったことが始まりだったんですね。」

 コウヤもキースと同様に格納庫を見ていた。



「俺が引きずり込んだような言い方だが、そうだな。」

 キースは皮肉気に笑った。



「いえ、俺がみんなを引き込んだんです。俺が乗った船だったから・・・」



「そう思うな。お前がここでドールに乗らないとあの時にシンタロウ君とアリアちゃんは死んでいた。今がいい状態とは言えないかもしれないが、今よりずっと悪い状態になっていた可能性が高い。・・・・ということは、俺はいいことをしたんだな。」

 キースは口元に笑みを作り、いつものように笑った。



 キースの笑顔を見てコウヤは安心した。

「皆がピリピリしているんです。当然ですけど、キャメロンもカワカミ博士も・・・宙にいたときに比べて距離を置いているような、ディアも実は大変な状況だし、ユイに甘えて居られないし・・・・」



「でっかい作戦の前だから当然だろ。いらんことまで考えて勝手に不安になるのは誰でもある。お前は考えが巡りすぎるんだよ。そのくせ鈍いけどな。もっと単純に考えろよ。」

 キースはため息をついた。



「キースさんは不安にならないんですか?」

 コウヤはキースの様子を窺った。



 キースは一瞬口元から表情を無くした。



「・・・・不安か・・・それよりも俺は嬉しいのかもしれないな」

 キースはもう格納庫を見ていなかった。その遥か先を見ているようだった。



「嬉しい?」

 コウヤは首傾げた。



『発射まで10秒前・・・・8、7、6、5、4・・・・って嘘おお!?』

 ガガガガ

 10秒数える前に大きく揺れ始めた。



「うわ!!」

 コウヤは椅子から転げ落ちて床に転がった。キースも同様に転げ落ちて床に転がった。



「はははは・・・カウントミスしたな。リリーちゃん。」

 キースは楽しそうに笑っていた。



 揺れが収まらない様子から、発射に入ったようだ。



「キースさん。何が嬉しいんですか?」

 コウヤは愉快そうに笑うキースを見た。



「いや、この作戦で全部が終わる。戦争も終わる。それが嬉しいんだ。」



「俺は、終わるとは思えないです。終わったらどうなるのかが怖くて・・・・」

 コウヤは床に張り付いたまま呟いた。



「自由にすればいいじゃねえか。そこから先はお前の話じゃない。・・・・自由にすればいい。」

 キースは清々しい表情をしていた。



「そんな無責任なこと言わないでください。確かにそうできればどれだけ・・・・」



「そうだな。俺は無責任だ。」

 キースは床に転がったまま仰向けになった。



 あまりに楽しそうなのでコウヤもキースと同じく仰向けになった。



 戦艦の揺れが直に体に響くようだった。

「自由にできますかね・・・・」



 揺れを体に感じるほどコウヤは不安がどうでもよくなってきた。



「知らねー。その時になったら考えろよ。まずはその時を迎えられるように作戦を成功させるんだろ?」

 キースは他人事にのように呟いた。



「そうですね。・・・・あー、頭に響くー」

 コウヤは戦艦の揺れに笑いながら呟いた。



 この後、無事大気圏から出て揺れが収まった時、見回りに来たマックスとレイラに怒鳴られた。
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