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六本の糸~プログラム編~
78.信頼
しおりを挟む無人の港。機械が動き続けている音がただ響き続ける。
人はいる。いるはずだが何も言わず、何かの指示を待っている。
港にある戦艦はみな武装をしており、生体兵器のドールも搭載されている。
人が動かすはずの機械たちの傍に人はいなかった。
人はみな人形のように整列し、じっとしていた。
服装も白い病院着のようで、生きているのに無機的な性質を感じさせる。
機械の活気があることにより、より一層それが強く感じられた。
そんな中、唯一生き物の片りんを見せるものがいた。
頭を抱え、目の前にある機械や人形のような人々を睨んでいる少女。
「黙れ・・・・あんたら待ちなさい・・・・」
少女は誰に言うというわけでなく、自分に暗示をかけるように呟いていた。
「ほら・・・・あっちの人にさっき突撃させた部隊を全滅させられたでしょ。」
少女は口元に笑みを浮かべていた。
「レーザーの精度、集中力・・・・艦長は、やっぱりできるんですね。もったいぶってたのか。」
少女の頭の中には、遥か昔に感じる少し前のことがよぎった。
「・・・・私、やっと役に立ててる。もう先輩の仕事を見ているだけじゃないです。」
少女は歯を食いしばった。
彼女の頭の中には光の中に消える友人の姿があった。自分が放ったであろう砲撃。彼が庇うのは彼の大事な人。
「・・・・いいだけゆっくりしなさい。私はあんたよりも使える人間なんだから。」
少女の・・・、彼女の口元には不敵な笑みが浮かんだ。それは意地が悪いが、気安さのあるものだった。
レスリーは、ドーム内の屋敷前で、佇み、自分の右腕があった場所にある機械を見つめていた。
「やあ、レスリー。気分はどうだ?油断していたとはいえ、コウに負けたんだ。」
かけられた声にレスリーは振り向かず笑った。
「久しぶりに床に這いつくばった気がして、すこぶるいい。そちらはどうだ?アスール。」
レスリーは背後にいるディアに言ってから振り返った。
「私は悪い。シンタロウと組手をしたかったが、コウに取られた上に、イジーちゃんに連れて行かれた。」
ディアは残念そうにしていた。
「まあ、今度すればいいだろ?けど、あまり勧めないぞ。おそらく肉弾戦ならお前等でもあいつには敵わないだろう。」
レスリーは苦笑いをした。
「だからだ。強い相手と戦わないとな。本当ならレイラに頼もうと思っていたが、彼女はやるべきことがあったようでな。」
ディアは少し嬉しそうに口に笑みを浮かべていた。
「・・・彼女が自分からゼウス共和国を取りまとめにいったことか?」
「そうだ。私よりもレイラはしっかりしている。彼女は成長しているのに、自分は・・・と思う。」
ディアは少し寂しそうに呟いた。
「時間は早い。俺もつくづくそう思う。初めて会ったコウヤは本当に何をやっていいのかわかっていなかった。今も子供だが・・・自分がわかっている。まあ、自己評価が低いのは欠点だが。」
レスリーも寂しそうにしていた。
「・・・赦されることではないが、これ以上事態が進展してほしくない。悪化もしてほしくない。この、戦いが終わらなければいいのにとも考えている。」
ディアは悲しそうに笑った。
「そんなこと言っていいのか?お前は元とはいえ国の代表だったんだ。だが、言いたいことは分かる。俺もそう考えている。」
レスリーは力が抜けたようにカクンと頷き、そのまま俯いていた。
「・・・・終わるのだろうか・・・・それに対しての疑問もある。」
「終わらせるんだろ?期待している。」
レスリーは羨ましそうにディアを見た。
「・・・・もし、力が与えられたのが自分でなかったらと考えたことは何度もある。他人から見たら私は何でも持っている人間だった。今もそうだろうな。」
「いらんものも沢山持っているだろ?いらないものに限って捨てられない。お前はそれを誰かと共有していられる環境でもなかっただろうから、俺は羨ましいと思うと同時に可哀そうだとも考えている。」
レスリーはディアに近付き肩を叩いた。
「そんなことは滅多に言われない。いや、言われたことなかった。お前は分かるのか?」
「・・・・ロッド家は、落ちぶれる前は政治に口出しできる一族だった。今は軍が先導しているが、その前の政治体制には必ず参加していた一族だ。お前だって知っているはずだ。落ちぶれたのは俺の父の前ぐらいか。いろんなものを与えられて持ちきれなくなって落ちていく。時代も時代だった。攻撃性が無ければ生き残れない。時代は進むのに人間は結局野生の時と同様の弱肉強食だと父が言っていた。といっても、俺は気楽な身分だった。幼いころの話だがな。」
レスリーはディアの向こう側を見つめていた。
「レイモンド・ウィンクラー大将がお前の父と親友だったと聞いた。大将殿の話は結構聞いた事がある。勇猛な武人だったとな。地連軍の一世代を築いた人物として有名だ。そんな男が言っては悪いが、ロッド家という貴族だが落ち目の家の当主と親しいというのは意外だった。このドームを見てもお前やマリーさん。クロス、カワカミ博士の対応にしても・・・・いささか献身的過ぎる。」
ディアの言葉にレスリーは笑った。
「お前だって親友のために、あの5人のためにできるだろ?・・・・・大切な友人だったんだろうな。レイモンドさんは家庭を持たなかったからなおさら俺たちとの関りも深かった。武人だったとはいえ軍で生き残るには多少のずるさは必要だ。だが、そんな彼でも俺たちに向けている眼差しだけは違った。だから、クロスも信頼しているんだろう。そして、だからレイモンドさんは軍を赦せなかったんだろう。」
「なによりも、親友であったと同時に、レイモンドさんは父さんを尊敬し依存していた。そして、今もそれが変わらない。あの人は、いつまでも幼いままだと父さんが言っていた。いつまでも自分と昔に語った夢を追いかける無邪気な少年だと・・・だから、父さんも青臭いままでいられるとよく笑っていた。」
レスリーはその時の父の様子を思い出しているのか、少し苦笑いした。
「・・・・そうか。あの人の行動の奥底にあるのが怒りの理由が分かった。なら、お前を裏切ることはないだろうな。・・・・しかし、あの男の弟は操られていた現総統だ。リード氏とも以前から面識があったのは確かだ。」
ディアは納得したように頷いた。だが、何かが引っかかっているようだ。
「弟とは不仲だったはずだ。レイモンドさんは軍人らしい人だが、弟のライアンさんはどちらかというと臆病だ。だが、見栄っ張りで父と交流を持つのをよく思わなかったようだ。そんなことをよくレイモンドさんが言っていた。・・・・・父さんが死んだときにレイモンドさんは棺に向かってずっと頭を下げてひたすら謝っていた。そして、母さんと俺がいない所では棺に縋りついて喚き泣いていた。おそらく俺と母さんに気を遣っていたんだろうな。軍では喚き散らし怒り狂いとても一世代を築いた軍人とは思えない様子だった。」
レスリーは考えこんでから呟いた。
「・・・・そうか。弟がいるのになぜこちらにつくのかわからなかった。協力してもらっていてこう考えるのは申し訳ないが、信用できる立場じゃないと思っていた。」
「あの人は信頼できる。疑うのはわかる。お前の立場は人を疑うことが大事だ。だから疑わないで済むコウヤ達が大事なのだろう。」
レスリーはディアに微笑んだ。
「お前も信用している。コウの親友のシンタロウ君にしても、イジーちゃんにしても・・・」
「疑うのも考え込むのも今は止めたらどうだ?言っては悪いが、下手なこと考えて作戦に支障を及ぼすのは避けたい。この作戦を実行することだけ考えろ。お前が信用している人物たちが露払いをするさ。」
レスリーはディアに諭すように言った。
「心強い。・・・しかし」
「お前らに比べたら俺らは弱い。だが、お前が不安に思う人間よりは強いさ。なにより、俺もみんな、お前等より人生経験豊富な大人だ。」
レスリーは顎をあげてディアを見下ろすように見た。
「3歳くらいしか変わらないくせに・・・・・」
「俺はな。だが、他は違う。お前が心配すべきなのは外野やその他の人間じゃないだろ?」
レスリーはそう言うと冷やかすように笑った。
「そうだな。」
ディアは諦めたように笑った。
ドームの港、戦艦の停留所に見えもしない宙を見上げてコウヤは立っていた。
視線の先には無機質な天井がある。その先には空があって、その先に宙がある。
取り戻した思い出は、決して綺麗なものではなく、わかっていたとはいえ苦しかった。
皆の言う通り、父は狂い、自分を見ていない。母は自分を守ってくれたが、傍にいられない。
仲良くしていた人が父の死に関わっていて、親友は誰もいなかった。
分かったのは自分が子供だったこと。そして、今も。
落ちた先に今の母親がいて自分は幸せな生活をした。親友たちは、自分が幸せな間に沢山苦しんで、悩んでいた。
自分を形成する苦しい思い出も、楽しかった思い出も全て決着がつくのだろう。
それは自分だけでない。ハクトもクロスもユイもディアもレイラも・・・・
終わったら何があるのだろうか。
自分の平凡だった生活の象徴だった親友達はもう戻れないだろう。
きっと、自分も。
決着がつくことが一番なのに、その先が怖くて見通せない。
作戦のことだけ考えろと言われればそれが全てだが、あちこちに目が行くのは仕方ない。
カワカミ博士のこともそうだが、過去を思い出したことでキャメロンとも接しにくくなっている。
クロスとの入れ替わりを解消すると言ったレスリーとそれに対してのマックスの視線が、レスリーが何を考えているのかの答えいると思えて、苦しい。
なんで、みんな事態を収束させようとするんだろう。
作戦が成功して、ドールプログラムさえ止めれればいいだろう。父さんを止めればいいだろう。
自分が子供だからだろうか。
止めることが収束ではない。そんなことは分かっている。
やるせない気持ちと理解しようとする気持ちと理解したくない気持ちがごっちゃになる。
あと少しで俺たちは宇宙に発つ。
早くハクト達に会いたいし、アリアを助けないといけない。でも、その先は・・・・?
「どうされましたか?コウヤ様。」
久ぶりに聞いた気がする。
「・・・・カワカミ博士・・・・・」
コウヤは横目で近寄るカワカミ博士を見た。真っすぐ見れなかった。
「ゼウスプログラムを開いたそうですね。流石です。後はムラサメ博士を止めて・・・・」
「カワカミ博士はいつ戻ってきたんですか?あの、何しに出ていたんですか?」
コウヤはカワカミ博士の話す言葉を聞きたくなかった。どこからか何かがわかってしまう気がした。
「ああ、少しキャメロンに施設の制圧を頼まれまして・・・・ドールプログラムを止めるのに必要な実験でもありましたから彼女と出てました。ご安心を、もう機械の設定も済んでいます。先ほどドールプログラムを応用した船で戻ってきました。」
カワカミ博士はいつも通りの笑顔で言った。だが、コウヤは彼の言った実験という言葉が引っかかった。
「その実験は・・・・人を使いますか・・・?」
思わず出た言葉だ。
「当然です。」
カワカミ博士は悩む様子もなく答えた。
「・・・・・そ・・・・そうですか・・・・」
あまりにも躊躇いなく答えたことにコウヤは更に複雑な気分になった。
カワカミ博士はコウヤの様子をじっと見ていた。
「コウヤ様は、作戦のことだけ考えてください。」
「え・・・・?」
コウヤはカワカミ博士の言葉の意味は分かったが、意図がわからなかった。
「周りのことは、周りに任せればいいのです。」
「あの・・・それは・・・・」
コウヤが聞こうとしたとき
ゴゴゴゴ
地鳴りのような音が響いた。
「帰ってきましたね・・・・キャメロンですよ。」
その名前を聞いた時に、コウヤは固まった。
「何を思い出しましたか?・・・・何を?」
コウヤの様子を見てカワカミ博士は興味深そうにしていた。
カワカミ博士のいつもの穏やかな感情の流れに一瞬、鋭さを感じた。
「・・・・あれって何ですか?父さんが動かせなかったあれって・・・・なんですか?」
コウヤは質問に質問で返した。
コウヤの質問にカワカミ博士は目を見開いて、ゆっくりと頷いた。
「・・・・コウヤ様でしたか・・・・・そうですか・・・・てっきり、シンヤだと思っていた。」
カワカミ博士は悲しそうな顔をした。彼の感情の中に驚きと憐みがあった。その憐みはコウヤじゃない人に向けられていた。それが誰だかコウヤにはわからなかった。
警告音が響いた。どうやら船が入るために出入口が開くようだ。外気が入るため、一旦停留所から離れる必要がある。宇宙と違って死にはしないが、肺がやられる。
「出入口が開きます。ここから出ましょう。」
カワカミ博士はコウヤに移動するように促した。
コウヤは頷いてカワカミ博士の後に続いた。
停留所から出て、ドーム内の長い廊下でコウヤは前を歩くカワカミ博士の背中を見た。
彼の感情はいつもと変わらない。
「・・・・カワカミ博士・・・・貴方を信じていいんですか?」
「私に聞くべきことではないですよ。」
カワカミ博士はコウヤが不信感を抱き始めていることを知っているようだ。いや、わかっていた様だ。
「何度も言います。・・・・作戦に集中してください。」
カワカミ博士はコウヤを振りむかずに言った。
彼の感情の中に懺悔があるとクロスが言っていた。その通りだった。そして、彼の中にあったのは、満足したような恍惚のようなものだった。
「戦艦が出ていたのか?」
隠れドームに戻ってきたレイラは首を傾げた。
『ちょうどいい。戦艦に続いて入ろうぜ。』
ジョウは向きを変えてドームに入ろうとしている戦艦の近くに付けた。
『おーい。一緒に入っていいか?』
ジョウはどうやら戦艦に連絡を取っているようだ。
少し時間を置いて、ジョウはレイラを招くようなサインを送った。
「助かる。」
レイラは戦艦の中の気配を探ろうとしていた。
『気にしない方がいいだろ。レイラさん。』
ジョウはレイラの様子が分かったのか、探るのを止めるように言った。
「・・・・何があるんだ?」
レイラは戦艦の中を探ろうとしたが、変な感覚に気付き止めた。
『いや、疲れた大人が乗っているだけだ。』
ジョウは苦笑いをしているようだった。
リリーとモーガンは、廊下で深呼吸をしていた。
「何ていえばいいんだろう・・・」
リリーはオロオロとしていた。
「別に・・・俺たちが気にすることじゃない。」
モーガンは首を振って、目の前の部屋の扉に手をかけた。
「あ!!モーガン!!」
リリーは心の準備ができていないのか、モーガンを大声で呼んだ。
扉の向こうから笑い声が聞こえた。
「・・・・相変わらず騒がしいのね。」
楽しそうに言う声は、二人のよく知っているものだった。
部屋の中から何かを引きずる音がした。
徐々に近づいてきて、扉の前に止まった。
そして、扉がゆっくりと開かれた。
「入ってきていいわよ。・・・私も話をしたい。」
部屋の中から、松葉杖をついたソフィが顔を出した。
「・・・・ソフィさん。」
二人は寂しそうに見ていた。
「別に、攻撃したりしないわ。」
ソフィはフィーネで見せた笑顔と同じ顔で笑った。
二人はソフィに招かれるまま部屋に入った。
「裏切ったからか、誰も来てくれなくてね。撃った負い目ではないけど、シンタロウ君が来ただけね。ハンプス少佐に会いたいわね。あと、艦長・・・大尉にも会いたいわ。」
ソフィは二人を部屋に置いてある椅子に座るように促すと、自分はベッドに座った。
「ごめんね。まだ足が本調子じゃないから。あ、でも撃ったシンタロウ君を恨んでいるわけじゃないから。」
ソフィは慌てて否定した。
「お父さんに・・・頼まれて断り切れずに裏切ったんですよね。」
リリーはソフィに縋るように訊いた。
「ですよね。ソフィさん。」
モーガンもリリーと同じように見ていた。
ソフィは驚いた顔をしていたが、嬉しそうに笑って、首をゆっくりと振った。
「違うわ。私は自分の意志で裏切った。」
ソフィは優しい笑顔だった。
「何で平気なんですか?」
リリーは悲しそうに言った。
「俺らを裏切って・・・どうして平気だったんですか?」
モーガンも悲しそうだった。
ソフィは少し考え込んだが、首を振った。
「平気じゃなかったわ。だって、フィーネでの日々はすごく楽しかった。大変だったけどみんな大好きだった。艦長も素敵だったし、二人も可愛かった。コウヤ君たちに説教するのも実は得意げにやっていたし・・・裏切るのは辛いわよ。」
辛いと言いながらもソフィは穏やかな表情だった。
「辛そうじゃないです。ソフィさんは簡単に裏切っています。仕方なさそうにもしていないです。」
リリーは首を振った。
「だって、私が最初からこっちの人間だったのよ。」
ソフィはキョトンとしていた。
「でも・・・あの時間は・・・過ごした時間は・・・?」
モーガンはソフィの顔を見て、目を逸らした。
「・・・そうね。言ってしまうなら・・・艦長たちと同じよ。最初の約束が大きい。あの6人はどの環境にいても6人の約束が根底にあって、今は協力し合っている。シンタロウ君もルーカス中尉もアリアちゃんも・・・レスリー君もそうよ。根底にあるもののために、その目的を一番に置いて行動をしている。染まらないようにしている。私はそれだったのよ。最初にいた場所があなたたちと被っていないだけ。対立している場所なだけよ。」
ソフィは清々しい表情だった。
「最初にこっち側にいたら・・・ソフィさんは。」
リリーの言葉にソフィは首を振った。
「いなかったら、私はここにいない。父がいて、私は裏切る役目があったからみんなに会った。そんな目で見ないで。私は幸せなのよ。裏切ったとしてもいい子達に会えた。人生には出会いもあるけど、別れもある。」
ソフィは達観したように余裕そうだった。
「否定してくれれば、ソフィさんが父親のせいにすれば軍法会議での死刑は免れられるはずです。」
モーガンは逸らしていた目をソフィに向けた。
「嫌だ。だって、それって出会ったきっかけを否定することよ。私は今の立場がいい。だから言ったでしょ?出会いがあれば、別れもある。それは、自分に対するだけの言葉じゃないのよ。」
ソフィは笑った。
結局一緒に入ってきた戦艦からは誰も降りなかったが、レイラはジョウに言われた通り気にしないことにした。いや、気になるのだが、気を遣わないようにした。
着ていたドール用のスーツを脱いで、畳んでいると色んなことが浮かび上がり、戦艦の中など気にする余裕が無かった。
「・・・クロスは、死ぬつもりなのかな・・・」
レイラは呟くと悲しくなった。
だが、自分には彼が決めたことを止めることは出来ない。
いや、止めてもいいじゃないか。だって、彼は私の道を勝手に決めて・・・私を助けた。
「絶対に死なせたらダメ。」
後ろから声がした。
振り向くと無邪気に笑っている頭の軽いと思っていた親友がいた。
「・・・あんたに言われなくてもわかっているわよ。ユイ」
レイラは口を尖らせて拗ねるように言った。
「わかっていない。レイラもディアもクロスもコウも・・・一番わかっているのはハクトだよ。」
ユイは首をぶんぶんと振っていた。
「何が?」
「私たちは、生きないといけないってこと。死ぬことなんて、自己満足だから。」
ユイは冷たい口調だった。
「憎まれても生き続けるってこと?死を望まれてもよ。」
「私は皆に生きていて欲しい。これで生きる理由だよ。レイラ。望まれて死ぬのなら、望まれて生きる道もあるんでしょ?」
ユイはレイラを責めるように見た。
「他人の命を踏みにじった私たちは・・・・」
「知っているよ。それを全て自己満足でゼロにするの?クロスもだよ。」
ユイは強い意志を持った目をしていた。
「・・・ユイは強いね。」
レイラは羨ましそうにユイを見た。
「私は、子供だから。空気を読むのもできない。だから他の人の為に犠牲になんてならない。」
ユイはレイラの肩を叩いた。
「それに・・・死ぬよりも生きる方がいいことだって、子供でもわかるよ。」
ユイはレイラの頬をつまんだ。
「痛い・・・おバカなのに・・・偉そうに・・・」
レイラは眉を顰めてユイを見ていた。
「おバカに説教されるレイラもレイラ。」
ユイはにやりと笑った。
隠れドームがある列島は、夜を迎えていた。
それに合わせて他のドームと同じように隠れドームも夜の空になっていた。
フィーネに乗る者にとっては、作戦前の地球最後の夜になるだろう。
それぞれが割り当てられた部屋で休む中、寝られずにコウヤは起き上がった。
決して居心地が悪いわけではない。むしろいいだろう。だが、不安だった。
昔のようにドームの夜空を眺めようと屋敷の外に出た。
「・・・やっぱり、第一ドームの空が本物に近いな。」
コウヤは結論付けたが、眠くなるまで眺めようと座れる場所を探した。
「夜の散歩が趣味なのか?」
後ろから声がかかった。
飛び上がる勢いで驚いた。
「・・・リードさん。」
後ろにいたのは、リード氏だった。
「気持ちが昂っているのか、それとも今が名残惜しいのか、はたまた不安なのか・・・」
リード氏はコウヤと同じようにドームの空を眺めた。
「そう言うあなたも趣味なのですか?」
コウヤはリード氏の横顔を警戒しながら見た。
「今までの事と、これからのことを考えた。」
リード氏は少し楽しそうだった。
「あなたこそ不安ではないのですか?軍法会議にかけられるんですよね。」
「そうだろうな。だが、私は今が人生で一番と言っていいほど楽しいのだよ。」
リード氏は口元を歪めて笑った。
「楽しい・・・?」
コウヤは眉を顰めた。
「そうだ。この作戦において、ソフィという人質取られ、私も宙に上がるだろうな。」
リード氏はクックッと笑った。
「そうなんですか?」
「ああ。レイモンドは私を警戒している。おそらく地球のこのドームに置いておきたくないのだろう。さらに加えるなら・・・あいつは弟を見ていないくせに弟を信じたいと思っている。」
リード氏は皮肉そうに呟いた。
「・・・兄弟というのは、やっぱり想い合うものなんですね。」
「いや、あの兄弟は憎しみ合っている。」
リード氏は首を振った。
「え?でも今、信じたいと・・・」
「君にはわからんさ。切れない絆と変えることのできない想いで他人と結ばれている者にはな・・・血が繋がっているからこそ、切れないのだろう。」
リード氏はコウヤを眩しそうに見た。
「前、あなたが言っていた・・・変わらないものがなかったって・・・、あなたはそれを変えたくなかったんじゃないですか?」
コウヤはリード氏を探る様に見た。
「いずれわかる。君が大人になれば・・・。君には変わった親友がいるだろ?変わらざる得なかった人々が近くにいるだろ?」
リード氏は口元を歪めて笑った。
「・・・・でも、あいつらは、想いは変わっていない。」
「そうだろうな。だが、あと数年したらどうなるだろうか。一度交わっていても・・・線が再び交わるためにはどのくらいかかる?君が歪むか、相手が歪むしかない。」
リード氏は少し悲しそうだが、笑っていた。
「そんなの・・・机上の理屈です。」
「そうだな。だが、君にもいつかわかるときが来るかもしれない・・・いや、わからなくていいのだろうな。」
リード氏はやはり、羨ましそうにコウヤを見ていた。
「・・・俺の親友は、強いです。俺が思うよりも・・・みんなが強い。」
コウヤは「希望」で出会った親友達と「第一ドーム」で出会った親友達を思い浮かべた。
「変わりたくないのなら、アドバイスをしよう・・・」
リード氏は人差し指を立ててもったいぶるように言った。
「アドバイス・・・?」
「ああ。経験者が語るのだから、為になる。」
リード氏は珍しく優しく笑っていた。
「・・・何ですか?」
「・・・決して、親友たちを死なすな。君が欠けてもいけない。・・・死こそが、人を歪ませる。」
リード氏は何かを思い返しているのだろう。
「・・・死こそが・・・」
「聞き流してくれてもいい。だが、手遅れになったときは知らんぞ。」
リード氏は屋敷の方に歩きだした。
「・・・アドバイス、ありがとうございます。」
コウヤはリード氏に礼をした。
去っていくリード氏の背中から、やはり羨ましがるような感情が伝わった。
地球が朝を迎えると同じくらいに合わせてドームの空は明るくなった。
出発の準備のため、朝食を終えて、着替え、戦艦のチェック等でコウヤ達は誰かとゆっくり話すことは出来なかった。
昨日までに話しておいてよかったとコウヤは内心思っていた。
小さな個人の持ち物のドームに不格好なほどの軍艦に沢山の兵器が詰め込まれた。
「連れてきた看護師たちは残すのか?」
レイラはフィーネの前に並ぶメンツを見て呟いた。
「レイモンドさんの息がかかった人達のようだ。残しても大丈夫なようだ。」
レスリーは慣れない軍服を整えながら言った。
「人選の現場にいなかったというのにそのメンツを揃えさせたのか。中心から退いても息のかかっているメンツがいるのもやはり、大将は伊達でないな。」
ディアはレイモンドを感心したように見た。
「もっと無邪気でいようよ。すごいなーくらいな。」
ユイは楽しそうに笑った。だが、彼女の笑顔の下には父親に対する不安があるのをコウヤ達は知っていた。
「そうだよな。・・・・・俺たちはそれでいこう。」
コウヤは自分に言い聞かせるように言った。その言葉にディアとレイラも頷いた。二人も何か誰かに言われたのか神妙な面持ちだった。
「本番は宙に上がってからだろ?下手な神経使うなよ。」
シンタロウは軍服を着慣れているようで、コウヤよりもずっと様になっていた。彼の横には真剣な表情をしたイジーがいた。何やらブツブツと言っているが、どうやら覚えたオペレーターの作業内容のようだ。
「作業着以外中々着ないから新鮮だ。」
モーガンは軍服を着ていることにテンションが上がっているようだ。
コウヤ、レスリー、モーガン、リリー、イジー、シンタロウが地連の軍服。ディア、リオ、カカがネイトラルの軍服。レイラ、マックス、ジューロクがゼウス共和国の軍服だった。
「タナには宙に同行してもらうが、リード准尉には残ってもらう。あくまでこの作戦は共同作戦だ。地連、ネイトラル、ゼウス共和国それぞれのメンツがいるという設定だ。そして、この事態を引き起こしたのはそれぞれが関わっているのも主張するのは忘れるな。」
レイモンドはフィーネの乗組員を見渡した。彼らから離れたところにカワカミ博士とラッシュ博士がいた。
「キースさんは・・・・?」
コウヤはキースの姿が見えないことに不安を覚えた。
レイラやディアたちも心配そうに見渡した。
「ハンプス少佐・・・・いない。そう言えば見ていない。」
コウヤの心配そうな顔を見てユイは心配になったようだ。
「・・・・ハンプス少佐はどこに・・・」
レスリーはチラッとラッシュ博士の方を見た。
キースを探して視線をあちこちに巡らせる船員たちの元に軍服をしっかりと着て軍帽を深く被った男が来た。
「・・・・待たせたな。」
男はそう言うと帽子の鍔を持ち上げて顔を見せた。
「・・・・キースさん・・・・?」
コウヤ達は男の、キースの容貌に驚いた。
いつも着崩している軍服がしっかりと着こまれており、顎に見えていた無精ひげも全て剃っていた。
「男前だろ?」
キースはいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「・・・・なんか、不気味です。」
コウヤは安心したようにため息をついた。
「ええー。ハンプス少佐イケメンかもしれない。」
リリーは黄色い声をあげていた。
「かもってなんだよ。イケメンだろ?こう見えても俺は男性含めて2人に告白されたことある。振られた回数はもっと多いがな。」
「それイケメンの基準じゃないですよ。」
イジーは辛らつに言った。
キースの姿を見てレスリーはそっと目を伏せた。ジューロクはキースと他の乗組員の顔を交互に見ていた。
「お鬚が無いだけでこんなにも清潔になるんだ。」
ユイは感心したように言った。
「髭も綺麗にはやしていれば違う。ハンプス少佐のは無精ひげだからそう感じただけだ。」
レイモンドは自身の髭を触りながら言った。
「あ・・・・すみません。」
ユイは頭を軽く下げて謝った。
「いや、いいさ。」
レイモンドは微笑み手を振った。
「俺、ゼウス共和国の軍服でもよかったんですけど・・・・これだと地連が多くなりませんか?」
シンタロウは自身の着ている軍服をつまんでレイモンドを見た。
「いや、君は地連の軍服だ。」
レイモンドはシンタロウを見て低い声で言った。
その声色にコウヤはドキッとした。彼の軍人である一面を見た気がした。
その様子を見ていたディアやレイラ、レスリーはシンタロウを見て何やら納得した顔をした。
「よし、全員揃ったな。」
レイモンドは切り換えるように言うと、乗組員の前に立った。
雰囲気の変わったレイモンドを見て、コウヤは気を引き締めた。横でユイが息を呑んでいた。
モーガンは足が震えており、マックスは指がせわしなく動いている。
レイラやディア、シンタロウやレスリーは慣れているのか自然に顔の表情が変わっていた。
「これよりフィーネは宙に上がり、月のドーム「天」を目指す。出発にあたり、打ち上げ施設のあるドームに移動する。およそ2日がかりの移動になる。」
レイモンドは丁寧に話しているが、いつもの優しい表情ではなかった。
「「天」に到着前にニシハラ大尉、クロス・バトリーと合流する。本部に一時的に寄るが、直ぐに作戦に移る。・・・・覚悟が決まっていないなら移動中に無理やりにでもしろ!!」
レイモンドは最後に怒鳴るように言った。
「「は!!!」」
低い声で返事をするレスリーやキース、レイラやディアやシンタロウを見てコウヤは置いて行かれる気がして遅れて返事をした。
出発の時に傍で見送ることは外気が入ってくる問題で叶わない。
よって、見送りはモニター越しになる。
「・・・・行ってしまうのね。」
寂しそうにマリーはモニター見ていた。
「帰って来た時のことを考えていましょう。私たちに出来ることは心配することと戻ってきた時に出迎える準備をすること・・・・・」
ミヤコはマリーの震える肩に手を置いた。
「彼らをきっとハクトが助けてくれる。」
「そうよ。ハクトが・・・・」
リュウトとキョウコは表情に不安はあったが、力強く頷いた。
モニターの向こうで戦艦フィーネが発つ。
隠れドームに地響きのような音と振動が広がった。
残る人々はモニターの向こうのフィーネを祈るように見ていた。
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