あやとり

近江由

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六本の糸~プログラム編~

77.指導者

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 隠れドームに定着している戦艦「フィーネ」は現在二人の女性を乗せていた。いや、女性というよりは少女だ。



「これで切り換えます。そして、各ドールへの連絡は・・・・」



「これに登録してですね。艦内施設の電源はこれで扱うのですか?」



 リリーは機械の操作盤を指しながらイジーに説明しており、イジーは真面目に聞き、時たま質問をしている。



「ルーカス中尉は前線に出てなかったんですか?前線組ばりの階級ですよね。」



「私はほとんどロッド中佐の補佐だったので、出てても船が大幅に戦いに巻き込まれることはほとんどなくて、あの人と共にすぐにドーム専属の軍人になりました。なによりも、中佐の・・・・私はクロスさんの妹、ユッタの親友だったんです。それをあの人は気付いて死なせないようと補佐に着かせると同時に階級をある程度与えさせたみたいです。」

 イジーは少しはにかみながら言った。



「・・・・そっか・・・・。ルーカス中尉は「希望」関係者なんですよね。なんか羨ましい。こういったら悪いかもしれないけど、大尉とかと同じ景色を見ていたんですね。」



「見ているようで見ていないです。あの人たちは・・・・あの人たちしか同じものを見れない。昔からわかっていたんです。あの6人はあの6人しかいない。でも、それでいいんです。昔は寂しかったけど、今は分かります。あの人たちの景色が見れないのと同時に私の見ているものもあの人たちは分からない。」



「何言っているのかよくわかんないけど、ルーカス中尉は大人だと思いますよ。」

 リリーはイジーが何を言っているのか理解できなかったが、とにかく笑ってごまかした。



「ゴードン曹長は何故曹長なんですか?もっといい階級があったのに・・・・不思議に思っていました。」

 イジーはリリーがにこにこ笑って首を傾げているのと同様に首を傾げた。



「ああ、それですね。・・・・実は私も最初は尉官をいただけるって話だったんですけど・・・私一回軍曹になりたかったんですよ。ほら、軍曹ってかっこいい感じしますよね。」

 リリーは目をキラキラさせてイジーに語った。イジーは変わらず首を傾げていた。



「でも、尉官って軍曹より上ですよね。考えて軍曹がいいです!!って言ったらどこかで伝言ゲームのミスしたみたいで曹長になりました。」

 リリーはてへっと笑った。



「・・・・なるほど。上の手違いですね。」

 イジーはリリーの主張に共感はできないが、どうしてそうなったのかは理解したようだった。



「そうなんです。あーあ・・・・こうなるならそのまま尉官頂けばよかった。」

 リリーは口をとがらせて呟いた。



「他国ですが・・・・・シンタロウはゼウス共和国で軍曹の階級ですよ。」

「え・・・・ずるい。」



「マックスさんが言っていましたが・・・鬼軍曹というべきか・・・とても怖かったみたいですよ。」

 イジーは苦笑いして言った。



「いいなー!!私も鬼軍曹やりたかった!!」

 リリーは頭を振って唸った。



「ゴードン曹長は・・・鬼というには可愛らしすぎますよ。」

 イジーはリリーの様子を見て微笑んだ。



「ありがとうございます。ルーカス中尉もサイボーグと言われるには可愛すぎると思いますよ。」

「は?」

 リリーの口から予想外の言葉が出てきたイジーは少しドスの効いた声を出した。



 それを聞いてリリーはしまったという顔をした。



「なるほど。一部では影で私がそう呼ばれていると・・・いうことですね。」

 イジーはリリーの様子を探る様に見た。



「えっと・・・同期の女とか嫉妬ですからね!!ロッド中佐の傍にいられることが羨ましくてですよ!!」

 リリーは嘘がつけない質のようで必死にフォローしていた。



「大丈夫ですよ。予想はついていました・・・・?ゴードン曹長。ドールが二体ほど出るようです。」

 イジーはモニターに映った格納庫の出撃準備に入ったドールを見た。



「ああ。たぶんレイラさんですね。ジューロクさんとゼウス兵の取りまとめに行くらしいです。」

 大変ですねーと呟きながらリリーはモニターをズームして映るレイラ達の様子を見ていた。










「時間をかけて申し訳ないな。身だしなみをきちんとしないといけないからな。」

 ジューロクと名乗っていたジョウは整えた髪を気にするようにしていた。



「いや、人前に立つことならもしかしたらお前の方ができるかもしれないからな。頼りにしている。」

 レイラはジョウを見て苦笑いしていた。



「少しくらいナルシストでいた方がいいらしい。人前に立つときは思い込みが大事だ。・・・これは・・・気に食わないが、ロバート・ヘッセの言葉だ。ただ、これは頷けるものが多い。レイラさんは幸い目立つ外見をしている。思い込みと自信が大事だ。」

 ジョウはレイラの肩を叩いた。



「この近くにゼウス共和国の軍事ドームがある。そこから連絡する。」

 レイラはジョウに頷いた。



「時間的に全部はまわれないからな・・・だが、今の事態が事態だ。聞いてくれるかは分からないぞ?」

「それが心配でお前は付いてきたのだろう?説得できなくて元々だ。それでも、奴らを落ち着かせないといけない。母国を滅ぼされたんだ。下手したら地連に特攻をかけかねない。」

 レイラはそう言うとドールに向かって走り出した。



 二人がドールに乗り込むと出撃口が開いた。



『便利だな。誰か見ているのか?』

 ジョウはタイミングの良さに感心していた。



「遠隔操作だ。私がやった。」

 レイラは神経接続を手早く終わらせ、ジョウに出ることをサインで伝えた。



 二体のドールが隠れドームから飛び立った。









 ほぼ無人の研究ドーム。

 かつてゼウス共和国の実験施設があり、ここの傍で壮絶なドール戦が繰り広げられた。

 そんな過去が無かったかのようにドームは静かだった。

 人が生活していた痕跡はあるが、人だけが消えたような不自然な静けさだった。半端に残る生活用品が人がいないことの不自然を際立たせている。



 人がいた痕跡、生活の跡がない場所に人がいた。

 彼らはここで生活をしているというわけではないようだ。

 一人の頭から顔にかけて包帯を巻いた男と一人の白衣の女。白衣の女の手には軍帽があった。

「・・・・ご要望通りよ。あなたいい体していたから食事も大丈夫よ。あと、元の適合率が高いのがよかったのね。拒絶反応も全くなかったわ。」

 白衣の女、ラッシュ博士は男を見て目を細めて笑った。



「適合率が高い子は小細工しなくてもいいから、こんなことは初めてだったわ。」

 彼女は嬉しそうにしていた。



「人の本質は変えられない、おたくを見ているとつくづくそう思う。」

 男は頭から顔にかけて巻いた包帯を整えた。



「人間が生きていくのに食べること、息をすることを止められないのと同じよ。」

 ラッシュ博士は口元を歪めた。



「・・・・おたく、自分の本質を考え違えている。」



「は?」



「・・・・・おたくは、医者だよ。言った通り、生きていくのに必要なものを止めれないように、おたくは自分の本質が医者というあり方にある。」



 男の言葉にラッシュ博士は眉を顰めた。

「医者・・・・?ここんところずっと人の頭に変な機械を植え付けることしかしていないわ。」

 そう言うとラッシュ博士は自嘲的に笑った。



「まあ、そう思うならいいさ。・・・・・ありがとうな。ラッシュ先生。」

 男はそう言うと包帯をゆっくりと取り始めた。



「傷は軍帽を被れば見えないわ。幸いあなた髪の毛長めだから軍帽が無くても大丈夫よ。髪の流れが少し変わっているから気付かれるかもね。あの子たちはお子ちゃまの癖に鋭いから。」

 ラッシュ博士は手に持っていた軍帽を男に渡した。



「どうも。」

 男はそう言うと軍帽をクルリと回し自分の頭にかぶせた。



「・・・・やっぱり、隊長を務めるならシャキッとしないといけないからな。」

 男は普段着崩している軍服を整え、軍帽の向きを固定した。



「実はいい男ね。・・・・・年齢が近かったら考えたかもしれないわ。」

 ラッシュ博士は男を見て、揶揄うように笑った。



「俺もあんたも無いだろ?」

 男はラッシュ博士に口角をだけあげて笑った。



 男は部屋の外に出るように歩きだした。彼の後に続くようにラッシュ博士も歩き始めた。

 どうやら、彼らはこのドームから出るようだ。



 男は後ろを歩くラッシュ博士を確認すると目を細めて笑った。

「お互い別の人のことで頭がいっぱいなんだからな。」

 ラッシュ博士に聞こえるように呟いた。



「あなたは残念な人ね。ハンプス少佐。」

 ラッシュ博士は残念そうに言った。だが、予想していたことのように顔は笑っていた。










 

 地上のゼウス共和国の手持ちドームは混沌としていた。

 母国が滅びる場面を見せられ、国のトップとは連絡が取れない。



 誰が仕切るわけもなく、ただ荒れていた。



「外からでもわかる・・・荒れている。」

 レイラはドームを眺めながら呟いた。



『通信を取って、入れるように言う。』

 ジョウはドームとの通信を試みた。



 レイラはジョウが連絡を試みている間に、他のドームの地図を広げた。

 近くにあるのは地連の施設が近かったり、ネイトラルの目の届く範囲だ。



 地連の施設の近くは、おそらく実験施設が軍施設だろう。地図を見ても何となくだが繋がりがわかる。



「どれだけ盲目だったのよ・・・」

 レイラは自分の周りの見えなさに笑った。



『レイラさん。ダメだった・・・そもそも、ドームの管理が機能していない。』

 ジョウは残念そうに言った。



「いえ、予想したことだ。開けないなら・・・私が開く。」

 レイラはドームの出入り口に向かった。



『遠隔操作か?』

「ああ。・・・地球でやるのは初めてだが・・・できるだろう。」

 レイラは出入口を見た。







 入り口に糸のようなものが漂っている気がした。

「張り巡らされていた・・・ネットワークか。」

 レイラは見えた糸に思わず笑った。



 か細い糸に見えるが、自分たちの世界とは一線を画している糸なのだ。



 音を立ててドームの出入り口が開いた。

「行くぞ。ジョウ。」

『はい。』

 二人はドームの中に飛び込んだ。

 二人が入った後、出入り口は閉まった。















「後ろだ!!コウ!!」

 ディアの指示の声が響いた。



 コウヤは慌てて後ろを見た。



 ペチン

「痛い!!」

 コウヤは何かに叩かれてその場にへたり込んだ



「コウヤアウトー」

 モーガンが楽しそうに笑っていた。



「くそ・・・ユイ強いって・・・」

 コウヤは少しむくれていた。



「コウ・・・弱い。」

 ユイは気の毒そうにコウヤを見ていた。



 コウヤとディアとユイが、誰が一番強いかという話になり、まずクロスとハクトは確実に上だろうという結論から次は誰だという展開になったのがこの組手の発端だ。



「いくら潜在能力があっても、訓練をした私やユイには敵わないだろう。むしろ勝ったらぶち殺したくなる。」

 ディアはむくれるコウヤを見て不敵に笑った。



「女だからって手加減はいいからね。」

 ユイは優しくコウヤに笑った。



「・・・・」

 コウヤはなんだか惨めになっていた。



「やっぱり、相手にならないよなー」

 シンタロウはサブドールに神経接続をして何やら察知の練習をしていた。



「シンタロウはコウヤに勝てるか?」

 モーガンは興味津々な目で見ていた。



「さあな。昔は、運動は敵わなかったからなー。」

 シンタロウは懐かしそうに笑った。



「そう言えば、コウの学校生活はどんな感じだった?」

 ディアは興味があるようで、少し目を光らせていた。



「私も聞きたい!!」

 ユイも目を光らせてシンタロウの元に走った。

 座り込んでむくれているコウヤを放置して。



「成績も良くて、器用で何でもできるやつだった。俺よりもミヤコさんの方が知っている。」



「器用・・・か。コウが器用っていうのがいまいち思い浮かべられない。」

 ディアは首をひねった。



「私は不器用なコウが好きだよ。」

 ユイは優しくコウヤに笑った。



「いちいちユイさんは毒吐くんだな。」

 シンタロウはフォローできていないユイを見て笑った。



「ユイでいいよ。シンタロウ!!」

 ユイは手を挙げて言った。



「じゃあ、ユイ。」

 シンタロウは頷いて訂正した。



「あー。俺も訓練しようかな・・・このままだったら示しがつかない。」

 コウヤは肩を回して言った。



「示しつけなくていいだろ。お前はドール強いし。」

 シンタロウはコウヤの様子を見て笑った。



「女の子に負けるってどう思う?」

「別にこの三人なら勝てないやつ多いぞ?」

 シンタロウは気にした様子はない。



「聞き捨てならん!!コウヤ!!俺はどうなる!!」

 モーガンが飛び上がって抗議した。



「モーガンはいいんだよ。何か、ドール隊の中で一番弱いって感じで・・・」

 コウヤは他のドール隊のメンツを思い浮かべた。



「子供だな。情けない。」

 呆れたように言いながらレスリーが入ってきた。



「そうだ。コウ。彼になら勝てるんじゃないか?」

 ディアはレスリーを見て言った。



「俺は怪我人だぞ。・・・まあ、お前になら勝てるかもな。」

 レスリーは辺りを見渡して頷いた。



「聞き捨てならないな・・・レスリー。後悔しても知らないぞ。」

 コウヤは飛び上がって、構えた。



「こっちの腕は機械だから・・・片手でいいか。」

 レスリーは不敵に笑って言った。



 コウヤはレスリーに走って向かった。

 レスリーはコウヤの動きをぎりぎりまで見て右に避けた。



「どっちが勝つと思う?」

 モーガンはシンタロウの乗るサブドールによじ登ってきた。



「先生だろ・・・。経験が違う。」

 シンタロウは当然のように言った。



「そう言えば・・・ハンプス少佐は?一緒に訓練するって言っていたのに・・・地球に降りてから見ていないな。」

 モーガンは首を傾げていた。



 その話を聞いてレスリーは一瞬何かを考えた。



「隙あり!!」

 コウヤはその隙を逃さずレスリーの開いている左腕を掴み、足を引っかけて倒した。



 ドサ

 とレスリーが床に倒れた。



「・・・やっちまった・・・」

 レスリーは悔しそうに呟いた。



「やった!!勝った!!」

 コウヤは床に倒れているレスリーを見て喜んだ。





「ちょっと!!おい!!何やってんだ!!」

 喜び飛び上がるコウヤや、それを眺めるユイ達に怒鳴り声のような叫び声がかかった。



「あ・・・マックス。」

 コウヤはすごい勢いで部屋に入ってきたマックスを見て気まずくなった。



「コウ。お前、彼になら勝てるぞ。」

 ディアはマックスを指差して言った。



「おい!!アスールもだ。この人怪我人だぞ!!腕これ仮だからな!!作戦が終わったら本格的に作るんだから壊すなよ!!」

 マックスはレスリーの腕を指差して言った。



「あのね、コウが私たちに勝てないからって、勝てそうな人に組み手を挑んでいたの。」

 ユイはコウヤを指差して言った。



「はん!!情けない。それで怪我人のレスリーさんを選んだのか?」

 マックスはコウヤに軽蔑の目を向けた。



「ユイ、合っているけど、いい方がすごい悪い。」

 シンタロウはコウヤ達の様子を面白そうに見ていた。



「お前なら、レスリーさんよりもシンタロウ・コウノの方がいい相手だろ?」

 マックスはサブドールから高みの見物をしているシンタロウを指差した。



「え・・・いやあ・・・」

 コウヤは確かにシンタロウよりは強い自信はあった。だが、それは昔の話だった。確かめたい気もするが、怪我人であることもあり、触れないでいた。



「いい相手じゃない。下手したら殺されるぞ?」

 ディアは首を振った。



「え?どっちが?」

 モーガンは目を点にしてシンタロウを見た。



「シンタロウは手加減できないだろ?研究施設のやつ見ただろ?」

 ディアはため息をついた。



「ゼウス共和国では普通に手加減していただろ?ヘッセ少尉の補佐になるためにこいつは組手で強さを示したからな。」

 マックスはシンタロウが兵士四人を相手にした時を言っているようだ。



 それを聞いた途端、ディアの目つきが変わった。



「それなら、コウじゃなくて私が相手願いたい。」

 ディアは手でシンタロウにサブドールから降りるように示した。



「まじかよ・・・」

 シンタロウはため息をついてサブドールから飛び降りた。



「なあ、レスリーさん。シンタロウって強いのか?」

 モーガンは床に座り込むレスリーの元に寄り、ひそひそと聞いた。



「お前、あいつの体見たことあるか?後で見せてもらうといいぞ。サイボーグみたいでとんでもないから。」

 レスリーはシンタロウを指差して言った。



 向き合うディアとシンタロウの様子を見て、焚きつけたマックスはレスリーの後ろに隠れるように移動した。



「後頭部を触られたら負けだ。・・・いいか?」

 ディアは自分の後頭部を指差して言った。



「ああ。俺は触る程度だが、ディアは殴っていいぞ。」

 シンタロウは拳を握り言った。



「舐めるなと言いたいが・・・お前なら遠慮はしない。」

 ディアは挑むように笑った。



「待って待って!!」

 コウヤは二人の間に割り込むように飛び込んだ。



「どうした?」

 シンタロウはコウヤを見て首を傾げた。



「ディアの前に俺の相手を願いたい!!」

 コウヤはディアの前に立ちはだかった。





 







 ドームの中は荒れ果てていた。

 何度か争いがあったのはわかり、軍服を着た者もいるが、治安を守るっているような状況ではなかった。



 レイラは後ろにジョウを連れて、道の真ん中を目立つように歩いた。

 赤と黒のゼウス共和国の尉官の制服は目立った。



 堂々と歩くレイラを道行く人が目で追った。



「・・・お前・・・レイラ・ヘッセ?」

 ボロボロになった軍服を着た、元兵士だったような男がレイラを指差した。



 その言葉に人々は過剰反応をした。



「地連に寝返った裏切者!!」

「弱いくせに偉そうにしやがって!!」

「使えない軍なんかやめちまえ!!」

 というレイラに対して批判的な声も聞こえるが



「少尉!!どうにかしてください!!」

「あの映像は嘘ですよね!!」

「地連のせいですよね!!すぐに地連を潰しましょう!!」

 とレイラに何かを期待する声も聞こえた。





 人々が周りに集まったと判断するとレイラは手を挙げた。



「私は・・・強い!!」

 野太い声で叫び周りの人々を睨んだ。



 レイラはドームの中を確認していた。機械関係は案の定、大元がドールプログラムだった。

 手を下ろすとドームの中は暗く夜になった。



 《電気系統は・・・全て把握した。》

 レイラは街頭に目を向けて、自分の周り以外全て消した。



「話を聞け。全てはそれからだ。」

 レイラは周りの者を一人ずつ見た。



 レイラの手によって行われたように見える変化に人々は固まった。

 実際にレイラの手によって行われているのだから当然だ。



「映像は本物だ。火星のゼウス共和国は攻撃された。」

 レイラは声を野太くしたまま言った。



 悲嘆の声が上がった。辺りの人々は絶望した顔をしている。

 当然だ。母国が滅ぼされたのだからだ。



「ゼウス共和国は、火星に戻る。その前に私の話を聞け。」

 レイラは騒ぐのを止めない者たちを黙らせるために建物の電気も全て落とした。



 ドームは真っ暗になり、レイラだけが照らされている状態だった。



「「希望」を破壊したのは・・・ゼウス共和国だ。」

 レイラは人々の顔を見た。

 ゼウス共和国の人々が直視しなかった現実だった。目を逸らした者もいたが、人々は騒ぐことは無かった。



「その破壊と同時に、ゼウス共和国は、ドールプログラムを手に入れた。だが、火星のゼウス共和国を攻撃したのは、我々が犠牲を払って手に入れたドールプログラムだ。」

 レイラはジョウを横目で見た。



 ジョウは頷き、拡声器を渡した。



 レイラは拡声器を受け取り、それを顔の前に持ってきた。

「地球を取り戻す。それが前総統のロバート・ヘッセの掲げたものだ。だが、我々は忘れていないか?・・・ゼウス共和国は、火星に生まれた国だ。」

 拡声器を通した声はドーム中に響いた。



「我々が取り戻すべきは・・・今は火星だ。そこに地連もネイトラルもない!!」

 レイラは手を空に掲げた。





「地連なんかと手を組むのか!!」

「私たちは誇り高いゼウス共和国の・・・・」



「だまれ!!ゼウス共和国は無くなったに等しいのだ!!地連と手を組むなんて?私たちに敵はいない!!」

 上がった不満の声にレイラは怒鳴りつけた。



「だが、国は無くなったに等しいが、先ほど言われた通り・・・我々は誇り高いゼウス共和国の人間だ。だから、敵などいない。手を組む?違う。地連に手を貸してやるのだ!!」



「誇りを語るのは生き残ってできること。生き残るのに必死にならない者が語った誇りなど、死んでいるのと同じだ。誇りやプライドとは生きているから持てるのだ!!」



「だから、死ぬな!!死に急ぐな!!生き抜いてこそ我々は誇れるのだ!!・・・私たちに敵はいない。」

 レイラは念を押すように言った。



 辺りは静まり返った。





「・・・・我々は生き残る。そのためには、ドールプログラムを止める。その作戦にゼウス共和国からは私と・・・・ここの男が参加する。」

 レイラは横のジョウを指した。



 ジョウは一歩前に出て、レイラに並び礼をした。

 そして、レイラから拡声器を取った。



「私は・・・・ジョウ・ミコト。古い記録を調べれば、きっと出てくると思うが、前総統の秘書を務めたナオ・ロアンの部下だった。」



「この賢い男が共に作戦に参加する。絶対に地連にもネイトラルにも遅れは取らない。・・・いいか?我々は、生き残る。全ゼウス共和国の国民に伝えろ。そして、火星を取り戻すまで、我々はいつ亡国になってもおかしくない。だが、生き残っている限り、亡国にはならない!!」





「・・・決して、命を無駄にするな。私たちは地球に向かうのでなく・・・火星に向かうのだ。」

 レイラは地連が敵でないと強く念じた。



 人々の目の色が徐々に変わった。

 横でジョウが寂しそうな顔をしていた。



 それがわかり、レイラは自己嫌悪に一瞬陥った。だが、それを直ぐに振り払った。



「地球で待て。誇り高きゼウス共和国の人々よ。」

 レイラは人々に微笑んだ。











 

 先に攻撃を仕掛けたのはシンタロウだった。

 右手を前に出した。

 それに気づいたコウヤは素早く体を捻り、避ける体勢に入った。



「え?」



 前に出した右手を素早く退き、シンタロウはコウヤの捻って不安定になった体を押した。



 というよりかは、反応と動き出しがコウヤの把握できる速さでなかった。



 気が付いたらコウヤは床に倒れていて、後頭部をシンタロウがつま先でつついていた。



「お前は、単純すぎるんだよ。」

 シンタロウはコウヤを見下ろしていた。



「・・・負けた。」

 コウヤは地面に寝っ転がり、駄々をこねるようにじたばたした。



「・・・瞬殺だったな。」

 ディアは呆れたようにコウヤを見下ろしていた。



「俺は肉体特化型だから、ドールでは勝てないが、こっちは負けないらしい。」

 シンタロウは得意げに笑っていた。



「もうちょっと善戦すると思ったけど、仕方ないか。」

 マックスは納得したように頷いていた。



「ちょっと!!なにやってんの!!」

 先ほどのマックスと同じように部屋に怒鳴りながらイジーが入ってきた。



 シンタロウは顔が青くなった。



「肺に穴が開いていた人が何やってんの!!!」

 イジーの怒鳴り声が響き、シンタロウは強制的に連れて行かれた。










 

 地上を這うように飛ぶ二体のドールがあった。

『見事だった。演説・・・』

 ジョウは気を遣ったように、黙っているレイラに声をかけた。



「気を遣うな。分かっているんだろ?・・・・途中で私が何をやったか・・・」

 レイラは自嘲的に笑った。



『あれが最善だった。』

 ジョウは分かっているようで、納得もしているようだ。



「確かに、途中まで私はパフォーマンスを含めた演説をしていた。だが・・・最後に使ったのは、刷り込みだ。恐ろしいな。辺りの視線を全て私に向けていたからこそできた。」

 レイラは悲しそうに呟いた。



『軽い洗脳だが、自覚は無いレベルだ。』



「私は、洗脳したんだ。自分の言う通りにするために、人々を洗脳した。それこそ、私が止めようとしているムラサメ博士のやろうとしていることのようにな。」



『責めるな。自分を・・・』

 ジョウはレイラに優しく言った。



「わかっている。だが・・・私は自分を責めずにいられるか!?」



『責めるなら・・・全てが終わってから、人々を最後まで導け。それができないならとっとと逃げろ。君は若い。いくらでも道はある。』

 ジョウは変わらず優しい声色だった。



「・・・狡いな。」

 レイラは久しぶりに口に笑みを浮かべた。



『さて、ドームまであと少しだ。レイラさん。・・・やることは山積みだろ?』

 ジョウはドールのスピードを上げた。



「そうだ。」

 レイラも彼に続いた。

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