あやとり

近江由

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六本の糸~プログラム編~

76.親心

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 早朝に、水道をひねる音と流れる落ちる水の音、それを遮り手に取り何かにかける音が響いた。どうやら顔を洗っているようだ。

 長い金髪を束ね、顔を洗っている少女は鏡を見た。

 鏡に映るのは自分の緑色の瞳。白目部分は赤く充血しており、瞼も少し腫れぼったい。

「何かあったのか?」

 背後からかかる声に少女は身を固くした。

 即座に振り向き声の主を探すと同時に部屋にあるものと出入口に目をやった。



「そう警戒しないでくれ。」

 声をかけた男は両手を挙げて無害なことをアピールした。



「ジューロク・・・・女性の洗面を眺める趣味があったとは意外だ。」

 少女は変わらず男を警戒してる。



「上司に教わったことでな・・・・・「人間鏡を見つめる時が、一番自分が出てくる」って。鏡に映るのは自分だ。自分に見られるときどんな顔をしているか・・・・キメ顔をするやつもいるから何とも言えないが、無理している奴の皮が剥がれるのはたいてい自分を見た時だ。」

 ジューロクは少女を心配そうに見た。



「・・・・わざわざ心配してくれたのか?心遣いに礼を言う。だが、私にそれは不要だ。もっと必要な人物がいる。」



「髪の色は母親譲りだな。レイラ嬢。」

 ジューロクは少女、レイラを見て目を細めて笑った。



 ジューロクの言葉にレイラは目を見開いた。



「・・・・母を知っているの?」

 レイラの口調は軍人のものから普段の少女のものになった。



「俺は昨日も言った通り、ロバート・ヘッセの秘書だった男の部下だった。知っている。」



「秘書の部下とはいえ結構なポジションにいたんじゃない?何でモルモットに?失脚する前に逃げることもできたんじゃない?」



「俺は地位が欲しくてあの人の部下になったわけじゃない。あの人にそれこそ惚れ込んだ。だから、あの人が切り捨てられた時もついて行った。それだけだ。」

 ジューロクはレイラに歩み寄っていった。



「あなた、クロスのこともわかる?」

 レイラは試すようにジューロクを見た。



「ああ、若いころのロバート・ヘッセそっくりに育ったな。レイラ嬢の母親同様、彼の母もすごい美人だった。顔の造りと目の色は母親譲りだな。・・・・髪と声、話し方は父親だ。」

 最後の呟きの時、ジューロクは顔を顰めた。



「・・・・お父さんのこと、あなた好きじゃないのね。」



「誰があの人をモルモットにしたと思っている?クロス・バトリーには悪いが、彼を見ると思い出す。あと・・・・・あの男はレイラ嬢の父じゃない。お父さんと呼ぶのはやめろ。」

 ジューロクはレイラに説教をするように言った。



「私のお母さん、どうしようもない人だったんだね。・・・・・私、お父さんに似ている?」

 レイラはジューロクの表情を見て何かを悟ったようだ。



「・・・・モルモットって、意識があって操られるんだ。心が折れて、体が操られた方が楽だって認識してな。噂で君のことを聞いた時は、母親そっくりだと思った。何かに盲目で、情緒が安定しない。」

 ジューロクは顎を撫でて鼻で笑った。



 レイラはそれを聞いて、少し恥じるように俯いた。



「でも、君を見た時は違った。研究施設から出るときの君は噂と違った。戦う意志を持っていて、視野はお年頃だから狭いのは仕方ないが、盲目というわけでなかった。そして、君は自分を後回しにしている。」



「なかなかの高評価ね。ありがとう。」

 レイラは照れくさそうに笑った。



「俺はあまりいい印象はないが、君の母親は純粋だったんだ。そして弱かった。ロバート・ヘッセに捨てられた時に心の支えが欲しくて君の父親に縋った。あまり母親を悪く思うな。人の弱いところ、心の支えを失った苦しさを君は理解できるだろ?」

 ジューロクの言葉にレイラは頷いた。



「そうね・・・・どうしようもないのは、私の方ね・・・・・」



「・・・・君の母が君になんて言ったのかは知らない。けど、これだけは分かっていて欲しい。君の父は君が大切だった。命を捨てても、ついていくと誓った人を裏切ってでも君を守ろうとした。君は愛されていた。」

 ジューロクはレイラを縋るように見た。



「・・・・そのせいであなたも一緒にモルモットでしょ?私が憎くないの?」

 レイラは口元にうっすらと笑みを浮かべていた。



「モルモットになったのは俺の意志だ。それに、もっと大きな理由はロバート・ヘッセの正妻と子供の亡命に手を貸したことだ。」



「クロスとユッタちゃんね。その二人が憎いの・・・・?」



「いや、あの時に逃げ出させていて正解だったんだ。正妻の亡命が無ければ君も逃げれなかった。俺は誰も憎くない。ただ、ロバート・ヘッセを赦せないだけだ。」



「ありがとう。お父さんの話してくれて・・・・」



「レイラさん。」

 ジューロクはレイラに向き直り姿勢を正した。



「私の名前はジョウ・ミコトといいます。・・・・レイラさん。あなたは強い人であるけど、人間です。弱点のない人間はいないです。どうか、今抱えている不安を誰かに打ち明けてください。私じゃなくても・・・・後回しにしないでください。」

 ジューロクはレイラの前にかがみ、目の位置をレイラより低いところに持って行った。



「・・・ジョウさん。私が抱えている不安は、作戦がうまくいくかどうかとかありきたりなものよ。当たり前の不安、誰もが抱えるものよ。」



「違います。クロス・バトリーが自身の命を大事にしないこと、騒ぎの責任と犠牲に対しての責任を負うつもりでいること。ニシハラ大尉が気にしていることをあなたが気にしないわけがない。」



「・・・・・」

 レイラは無言でジューロクを見た。



「このまま一人で考え続けて、あなたも彼に引っ張られ自身の命を責任の犠牲にするのではないかと・・・・。誰かに打ち明けて、なんなら宙に上がった時にクロス・バトリーに打ち明けるのもいいと思います。このままでは苦しいです。」



「クロスに言えるわけないでしょ・・・・彼は復讐のために未来を犠牲にした。彼が責任を負うことを考えるのは、同じく復讐を目指したものだから分かる。私は止まったけど・・・・・」

 レイラは何かを思い出したようにはっとした。



「なぜ止まったんですか?」



「・・・・シンタロウ。彼が前に現れて・・・・私を冷静にした。クロスにとって、シンタロウのような人が、いれば・・・・・」

 レイラは考え込むように俯いた。



「あなたもクロス・バトリーも子供です。力があっても子供です。お互いのことを考えるのはあなた方にしかできないですが、周りの世界のことを考えるのはあなた方でなくてもできます。・・・・・子供は子供らしく自分のことを考えろってわけだ。クロス・バトリーにしても、あなたにしてもだ。いっちょ前に世界を背負って責任を負うなよ。」

 ジューロクは立ち上がり、目の位置をレイラより上に持って行った。



「俺なら、クロス・バトリーにこういってぶん殴ります。」

 ジューロクは拳を握り顔の前に持ってきた。



「・・・・心強い言葉。・・・・期待しているわ。」

 レイラはクスリと笑った。

 ジューロク、いや、ジョウはレイラの目を見て眩しそうにした。そして、嬉しそうに笑った。





「レイラさん。ゼウス兵の取りまとめ・・・・全力を尽くします。」

 ジョウはレイラにかしこまり、お辞儀をした。



「ありがとう。」

 レイラは頼もしそうにジョウを見ていた。








 



 豪勢な造りの屋敷の中、病院のような消毒液の匂いが漂い、あまり装飾の少ない部屋。

 ベッドも簡素で、脇には水の入った瓶とコップ。

 ソフィはこのドームに来てからずっと寝たきりだった。

「・・・・・私が憎い?赦せない?」

 ソフィは来客に呟いた。



「両方だが、あなたがフィーネで過ごしていた日々が全て嘘だったとは思えない。・・・・それよりも、俺を恨んでいないのですか?今もあなたをベッドに縛り付けるその銃創は、俺が撃ったものです。」

 来客、シンタロウはソフィの寝ているベッドの横に椅子を置いて座った。



「別に恨んでいない。痛いのは嫌だけど、治療も受けれて、痛み止めもある。別にベッドから立てるのよ。ただ、考える時間ってなかったから。」

 ソフィはフィーネにいた時の様に笑った。



「あなたを撃ったのは後悔してません。むしろ、あの時殺しておけばよかったのかもしれない。これからのことを考えるとその方がいいと思う。」

 シンタロウはソフィを見つめて憐れむような目を向けた。



「優しいのね。でも、私は生きていてよかった。なかなか経験できないことが沢山あるのよ。これからだって、裏切り者と非難される日々があるでしょう。私はその分沢山楽しい生活をしていたもの。当然よ。非難する人々を恨んだり責めたりしないわ。」



「達観してますね。」



「あなたもよ。躊躇いなく銃の引き金を引く様子は、とてもあの時コウヤ君とアリアちゃんと一緒にいた少年とは思えない。」

 今度はソフィが憐れむようにシンタロウを見た。



「あなたこの作戦で死ぬ気でいるの?」

 ソフィはシンタロウを推し量るように見た。



「そんな楽な道を選びません。あなたと同じく、俺がやったこと、汚した手を考えると苦しい道を選ぶべきです。全力で作戦にあたるのは当然。その後は、一生の償いでしょう。死んで地獄に行くなら、生きているうちの地獄にもいかないと割に合わないです。」

 シンタロウはそう言うと同意を求めるようにソフィを見た。



「やっぱり優しいのね。ルーカス中尉もなの?」



「わかりません。約束した手前、言いにくいけど、彼女が一緒だと俺は地獄でなくなると思う。だから、俺は今は彼女と一緒に・・・・」

 シンタロウの言葉にソフィは吹き出した。



「ぷ・・・・あはははは!!」



「な・・・・なんです?」

 シンタロウは急に笑い出したソフィを睨んだ。



「いいじゃない。暗い道を行くにも灯は必要よ。地獄にも道連れという名の明かりは必要でしょ?」

 ソフィは楽しそうに言った。

「それに、ずっと地獄なら感覚が麻痺するのよ。人間の順応性舐めない方がいいわ。適度な幸せがあるからこそ苦しいことが際立つ。」



 シンタロウは腑に落ちないようだが、唸りながらも頷いた。



「いいじゃない。まるで心中ね。素敵。」

 ソフィは憧れるようにうっとりした。



 シンタロウは何も言わずに部屋から出て行った。









 

「作戦は・・・・戦艦やドール部隊配置の時は電波を発している状態にする。配置については最前線に・・・・フィーネ。これが今回の主体となる。「天」近くにドール部隊、これは補助的な部隊だ。中立ドームの「翼」にも協力を要請した。ベリ大尉はその手続きで昨日からいないの気付いたか?」

 レイモンドの言葉に全員一瞬首を傾げた。



「テイリーは地連大尉だ。元な。」

 補足するようにディアが言った。



「まあいい。「翼」付近にもドール隊を配置する。戦艦に関しては電波を完全に掌握してからでないと乗っ取られる可能性がある。よって、落ち着くまでフィーネだけで戦い抜く。フィーネの近くには・・・・君たちだ。ハンプス少佐を隊長としたドール隊だ。メンバーはコウヤ・ムラサメ、ハクト・ニシハラ、レイラ・ヘッセ、ディア・アスール、クロス・バトリー、ユイ・カワカミ、シンタロウ・コウノの隊長含め・・・」

 レイモンド言い終わる前にドンと机を叩く音が響いた。



「俺も足せ。ドールは実験で何度も乗っている。」

 ジューロクが机を叩いたようだ。



「せっかく得た平穏を捨てるのか?この作戦は・・・・」



「俺は自分の惚れ込んだ上司のために動いてモルモットになっても後悔しなかった。ここで何もしないのは、あの人に合わせる顔がない。」

 ジューロクは強固な意志を滲ませていた。



 レイモンドは仕方なさそうにため息をついた。

「わかった。隊列については変に意見するなよ。」



「当然だ。命令を聞くのは慣れている。」

 ジューロクは聞き入れられたことに満足げな表情をしていた。



「じゃあ、次に戦艦のメンバーだ。艦長はレスリー・ディ・ロッド中佐。操舵はモーガン・モリス。オペレーターにリリー・ゴードン、イジー・ルーカス。機械整備にカカ・ルッソ、衛生兵リオ・デイモン、マウンダー・マーズは機械整備も兼任だ。」

 レイモンドは言い終わると全員の顔を順に見た。

「呼ばれていない者はいないな・・・・」



「リード氏はどうします?」

 シンタロウは両手を組んで難しい顔をしていた。



「我が愚弟に見させる。それくらいはできるはずだ。」

 レイモンドはシンタロウを見て何やら微笑んだ。



「愚弟・・・・大将殿の弟君は確か総統閣下ですね。申し訳ないですが、彼がそこまで見られるのか不安です。また懐柔されるのでないのでしょうか?」

 レイラは片眉を吊り上げてあからさまに不満を表した。



「大丈夫だ。宙に残っている老害の数人にニシハラ大尉とロッド中佐の働きを見てもらっている。・・・・・抵抗する気力を削ぐには力を見せつけないといけない。奴らのネットワークは意外に強固だから、もう伝わっているだろう。タナに関してもそこまで馬鹿ではない。」

 レイモンドは悪い笑い方をした。



「レイモンドさん。カワカミ博士とキャメロンについては・・・・?」

 コウヤは呼ばれなかった二人を昨日のこともあり、気にしていた。



「二人には作戦に必要な通信電波を完全に妨害するために強力な妨害電波を流してもらう。ドールプログラムに長けた二人にしかできない役目だ。」

 レイモンドの話を聞いてコウヤは一瞬表情が曇った。ユイ達も何やら不信が滲んでいた。



「何かあるのなら聞けばいい。カワカミ博士はもうすぐ帰ってくるだろう。他に何かある者は・・・?」

 レイモンドは再び皆の顔を見渡した。



「いないな。・・・・責任者は私、レイモンド・ウィンクラー大将だ。」

 レイモンドは全員に向かってお辞儀をした。



「あの・・・・レスリーとクロスが別々って・・・」

 コウヤはチラリとレスリーを見た。



「・・・・この作戦をもって俺とクロスは元に戻る。」

 レスリーは断言した。



 だが、作戦中はまだしも、ここまで派手なことをしてきたロッド中佐と入れ替われるのか?

 コウヤは出てきた言葉があったが、訊くのが怖くなり黙った。



「・・・・フルメンバーだな。まさかマックスが名を連ねるとは思わなかった。」

 ディアがマックスを見て笑った。



「俺はドールプログラムの研究者だ。それに、俺は医者だし、ドールの整備もできる。」

 マックスは何か自信ありげに言った。



「メンバーに関しては、信頼できるものだけにした。もちろん役に立つ者しか選んでいない。」

 レスリーは全員の顔を見た。どうやらメンバーの選定はレスリーとレイモンドで行ったようだ。



「プレッシャーかけてくれるな・・・・ロッド中佐。」

 シンタロウはレスリーを見て困ったような顔をした。



「まだ俺はただのレスリー・・・・いや、クロスだ。作戦開始から中佐だからかしこまるな。」

 レスリーはそう言いながらもまんざらでもない様子だった。



「いつ上がるの?」

 コウヤはレスリーとレイモンドを見た。



「・・・・機械の準備ができ次第上がります。ですが、これからレイラさんとジューロクさんはゼウス兵をとりあえずまとめに行かれるのでしょう。なので、早くても明日です。」

 レイモンドは考え込むようにして答えた。機械の準備とはどうやら宇宙船でなく、妨害電波用のようだ。



「宙に上がれるとしても、出発から月に到達するまで10時間以上はかかる。着地含めて1日はかかる。」

 レイラは申し訳なさそうな顔をした。



「あの二人はタフだよ。二人だからタフだ。ハクトに関しては本当にそう思うし、ロッド中佐としてしか知らないけど、クロスも相当タフだよ。」

 コウヤは心強い親友を思い浮かべて言った。



「・・・・ここまでかかったなら、手早く終わらせよう。アリアも早い方が文句を言わないだろう。」

 シンタロウは何かを含ませてコウヤを見た。



「・・・・そうだな・・・・」

 少し気まずそうにコウヤは頷いた。



「・・・よ・・・よーし!!じゃあ、俺はまた訓練するよ。シンタロウも体動かさないやつなら大丈夫でしょ?」

 モーガンは凍りつつあった空気を読んで立ち上がった。

「そうだな。コウヤ達はどうする?」



「私も参加したい。ダメ?」

 ユイは立ち上がってシンタロウとモーガンを見た。

「だめなわけないって。・・・・なんならみんな参加するか?」

 シンタロウはコウヤ、ディアを順に見た。



「そうだな・・・・何もできないのは苦しいからな。」

 ディアは頷きモーガンとシンタロウの方に歩きだした。



「待って!!俺も参加するって」

 コウヤは慌ててみんなの後をついて行った。



 シンタロウ、モーガンを先頭とし、ユイ、ディア、コウヤが部屋から出て行った。



「では、私たちはゼウス兵の取りまとめでも行きましょうか。」

 レイラは騒がしく出て行ったコウヤ達を見て苦笑いをした。

「わかりました。ドールで出ますか?」

 レイラに続きジューロクが歩きだした。





「・・・・以上で打ち合わせを終わりとする・・・・・」

 7人が出て行ったドアを見つめ、何とも言えない表情でレイモンドは言った。



「終わりの合図前に出て行きやがった。」

 レスリーは呆れていた。









 

「ミヤコさんはコウヤ君とどのような経緯で出会ったんですか?」

 キョウコはティーカップを両手で抱え首を傾げた。

「実は私、ドーム外の生態調査をしていた学者の端くれで、いわば調査員ですね。で、ドーム外を回っているときに倒れている子がいて、意外と多いんですよね。度胸試しか、もしくは興味本位で外に出たり、船から飛び降りたりする子。だから驚かなかったんですけど、この子は身寄りがなくて・・・・・私も色々あって引き取ることにしたんですよ。」

 ミヤコは何か思い出したのか複雑そうな表情をしていた。



「そうなのね。でも、コウヤ君と出会ったのがあなたでよかった。コウヤ君を見ていると本当にそう思うわ。」

 キョウコは心からそう言っているのがわかる。息子の親友の訃報を聞いて胸を痛めていたのだろう。



「・・・・・避難する際、私たちは早かったんだ。ガセではないかという意見があったが、仕事の都合でどうしても「希望」から離れなければならなった。もう少し研究したいというムラサメ博士をカワカミ博士が最後まで説得する形だったようだが・・・・とっくに避難しているものだと思っていた。在住者の名簿を見た時・・・・愕然とした。」

 リュウトは懺悔するように呟いた。



「アスールさんも意地でも引っ張って来るんだったと言っていたわ。施設に入っていたクロス君たちはカワカミ博士が引き取る形で引っ張ったのよ。二人ともただの施設に置けない特殊な事情の子だったから・・・・」

 キョウコは言葉を濁した。どうやら二人がヘッセ総統関連の子供であることは親の間で話題に上がったことがあったようだ。



「リュウトさんはお仕事何しているんですか?」

 ミヤコは二人の会話に罪悪感と懺悔が滲み始めたので、思わず話題を変えた。



「私は、建物の設計をやっています。実はドームの設計にも関わっているんですよ。軍事ドームもいくつかやらせていただきました・・・・・そのせいでハクトには迷惑をかけました。」

 リュウトは自分の仕事を誇らしく思っているようだが、その仕事が原因かなんかでハクトに迷惑をかけたようだ。



「今は私も夫もネイトラルに亡命という形を取らせていただいて、いずれは息子も一緒に来る予定なのですよ。ほら、あの子とディアちゃんのこともあるので」

 キョウコは少し恥ずかしそうに、だが嬉しそうに言った。



「ディアさんとハクト君って噂で聞いていましたけど、相思相愛なんですね。」

 ミヤコはしみじみと頷いた。



「ふふ、そうなのよ。昔からずっと・・・・変わらず。私も夫も見守るだけだったけど、ディアちゃんもハクトも落ち着いたら今の立場を捨てて普通に生きたいって言っていたわ。」

 キョウコは夢見るように言った。横でリュウトは難しそうな顔をしていた。



 うっすらと聞いているが、現在のニシハラ大尉の立場とディア・アスールの立場は簡単に捨てられるものじゃない。それがわかっているのだろう。それは二人に限ったことじゃない。

 ミヤコは作戦の主力になった人たちが、事態が落ち着いた後に平穏に戻れる気がしなかった。



 コウヤはムラサメ姓を名乗ったとも聞いた。もう彼が今までに戻るのは不可能だ。



「信じるしかないのですよ・・・・・」

 マリーがお茶菓子をもって来た。



「・・・・マリーさん。」

 ミヤコはマリーの泣きはらした目を見て不安が増した。



「・・・・夫が死んで、私はどんな形でも自分の決めた道を歩むことを止めませんでした。あの子に生きていてほしい。それだけだった。でも、私も夫が亡くなった悲しさに向き合えなくてあの子の復讐に甘えていた。」

 マリーはお茶菓子をテーブルに置いたが、その手は震えていた。



「親というのは・・・・無力ですね。」

 キョウコは静かに呟いた。



「・・・・先のことを、これからのことを考えていきましょう。あの子達、今のことしか考えられないから、私たちが考えておきましょう。何かあったときにあの子たちの助けになるように・・・・・」

 ミヤコは、第1ドームでコウヤと過ごした時間を思い出していた。また、あの時に戻れればいいと叶わないと頭でわかっていても、思っていた。










 

 隠れドームに一つの船が入ってきた。

 山肌が移動し、港が開かれた。

 地響きのような音を立てて着いた船は見るからに頑丈そうな造りであり、要人が乗っているような豪華さも見られた。

 船が定位置に着き安定すると、出迎えるようにドームの主、レイモンド・ウィンクラー大将が出てきた。



「・・・・・お出迎えありがとうございます。」

 船から降りた現ネイトラル指導者のテイリー・ベリは出迎えたレイモンドに頭を下げた。



「君とはこれからも長い付き合いになるだろう。戦況が落ち着いたらそちらも指導者は変わるだろうが、君とは昔の縁もある。」

 レイモンドは計算高そうな笑い方をした。



「今の事態が落ち着いたら終戦となるでしょうね。そうしたら、あなたが地連の総統になるというのは決まりでしょうね。ですが、例の殲滅作戦は汚点でしょう?どうするつもりですか?」



「作戦成功のあかつきには殲滅作戦の詳細を公表すること。・・・・・ハンプス少佐から言われた。これで汚点も仕組まれたことになる。現上層部は全員軍法会議にかけられる。まあ、現上層部は今や無力。ロッド中佐とニシハラ大尉、ハンプス少佐を担ぎ上げようと若い者が躍起になっているが、現実問題若すぎる。彼らの後ろ盾で今作戦の責任者の私以外にいないだろう。その君の話し方は誤解を招く。」

 レイモンドは困ったような表情をしてテイリーを見た。



 テイリーは片眉を歪めた。

「今作戦ネイトラル系列の宇宙ドーム「翼」も協力してくれるようだが、完全に地連主導となっている。そちらのお偉いさん方は何を言っている?」



「地連を主導しているのが若者だから、いずれは全体の主導権は握れると思っているようです。ロッド中佐の正体がクロス・バトリーということも伝わっているので、蹴落とす材料はあると睨んでます。ニシハラ大尉については、前総裁との関係からネイトラルにとっていい人材と思われている。・・・・軍法会議とは今の状況なら全員死刑になってもおかしくない。国が乱れます。復讐のようなやり方だ。あなたの弟もいるんですよ。」

 レイモンドの問いにテイリーは複雑そうな表情をし、悲痛そうに意見を訴えていた。



「・・・・汚いな。アスール財団の私兵だったらもう少し中立を守っていただかないと。軍上層部に関しては、奴らのせいで犠牲になった者が多くいること。この状況だって奴らのせいだ。弟・・・・?だからどうした?あの男のせいで私はレイを失った。」

 レイモンドはあからさまな嫌悪を示した。



「特別扱いしろとは言いません。ただ、あなたが非情すぎると次の指導者としてやっていけるのか不安視されるかもしれません。」



「身内を特別扱いするのもどうかと思われる。」

 レイモンドは姿勢を変えなかった。



「あなたにとって、レイ・ディ・ロッド侯爵が特別だったのはよくわかります。」



「この話は終わりだ。ネイトラルはどうなっている?」

 レイモンドは手を払い、話を変えるようにテイリーを睨んだ。



「・・・・色んな人が入ってきた結果、アスール財団の私兵でなくなりました。今や、この事態を利用して宇宙の主導権を握ろうと画策しています。」



「・・・・・どこも変わらんな。・・・・・なあ、テイリー。ネイトラルの本来の役目はドールプログラムを収束させること。それが今回の作戦が成功すると達成する。」

 レイモンドはテイリーの表情をうかがいながらゆっくりと話した。



「何が言いたい?」



「ネイトラルは消えてもいいのではないか?」



「!?」



「もちろん国民の命は保証する。だが、余分な力を持ち、情報を持った方向性の見失った国は、いずれ争いを起こす。・・・・・そんな国が台頭してきて起きた悲劇があるだろう。もし、ネイトラルにヘッセ総統のような男が現れたらどうする?今度はネイトラルがゼウス共和国になる。」



「あなたこそ、宇宙を支配したい悪役のような言い方だ。」



「私は・・・・・自分のような軍人が支配するべきではない。と考えていた。いずれ頭を挿げ替える予定だった。昔の私はある人物の影となり、汚れを引き受け、時には盾になる予定だった。・・・・・もうそれも叶わない。」

 レイモンドは俯いて、最後の部分は消え入るように呟いた。



 レイモンドは息を吐き、切り換えるように顔を上げた。



「・・・・・ネイトラルは解体すべきだ。ゼウス共和国が消えた今、地連に軍事力があるのならネイトラルも持つだろう。勢力は二つ以上か一つであるべきだ。」

 レイモンドは両手を広げ、力強く主張した。



 テイリーはレイモンドの主張をじっと聞いて、たまに頷いた。

「・・・・あなたの主張はわかる。立場が違うなら賛成するかもしれなかった。いや、しないです。あなたの主張は頷けるものが多い。しかし、一つの勢力を保つ大変さがわからないわけでないでしょう?あなたは不穏な芽を全て摘み取ろうとしているようにしか思えない。」



「全体が仲良く平和など無理だ。そうだ。よくわかっている。だが、力が必要だ。ドールプログラムなど戦いに触れていないネイトラルの上層部が理解するか?今回の騒動や操られる恐怖を理解できると思うか?目に見えないモノは理解されない。そんなやつらが集まっているのは危険だ。」

 レイモンドが強く言った時



 ジージー

 機械音が響いた。

「「!?」」

 レイモンドとテイリーは身構えた。



『そう硬くならないでください。少し会話を聞かせてもらって思うところがあったので参加させていただこうと・・・・』

 機械を挟んだ声が響いた。通信を繋がれたようだ。そして、ずっと会話を聞いていたようだ。



「いつから?」

 テイリーは周りを警戒していた。



『いえ、プログラムの接続を試験していてちょっと。ドールプログラムがあるところは通信施設さえあれば可能ですよ。レクチャーは受けておりませんか?』



「趣味が悪いなカワカミ博士。その様子だとこのドームに帰ってきているわけではないようだ。」

 レイモンドは警戒心を隠すことなくカワカミ博士に言った。



『レイモンド様。私はあなたの意見に大いに賛成です。テイリー様は分からないかもしれないですが・・・・理解できないことに関して人は恐ろしく残酷になれます。恐怖を知らないことが悪いとは言いません。しかし、目に見えるモノでないドールプログラムの脅威は実際に操られた者にしか理解できません。ドールでの戦いや戦艦の戦いは目に見えます。しかし、何から守られたのか理解できない人は多いです。ドールを操作する軍人ならまだしも一般人はただ騒動に巻き込まれただけと思うでしょう。ネイトラルのような国は頭でっかちが多い。それが集合体となっているのは危険です。』



「理解をしてもらえなかった天才は特に身に沁みているのか。」

『そうですね。・・・・あなたの考えを聞いて安心しました。』

 カワカミ博士は笑っているようだ。顔は見えないが、声がそう感じさせた。



「何を・・・・あなたは考えているのですか?」

 テイリーはその場にいないカワカミ博士を睨むように辺りを見た。



『私は・・・・平和のために考えている。』

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来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

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