あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

幻の出会い

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 幻の出会い





 当時は兄弟二人で地球に滞在していた。

 兄は軍志望、自分は進路を決めかねていた。

 兄に手を引かれ、軍の施設の見学に来た。

「・・・兄さん。これ」

 初めて見る生体兵器のドールに驚いたのは覚えている。



「いつか、これに乗って俺も戦いたいんだ。」

 兄さんは夢見るように言っていた。

「そうなの?」

「ああ。・・・いつか、あの最強の軍人の伝説を更新したいんだ。」

 兄さんは敵国の軍人の話を始めた。



 都市伝説のように語られるその人物はとても強いらしい。

 たくさんの兵士を倒して、一人で沢山の軍艦を沈めたらしい。

 敵国の人なのに、兄さんの目は輝いていた。



「俺は、何になろうかな・・・」

 兄ほど体も強くないし、取り柄と言ったら真面目でがり勉なところだけだった。



「俺は・・・ロッド中佐みたいになりたい。」

 兄さんの目は輝いていた。

 自分にはない輝きに少し羨ましくなった。









 人類は、地球を住みにくくしてしまった。

 海は汚染され、空気は汚れ何もしなかったら人間は外では生きていけないほど地球の汚染は進んだ。

 それに対策するべく、人類は地球にドームと呼ばれる人工的な昔の地球に酷似した建造物を造った。

 そんな中、人類は新天地を求め衛星の月と隣の惑星の火星へと手を伸ばしていった。

 じきに各ドームは各国になり、月は人の住む巨大ドームを形成し巨大国家へ、火星も同じく巨大ドームを形成しドーム名「ゼウス」からゼウス共和国と名乗り、巨大国家へ形を変えていった。



 地球のドームで形成される「地上主権主義連合国」通称「地連」、火星のドームを中心とする「ゼウス共和国」、中立国「ネイトラル」

 複数の国家がつくられた世界で争いが起きないわけはなく長年戦争が続いていた。



 だが、3年前、宇宙の人類が洗脳される事件が起きた。

 それを引き起こした原因であるのが「ドールプログラム」と呼ばれるものだ。



 日常生活の通信、動きの伝達信号には欠かせないものであると同時に、人型の兵器「ドール」の操作にも欠かせないものだ。詳しい仕組みは明らかにされていないが、人の脳に外部から直接働きかけることができるようだ。その力を悪用された結果に起きた事件である。それが暴走した結果、火星のゼウス共和国は、ほぼ全滅の状況に追い込まれた。



 それを収束させたことにより、現在は休戦状態となっている。



 その作戦にあたった者達のことを人々は使用された戦艦名から「フィーネの戦士」と呼び、尊敬と憧れと畏怖の対象とした。



 




 宇宙の月面に造られたドームに叫び声が響いていた。





「やめろおお!!」

 泣き叫ぶような声と飛び散る血。



「逃げろ!!マックス。逃走用の船は地球まで降りられる!!」

 叫び声を上げた青年を庇うように、茶髪の青年が彼の背中を押した。



「嫌だ!!俺も残る!!」

 地団太を踏むように叫び声を上げたマックスと呼ばれた青年は茶髪の青年を見た。



「俺は殺されない。お前は奴らに渡ってはいけない。」

 茶髪の青年は諭すようにマックスに言った。



「・・・でも・・・」



「助けを呼ぶんだ。信用できる・・・・戦士を集めるんだ。」

 茶髪の青年はマックスの肩を押さえ、目を見て言った。



「レスリーさんも一緒に・・・」



「時間がない。俺が稼ぐ。」



 マックスは顔を歪ませて頷きながらも嫌だと呟いていた。

「また会おう。マックス。」

 茶髪の青年はマックスを部屋の外に押し出し、扉を閉めた。



「嫌だ!!開けてくださいよ!!レスリーさん!!」

 マックスは扉をガンガンと叩いた。

 扉の向こうからはうめき声と、不吉な打撃音が聞こえる。



「・・・・絶対に、絶対ですからね。」

 マックスは泣きながらも走り出した。



「・・・絶対に、助けに来ますから。」

 マックスは振り返らずに走り続けた。











 地球第3ドームは学園ドームと言われるいわゆる学生街が中心となった町だ。

 6区に分かれており、港のある一区には軍施設、二区には人文専門の大学、三区には医療専門の大学、四区には理学・工学専門の大学、五区には地球の教育トップの総合大学、六区にはデパートや娯楽施設など、それぞれが中心に町が展開されている。



「全くわかんない・・・・」

 教科書とノートと冊子を睨む黒髪の男は頭を抱えていた。



 彼は、リコウ・ヤクシジ。四区の工学専門の大学に通う19歳の青年だ。ドールプログラムに興味がありいずれは関わる仕事をしたいと思っている。そういう学生はドールプログラムの研究が公になってから増えている。



「頭のいいお前がわからないのか?・・・・なら俺に理解は絶対できないな。」

 リコウに笑いかけて言うのは、リコウと同じ黒髪だがスポーツ刈りにしているいかにも体育会系の外見をした男だ。

 彼は軍に属しており、今年で21歳になるリコウの兄、一等兵のアズマ・ヤクシジだ。



 リコウはたれ目だが、アズマは目つきが鋭い。身長はリコウが高いが、アズマの方が訓練をしているせいか筋肉質で強そうだ。二人はドーム内に建造されている公園の芝生に座っている。



「褒めても何も出ないって。・・・・はあ、俺もわかると思って読んでいるんだよ。この論文。でも、まったくわからん。」

 リコウは持っている冊子を投げ捨てるように横に置いてその場に転がった。



「へー・・・・すごい奴の論文か?」

 アズマはリコウが置いた冊子を覗き込んだ。



「すごいってそりゃすごいよ。ドール研究のトップの人のだ。」

 リコウは何故か誇らしげだった。どうやらその研究者を尊敬しているようだ。



「そりゃわからんな。公表されている奴なら誰かが解釈を作っているんじゃないか?調べれば?」

 アズマは冊子を見て一瞬顔を顰めた。どうやら全く分からないようだ。



「先輩が持っていたから調子乗って貸してくださいって言ったんだよ。研究発表では上げているけど公表されていないやつ。特別に借りたんだ。といっても、これから公表されるから」

 リコウは先輩と口に出したとき少し苦い顔をした。どうやら少し苦手な人の様だ。



「顔に出過ぎだ。そいつ苦手なのか?」

 アズマはリコウをニヤニヤして見ていた。



 リコウは少し口を尖らせた。

「そこまでは・・・」

 拗ねるように言うリコウを見てアズマは笑った。



 ゴーンゴーン

 時間を知らせる鐘が鳴る。



「あ・・・・研究室行かないと・・・・」

 リコウは思い出したように立ち上がった。



「これ忘れるなよ。」

 アズマはリコウに先ほど見ていた論文を渡した。



「あ、ありがとう。これ返さないと何言われるか・・・・・」

 リコウは論文を見て溜息をついた。



「そんな嫌な奴なのか?その借りた先輩って・・・・」

 アズマはリコウの顔を見て首を傾げた。



「いや・・・・何考えているのか分かんないんだ。頭はいいんだよ。何やっても器用にこなすらしいけど・・・・ぼーっとしていることが多いし、たまにおかしな発言している人だ。」

 リコウはその人物を思い浮かべた。



 無造作ヘアという名の寝ぐせ。筋肉質なようだが、どこかなよなよした雰囲気がある。

 影で寝癖野郎と呼んでいる。







 同じドームの中とは言え区を跨ぐ移動は少し時間がかかる。

 リコウは先輩から借りた論文を再び見たが、全く理解できず、公共の交通機関の座席に寄りかかり、ぐってりとしていた。



 3年前、人類を洗脳して暴走することをきっかけとしてドールプログラムの研究は主導権を軍から離れ完全中立のものとなった。そのことにより、一部の超優秀な研究者だけで行われてきたものが広い幅の研究者の手にも着くようになった。



 リコウの持っている論文は「マウンダー・マーズ博士」というこの研究ではトップの人物のだ。彼自体は元々ゼウス共和国の人間であり、軍の研究者であった。顔は知らないが相当若く、軍の研究所にいたときも偏屈な人物と言われていたようだ。

 確かにこんなわかりにくいものを・・・

 とリコウは顔の見えない研究者の性格を勝手に想像していた。



 うつらうつらとしてきて手に持っていた論文を落とした。慌てて拾おうとすると横に座っていた男が拾い上げた。



「これ落とし・・・・」

 男はリコウに渡そうと差し出しかけたが、論文を見て目の色を変えた。



「あ・・・すみません。」

 受け取ろうとすると男は自分の手元に戻して論文を読み始めた。



「あ・・・」

 受け取ろうと出した手が空中を泳いで、周りの目が気になりリコウは気まずくなった。



「・・・・ほう・・・ほうほう」

 男はリコウの様子など気にすることなく論文を読んでいた。



「・・・・あの、わかるのですか?」

 リコウは自分が全く分からない論文を、見ず知らずの男が理解している風な様子に少し複雑な気分になった。



「・・・失礼。実は私も少しこの研究をかじっていまして・・・・あなたもですか?」

 男はリコウの様子に気付いて慌てて顔を上げてリコウの方を見た。



「ええ。俺はまだ学生だからまったくわからないんですよ。」



「学生ですか。ここはそう言えば学園ドームですからね。」



「ええ。ほとんどが学生で、大人はだいたい大学提携企業の会社員か教員と軍人がほとんどですね。」



「そうでしょうね。ですが、このドームは軍の色が濃くないですね。」



「宇宙はともかく、地球は平和ですからね。」

 リコウは3年前の事件が宇宙を中心に行なわれたことと、滅びた火星のゼウス共和国のドームを思い浮かべていた。



「ですが、地球も第一ドームが破壊されたり、第六ドームが襲撃されたりしましたから、厳密に言うなら今の地球は平和ですね。」

 男はかつて地球で起こった痛ましい事件を挙げて言った。



「そうですね。でも、それは過去の話です。」

 リコウは男が少し理屈臭いなと思った。



「それは、宇宙も同じでしょう。なら、場所は限定せずに平和だというのがいいでしょうね。」

 男は遠くを見るように言った。



「たしかに」

 本当に理屈臭いと思いながらもリコウは男の言うことに納得してしまった。



 電車がとある駅に留まり、男は立ち上がり

「では・・・また。」

 といい電車を降りた。



 が、リコウは気付いた。

「あ!!待って!!論文!!」

 慌てて男の後を追い、論文を取り返そうとした。



 駅に降りると人波があってとても男を探し出せるようすではない。

 だが、あの論文を失くしたとなると、小言を言われるというわけではないが、あまり気に食わない先輩に謝らないといけないのだ。



 リコウは男の外見を思い出しながら駅の出口に向かった。

 幸い改札も出口も一箇所の小規模な駅だった。



 白髪交じりの髪、問うよりはグレーと言ったらいい髪色と目の色は茶色だった。

 年齢は50代くらいだろうと考えながら周りを見渡すと、その男が歩いているのが見えた。

 人をかき分けて後を追うが、結構距離が離れているのもあり、中々追い付けない。

 とにかく見失わないように跡を追うと人気のない倉庫街というべき場に出た。



「あの!!すみません!!」

 リコウは大声を出して男を呼び止めた。



 男はリコウが後をつけていたのを気付いていたのか、驚く様子もなく立ち止まった。



「これですね。すみません。興味深くて読む時間が欲しかったもので・・・」

 どうやら歩きながら読んでいたようでリコウに満足した顔で論文を返した。



「・・・研究の関係者ですか?」

 リコウは短時間で呼んだ様子の男を見て彼を見る目を変えた。



「そうですね。」



「あの・・・この論文の言っていること分かりますか?」

 リコウが恐る恐る訊くと男は驚いた顔をしていた。



「研究者なら当然ですが・・・あ、あなたはまだ学生でしたからね。」

 わかって当然という顔をしていたが、リコウに気を遣ったのか直ぐに取り繕うように首を傾げた。



「あの、少し教えてもらえますか?・・・実はこれ借りたもので・・・わからないまま返すのは悔しいというか・・・・」

 周りの生徒よりもできると言われている気に食わない先輩の顔を思い浮かべてリコウは負けたくないという気持ちが浮かんだ。



「・・・いいですけど、私のことを他人にあまり言わないでください。」

 男は仕方なさそうに頷いた。



「はい。でも、「言わないでください」でなくて「あまり言わないでください」なんですね。」

 リコウは男の曖昧な物言いが少し面白く笑ってしまった。



「ええ。言わないと殺される事態になったらご自分の命を優先してもらいたいですから。」

 男は揶揄っているのか、変わらず丁寧な物腰で言った。










「地上主権主義連合国」通称「地連」その地球に置かれた軍本部では一人の青年が立っていた。彼の表情はどこまでも鋭く、どこまでも警戒心に満ちていた。



「ウィンクラー少佐!!お疲れさまです。」

 男を見つけた若い軍人が目を輝かせて彼に駆け寄った。

 鋭い表情をしていたウィンクラー少佐は表情を緩め若い軍人の方を見た。



「ありがとう。本部の方は変わりなかったか?」

 ウィンクラー少佐に問いかけられたことに若い軍人は目を輝かせて何度も頷いた。



「少佐の空賊対処の功績聞いています。その勇猛さは現在軍最強と名高いです。」



「ははは。とんでもない。最強の前任者に申し訳ない。」

 ウィンクラー少佐は苦笑いをして若い軍人の肩を叩いた。



 とはいえ、この少佐も相当若い。



 歩き去るウィンクラー少佐の背中を見て複数の軍人が憧れるような崇拝するようなまなざしを向けていた。



「少佐が本部に来たってことは、空賊対処でなくて本部の仕事をするってことだよな」

「やった。・・・でも空賊対処の少佐、本当にすごかったから。あれは人間業じゃないな。」

「軍最強の男ってやっぱり俺らとは次元がちがうよな。」

「でも、空賊以外平和なのに、少佐が呼ばれるって、何があったんだ?」

 口々に彼を称える会話がされていた。











 近場に喫茶店でもあればよかったのだが、無かったため、男が滞在していると言った船まで行った。

 港にあるのかと思うと、倉庫街の一角の建物に置いていた。

 水陸空対応型のようで、便利そうだなとリコウは船を見ていた。



「では、この論文のメインに書かれている鍵のことについて説明しますね。」

 男は船の前に置いている机と椅子を出してリコウに座るように促して言った。



 結論から言うと男の言っていることはあまりわからなかった。

 出てくる単語は分かるのだが、その定義が一般的な意味と違う様で、とにかく基本的なことが分かっていないということが分かった。



「・・・・仕組みとか根本的なものは、これには書かれていませんから、学生には難しかったかもしれませんね。」

 リコウの様子を見て男は気を遣うように微笑んでいた。



「詳しいですね。もしかして、この船もプログラムを応用したものですか?」

 リコウは目の前の船を見て言った。



 今の時代、機械の動作にはドールプログラムを欠かせないため、当然のことだが、男と目の前の船の様子から特殊なものを感じた。



「見てみますか?」

 男の誘いにリコウは直ぐに返事をしそうになったが、見知らぬ人間にこのように話を聞くのも不用心だが、船に入るものもっと不用心な気がした。



「別に誘拐とかしませんよ。」

 男はリコウの様子から何を考えたのか分かったのか面白そうに笑った。



「・・・いいんですか?」

 リコウは男の言葉に甘えて船の中に入った。



 その船の中はドールプログラムを用いた生体兵器のドールを連想させる操縦席と、壁一面に設置されたモニターと操作盤が冒険心がくすぐられた。



「この船、兵器も搭載されているんですか?」

 リコウは銃火器の操作盤があったことに少し不安を覚えた。



「あるに越したことはないです。」

 男は当然のことのように言った。

 そして男はリコウにものすごく近づいていた。

 いきなり近くまで来られてリコウは飛び上がりそうになったが、不思議と動けなかった。



 男は神経接続用のコードを無造作にリコウの腕に突き刺した。



「痛て!!」

 叫んだが飛び上がることもできなかった。



「巻き込んでしまって申し訳ないです。・・・リコウ・ヤクシジ君。」

 男は名乗っていないリコウの名前を言った。



「何で・・・名乗っていないのに・・・」

 リコウは得体の知れないものを見るように男を見た。



「あなたは軍の実験に協力をしていますね。軍のデータから目をつけていました。」

 男は淡々と言い、動けないリコウを置いて何やら機械を触っている。



 ドールはプログラムを用いてコードと機体の神経接続を行い、操作する兵器だ。神経接続をするにあたって、適合率という数値の高低が操作に大きく影響する。

 一般的な数値は訓練をしてないと1%以下だが、稀に二桁以上がいる。リコウはその稀な存在であるため、大学の研究室や軍の実験の手伝いに駆り出される。



「適合率が高いんですね。」

 男の目に色がかすかに変わった気がした。



「ええ。でも、俺は軍人じゃないですよ。」

 リコウは首を振りながら言った。



「関係ないです。いずれ知るはずです。どうして自分が選ばれたのか・・・」

 男は操作盤を軽く叩いた。

 それと同時にリコウの視界は真っ白になった。



 目の前に見えたのは3年前、兄と地球で見た映像だ。

 リコウとアズマは二人兄弟と同時に二人だけの家族だ。

 ドールプログラムの暴走で二人は家族を失った。二人は現在、地上主権主義連合国に籍を置いているが、元はゼウス共和国の人間で火星にいた家族を失った。





「俺が・・・ゼウス共和国の人間であったと・・・知っているのか?」

 リコウは徐々に鮮明になっていく視界に必死に目を泳がせていた。



「でも、今は地連の者でしょう。関係ないです。」

 男は変わらず丁寧な口調だった。





 視界が完全に戻った時、手には論文を持って倉庫街に立っていた。



 先ほどまでのことは幻だったのかと思ったが、腕にコードを刺した痕があり、現実であったことが確認できた。



 男の姿はもう見えなかった。



「あ・・・大学行かないと!!」

 リコウは慌てて走り出した。





 

 研究室に行くと案の定、寝癖野郎が机に突っ伏して寝ていた。

「・・・・先輩起きてください。・・・・これお借りしていたやつ、ありがとうございました。」

 リコウはその寝癖野郎に論文を被せるように渡した。



 寝癖野郎はむくりと机から顔を上げてリコウを見た。

「あー・・・・お前が持って行ってたんだ。」

 初めて気付いたように言われた。



 リコウは眉を顰めた。

「気付かなかったんですか?借りるって言いましたよ。」



「だって、ヤクシジがわかる内容じゃないだろ?実際理解できていないみたいだし、これ読む前に俺の論文読めよ。」

 当然のように言う。照れるわけでも自慢するわけでもなくさらりと言う。

 ちなみに言っていることは正しい。

 先ほどの男の説明でも理解できなかったのだから、なおさら心に響く。



「・・・・先輩は何で公表前の論文持っているんですか?」

 リコウは苛立ち話題を無理やり変えた。



「・・・・そんなムキなるなよ。・・・・ツテがあるんだ。俺がドールプログラムの研究に関わりたいって言ったら勧められた。ちなみに学会に公表しているから見れるところなら見れるらしい。」

 リコウの苛立ちを察知したようだ。この先輩の無駄に空気が読めるところ、他人の感情の機微に鋭いところもリコウが気に入らない一つの理由だ。



 そう言えば、先ほど刺された腕が痛い。それもあり気分が良くないリコウは聞こえるように舌打ちをした。





「おい、ヤクシジ。テレビ見たか?」

 別の先輩が入ってきた。



「え・・・?何が?」

 リコウは急な乱入者に驚いた。



「いいから見ろって・・・・あ!!先輩。さっき教授が探してましたよ。」

 入ってきた先輩は寝癖野郎を見つけて言葉を改めた。



「あー・・・・いないって言っておいて。」

 寝癖野郎は教授を無視するつもりだ。



「自分で言ったらいいじゃないですか。」

 リコウは苛立ちを隠さずに言った。



「それ、意味ないだろう。」

 寝癖野郎はため息をついた。だが、椅子から立ち上がる様子もない。



「そうだ。ヤクシジ・・・・これ見ろ・・・・大変だ。」

 後から入ってきた先輩は部屋のテレビをつけた。



 なんとなく刺された腕の傷の痛みが増した気がした。





『・・・・犯人グループから声明が入って来ており・・・・』

 画面に映し出されたのはニュースを読むアナウンサーと緊急ニュースを告げるテロップだ。



 三国共同の研究機関にテロリストの襲撃。死者行方不明者も・・・・



「え・・・・これって・・・」



 リコウは今しがた寝癖野郎に返した論文を見た。

 寝癖野郎が立ち上がった。



 急なことに驚いたが、ドールの研究者を志すものだったら当然だ。



 三国共同の研究機関、いわゆるドールプログラムのトップだ。

 そこが襲撃されたのなら普通の人なら驚く。研究に興味がある者なら尚更だ。



『犯人グループは・・・・「英雄の復活を望む会」と称しており・・・・あー入りますか?あ、入りました。犯行声明です。』



 アナウンサーの言葉の途中で画面が切り替わった。

 切り替わった画面には真ん中に顔じゅう包帯を巻いた男が立っており、それを囲むように武装した屈強そうな男がいた。

 屈強そうな男の中でもリーダー格の様な男がマイクを持った。



『我々は・・・・英雄を殺した世界と悲劇を忘れた世界を変えるために立ち上がった同志たちだ。3年前の悲劇、それを救った者達を祭り上げたがすぐに押し込め結局はクズどもが支配する世界になった。それは・・・・我々の軍神が殺されたことがきっかけだ。しかし、彼は、あの方は生きていた。』

 男はそう言うと真ん中の包帯を巻いた男を指した。包帯の中から覗く目は真っ赤で、宝石のように美しかった。



『・・・・・レスリー・ディ・ロッド中佐は生きていた。このお方こそ、謀殺されかけても生き抜き、我々を戦場に、更には価値ある勝利に導いた方だ。』

 屈強な男たちは真ん中の男に跪いた。



『共同研究機関への襲撃はのろしにしか過ぎない。情勢を牛耳る者に伝えておこう。・・・・我々は、戦士たちを把握している。真実を知っている。』

 脅すような口調だった。



 画面はアナウンサーが映っているスタジオに代わり、アナウンサーの横には評論家の様なものが居た。

『との・・・・声明でした。これは、どういうことでしょうか?』

 アナウンサーは評論家のような男に尋ねた。



『これは・・・・情報開示を求めているのでしょうかね。しかし、一部の軍関係者にしか公開されていない「フィーネの戦士」を把握していると言ってましたから、軍の関係者だった人物のようですね。しかし、これが本当ならとんでもないことですよ。ロッド中佐が生きていたのなら・・・・いや、恐縮ながら私も彼の存在に救われた身であります。実は昔輸送船に乗っていて戦闘に巻き込まれそうになったのを助けてもらって・・・・・』

 評論家は熱を込めて救ってもらったことを語り始めた。



 画面を見て蒼白になっている寝癖野郎を見てリコウは不思議に思った。確かに驚くべきことであり、テロリストが出てきたのは怯えるべきだ。それにしては彼は怯えと驚きが混じっていた。

「先輩・・・・もしかして研究機関に知り合いいたんですか?だからこの論文・・・・」

 リコウは先ほど彼が言っていたことを思い出した。



 案の定、彼は頷いた。なるほど、だから彼は怯えていたのか。

 腑に落ちたが、まだ納得できないことがある。



「・・・・ありえない。」

 微かに呟いたのが聞こえた。



 








 借りているアパートに帰ると部屋の前にアズマがいた。

「兄さん。どうしたの?兵舎に帰んなくていいのか?」



 リコウは慌てて鍵を開けようとした。

「・・・ニュース見ただろ?」



 アズマは声を潜めていた。

「・・・ああ。」

 リコウは辺りを見渡し、兄を部屋に招き入れた。



 部屋に散らばる本と衣類を足でどかしながら明かりをつけた。

「来るなら掃除したのに・・・・まあ、兄さんならいっか。」

 リコウは冷蔵庫を開けて作っておいてるブレンド茶を取り出した。

「兄さん飲む?」



「ああ。」

 コップを軽くゆすいでからブレンド茶を注いだ。



 お盆に乗せてアズマの待っているローテーブルに持って行った。ちなみにローテーブルの上も下も本と衣類でごっちゃになっている。



「さっきは急いで帰って悪かった。先輩俺が持って行ったの知らなかったみたいな顔していたから別に急がなくてもよかったみたいだ。損した気分。」

 お茶を注いだコップをアズマに渡し、自分のを飲みながらリコウは言った。



「お前、マウンダー・マーズの外見知っているか?」



「え?さっき俺が持っていた論文の人だな。けど、書類上と論文と功績でしか知らない。ドール研究している人って基本的に隠されるからね。以前の悲劇だって研究者の取り合いみたいなのが原因だからな。」

 リコウの言う通り、「フィーネの戦士」たちが手を打つまで起こっていた戦争状態は、ドールプログラムの技術の取り合いと研究を巡ってだった。



「・・・・もし、大学に見覚えのない奴が来たら教えてくれ。ここのドームに数人のフィーネの戦士が属しているのを知っているな。」

 部屋の中なのだから心配ないはずだが、アズマは声を潜めていた。



「ああ。来たばかりの時は野次馬が多かった。」



「関係者が探しに来る可能性がある。だが、俺たちが把握している奴は、今はこのドームにいない。異変があったらすぐに教えてくれ。」

 アズマは真剣な顔をしていた。



「極秘じゃないのか?いいのか?俺に言って・・・・」



「お前は俺のたった一人の家族だ。」

 アズマはリコウの言葉を遮って言った。



「それは俺もだ。」

 リコウはアズマを真っすぐ見た。



 ピーピー

 アズマの持つ軍から支給されている携帯電話が鳴った。



「呼ばれた。俺は軍に戻るが、何かあったらすぐに連絡しろ。」

 アズマはリコウに念を押すように言った。



「わかった。」

 リコウは頷いた。



 アズマはテーブルに置かれたお茶を飲み干して礼を言い、そのまま出て行った。



 リコウは急な寂しさに襲われ、誤魔化すようにテレビをつけた。

 相変わらず研究機関の襲撃を報じている。



『・・・ここで更にニュースです。追加の声明が入ったようです。』

 アナウンサーはスタッフらしき人物から受け取った原稿を読んでいた。唾を飛ばすような勢いで話すことからよほど興奮する内容か、驚く内容なのだろう。



 画面は先ほどのテロリストのものに変わった。



『研究機関での死者は尊い犠牲だった。だが、戦士を隠し抑圧する世界を我々は無視するわけにはいかない。そして、ドールプログラムは本来の姿へ戻るべきだ。我々は一人の人物を救うことができた。隠された「フィーネの戦士」、マウンダー・マーズ研究員はそのうちの一人だ。これを嚆矢として我々は戦士の救済と世界への気づきのために』



 リコウはアズマがマウンダー・マーズを知っていた理由が何となくわかった。

「研究者が作戦に参加・・・・していたのか。」

 リコウはふと、自分も軍の、いや、アズマの役に立てないか考えた。



 刺された腕がまた痛み出した。



「・・・あれは、何だったんだろう。」

 腕の傷は有れど、そこまで大きくない。予防接種した後のような傷にリコウは、男に会ったことが幻だったのではないかと再び思い始めていた。



「・・・いずれわかるって・・・なんだよ。」

 







 第三ドームの軍施設は簡単な警備を目的としてる。しかし、万一の時の軍備もある。

 通常のドームよりは簡易的な軍備だが、それらがいつでも使える状態にしてある。

 さらに警戒例が出されており、整備士がひっきりなしに生体兵器のドールを調整していた。



「ヤクシジ一等兵。どこに行っていた?」

 急いで戻ったが、どうやらアズマの外出は無断だったようだ。



 アズマは姿勢を正し、訊いた兵に向き直った。どうやら上官の様だ。

「申し訳ございません。弟に会いに行ってました。」

 嘘はつかない。どうしてだと問われれば正直に言う。たぶん殴られて処分対象になりかねない。



「・・・・弟はたしか四区の大学生だったな。」

 上官は考え込む様子を見せた。



「はい。変わったことがあったら伝えて欲しいと。職員に問い合わせるよりも学生に聞いた方が効果があるかと・・・・」

 咎められることはあるが、思ったより処分は軽そうだとアズマは思った。



「そうだな。ただし、次からは連絡をしろ。それよりも呼ばれたのは、お前に作戦にあたってもらいたい。」

 アズマの予想通り上官は深く咎めなかった。作戦がよほど重要なのだろう。



 上官はアズマについて来るように目線を送った。



 案内された部屋は、本部との連絡に使われる部屋だ。巨大モニターで画面通信をする。

 部屋にはすでに同期や、階級が同じくらいの兵士と尉官の軍人がいた。

 思ったより大きな作戦の様だ。



「全員揃いました。」

 上官はモニターに映った人物に敬礼をした。



 上官より地位の高い者の様だ。アズマもかしこまった。

 当然だった。画面を見て固まった。



『ご苦労・・・・・』

 重々しい雰囲気を醸し出す初老の男は上官より地位が高いどころの人物でもなかった。



『ただの空賊ではない。奴らはロッド中佐の名を騙っている。』

 威厳の溢れる声と、鋭い眼光を放つ男は現在の軍の頂点に立つ男、レイモンド・ウィンクラー総統だ。



 ウィンクラー総統が言った空賊とは、戦争状態が静まり始めたら宇宙に出始めた昔風に言うと海賊や山賊のようなものだ。人質をとり金品の要求をする。どこに属しているのか不明であり、軍がひっきりなしに出払っていた戦時中でなくなったために最近は蔓延ってきた。



「総統閣下!!」

 思わず叫んでしまった。

 だが、ウィンクラー総統は咎める様子もなかった。彼の横に立つ男が一瞬画面越しにアズマを見た。だが、彼も咎める様子もなかった。



 レイモンド・ウィンクラー総統は「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者だった。そして、ロッド中佐の後ろ盾だった。作戦の成功と元から勇ましい軍人だったことから総統になったのは当然の流れと言える人物だ。



『・・・・聞くところによれば「フィーネの戦士」を誘拐していくような話だ。』

 眼光は更に鋭くなった。そして、苦い表情をした。そして、彼は横に立つ男に目を向けた。

 横に立つ男はウィンクラー少佐だ。

 彼も「フィーネの戦士」の一人だ。作戦終了後に士官学校に入り、異例の待遇で出世している。実際実力も伴って現在の地連最強の男ともいわれ、経歴はとんでもない。いずれは軍を背負うこと間違いないと思われているが、この事態はよくないようだ。

 護衛対象となりかねない事態だと主導権を握りにくい。



『実は、誘拐された者は、マウンダー・マーズではない。だが、「フィーネの戦士」の一人だ。そして、マウンダー・マーズは未だ行方不明だ。』

 ウィンクラー総統は眉を顰めた。テロリストに対して隠すことなく憎悪を示している。



『総統。作戦内容を早くいってしまった方がいいでしょう。』

 横に立っていたウィンクラー少佐が総統に言った。何と命知らずなことだと思うが、彼は姓から分かる通り総統と親子関係にある。



『そうだな。・・・・では作戦の話に入る。』

 ウィンクラー総統は指を組んだ。







 


 朝になってもニュースは同じことを報じていた。当然だった。

 リコウはドーム内が騒がしいことに気付いた。

 当然だった。救済という名の誘拐が「フィーネの戦士」を対象として行われるということだ。

 ここのドームにフィーネの戦士が所属しているのは有名だ。それに加え公開されていない戦士たちも何人かいると噂もある。



 常連になっている喫茶店に入ると店員の女の子の、確かルリという子がリコウを見て目を輝かせた。

「リコウ君。いらっしゃい。」



 彼女の声に気付いた年配の店員がリコウに近寄ってきた。

「いらっしゃい。ヤクシジ君。いつものね。お金はバイト代入ったらまた一括でお願いね。」



「ありがとうございます。」

 リコウはいつも常連の喫茶店でサンドイッチを作ってもらってる。ここのサンドイッチはゼウス共和国にいた時によく食べていた瓜のハーブ漬けがメインだ。地球にはなかなか見当たらなくて運よく近くの喫茶店で取り扱っているときは嬉しかった。



 そのサンドイッチ目当てで通っており、お金が入ったらひと月分一括で払っているのだ。



 ちなみにバイトは軍のドール訓練の相手役だ。

 普通より適合率の高いリコウは、軍の訓練の手伝いというバイトが成り立つ。アズマは訓練の成果もあり、二桁を記録しているが、リコウより低い。よく羨ましがられていた。



「あるじゃん。俺も役に立てる・・・・」

 リコウはバイトでやっているドール操作が兵器を操作する作業なことを忘れていた。

 彼の頭には今日の男とのやり取りはもはや幻のように片付けられていた。



「どうしたんですか?」

 ルリが注文していたサンドイッチを持ってきた。



「ありがとう。いや、兄さんの役に立てることを考えていたんだ。」



「立派なドール研究者になればいいじゃないですか?リコウ君なら・・・・きっと。」

 ルリは顔を赤らめていた。リコウは彼女の顔を見て急に照れくさくなった。



 ルリはこの喫茶店のアイドル的存在であり、リコウの通う大学でも人気が高い。

 柔らかい髪質のでセミロングの金髪と、茶色のたれ目が可愛らしい。



「そ・・・・そんな簡単になれるわけないよ。先輩から借りたマウンダー・マーズの論文すら理解できていないんだから・・・・えっと・・・」

 照れを誤魔化すためにとにかく自分を低める言葉を探した。



「マウンダー・マーズ・・・・あ・・・」

 ルリは名前を知っているようだ。それは当然だ。ずっと彼の話題で宇宙中大騒ぎだ。



 ガタ

 喫茶店にいた客が立ち上がった。



「おい・・・お前。お前ここの学生か?」

 客はリコウに話しかけてきた。



「え・・・・はい。そうです。」

 リコウは急なことに驚いて一瞬身構えたが、話しかけてきたのは引きこもりを彷彿させる不健康な色の白さと、細身というか軟弱そうないかにもインドアな体型で、黄土色のくせ毛の童顔な男だ。



 つかみ合いになっても勝てる。



 そう評価して、構えを解いた。



「・・・・俺を連れてってくれ。大学に・・・・」



「え・・・・普通に行けばいいじゃないですか?」



「・・いや、なんというか・・・・・」

 男は口ごもった。



「・・・・連れて行くのはいいですけど、案内とかはできませんから。」

 リコウは面倒くさくなった。



「あ・・・ありがとう!!それでもいい!!」

 男は目を輝かせた。リコウはその時気付いた。男の目が赤く充血していた。寝ていないのか、泣きながら過ごしたのか、又は両方か。心なしか目の下に隈も見える。



「俺はリコウ・ヤクシジだ。お前は?」

 リコウは男を見た。



 男は一瞬悩んだ様子だが、直ぐに笑顔なった。

「俺は・・・・マックスだ。リコウ。」

 早速男はリコウを呼び捨てにした。いや、たぶん年上だろうから気にしないが、何とも言えない気分になった。



「よろしくマックス。」

 リコウはマックスと握手をして、喫茶店を出た。



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