あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

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 火星の本国が滅びたため、現在ゼウス共和国は地球に持っているドームで細々と生活している。

 軍国であったため、三年前の事件から急激に国力が落ちた。それにより国民も多数がネイトラルと地連に流れ込んでいた。



 そんなゼウス共和国のドームは以前のような生活は無いにしろ、生き残った国民たちは力強く生きていた。

 その中の建物に4~50代の男と成人したほどの女性がいた。

 男は控えめに顎髭を蓄え整え、黒い髪とやや薄い緑交じりの茶色の瞳をしていた。

 女は色が白く、結い上げた金髪と緑の瞳の色合いが宝石を連想させる美人であった。

 二人とも身なりが良く、この国内での地位が高いことがわかる。



「・・・・レイラさん。言いたくないけど、あの赤い目は・・・」

 男は女、レイラに気を遣うように様子を窺いながら呟き始めた。



「私だってわかっている。けど・・・彼があんなことするとは思えない。」

 レイラは首を振って男を見た。



「俺もだ。だが、もし彼でないのならそれも大変な事態だ。」

 男は何やら目の前のモニターを操作し、画面をテロリストの声明にした。



「このテロリストの目的が分からない。戦士を集めてどうしたいんだ?」

 レイラは親指を噛んで考え込むようにした。



「間違いなく戦士に対する尊敬だけではないはずだ。」

 男は警戒するような視線をレイラに向けた。



「・・・私は彼を探しに行く。連絡を取れなくなってから1週間だ。いくら何でも長い。」

 レイラは男の顔を見た。



「俺は国を離れられない。だが、地連とネイトラルに連絡を取って情報を整理する。」

 男は寂しそうな顔をしてレイラに頷いた。



「お前がいないと今のゼウス共和国は機能しない。・・・いつもありがとう。」

 レイラは男に少しだけ甘えるように笑い、歩き出した。



「もう無理はするな。」

 男は歩き去るレイラの背中に言った。













 マックスは、年齢は29歳でリコウとは10歳も離れている。だが、童顔で少し中性的というべきか、女性側から見
たら可愛らしい造形の顔をしているせいで同い年と言っても行けそうだ。



「ドールの研究者を目指しているのか?」

 マックスは喫茶店で聞いていたのだろう、リコウに質問をした。



「え、ああ。そうだけど、今、目指している人も多いし、研究室の先輩の論文を読み解くのでさえ精一杯な状態だし。まだまだだ。」

 リコウは昨日の寝癖野郎とのやり取りを思い出した。



「あんまり優秀にならない方がいいぞ。」

 マックスは軽口の様子でもなく、真面目な顔で言った。



「そうか?優秀な研究者なら補助金も出るし、研究に没頭できる。・・・・まあ、昨日からニュースでやっている襲撃事件を考えるとそうかもしれないけど。」

 リコウは真面目な顔のマックスに強く言い返すことができず、利点だけを並べた。



「なあ、さっき貰っていたサンドイッチに入っているのって、ハーブ漬けだよな。俺の知り合いが好きだったんだ。」



「ああ。よく知っているな。やっぱり匂いで分かるか?」

 リコウは貰ったサンドイッチが入った袋を見て匂いを嗅いだ。



「そのハーブってゼウス共和国でしか見たことなかったから地球で取り扱っている店があったのは驚いた。」

 マックスは柔らかい笑顔を見せた。



「・・・・お前、ゼウス共和国出身か?」

 リコウはマックスの表情を見てぴんと来た。これは故郷を懐かしむ顔だ。



「お前もか?」



「ああ。」

 リコウはマックスが急に近い存在になった気がした。



「今はどちらかというと地連の人間だ。昔はがっつりゼウス共和国だったけどな。」

 マックスは何かを思い出すような表情をした。



「ゼウス共和国は、今はあるようでないようなものだからな。火星に環境が整うのも時間がかかりそうだし、どんどん地連とネイトラルに流れ込むだろうな。」



「研究者になりたくて地連に来たのか?」

 マックスの問いにリコウは暗い気分になった。その様子を見てマックスは謝った。



「悪い。何があったのか気にせず聞いてしまった。」

 マックスは火星がほぼ壊滅状態にされたことを指している。



「いや、いいよ。」

 リコウは兄のことを思い出し、表情を笑顔に保った。



「お前の研究室ってどんなところだ?」

 マックスは話題を急に変えた。彼なりの配慮なのだろう。



「え?ああ。普通のところだよ。」











 大学の敷地内に入り、数人の顔見知りとあいさつを交わしながら歩いていた。

「結構社交的なんだな。」

 マックスはリコウを見て感心していた。



「まあな。俺は特出して頭がいいわけでない。大学で生き残るためには交流が大事だ。」



「お前研究者になりたいのにそんなに自己評価低いのか?」

 マックスは信じられないという顔をしていた。



「もちろんそうだ。そのためには大学でたくさん勉強する時間が欲しい。そのための交流だ。五区の総合大学には全部の知識がやばい奴がいるって聞くし、一点特化の専門大出身よりも全部のハードルの高い五区の大学出身の方が研究施設のお偉方のウケもいいって聞く。狭き門だから使える武器は使う。効率的に勉強していくためには交流も必要だ。」

 リコウの言っていることは本当だった。



 兄のアズマはリコウのことを頭がいいと言ったが、それは一般的なものでだ。専門大学は知識が偏っている者が多いが、皆唸るほど頭がいい。五区の総合大学は受験段階でオールマイティに水準以上の学力が求められる。それに加え、専門にするべきものを定めて絞り込む。だからやばい奴がいると聞く。リコウは早い段階で自分の評価を設定し、立ち振る舞った。



「能力があればおのずと人と金が寄ってくる・・・・・」

 マックスは苦い顔をした。



「お前は何の仕事しているんだ?」

 マックスのいい方に棘ではないが、自嘲があったのが気になった。



「いや、それより・・・・ここ専門大学か?総合大はどっち・・・・」

 ウウォーーーーーーン



 マックスがリコウに訊きかけた時サイレンが鳴り響いた。

「何だ?」

 リコウは初めて聞くサイレンに混乱した。

 マックスは青白い顔を更に青くした。





『緊急連絡。シェルターに避難してください。ドーム内に異常発生。すぐに避難してください。』



 辺りの学生たちは混乱し、どよめき、濁流のように大学の構内になだれ込んだ。

 大学にはシェルターが設置してあるのだ。

 人の流れに流されそうになりながらもリコウは慌ててマックスの腕を掴んだ。



「マックス。俺らも」

 マックスは首を振った。



「いや、お前は行け。俺はいい。」

 マックスはリコウの腕を振り払うと人の流れに逆らうように走った。



「おい!!」



『緊急連ら・・・・が!!』

 ドゴンガタン

 放送に異変があった。明らかに発信地で何かがあった。



『緊急連絡。前途ある若者たちよ。安心してくれ。ドームを壊すような真似はしない。我々が望むのは全面降伏だ。』

 放送で流れる声が変わった。別人になったようだ。この声を最近どこかで聞いた。



『我々は「英雄の復活を望む会」だ。ここのドームの全面降伏を望む。』

 爆発音と地鳴りが響いた。



 ドゴオオオオ

 ゴオオオン



 どこかで破壊活動がされているのは経験のないリコウでもわかった。

 放送で辺りは更に混乱した。



 悲鳴が大部分を占める騒音。



 軍は、ここの軍施設に何かあったのかとリコウは兄のことを思った。



「避難した方がいい。リコウ。軍が全面降伏に臨むとは思えない。軍が介入してきたら避難する間もなく殺される可能性がある。」

 マックスは冷静だった。29歳だといっていたから、ちょうど多感な時期に戦争を経験していてもおかしくない。



「お前も・・・」



「いいから俺は会わないといけないやつがいる。」

 マックスは非力ながらもリコウを人の流れの中に押し込んで走り去った。



 人の流れに飲まれそうになりながらもリコウはマックスの姿を追った。

 同郷ということもあり放っておけなかった。

「待て!!マックス!!」





 



 軍施設では、ドールがある時代とは思えない銃撃戦が繰り広げられていた。

「武器庫と連絡経路は守り抜け!!」



 不意を突かれたのか、あっという間にテロリスト側は攻撃の体勢を整えていた。

 ドールの訓練ばかりとはいえ、肉弾戦もとりあえずやる。



 しかし、シュミュレーションはドールばかりだった。銃を握る手が震える。



「しっかりしろ!!ヤクシジ!!」

 上官の怒鳴るような声が響いた。



「すみません!!」

 アズマは慌てて謝った。



 上官の顔を見ると、心配するような気配が一瞬見えた。怒鳴ったとはアズマの緊張と震えを治めるためのようだ。



「・・ありがとうございます。」



「礼はいい。ここを切り抜けないと・・・・くそ」

 上官はあっさりと対等な銃撃戦に持ち込まれたことが悔しいようだ。



「応援部隊で明日・・・・ウィンクラー少佐が来ます。」

 アズマは昨日の打ち合わせを思い出した。

 明日、ウィンクラー少佐が自身の部隊を引き連れて来るらしい。



「だから収めないといけない。あの人の手を煩わせるわけにはいかない。」

 上官はウィンクラー少佐を尊敬しているようだ。それは当然だ。彼は「フィーネの戦士」の一人であり、異例の出世を遂げている。ロッド中佐とは違う部類の魅力で若い世代を確かに抱き込んでいる。



「ドールを出しますか!?」



「だめだ!!まだ市民の避難が済んでいない。」

 上官たちのやり取りを聞いてアズマは気付いた。



「情報を流しましょう。思わせるんです。市民の中に「フィーネの戦士」が数人いると・・・実際に噂もあります。保護に走る行動をすれば、こちらを探るはずです。それを陽動として市民の避難を完全にさせるんです。」

 アズマは周りに聞こえないように上官に言った。



「・・・・!?そうだ。奴らは・・・・よし。ヤクシジ。慎重に保護に向かう部隊を整えろ。ただし、他の隊員には思わせるための行動だと悟られるな。」

 上官はそう言うと通信機器で何人かと連絡を取り始めた。



「緊急事態だ。特別車両を使え。頑丈だからあの銃撃戦中は走り抜けられる。」

 上官は数人の名前を挙げて連れて行くように言った。


 アズマは頷き、車両が収容されている場所に向かった。





 

 運動を普段していないのだろう。勢いよくリコウを弾き返したのはいいが、走るのが遅い上にスタミナがない。



「ひー・・・はーはーはー・・・・」

 情けなく息を切らして立ち止まる。



「・・・・おい。大丈夫か?」

 心配そうにリコウがマックスを見ていた。



「はー・・・何で来た。お前は避難しろ。避難しきらないと軍も強硬に出れない。足手まといになる。」



「それはお前だろ。そんな軟弱な一般市民、とっとと避難しろよ。」

 リコウはマックスの腕を掴んだ。



 シェルターに入り損ねた市民が道に溢れている。見てわかるほど混乱した状況だ。



「リコウ君!!」

 リコウを呼んだのは常連になっている喫茶店の店員のルリだ。

 人をかき分けてリコウの元に走ってきた。

「君は・・・・・」



「向こうのシェルター一杯になっちゃって・・・・大学の方に行こうと思って・・・・」

 どうやら喫茶店があったところの市民を収容するシェルターがいっぱいになっているようだ。



「リコウ。お前その子と逃げろ。早く大学のシェルターに行くんだ。」

 マックスはリコウを遠ざけたいようだ。いや、一人になりたいのか。



「あほか?大学に向かう人数を見ただろ。シェルターは一杯だろう。軍に向かった方がいい。お前も来い。」

 リコウは大学になだれ込む人を思い出した。



「軍が機能しているとは思えない。他にシェルターは無いのか?」



「マックス。お前こんな緊急事態にどこに行くんだ?」

 リコウはマックスがこの事態に混乱を示していないことが気になっていた。どこからどう見てもか弱そうな彼はこの状況とは無縁に見える。



「・・・・「ハクト・ニシハラ」わかるか?そいつとその友人に会いに来た。」

 マックスは言葉を選ぶように悩んでから話し始めた。



 マックスの言った名前は数少ない公表されているフィーネの戦士だった。



「ニシハラ元大尉は今このドームにいない。マックス。何でその人と?」

 リコウはマックスを見る目を変えた。そう言えば、兄のアズマに言われたことを思い出した。慌てて兄に連絡をしようとした。





「リコウ君。軍に行こう。」

 ルリがリコウの腕を引いた。



「そうだ。・・・・待て、リコウ。もう一人の名前に心当たりがないか?」

 マックスは思い出したようにリコウの顔を見た。



「もう一人・・・?」

 リコウは電話が兄に繋がらないことに気になっていた。



「きゃああああ」



 バーン

 銃声が響いた。



 音の元には銃火器を持った数人の男がいた。

 男達はヘルメットを被っており、顔が見えなかった。

「市民の皆さん。集まってください。」

 絶え間なく動いていた人の群れがぴたりと止まった。



「集まれってつってんだろ!?撃つぞカスが!!」

 ヘルメットの男が怒鳴りつけた。

 悲鳴と鳴き声が響きながらも人々は男たちの周りに集まった。



 リコウは横にいるルリを一瞬見て他の者と同じようにヘルメットの男たちの周りに集まった。マックスも空気を読んでなのか集まりに従った。



 集められた市民は皆地面に座らせられた。

 ヘルメットの男たちは一人一人顔を確認していた。



「軍の方にいるんじゃないですか?」



「バカ。軍の方から出て行く車両があったんだ。こっちにいるはずだ。」

 どうやら男たちは誰かを探しているようだ。



 横に座っているルリがリコウの手を強く握った。リコウは手汗をかいていて普段ならば握ってほしくないが、今はそれがありがたかった。

 男達が近くなった。一人一人の顔を確認している。



「軍本部から応援が来るらしいぞ。」



「そんなの想定済みだ。」



「ウィンクラー少佐だ。」

 その言葉に男は動きを止めた。



「戦士か・・・・向こうから出向いてくれるとは・・・・・ありがたいな。」

 男達の会話から軍本部から応援が来るのと、来る人物がウィンクラー少佐なる人物で彼らの探し人の一人だということが分かった。



 応援が来ると言う話が聞こえたことに市民の数人は安堵を示していた。ただ、不安を抱いている者も多い。



 いや、それよりも気になることがある。



「・・・・応援に来る人物の情報がテロリストに公表することってあるのか?」

 リコウはテロリスト側が軍の内部を知っているように感じた。



「・・・・内部に通じている奴がいるんだろう。いつも通じて居る奴がいるのは決まっているんだな。」

 マックスが自嘲的に笑った。



 リコウは見ていた。ウィンクラー少佐という名が出た時に反応を示したのはヘルメットの男だけでない。マックスも驚いた表情を見せていた。



 リコウたちの近くまで男たちは来た。一人一人の顔を覗き込む。

 思わず目を閉じてしまう者もいた。

 横のルリも目を閉じていた。

 リコウは反骨精神というものなのか、絶対に目を逸らさないと決めた。

 顔を確認している男を睨みつけるほど見た。



 男はリコウの視線に気づいたのか愉快そうに肩をすくめた。顔は見えないが、おそらく馬鹿にしたように笑っているだろう。



 とうとうリコウの元に来た。顔を覗き込まれた。

 ヘルメットの下の男の顔を見透かすような勢いで睨み付けた。



「・・・!?」

 男の様子が変わった。

 リコウはまさかそこまで睨んだのかと不安になった。ポーカーフェイスに勤めたが、すごくビビった。



「いた!!」

 男が叫んだ。男の視線がリコウから外れていることに気付いて安心したが、視線の先を見て安心も飛んだ。



 視線の先にはマックスがいた。

 叫んだ男の元に他のヘルメット男も来た。そして、マックスを確認して頷いた。



 マックスは表情を歪めていた。



「・・・・混乱させるための情報だと思ったが、本当だったんだな。」

 おそらくこのヘルメット男たちのリーダー格の男がマックスを見て愉快そうに肩を震わせた。



「・・・・彼を返せ。」

 マックスは男に憎悪を向けていた。



「貴方がこっちに来ればいいだけです。マウンダー・マーズさん。」

 リーダー格の男はマックスを見てはっきりと言った。











 リコウ達の滞在する現在襲撃を受けているドームの外では一つの頑丈そうな飛行物体が空中に浮かんでいた。



 飛行物体の中はモニターと操作盤が壁全体を覆い、操舵席は一つこじんまりとしているが、ドールのコックピットのように神経接続の機能が付いていた。接続はしていないが操舵席に座る初老ほどの年齢の男はモニターに映った襲撃を受けているドームの様子を見ていた。



 どのような経緯かは分からないが、モニターにはドームの内部も映っており、外も含めて全体を監視しているようであった。



「私の人選を無駄にしないでくださいね。リコウ・ヤクシジ・・・いえ、ヤクシジ兄弟。」



 男は内部の様子が収束のを待たずにモニターを切って、飛行物体を動かし、ドームから遠ざかって行った。



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