あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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~糸から外れて~無力な鍵

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 テロリストの男は確かにマックスをマウンダー・マーズと呼んだ。

 彼は、ドールプログラムのトップ研究者で、元々ゼウス共和国の人間であるのは有名だった。

 リコウは探る様にマックスの方に目を向けた。



 マックスはテロリストを睨んでいた。

 体力が無く、見るからに非力な青年だが肝は据わっているようだった。いや、それだけではない、確固たるものが彼を強気にさせているのだろう。



「お前らの殺戮は忘れない。協力するもんか!!」

 マックスは叫んだ。



 彼の言葉からテロリストが襲撃した施設では相当な犠牲が出たようだった。



「・・・・なら、ここの市民が死ぬだけですよ。」

 テロリストのヘルメットの男は銃口をリコウに向けた。



 リコウは体中の血が固まる感覚に陥った。横にいるルリが泣きそうな顔をしていた。



 マックスの目が見開かれた。

「やめろ!!人々を救うための行動のはずだろ!!」



「偉大な作戦を実行するのに犠牲は大きかったはずです。それと同じですよ。我々の行動に犠牲はつきもの。」

 ヘルメットの男はどうやらマックスに危害を加えるつもりは無いようだ。だが、リコウたちは別のようだ。



「尊敬する方の前で残酷な行動をするのは気が引けるんですよ。・・・・マウンダー・マーズさん。」



 マックスは勢いよく立ち上がった。

 それが何を意味するのかリコウは分かった。



「・・・・市民を離せ。それが約束できるなら・・・・」

 ヘルメットの男はおそらく笑ったのだろう。



「そうですよ。自分から来ていただくのが一番です。・・・・丁重に拘束しろ。」

 リーダー格の男はあからさまに口調を変えた。言葉の通り彼は「フィーネの戦士」に対して尊敬の念を抱いているのは確かなようだ。



 リコウから銃口が逸らされた。

 マックスはリコウを見て申し訳なさそうな顔をした。

「リコウ。悪かった。ありがとうな。」







「伏せろ!!」

 叫び声が響いた。



 聞き覚えのある声であり、リコウはすぐにマックスに飛びついた。

 市民は座らせられていた。

 立っているのはテロリストだけだった。



 ダダダダダダダダン

 銃声が響いた。



「があ!!」

「ぐう」



 数名の兵士が飛び出してきた。

「市民の皆さん!!今のうちに建物の中に!!」



 そう叫んでいるのは武装したアズマだった。



「兄さん!!」

 リコウはアズマを見つけて嬉しくなった。



「・・・兄・・・?」

 マックスはリコウの下敷きになっていた。



 アズマはリコウを見つけて一瞬笑顔になったが、直ぐに厳しい表情で辺りを見渡した。



「市民の避難を優先しろ!!」

 ヘルメットの男たちは銃弾を受けて倒れている。



 兵士たちに促されるまま、市民たちは頑丈な建物に向かって行った。

「兄さん。この人・・・・」

 リコウはアズマを見てマックスの上に乗ったまま呼んだ。



「お前も、君も早く避難しろ。」

 アズマはリコウ達だけでなく、傍にいるルリにも視線を向けた。



「ルリちゃん・・・・」



「リコウ君と一緒に避難する。」

 リコウは照れくさいような嬉しいような気持になったが、直ぐにマックスを見た。



「この人を保護して。兄さん。」

 リコウはマックスを押さえつけたままアズマを見た。



「リコウの兄さん。頼むからお前の弟を俺からどかしてくれ。」

 マックスは苦しそうにアズマを睨んだ。



「彼は、マウンダー・マーズ博士だ。」

 リコウはアズマに叫ぶように言った。



「え・・・・本当か!?」

 アズマは急いでリコウをどかしマックスを立たせようとした。



 ダン

 銃声が響いた。

「え?」

 リコウは辺りに飛び散った血に目を奪われた。

 何が起きたのかわからなかった。



 ドサ

 立っていたアズマがゆっくりと崩れ落ち地面に叩きつけられた。

「あ・・・・い・・いやああああ」

 ルリが叫んだ。



「・・・が・・・・は・・・はあ。」

 アズマはわき腹を押さえてうずくまった。



「に・・・兄さん!!兄さん!!」

 リコウはアズマの元にかがんだ。



 マックスはリコウとアズマの前に立った。

「動かすな。傷口を押さえろ!!」

 マックスは叫ぶと辺りを見渡した。



「・・・・何で・・・・」

 アズマは痛みに顔を歪めながら仲間の兵士を見ていた。





「悪いな。ヤクシジ。そこの人・・・・渡してもらおうか。」

 アズマと一緒に来た兵士たちは銃口を向けていた。



「放っておくと死んでしまう。」

 マックスは兵士たちを睨んだ。

「死・・・・嫌だ。兄さん。」

 リコウはアズマに縋りついた。

 パシン

「リコウ君。傷口を押さえよう。早く!!」

 ルリがリコウの手を叩いた。



「・・・・ここのドームにテロリストが入り込めたわけだ。」

 マックスは辺りを見渡した。そして、何かを念じるように眉間にしわを寄せた。



 兵士たちは倒れたヘルメットの男から連絡用の携帯を取り上げた。

「ここにマウンダー・マーズ確認。捕獲準備しろ。」

 どうやら仲間を呼んでいるようだ。



「リコウ。ここの近くに病院はあるか?もしくは医療器具の揃っているところは?」

 マックスは取り乱しているリコウを見てすぐにルリに視線をずらした。



「病院はあるけど・・・・一番近いところ・・・・動物病院が向かいにある。」

 ルリは目の前の建物を見て言った。



「・・・・まあ、大丈夫だろう。リコウ。俺は医者でもある。お前の兄を助けるから今は話しかけ続けて血を止めてろ。」

 マックスはリコウを慰めるように言った。



「マックス・・・・わかった。」

 リコウは不安と恐怖で歯をガチガチと震わせていた。



「悪いが・・・・疑わしきものは全て消す予定だ。」

 兵士たちはリコウとアズマ、ルリを見て言った。



 マックスは兵士たちからリコウ達を守る形で立っていたことにリコウは気付いた。



「そして、しらばっくれる気だな。地連の軍に居続けてテロリストの手引きをするのか。」

「テロリストではないです。私たちは兵士です。本物の・・・。」

 兵士たちはマックスを眩しそうに見た。



「どうでもいいが、お前等逃げれないぞ。」

 マックスは兵士たちの持っている銃を見て言った。



「・・・君たちは何か勘違いしていないか?」

 兵士は不思議そうな顔をしてマックスを見た。





 ダンダン

「があ!!」

 その隙に持っていた銃を構え、数人の兵士をアズマが撃った。



「ぐ・・・」

 銃の反動が傷口に染みたようでアズマは呻いた。



「兄さん!!」

 リコウは急に飛び上がった兄に驚いたが、それよりも彼の傷が心配だった。





「リコウの兄さん。答えれたらでいい、答えてくれ。」

 マックスはアズマの方に視線を向けた。



「・・・・軍で支給されている武器は・・・・全てドールプログラムが利用された瞬発力のあるものか?」

 マックスの問いにアズマは頷いた。



「・・・・だとよ。」

 マックスは笑った。



「・・・・?」

 撃たれた兵士に駆け寄り、残った兵士たちはアズマを睨みながら首を傾げた。



 その時、手に持っていた銃火器が変な音を立て始めた。

「な・・・・なんだ!!」

 兵士たちは急にただの鉄の塊となった銃火器に混乱した。



 向かいの、先ほどルリが動物病院と言った建物の二階から男が飛び降りてきた。

 スムーズな動きで混乱する兵の顎に蹴りを入れる。

 武術の達人かと思えるほどの動きにアズマもリコウもルリも息を呑んだ。



「来てくれるとは思わなかった。」

 マックスは男を見て安心したように笑った。



「呼ばれたからね。マックスが俺を呼べた方が驚いた。」

 男はマックスを見て懐かしそうに笑った。



 男の顔を確認してリコウは目を見開いた。

「・・・・あんた・・・寝癖野郎・・・」

 思わず内心呼んでいるあだ名を言ってしまった。



「・・・・ハヤセ先輩・・・」

 リコウは寝癖野郎から訂正するように言った。



「・・・ハヤ・・・セ?」

 アズマはリコウの顔と飛んできたハヤセ先輩を見比べていた。









 軍本部があるドームでは、作戦の指揮を任されたウィンクラー少佐が自室で呼吸を整え、作戦の内容を反芻していた。



 明日は本部から離れ、作戦にあたるため、作戦前の休憩時間であった。他の隊員たちも彼と同様に休んでいる。



 ウィンクラー少佐は自嘲的に笑いため息をついた。

 彼は、与えられた椅子と立場は予想以上に重いが、自分以外それを背負える人物はいないと分かっている。



「・・・これに、俺を出すのか・・・」

 現在地連最強と言われるウィンクラ―少佐は作戦を考えながら笑った。



 彼は軍服が重く感じて上着を脱いだ。服の下にはおそらく一般的に言うと相当な筋肉が見える。そして多数の傷跡と、左わき腹には銃創が目立つ。



 今は、誰も見ていない、彼にとって数少ない、気が緩められるときだった。

 軍服を乱暴に脱ぎ捨て椅子に放り投げた。書類に目を通す気にならず、ウィンクラー少佐は机から離れた。



 彼はシャワーを浴びようと、浴室の向かおうとした。



「・・・危険なのに、出るの?」

 部屋の奥から一人の女性が出てきた。



「・・・イジー。悪い。来ていたの気付かなかった。」

 ウィンクラー少佐は部屋にいたイジー・ルーカス中尉に笑いかけた。

 彼女はウィンクラー総統の補佐を務める者であり、以前はロッド中佐の補佐を務めていた。

 そして、ウィンクラー少佐が軍で気を許している数少ない人物だ。



「・・・総統から聞いたけど、このテロリスト、フィーネの戦士が狙いだって・・・あなただってそうでしょ。なのに、なんで自ら向かいに行くの?」

 彼女は心配そうにウィンクラー少佐を見ていた。



「護衛対象になると・・・主導権が握れない。自分を餌にしてでもやって行かないと・・・何となくわかるんだ。奴ら、他の地連のやつに任せられるようなもんじゃない。もっと厄介だ。」

 ウィンクラー少佐は困ったように笑った。普段の張りつめた表情からは想像つかない優しい顔だった。



「だとしても・・・他の人に連絡を取ることは?」

「・・・あの作戦が終わって、せっかくみんなは普通の生活を手に入れられたんだ。邪魔しちゃ悪い。」

 ウィンクラー少佐は少し悲しそうに呟いた。



「それなら・・・友人として相談するのは?」

「・・・ニュース見ただろ?そんな気楽に行けない。もう実害が出ているんだ。今の軍は別の意味で信頼できない。こんな俺にも信者が付くほどだ。イジーも気を付けた方がいい。」

 ウィンクラー少佐は心配そうにイジーを見ていた。



「私は、大丈夫。でも、あなたは・・・」

 イジーはウィンクラー少佐に近寄った。



「イジーが心配してくれるから、俺は大丈夫だ。」

 ウィンクラー少佐はイジーに笑った。



 イジーは少佐の体に無数にある傷跡をなぞるように触れた。

「・・・これ以上傷つくことはしてほしくない。」



「・・・大きな犠牲を出した手は、自分が傷つくとか考えてはいけない。イジーだってわかっているだろ?」

 ウィンクラー少佐はイジーの手をそっと握った。



「私は、あなたを支える。だから、必ず帰って来てね。」

 イジーはウィンクラー少佐の頬に手を当てた。



「・・・当然だ。帰ってくる。」

「お願いだから、私にだけは・・・吐き出して。辛いことも全部。」

 イジーは少佐の顔を自分に向けて首を傾げた。

 ウィンクラー少佐ははにかむように口元を緩めるとイジーの背中に手を回した。



「・・・長くなるけど・・・いいか?」



 首を傾げてイジーに聞くとイジーは笑って頷いた。












 リコウの手には未だ兄の血が滲んでいた。



 止まらない血に周りの状況を気にするどころ無くなった。

「兄さん。今マックスが治療するからね。」

 顔色の悪くなってくるアズマに声をかけ続けるリコウも顔色が悪くなっていた。



「リコウ・・・あの人、お前の先輩なのか?」

 アズマはリコウとハヤセ先輩を見比べて言った。



「ああ。あの人はコウヤ・ハヤセ先輩。俺の行きたい研究室に所属しているけど、それ以外は知らないんだ。・・・それよりも今は話さないで・・・」

 リコウやアズマに動かないようにと肩を押さえた。



 マックスは冷静な目でその様子を見ていた。



「マックス。動くなら今だ。こいつらの助けが来たら勝てても長期戦になる。」

 先ほど華麗な蹴りを兵士たちにお見舞いしたリコウに寝癖野郎と呼ばれているコウヤ・ハヤセは辺りを見渡し、遠くを見つめていた。



「ああ、わかった。コウヤ。そこのけが人を向かいの建物に運びたい。手当てを急ぐ。」

 マックスはリコウに駆け寄りアズマを運ぶ準備にかかった。

 マックスは寝癖野郎を下の名前で呼ぶ知り合いらしい。



「・・・・君、ヤクシジを頼んでいいかい?」

 コウヤはルリを見て優しく尋ねた。



「は・・・はい。」

 ルリは先ほどのコウヤの動きに唖然としたままであったが、はっとしたようにリコウの腕を掴んだ。



「退けろヤクシジ。俺が代わる。・・・・マックス。あの子の言った動物病院の施設で問題なさそうだ。」

 リコウが抑えているアズマの傷口の部分をコウヤの手を入れ替え、マックスを見て頷いた。



「お前が言うなら間違いないだろう。運ぶのに一人でいいのか?リコウを離して・・・」



「・・・先輩。俺が兄さんの傷口を・・・」

 リコウは慌ててコウヤの手をどかそうとした。



「お前は扉を開けてくれ。彼女もだ。冷静じゃないやつが抑えれるとは思えない。」

 コウヤはリコウに顎で向かいの動物病院の扉を指した。



 リコウは不服そうだが扉を開けに行った。だが、兄の様子が気になりコウヤとマックスの方を見た。



 細身のコウヤからは想像できないほど軽々しくアズマを持ち上げた。

 それを見てリコウは扉を開く方に専念することにした。



「・・・・あの人、戦い慣れしている。知り合いなの?」

 横を歩いているルリは不思議そうにリコウとコウヤを見比べた。



「大学の先輩。俺の行きたい研究室に所属しているんだ。」

 リコウは多少ぞんざいに言ったが、考えてみれば自分は彼のことを何も知らない。知りたいと思ったことは無いが、知らないのは確かだった。



 二人が扉を開くとアズマを抱えたコウヤとマックスが歩いてきた。

「みんな入ったらすぐに閉めて。」

 コウヤは病院に入るときにリコウとルリに言った。



 二人はその言葉の通り、コウヤ達が入るとすぐに病院に入り、扉を閉めた。



「あっちだ。マックス。処置する準備してくれ。」

 コウヤは病院を探る様に見ていた。

「わかった。すごい獣臭いけど、ここにいる動物はどうする?」

 マックスは病院内に放置されている動物を見て困った顔をした。



「ヤクシジに任せろ。マックスは処置。君はマックスの手伝い。」

 コウヤはルリを指差した。

「え?」

「君の方が冷静そうだ。」

 コウヤはルリに頷いて言った。



「は・・・はい!!」

 ルリは慌てて返事をした。



「ヤクシジは担架を、向こうにあるはずだ。緊急用にやつはどこにでもある。」

 コウヤはリコウに廊下の突き当りを指差して言った。



「は・・・はい!!」

 リコウは慌てて走り、指定されて場所にケースに入った担架を見つけた。



 担架をもって戻ると、処置は始められていた。



「軽く止める程度で、これから処置に入る。ヤクシジは担架をここに置いてくれ。そして、俺と一緒に彼を持ち上げるんだ。」

 コウヤの言葉にリコウは頷いて担架を置いて、コウヤと同時にアズマを持ち上げた。



 後は二人で担架をもって、処置の準備を済んだマックスとルリの元に向かう。



「俺ら二人でするから、コウヤ達は外を見張ってくれ。」

 マックスはコウヤとリコウを見て言った。



「でも、兄さん。」

 リコウは横たわる兄を見て不安になった。



「俺一人でいい。ドーム全体にドールプログラムが使われているなら、俺のフィールドだ。」

 コウヤは自信満々で言った。リコウは彼の言っている意味が分からなかったが、なんか苛立った。



「わかった・・・コウヤ。さっき聞いたんだが、本部から応援部隊が来ると言っていた。」

 マックスはアズマの傷口を抑え、消毒を始めながら言った。



 手際がいいことから、このような急な処置になれていることがわかる。

 ルリもマックスが何を必要としているか察しようと集中していた。



「う・・・・」

 アズマは痛みに呻いていた。

 マックスは分厚い布を差し出した。

「これを噛んで我慢しろ。幸い内臓には弾丸はない。助かる傷だ。」

 マックスの言った通り、アズマは布を噛んで呻きながら痛みに耐えていた。







「これから俺が言う薬品を持ってこい。傷は塞げても感染症が心配だ。」

 マックスはいくつかの名前を挙げてリコウに指示した。



「わかった。」

 リコウは頷いて、廊下に飛び出た。





 廊下に出るとコウヤが立っていて、一瞬顔を顰めたが、目的地に行こうと走り出した。

「待てヤクシジ。これだろ。」

 コウヤはいくつかの小瓶を渡してリコウに持たせた。



「・・・そうです。ありがとうございます。」

 リコウは受け取ると再び戻ろうとした。



「マックスに伝えてくれ。俺が来るまで部屋から出ないでくれって」

「は?」



「テロリストは増員した。マックスがここにいるとバレるのも時間の問題だ。」

 コウヤはリコウの肩を叩いた。



「危険だからお前も出るな。」

 それだけ言うと彼は廊下の向こうに、入り口の方向に走り出した。





 とにかく急いで処置をしている部屋に入り、マックスに言われた薬品を渡した。

「助かる。もう傷は塞いだからあとはこいつの生命力だ。」

 マックスは疲れたようにため息をついて小瓶を受け取った。



「・・・礼を言う。マーズ博士。」

 息を切らせながらアズマはマックスを見た。



「大した根性だ。よく痛みに耐えた。」

 マックスはアズマの頭を軽く撫でた。



「兄さん。」

 リコウはアズマに駆け寄った。



「巻き込んで悪かった。リコウ。」



「いや、兄さんが無事なら・・・」

 リコウは首を振ってアズマを見て笑った。



 マックスは少し寂しそうにその様子を見ていた。

「巻き込んで悪かったのは、俺の方だ。すまない。」



 マックスは薬品を注射器に注入しながら言った。



「いや、軍に裏切者がいたのはお前のせいじゃないし、悪いのはテロリストだ。」

 リコウは首を振ってマックスを見た。



「・・・フィーネの戦士を捕まえていくと言っていたが、何か心当たりあるか?」

 アズマはマックスを見た。



「フィーネの戦士は化け物ぞろいだ。簡単に捕まるとは思えない。そして、あのロッド中佐は偽物だ。」

 マックスは断言した。



「共に戦った仲だと、やはりわかるか?」

 アズマは納得したようだった。



「・・・まあな。」

 マックスは複雑そうな顔をしていた。



「そういえば、先輩が、テロリストが増員されたから外に出るなって言っていました。」

 リコウは思い出したことを言った。



「おいおい、それコウヤが言っていたのか?」

 マックスは慌てて立ち上がった。



「ああ。あの人とマックスはどんな知り合い?」

 リコウはマックスとコウヤの関係が気になった。



「世話になったし、世話もした仲というべきか・・・知り合いだ。」

 マックスは少し懐かしそうに笑った。



「リコウ君・・・・どうするの?これから・・・」

 ルリは不安そうに携帯端末を見ていた。



「それを見てもどうしようもない。とにかく安全な場所を探そう。」

 マックスはルリの携帯端末を指して言った。



 ダダダダダダダダ

 外から銃声のような音が響いた。



「・・・先輩、大丈夫かな・・・」

 リコウは1人で出入り口に行ったコウヤが心配になってきた。



「・・・外が落ち着いたら軍に連絡して迎えに来てもらう。」

 アズマはよろけながら起き上がった。



「お前が支えろ。リコウ。・・・兄弟だろ?」

 マックスはリコウを見て言った。もちろんリコウは頷いた。



「手伝ってくれて助かった。礼を言う。」

 マックスは立ちすくんでいるルリに頭を下げた。



「え・・・いや、私も必死でしたし・・・」

 ルリは急なことに混乱していた。



 廊下から走ってくる音がする。



「みんな!!その辺で車を回収したから行こう!!」

 コウヤが走ってきた。

「だとさ。行くぞ。」

 マックスはリコウ達を見て言った。



 リコウ達四人はコウヤがどこからか持ってきた車に乗り込んだ。



「装甲車だ。どうやって持ってきたんだ?」

 リコウは頑丈な車を見てコウヤを疑わしそうな目で見た。



「軍から呼んだのか?」

 マックスはコウヤの横に座った。

「・・・元々目をつけていたから、簡単だった。」

「やっぱり、平和に暮らしても考えるのか。」

 二人は何やらリコウにはわからないような話をしていた。



「じゃあ、軍の方まで案内お願いできる?ヤクシジのお兄さん。」

 コウヤはアズマを見て言った。



「俺は、アズマ・ヤクシジ一等兵だ。コウヤ・ハヤセ。」

 アズマはコウヤに手を差し出した。

 コウヤはその手を握った。

「じゃあ、頼むよ。」

 コウヤはアクセルを踏んで車を発進させた。









 リコウの隣にはルリがいた。

「リコウ君・・・あの人・・・何者?」

 ルリはコウヤが何者なのか気になるようだ。



「ドール研究を勉強している学生だと俺は聞いているけど・・・」

 リコウは手慣れた様子で装甲車を運転する彼を見て、そうは思えなくなった。



「先輩、何者ですか?」

 リコウは運転席に座るコウヤを見て訊いた。



「俺は、コウヤ・ハヤセでお前の大学の先輩だ。」

 コウヤは取り繕うところもない様子で答えた。

「・・・・!?アズマ。軍は・・・機能しているのか?」

 途中で顔を顰めたコウヤはアズマを横目で見た。



「軍に・・・銃撃戦を持ち掛けられた。持ちこたえてくれていると思うが・・・内部に通じている人間がいるのを見ると・・・」

 アズマは苦しそうな顔をしてた。



「・・・罠じゃないか?確か・・・フィーネの戦士確保が狙いだろう?俺がここにいることは知らないとしても・・・」

 マックスは何やら思いついたのか不安そうな顔をしていた。



「ここのドームにいる戦士が狙いか?」

「いや、彼は今、ネイトラルにいるはずだ。・・・それに、これは軍を狙っている。」

 コウヤは首を振った。



 あっさりと否定されたことよりも彼がフィーネの戦士の居場所を知っていることが気になった。マックスもそうだが彼の知り合いなのかもしれない。



「・・・狙いは・・・・軍人じゃないか?」

 コウヤは、アズマを見た。



「・・・ウィンクラー少佐か。」

 アズマが考え込むように呟いた。



「兄さん。ウィンクラー少佐って・・・テロリストが言っていた人の名前だろ?応援で来るって・・・」

 アズマは自分の知らない人物の名前が挙がって少し居心地が悪かった。



「ああ、彼もフィーネの戦士だ。戦闘要員では唯一軍に残っている人で、現総統の後ろ盾を持ち、作戦後は士官学校に行って戻ってきた人だ。頭が切れて肉弾戦ならロッド中佐以上ではないかと噂されるほど強い。おそらく、ここのドームに乗り込んだらテロリストは全く太刀打ちできずに制圧されるだろう。」

 アズマは少し誇らしげに言っていた。どうやら尊敬しているようだ。



「じゃあ、彼が来るまで避難できれば・・・」

 ルリは目を輝かせた。



「そうだな。アズマ、とにかく軍に行こう。」

 マックスはルリに頷いて運転席のコウヤの肩を叩いた。





「それは、そうと・・・リコウ達二人はどこか安全な」

 コウヤは後部座席にいるルリとリコウを見て言った。



「そうだな・・・リコウもその彼女も安全なところにいるといい。近くにシェルターがある。」

 アズマもコウヤに頷いてリコウとルリに笑いかけた。



「いや・・・俺も軍に・・・」

「そうだ。コウヤもリコウの兄さんもアホだろ。今のこの状況だったら下手にシェルターに行くよりも軍に向かった方がいいだろ。どこに敵がいるかもわからない。地の利があるところに行くべきだ。」

 マックスはコウヤとアズマに首を振った。



「でも、軍には裏切者が・・・」

 アズマは苦い顔をしていた。



「普通のテロリストも普通の場所にいたら見分けがつかない。どっちが安全だ?」

 マックスはどうやら紛れてわからないことが不安なようだ。



「それなら・・・マーズ博士こそ一番安全な場所に・・・」

 アズマは申し訳なさそうにリコウを見た。



「あ・・・あるよ。安全というか・・・ましなところ。」

 リコウは思い当たるところがあるようで運転席にいるコウヤを見た。



「どこだ?運転替わるか?」

 コウヤはバックミラーからリコウを見た。



「先輩も知っているところです。」

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