あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

価値観

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 地球第42ドーム

 ここはかつてゼウス共和国所有の地球ドームだった。今は火星の母国を失った元ゼウス共和国の者達が中心に住んでいる。



 ゼウス共和国は国としては機能できないほど三年前被害を受けた。それを現在の代表のジョウ・ミコトはどうにか国民を結束させて集団だけで衣食住を確保できるほどにした。



 貿易と言えるものはできなくても、過去に軍国だったことからドール操作を国の主な産業として外のゴミ回収や警備を中心に他国から仕事を貰い細々と成長していった。



 いつか火星に戻ることを目標としてゼウス共和国は再出発を迎えていた。



 彼がいなくてはこの国は三年前の被害の後、消えていた。彼がいなかったら今は無かった。

 だからこそ、このドームはざわめいていた。



 ジョウ・ミコトは顎に蓄えた髭を触りながら顔を顰めていた。



 形よく整えられた眉から外見に気を遣っているのはわかる。

「・・・・上に立てなくなったな。」

 彼の呟きに側近のような者達は首を振って悲しそうな顔をした。



「駄目です。レイラ様が発たれた今、あなたがいないと・・・この国は・・・」



「わかっている。だが、俺がいるとこの小さな国は危ない。」



「・・・留守を頼む。」

 ジョウ・ミコトは悲しそうに言った。



「いえ、我々ゼウス共和国は、あなたを・・・・敵であったといっても、フィーネの戦士の味方です。」

 側近のような男は首を振った。そして、部屋の窓に駆け寄った。



「見てください。代表。」

 側近の男は窓を開いた。



 そこにはニュースを見て駆け付けた国民たちが集まっていた。



「私たちが生き残っていくためにあなたが必要です。そしてあなたは今までそれに応えてくれた。」

 側近の男は縋りつくようにジョウ・ミコトを見ていた。



 それは窓の外の国民たちも同じだった。皆が皆彼を縋る様に見ていた。



「・・・味方なんです。ゼウス共和国は、フィーネの戦士の味方。これは国の総意です。」

 側近の男は重い言葉を紡ぐように、そしてきっちりと伝わるようにジョウの目を見て言った。



 ジョウは彼の目を見ると寂しそうに笑い、遠くを見つめた。



「・・・ありがとう。」









 地球第16ドーム

 ここはいわゆるテレビ局がメインにある。ドラマや映画、撮影関係者や芸能人たちが暮らすドームだ。



 そこの豪邸に住む現在売り出し中の俳優は忙しい中の休暇を満喫していた。



 サングラスをかけて人工的な天気の中、豪邸についているプール近くに横たわり、カクテルをちびちびと飲みながら二人の男は寝ていた。



 一人は真っ青の髪と褐色の肌、そして派手な顔立ちをしていた。もう一人は対照的に真っ黒な髪に白い肌、横長な目とシャープな顎から儚い印象を受ける顔立ちだった。



 二人の近くには執事が数人とマネージャーのような者が二人。





「うん。そうだよ父さん。・・・いや、予定が入っているから・・・」

 青い髪の俳優が端末で家族に連絡をしていた。



「どうしたの。」



「父さんが仕事を休んで国に戻れって。」



 その話を聞いて黒髪の俳優は首を傾げた。

「やっぱり、そうきたか。俺はネイトラルに帰りたくないよ。」

 細い目を更に細めて歯を出して威嚇するような表情をした。



「それは俺もだよ。二人でごねてこんなところに来て、いろんな出会いがあって今ここに至る。結局国は助けてくれないまま俺らは不自由ない生活をしている。」

 青い髪の俳優も頷いた。



「国というものは信用できない。俺はそれを学んだ。」

 黒髪の俳優の言葉に青い髪の俳優も頷いた。



「わかるよ。俺も信用できるのは、あの人達だけだ。」

 青い髪の俳優は懐かしむように言った。黒い髪の俳優はそれに頷いた。



「・・・これからどうする?」



「どうするもないよ。このままこの仕事を続けていく・・・」

 二人が頷き合っているとき、屋敷の中から慌ただしい音が聞こえた。



「どうしたんだ?」

 二人は様子がおかしいことに首を傾げて海パンだけだった恰好に上を羽織って立ち上がった。



 屋敷の中が騒がしいと思ったが、屋敷の外も騒がしくなっていた。



「何だ?」

 屋敷の中を覗くと目の色を変えたマネージャーと執事がいた。



「・・・これは、本当ですか?」

 緊張した声色のマネージャーはテレビを指差していた。



 何を言われているのかわからず二人は目を細めて指差す方向を見た。



 画面にずっと映るのは十数人の名前、そして、繰り返し「フィーネの戦士」を敬え、称えろと続ける言葉。



 名前を見るうちに二人の顔色は変わっていった。





 屋敷の外に何がいるのか二人は分かった。

 外は騒がしくなってきて、声が聞こえてきた。



「今放送されていることは事実ですか?同姓同名ということですか?」



「答えてください。リオ・デイモンさん。カカ・ルッソさん。」



 名前を呼ばれたカカ・ルッソは諦めたような顔をして褐色の肌に映える白い歯を見せてマネージャーたちに笑いかけた。

 同じく名前を呼ばれたリオ・デイモンは白い顔を更に白くして悲しそうに笑っていた。







 

 パニックというのか、混乱というべきか、目の色を変えた学生たちがこの部屋の前にいるのは良く分かった。



 リコウはこの部屋に入るときに沢山の生徒から羨ましそうに見つめられたのを覚えている。

 その原因というのも目の前にいる三人の男だ。



 リコウの大学の先輩で少し苦手だったコウヤ・ハヤセ。

 この前知り合ったばかりの逃亡中だった有名な博士で、通称「マックス」と呼ばれているマウンダー・マーズ。

 軍最強と言われる男のシンタロウ・ウィンクラー少佐。

 彼等三人は世界を救ったと言われる「フィーネの戦士」だと全世界、宇宙に先ほど公表されたのだ。





「ネットワークは支配していた。だが、通信が回復できたのは分からなかった。把握していたなら回復させない。」

 コウヤが最初に口を開いた。



「やっぱり、ただのテロリストじゃないな。」

 頷いたのはウィンクラー少佐だ。



「俺も良く分からない。もしかしたら相手方が俺の理解を上回る・・・秘策を持っているのかもしれない。」

 マックスは不安そうな顔をしていた。



「なによりも、フィーネのメンツを全員知っているのは、限られる。」

 ウィンクラー少佐はリコウを見た。



「あ・・・えっと。」

 急に目を向けられてリコウ固まった。



「君はコウヤの後輩だと聞いている。お前はコウヤの正体を知らなかったんだよな。」

 ウィンクラー少佐はリコウに疑うような目を向けた。

 その目の冷たさと鋭さにリコウは身をすくめた。



「おい。正体とかいうなよ。俺は俺だって。」

 コウヤはウィンクラー少佐の言葉に反論した。



「変な声も気になるし・・・フィーネの他のメンツの安全も保障されなくなった。」

 マックスはため息をついた。そしてドアに寄りかかるアズマを見た。



「軍内部で・・・関係者以外ならどこまで知っているんだ?」

 マックスの問いにアズマは首を傾げてウィンクラー少佐を見た。どうやら言うのに許可が必要なようだ。



「言っていい。それに噂とかで知られている場合は俺も分からない。」

 ウィンクラー少佐はアズマを見て頷いた。



「公表されているのは、亡くなったロッド中佐。ハンプス少佐。今生きている人なら元シンタロウ・コウノのウィンクラー少佐とニシハラ元地連大尉、ネイトラルのディア・アスール。噂でイジー・ルーカス中尉とモーガン・モリス。他は知らなかった。マーズ博士のことについてもだ。」

 アズマはコウヤをチラリと見た。



「総統に頼んで俺たちのことは隠してもらった。ヤクシジにしても見たことのある名前はあったんじゃないか?」

 コウヤは考え込むリコウを見た。



「ええ。ジョウ・ミコトって今のゼウス共和国の残りを取りまとめている指導者ですよね。・・・あの、カカ・ルッソとリオ・デイモンって・・・・数年前から出てきたお騒がせ俳優の二人組ですか?」

 リコウは公表された戦士の中で見たことのある名前を挙げた。



「その有名なやつだ。」

 マックスはリコウの表情を見て楽しそうに笑った。



「うそ!!あの二人が・・・」

 リコウは自分の知っているカカ・ルッソとリオ・デイモンを思い浮かべた。



「おそらく保護を求めて来るだろうな。あの二人は怖がりだから。ただ、ネイトラルがどう動くかわからない。」

 ウィンクラー少佐は考え込むように頭を抱えた。



「公表された以上、コウヤもここにいるわけにいかないだろ。それに、途中で響いた声も気になる。」

 マックスはコウヤを見た。



「俺を頼りにしてくれたのは嬉しいよ・・・」

 コウヤは申し訳なさそうにマックスとウィンクラー少佐を見た。



「わかっている。コウヤ。一旦実家に帰れ。ミヤコさんも父上も気にしているぞ。あと、妹も・・・」

 ウィンクラー少佐は気を遣うようにコウヤに言った。



「・・・いや、帰ると迷惑をかける。」

「だからと言って、ここにいるわけにもいかないだろ。」

「もし家にこんなやつらが来たら・・・」

「セキュリティは宇宙一と言っても過言ではない場所だ。」

「・・・・」



 コウヤとウィンクラー少佐のやり取りを見てリコウはマックスの傍に寄った。

「なあ、あの二人はフィーネでの同志なんだよな。」



「・・・あの二人はフィーネの前からの知り合いだ。というより・・・」

 マックスは言葉を選ぼうと考え込んでいた。



「親友だ。俺とコウヤは第一ドームで同じ高校に通っていた。」

 ウィンクラー少佐はコウヤの肩を叩いた。



「そう。親友だ。」

 コウヤはそれを強調するように言った。



「第一ドーム・・・」

 リコウは出てきたドームのことを聞いて眉を顰めた。

 その第一ドームとは三年前にゼウス共和国によって破壊された地球のドームだからだ。



「俺らの話はいいだろ。他の隊員たちが今ドームの制圧作業にかかっている。俺は・・・さっきの情報公開から上に出るなと念を押された。」

 ウィンクラー少佐は参ったようにため息をついていた。どうやら他の隊員と一緒に制圧作業にかかりたいようだ。



「学生たちや教員はどうする?」

 コウヤはリコウを心配そうに見た。



「それは、被害の様子を見てだな。今のところ軍人とテロリスト以外の犠牲者がいない。ただ、今回のことを受けて大学で成っているドームだから保護者が生徒を迎えに来るだろうな。だが、どこが安全だかは分からない。空賊もいるし。」

 ウィンクラー少佐は真っ黒な目を細めて呟いた。



「少佐が対応されるのですか?」

 アズマが期待した目でウィンクラー少佐を見ていた。



「いや、今回の件で本格的に外された。作戦の主導権ももう持っていない。与えられている戦艦と隊員しか俺にはない。」

 ウィンクラー少佐は困った顔をしていた。



「そんな。空賊対応での功績は少佐が一番なのに・・・」

 アズマはガッカリしたように俯いた。



「わかっていないな。上層部は。いつの間にか悲劇を忘れたのか。」

 マックスは嫌悪を明らかにした。



「これまでは良かったが、今回の件で完全に俺や総統は動きにくくなった。・・・おそらく戦力の問題じゃなくフィーネのメンツじゃないと対応できない。・・・これは直感だが、二人もそう考えているだろ。」

 ウィンクラー少佐はマックスとコウヤを見て言った。



「・・・厄介者は押し付けられるものでな、俺に把握しているフィーネのメンツの保護を命令された。」

 ウィンクラー少佐はコウヤとマックスを見て続けて言った。



「じゃあ、俺はシンタロウに・・・」

 コウヤは安心したように頷いた。



「・・・さて、ヤクシジ君か、あと君はアズマ・ヤクシジ一等兵だな。今回は助かった。学生を避難させてくれたのも、マックスを保護してくれたのも。彼は俺の命の恩人なんだ。」

 リコウとアズマを見てウィンクラー少佐は頷いていた。



「・・・ウィンクラー少佐を助けたのですか・・・?」

 アズマはマックスを見て首を傾げた。



「お前と同じようにだ。俺はシンタロウの傷の治療をしたこともある。今度見せてもらうといいぞ。」

 マックスは腕を組んでウィンクラー少佐の肩を叩いた。



 インドアタイプの研究者であるマックスと、冷たい印象を受ける機械的なウィンクラー少佐が戦友であったというのは信じられなかったが、今の二人の様子には馴れ馴れしさあった。



「何を見せるんだ?」

 コウヤは呆れたようにマックスとウィンクラー少佐を見ていた。



「それよりも、このドームに駐在している軍が壊滅状態だと、俺が連れてきた戦艦だけではまだサポートしきれない。」

 ウィンクラー少佐は心配そうにリコウを見た。



「大丈夫ですよ。・・・だって、戦士である人が表に立てば・・・」

 アズマが眩しそうにウィンクラー少佐やコウヤ達を見た。



「それが問題だ。これは戦士がきっかけとなって起きていると認識されている。・・・厄介者だ。下手したら憎しみの対象になりかねない。」

 ウィンクラー少佐は困ったように首を振った。



「何でだ?・・・だって、あなた方がいないと世界は無かったのに・・・」

 アズマが信じられないという顔をしていた。



「忘れるものだ。教訓は語り継がれていても、危機感は時間とともに薄れる。前線にいたものや被害を受けたものなら違うかもしれないが、平和に生きていた者達や被害を受けなかったものは日常の中にある娯楽と大差ないものと思っている。・・・今一番この問題に親身になってくれるのは・・・ゼウス共和国だな。」

 ウィンクラー少佐は何かを嘲るように笑った。



「という俺も、事態の深刻さは俺も現場に来るまでわからなかった・・・マックス。」

 ウィンクラー少佐がマックスを見て何かを言おうとした。





「待て。・・・アズマ。すまないが外の連中を追い払ってくれ。ついでにヤクシジを・・・両方ヤクシジだけど、弟を連れだしてくれ。これ以上巻き込むわけにはいかない。」

 コウヤはリコウとアズマを何かを図るように見ていた。





 リコウは彼が何を言わんとしているのか分かった。

「しかし・・・」

 アズマは少し不服そうにコウヤとウィンクラー少佐を見ていた。



「兄さん。行こう。外のルリも気になる。」



 リコウはアズマの手を取り部屋から出た。アズマは名残惜しそうに部屋の方を見ていた。



 

 第六ドームの外で待機している戦艦にいるイジー・ルーカス中尉は、ドーム内の状況を聞き、増援の要請をしていた。



「こちらルーカス中尉です。少佐はドーム内で待機。代理に私が連絡を取っています。」

 返答される内容は、イジーとシンタロウ・ウィンクラー少佐の身を案じるものがほとんどだった。



 だが、その中には虎視眈々と権力を狙う気配があるのをイジーは知っていた。



 彼女は、主のいない戦艦の艦長席に手をかけた。

「総統閣下に連絡を取りたいのですが、繋げていただけないでしょうか?」

 イジーは中身のない心配ばかり返ってくる通信に苛立っていた。



 おそらくここぞとばかりに連絡を取らせず、主導権を譲らないつもりだ。



「だから・・・」

 シンタロウであったなら有無を言わさずに繋げてもらえるのだろう。彼の言葉には有無を言わせない力があり、イジーもそれは良く知っている。



 ザーザー



 なにやら通信機器がおかしくなったようだ。本部が意図的に繋げない小細工をしようとしているのかイジーは呆れて溜息をついた。



「いいから、総統閣下に・・・」



『お久しぶりです。』

 穏やかな男の声が聞こえた。



 その声を聞き、イジーは表情を変えた。そして、戦艦に乗っている者たちは彼女の様子を見て身構えるように通信機器を操作し、発信元を探そうとしている。



『ルーカス中尉。シンタロウ様とコウヤ様、そしてマーズ博士に伝えて欲しいことがあります。』

 声の主はイジーたちの警戒など構わずに話し続けている。



「今どちらにいるのですか?」



『奴らは真似をするつもりです。詳しい事は分かりませんが、対抗措置を作りました。』

 イジーの問いに構わず声の主は続けて話した。



「なんの話ですか?それよりも質問に答えてください。」

 イジーは全くリアクションのない声に苛立った。



『詳しいことが分かったら、また連絡します。』



「カワカミ博士!!」

 イジーは怒鳴った。



 彼女の声に操舵室は静まり返った。



『…ルーカス中尉。暴れているのはただのテロリストですが、後ろにいるのはもっと違う存在です。』



「今回の件、あなたは関わっているのですか?」



『…新たなネットワークが生まれようとしています。・・・・防ぐために鍵を用意しました。』



「その返事は、イエスですか?」



『使い方はマーズ博士がわかっています。』



「いま、どちらにいるんですか?」

 イジーは一向に質問に答えようとしない声にため息をついた。



『事態は深刻です。急いで伝えてください。ルーカス中尉。…手遅れになる前に』



「手遅れ?」

 イジーは声の主に首を傾げた。



 ドゴン

 ゴゴ



 戦艦が大きく揺れて操舵室の者は飛び上がるが、倒れ込むかした。

 イジーは倒れそうなのを艦長席にしがみ付いて堪えた。



「これは・・・襲撃?」

 イジーは急いで操舵室のモニターを見た。











 部屋から出ると野次馬が多数いて興味津々な様子でリコウ達を見ていた。



「フィーネの戦士なのか?」



「すげー」



「バカ。今回のこと、あいつらのせいだろ。」



「悪いのはテロリストだろ?」



「とにかく早くどうにかしてくれないのか?」



 尊敬するような声と同時に彼らを邪険に扱う声も上がっていた。



「・・・彼らがいなかったら、存在すらなかったのを理解していないのか・・・」

 アズマが舌打ちをしながら呟いていた。



 心底嫌悪を示しているアズマを見てリコウは慌てて弁明しようとした。



「ウィンクラー少佐も言っていたけど・・・・仕方ないよ。人間は忘れる生き物だって・・・」

 リコウは何を言ってフォローすればいいのかわからなかったが、とにかくアズマの機嫌を落ち着かせたかった。



「・・・忘れる?・・・学んでいれば忘れるはずない。知らないんだ。どんな犠牲があってそのうえで生きているかを・・・」

 アズマは学生たちの方を睨んでいた。



「兄さん。俺は忘れないよ。だって・・・母さんも父さんも・・・みんな・・・」



「リコウ。あの時のゼウス共和国では親は無いようなものだった。」

 アズマはリコウの肩を叩いた。



 アズマの言葉に火星のゼウス共和国で両親たちと過ごした日々を思い出した。



 たぶん愛されていたはずだ。

 だけど、人材育成が親の義務と通達されていたのだろう。母も父もマニュアルに則って俺と兄を育てていた。

 この時期はこうしなさい。見せるテレビや触れさせる情報。決められていた。



 その決まりを破って兄と隠れて禁止されている電波を拾って別の情報を得たりしていた。

 その行動で分かったことは、自分は洗脳されつつあったということだ。



 兄にくっついていくように地球に降りた。そこで火星が壊滅状態になっているところを見た。

 その時に思ったのは、両親の安否よりも兄が無事でよかったということだ。





「だからと言って、あの二人が死んだことを忘れるわけではない。」

 アズマは考え込むリコウの様子を見て言った。

 リコウは回想から呼び戻された。



「・・・兄さんが薄情とか思わない。ただ、俺の家族は兄さんだけだ。・・・それは分かってほしい。」

 リコウは縋りつくようにアズマを見た。



「当然だろ。」

 アズマはやっと顔に優しい笑みを浮かべた。

 彼の優しい笑顔にリコウは安心したが、ふと彼の傍に何やら不思議な糸が見えた気がした。



 浮いているのかアズマの周りを漂っているように見える。



 《どうしてお前なんだ?……お前は値しないのに…》

 ふと声が聞こえた。



 あの不快な機械音に似ているのに、明らかに違い、自分にしか聞こえないぐらいの声。



 幻聴なのだろう。

 そう割り切ることで言われた言葉の内容を噛み砕かないようにした。



 一人結論づけて頷くと、前のアズマが青い顔をしている。



「・・・兄さん?」



 アズマはリコウを見て首を振った。



「何でもない。」



 何かを振り切るようにアズマは歩き始めた。リコウもそれに続いて歩いていると、アズマは廊下から講堂に入る前に立ち止まった。



「・・・自分の程度も知らない奴等が、守られているだけで何もしない。」

 アズマはズボンのポケットに手を入れて何かを探していた。



「どうしたの?兄さん。」

 リコウはアズマが何を取り出そうとしているのか見ようとした。



 リコウは自分の目がおかしくなったのか驚いた。

 アズマの手元に光が集まっている。



「兄さん。何を…」



 《何でお前等なんだ?ヤクシジ》



 再び声が響いた。

 これは幻聴ではない。



「何をするつもりなんだ?兄さん」

 リコウはアズマの腕を取り上げた。



 ガシャン



 と音を立ててアズマはポケットの中に入れていたであろう無線機を落とした。



 それは、あの時にテロリストが使っていた物と同じだった。



「…違うよな。これは、兄さんはただ、落ちていた…」

 リコウは慌ててアズマから離れて彼と向き直った。



 アズマは落とした無線機から静かに目線をリコウにずらした。



「バレバレだ。リコウ。」



 アズマの言葉と同時にドームが揺れた。



「うわ!!」

 リコウは飛び上がりそうになった。

 それよりも講堂の方から叫び声が響いていた。



 リコウは揺れで体勢を崩しそうになりながらもアズマから目を逸らさないようにしていた。



 アズマはゆっくりとリコウに向けて笑った。



「いつから怪しいと思っていた?」



 リコウの記憶の中のギラギラした目が、目の前のアズマの目と重なった。



 リコウは辺りに響く悲鳴や破壊音が他人事で、目の前のアズマだけがリアルな現実のものに思えてきていた。

 だが、その現実は見たくなかった現実だった。



 《…だからお前が選ばれたのか。》

 また声が響いた。



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