あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

形影

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 俺は昔から活発な子だった。

 いつかドームの外の世界に夢を見て、積極的に外に出る活動をしたいと思っていた。



 そんな彼だが、軍だけは絶対に入らないと、関わらないと誓っていた。



 俺の両親共に元気で仲良く、祖父母も健在だ。

 ただ、母の弟にあたる人、叔父が軍にいた。



 母とは年が離れていたため、俺にとっては兄のような存在だった。



 母の実家は、裕福で、広大な庭園を有していた。よくそこで叔父と遊んでいた。

 叔父は庭園の池に咲く花が好きだったが、俺は庭園にいる鯉が面白くて花は見ていなかった。



 ゼウス共和国と地連の中が悪くなって、母の実家も経済的に苦しくなり、広大な庭園を手放すことになった。もう、あの庭園の鯉は見られないのかと寂しくなった。



 それから、世界的にいくつもの悲劇が生まれ、あの時はそんな時期だったせいか、叔父は軍に入った。



 元々ドームの外に夢を見ていた人だったから、そのための手段だろうと言っていた。



 だが、叔父は帰ってこなかった。



 遺体すらもだ。



 叔父は宇宙で軍の作戦中に死んだと聞いた。

 事情通に聞くと、その作戦は捨て駒作戦に近かったらしい。



 何故、叔父は軍を抜けなかったのか、家族の元に帰ることは考えなかったのかと祖父母も母も嘆いた。



 手紙と彼の部下が頭を下げに来た。その部下の名前は知らないが、祖父母は呆然としていた。

 本物の夜空を見ると、そこに叔父がいるのだと母が言っていた。





 叔父が大好きだったが、軍ではなく自分たちや家族を選んでほしかった。

 それだから、いや、叔父を殺したから絶対に軍には入らない、関わらない。



 俺は、叔父が好きだった花の名前を知らない。









 レイラは目の前に座る男を睨んでいた。



「ジョウ君は非常によくやっている。彼は歴史に残る指導者になるだろうな。」

 レイラの目の前に座る男、タナ・リードは睨まれているのを気にせずに言った。どうやらそうとう神経が図太いようだ。



「そうだ。お前が乗っ取ることは出来ない。」

 レイラはタナ・リードを睨み続けて言った。



「私はそんなことに興味はない。見ている方が楽しいからな。レイモンドとナイト・アスールのやり取りは外から見ていても非常に楽しい。あれの世代交代を想像するのも楽しいぞ。」

 タナ・リードはレイラの方を挑むように見た。



「未来への期待か?お前らしくもない。」

 レイラは吐き捨てるように言った。



「地連はシンタロウ君、ネイトラルはディア・アスールかハクト・ニシハラ、そしてゼウス共和国は君か…だ。全員フィーネの戦士に変わる。そんな勝ち目のない者達に私が挑むと思うか?」



「今は違う。戦士が公表された今、全員がその位置に就くことは難しい。ジョウもそれを考えてゼウス共和国から離れようとした。」

 レイラは呆れたようにタナ・リードを見た。



「私に得はない。私はフィーネの戦士たちを買っている。だからこうして傍観する立ち位置を自ら申し出た。正直言って、テロリストは邪魔くさくて仕方ない。」

 タナ・リードは嫌悪を表わすように顔を歪めた。



「お前のことだ。テロリストを利用してまた、支配する企みを持っていると疑っている。」

 レイラは変わらずタナ・リードへの警戒を表わしていた。



「考えろ。私はテロリストからしたら、忌むべき敵の一人だ。接点を持とうとしたら、あの単細胞ぶりを見ただろ?殺されかねない。実際、もう大量の犠牲が出ている。」

 タナ・リードは諭すように落ち着いた声でレイラに言った。



「それは、確かだ。ただ、私の聞きたいことは」



「何故、君が戦士であることを私がばらしたか…か?」

 タナ・リードはあっけらかんとしてレイラに笑いかけた。



「どこからテロリストに漏れるかわからない。」



「それなら大丈夫だろう。ここにいる学生は下手に情報を外に出すような愚かな輩でない。携帯端末など一日に一回見ればいい連中だ。」

 タナ・リードは自信たっぷりに言った。



「お前はテロリストに嫌悪を抱いているのはわかった。私も気に食わないが、何がそこまで嫌なんだ?」

 レイラはタナ・リードが必要以上に顔を歪めて嫌悪を表わしたことが気になっていた。



「私の嫌いなタイプだ。大げさな行動。それをするくせに最後は人任せだ。自分が行動の主導を握るくせに、その先のことは全て戦士に任せるべきと言っている。私は、人任せが嫌いだ。」

 タナ・リードは吐き捨てるように言った。



「お前が利用してきた人間たちは、まさにそれだろ?」

 レイラは冷めた目で彼を見た。



「悲劇を招いた前ゼウス共和国指導者のロバート・ヘッセにしても、私の毛嫌いしていた夢想家のレイ・ディ・ロッド侯爵にしても、自分が主導する前提で考えていた。二人がどんな結末を迎えたかはお前は知っているだろうが、たとえ悲劇でもあの二人には考える物事の終着点に自分がいた。」

 タナ・リードは、懐かしむように目を細めていた。



「あ…あの!!」



 レイラとタナ・リードは急に掛けられた声に、顔を声の主に向けた。



「俺…ここにいて大丈夫ですか?」

 二人の会話をずっと聞いていたオクシアは気まずそうにしていた。



 彼を見てタナ・リードは微笑んだ。

「君がいれば、レイラちゃんは私に危害を加えない。」



 タナ・リードの言葉にレイラは口を歪めて笑った。



「安心しろ。危害を加えるつもりもない。それに、聞いてもお前が外に漏らさなければいいだけだ。」

 レイラはオクシアを見て微笑んだ。



 オクシアは二人に微笑まれ、体中の血が凍るような心地だった。



 嫌でも聞こえてくる会話に、もうオクシアは聞かないことを諦めていた。



 二人の話していた「ロバート・ヘッセ」と「レイ・ディ・ロッド」はオクシアでも、いや、全宇宙の人が知っているほど有名人だ。



 ロバート・ヘッセは、ゼウス共和国を暴走させた戦犯のような扱いだが、引き込まれる外見と胡散臭い話し方だが、耳に残る心地よい言葉で国内での絶対的な地位を築き上げ、ゼウス共和国を自分の帝国に変えた人物だ。

 彼の指示でゼウス共和国はいくつもの殺戮を行ったと知られている。

 そんな彼は、三年ほど前に今は亡きレスリー・ディ・ロッド中佐に殺された。それが拍車をかけて彼の悪名を広めた。



 レイ・ディ・ロッド侯爵は、その名の通り、レスリー・ディ・ロッドの親族で、しかも父親だ。

 彼は元々有名人ではなかったが、レスリー・ディ・ロッド中佐が名を宇宙に轟かせるにつれて有名になった。

 彼は、それこそロバート・ヘッセが命じた殺戮の犠牲になり、10年近く前に亡くなった。

 平和的で、それこそ先ほどタナ・リードが言った通り夢想家だったと言われている。





 彼女はレイラ・ヘッセだと言っていた。

 ロバート・ヘッセと同じヘッセだ。



「あなたもヘッセって…関係者ですか?」

 オクシアは思ったことをそのまま言ってしまった。



 タナ・リードとレイラが何とも言えない表情でオクシアを見たのを確認して、遅い後悔をした。



「あ…今の忘れてください。」



 オクシアは慌てて訂正した。



 オクシアは、思ったことや気になったことを緊張するほど口に出してしまうのだ。普段も余計なことを言ってしまうが、緊張するとそれに拍車がかかる。



「…ふ、ふははははは。」

 タナ・リードがおかしくてたまらないという様子で笑い始めた。



「…表向きは親子だ。ということになっていた。」

 レイラはさらりと言った。



「あ、なるほ…は?え?」

 オクシアは、戦士の中に戦犯扱いの男の子供がいるのに驚いていた。

 だが、事態に大きく関わっていれば、そうなってしまっても仕方ないのかもしれない。



「だが、血の繋がりは無い。私は父に利用されていた。」

 レイラはオクシアの表情がコロコロ変わるのを見て、少し呆れた顔をしていた。



「君は、オクシア・バティ君だね。レイラちゃんをここまで案内したのも何かの縁だろう。」

 タナ・リードは、オクシアににっこりと笑いかけた。



「はい?」

 オクシアは彼の笑顔に首を傾げた。



「ここでスカウトか?」

 レイラは呆れたようにタナ・リードを見ていた。



「スカウト?」

 オクシアの間抜けな声を上げた。



「レイラちゃんは、新たな部下が必要ではないか?シンタロウ君ほどではないが、彼は宇宙で一番の学力の大学に通う学生だ。君の役に立つのではないか?」

 タナ・リードはオクシアを大げさに褒めるような素振りをして言った。



「それって、俺に軍に関われってことですか?それだけはダメですよ。秘密は守りますから軍だけは…」

 オクシアは慌てて首を振った。



 オクシアの拒絶っぷりを見てタナ・リードとレイラは困ったような顔をした。



「そんなに拒絶しなくても…冗談だ。あの男は質の悪いことを言うから真に受けるな。」

 レイラは苦笑いをしてオクシアを諭すように言った。



「はあ、ならよかった。」

 オクシアは安心したように胸をなでおろした。



「タナ・リード。ここで他の戦士たちと連絡は取れるか?」

 レイラは改めてタナ・リードを見た。



「頑張って足を延ばせば、第16ドームであの間抜け二人に会えるぞ。」

 タナ・リードは愉快そうに笑った。



「テロリストが活発になってから…誰か、お前に連絡を取ろうとしたものはいるか?」

 レイラはタナ・リードを観察するように見ていた。



「いない。」

 タナ・リードは断言した。



「…嘘は無いようだな。」

 レイラはそう言うと、部屋の外に出ようと歩き出した。



「あの、どこへ?」

 オクシアが慌てて訊くと



「私がいると迷惑になる。世話になった。オクシア・バティ。」

 と微笑み、そのまま歩き去った。



 彼女の足音が聞こえなくなって、タナ・リードは溜息をついた。



「オクシア・バティ君。」

 彼女が完全に離れてからタナ・リードはオクシアに話しかけた。



「は…はい。」



「さっき彼女に言ったことは本当だが、嘘でもある。」

 タナ・リードはオクシアににっこりと笑いかけた。



「え?何で俺に言うんですか?」

 何で自分に言うのか訳が分からず、オクシアは眉を顰めた。



「君、いい根性しているな。何故頑なに軍に関わろうとしないのか知らないが、私は君が気に入ったよ。」

 タナ・リードは立ち上がりオクシアの方に歩いてきた。



 思わず後ずさりをしたが、あからさまに逃げるわけにはいかない気がした。



「気に入ったから、機密を教えてあげよう。」



「え?嫌ですよ。」

 オクシアはスカウトされた時のように首を振った。







 





「戦闘機やその母艦だけでなくて、きちんと空賊もいるな。」

 シンタロウは向かう先にある気配に苦笑いをした。



 距離的に言えば空賊が近い。



 ドールに格納されている剣を取り出すと、スピードを上げて、空賊の方に向かった。



「先に空賊を片付ける。」



 周りの景色がすさまじい速さで過ぎ去る。

 今までならきっとコントロールできなかった速さだ。



『テロリストっぽいのは、まだ飛行船を捕え切れていないから大丈夫だと思うけど、なるべく急いで。』

 通信の向こうからコウヤが心配するように言った。



「当然だ。」

 シンタロウは強がりを言った。



 正直言って、ドールでの戦いは好きではなかった。



 シンタロウは、ドールに乗った状態で二回死にかけている。

 だが、今はそんなことを気にしている状況ではなかった。なによりも



「俺の感情を優先してはいけない。」

 初めて手を汚した時に決めたことだ。





 空賊の正体は、どこかで拾ったような古びた小型飛行船だった。



 だが、この中に武装した連中がいて、輸送船を襲うのだ。

 空賊とはそういう者だ。

 シンタロウは今まで相手にした空賊たちを思い出して気を引き締めた。



 狙うは動力源だ。それを破壊してしまえばあとはどこかのパトロール隊が拾ってくれる。



 シンタロウは古びた小型飛行船の動力部分を目指し、剣を振り上げた。



 ふと、飛行船の中に何かを感じて振り下ろすのを止めて何かを回避することが頭によぎった。



「何を考えて…」

 頭によぎったことを否定しようと呟きかけたとき





 小型船の中から真っ黒のドールが出てきた。



 そして、そのドールが手に持っているのはシンタロウが持つ物と同じような剣だった。





 ギイイイン



「…何だ?」

 回避でなく、持っていた剣同士がぶつかり合った。



 黒いドールはぶつかり合った衝撃をそのまま受けて空中に身を投げ出した。そして、勢いが殺せるぐらいのところになると再びシンタロウに向かって来た。



 黒いドールはとてつもなく速かった。



「…速いな。」

 今までならコントロールの出来なかった速さだ。



 相手の攻撃を察知し、回避と受け流しからの反撃を考え、シンタロウも向かった。ただ、こっちの方が速度は遅い。



 黒いドールがシンタロウの乗るドールの関節部分を狙った。



 《殺す気は無いのか。》

 攻撃の威力と狙う場所からシンタロウはそう判断した。



 お互いぶつかり合うようなベクトルからシンタロウはドールの動力を全て受ける重力を補助するように落下速度の加速に使った。



 急激な落下に相手の黒いドールの攻撃は空を切った。

 攻撃をする場所はめどをつけていた。そこに武器の剣を投げつける。



 速さは互角なら、経験と判断力が勝負を決める。



 投げた剣は、さすがに弾かれた。



「そこまで甘くないか…」

 シンタロウは地面に直撃前に着陸の衝撃を殺し、再び上空に飛んだ。



『おい!!シンタロウどうした?』

 コウヤの通信が入ってきた。



「ああ。空賊だと思ったけど…厄介な奴だ。」

 シンタロウはモニターに黒いドールを入れ、映像を戦艦に送った。



「…これは厄介になりそうだ。」

 シンタロウが呟き終わるのと同時に黒いドールは向かって来た。











 ウィンクラー少佐はやっぱりドール操作が上手いと思った。

「乗るの上手いですね。」

 リコウは思ったことそのまま言った。



 すると、操舵室の軍人たちに睨まれた。



「当然のことを言うな。」

 冷たい口調で怒られて少しリコウは沈んだ。



「昔よりうまくなっているな。」

 リコウの横にいるコウヤがフォローするように言った。



「シンタロウの行った方向とテロリストがいる方向の間くらいに向かって飛んでくれ。」

 コウヤは操舵士にモニターを指差しながら言った。



「はい。」

 リコウへの態度と違って、コウヤには忠実な様子だった。当然だが。



「やっぱりきちっと空賊がいたみたいで、そっちの対応をしてから向かうみたいだ。ちょっとマックス呼んでくれるか?」

 コウヤはオペレータの方を見て言った。



「わかりました。」

 オペレータは頷き、艦内放送をかけた。



 リコウの肩に手をかけたままコウヤは首を傾げていた。



「…おかしいな。」

 コウヤは考え込むようにしていた。



「おかしいって、何がですか?」



「空賊の戦力が掴めない。」

 コウヤは睨むようにモニターを見て言った。





「おい。戦艦をシンタロウの傍まで飛ばせ。…嫌な予感がする。」

 コウヤは操舵士に命令した。



 操舵士はコウヤの表情を見て直ぐに進路を変えた。



「先輩、どうやって察知しているんですか?そんなエスパーみたいな…」

 リコウはコウヤに今まで頭にあった疑問をぶつけた。



 コウヤはリコウの顔を見て笑った。

「お前はもうわかっているだろ。…お前を介して俺は新しいネットワークに入っている。その時にお前は何かを見ているはずだ。」

 コウヤはリコウの見ていた「光る糸のようなもの」のことを言っているようだった。



 あれは幻覚ではないのか?



「あれは、幻覚ではないんですね。」

 リコウは目の前のコウヤの顔を見た。



 コウヤはリコウの顔を見て頷いた。



「俺らは、従来のネットワークであの景色を意図して見れる。適合率が極端に高いと訓練するとすぐに見れる。」

 コウヤはふとモニターに目線を移した。





「だから、疲労とかのコンディションの影響は受けるけれども、俺らは従来のネットワークやプログラムが関連しているものは察知できるんだ。」

 コウヤは再び顔を顰めた。



 彼の表情の理由が分かった。



 コウヤが察知できないのはテロリストたちだけだということだろうが、今は空賊のことを察知できないのだ。



「先輩。疲れているんじゃ…」



 前までのリコウなら



 何言っているんだこの先輩は、頭おかしいんじゃないか?



 と言いかねなかったが、リコウのあの風景を見ている。



 少し気色悪いが、あの光る糸の景色をコウヤと共有している。



 だから自然と彼を労わる言葉が出た。



「いや、空賊は察知できるんだけれども…戦力だ。」

 コウヤはレーダーに映りかけた影を指差した。



「…何だ?何者だ?」

 コウヤはモニターが映し出した黒いドールを見て顔を歪めた。







「そんな。」

 モニターの画面を見て操舵室の軍人たちは呆然とした。



「…嘘だろ」

 コウヤはウィンクラー少佐が乗っているグレーのドールと敵の黒いドールの戦いを見て驚いていた。



 ウィンクラー少佐と敵の黒いドールは互角くらいだった。



 ドールというのが生体兵器と言われているのがよくわかる戦いだった。



 人と人が戦っているような緻密な動きだった。



 少佐の攻撃を黒いドールは躱し、黒いドールの攻撃を少佐が躱す。

 少佐の攻撃を黒いドールが受け止め反撃に動こうとすると少佐は回避に動き、また二つのドールは距離を置く。



 黒いドールは剣を持っているが、少佐は持っていなかった。



「あんなに速く動けるのか…」

 コウヤはウィンクラー少佐のドールの動きを見て考え込むように言った。











 集中力をこんなに使う戦いは久しぶりだった。

 確かにいつも集中していたが、今回は違う。



 実力が互角なのだ。



 贔屓目で見なくても自分と実力を並べる人物は数えるぐらいしかいない。



 それがわかったからといって手を抜くことは無いが。



 新たな戦略を練る必要がある。



 黒いドールは速い。攻撃が当たらないのではないのかと思うほどだ。



 だから、こそ、投げた剣が必要だった。



 あれはただの剣ではない。内部にプログラムを搭載しており、ドール単体で放り出されても大丈夫なように内部に銃火器が厳重に収納されている。



 そう、だが、それを向こうに察知されるわけにはいかない。



 何度か攻撃をぶつかり合わせて、完全に手の内を読ませる。



 シンタロウの読み通りなら、お互いに相手の考え方はわかる。



 後ろに自分の乗っていた戦艦が来た。



 そろそろコウヤとマックスがこの黒いドールの正体に気付いたはずだ。



 認めたくないが、認めるしかない。



 意図してみなかった景色、それを意図してみる時が来た。





 人の感覚とは不思議で、一度覚えた感覚は冴えわたる。



 モニターを見る視界にもう一つの世界が広がった。



 それは、光る糸が張り巡らされた世界。

 普通は見えない世界だ。





 かつてのフィーネの戦士の中に、鍵と呼ばれる者達がいた。



 ドールプログラムを完全に開くために、必要とされた者達だ。



 人を動かすための鍵としたのだ。鍵と呼ばれた人たちは人並外れた身体能力とドール適合率を持っていた。

 幼いころのある出来事が原因だが、それにより特殊な体質の者になった。



 極端に高い適合率が可能にするのは、プログラム関係のネットワークの察知だけではない。



 プログラムが搭載された機器の遠隔操作だった。



 鍵たちは、それを用いて戦い抜いた。







 感覚が新たなものを見つけても、従来の感覚を鈍らせてはいけない。



 今相手にしている黒いドールはそんな気配を悟られてはいけない。



 シンタロウは回避に割く集中力を擦り切れさせないように、自身が投げた剣の位置を把握した。



 刃先はどちらに向くか…





 ドール専用のスーツが汗のせいで張り付いて気持ち悪い。



 集中力が切れないように感覚を研ぎ澄ませるが、そのせいで集中力が切れそうになる。



 新たな視界にある光る糸と、いつも視界に映るモニターがかみ合った。



 モニターに映る剣がわずかに動いた。





「呼んだか?」

 マックスが勢いよく操舵室に入ってきた。



 やはりマックスは戦艦の中で動き回るのが慣れているようだ。

 迷うことなくモニターに目をやった。



「…マックス。あの黒いドール。」

 コウヤは画面に映る黒いドールを指差して言った。



 マックスはそれを確認して直ぐに顔を歪めたが、首を傾げた。



「何だ?黒だからって…」

 マックスは何でもないことのように笑ったが、戦いを見てから表情が変わった。



「嘘だ…」

 マックスはモニターに駆け寄った。



「…互角で戦えるシンタロウもすごいけど…」

 コウヤはあの黒いドールのパイロットが分かったようだ。



「先輩、マックス?知っているのか?」



 顔色がどんどん悪くなっていく二人を見てリコウは首を傾げた。



「下手にサポートしない方がいい。援護射撃は助けにならない。」

 戦況を見て動き出そうとした軍人をコウヤは止めた。



「しかし…」

 コウヤに止められた軍人は困ったように顔を歪めた。



「シンタロウは殺されない。あいつが仲間を殺すことはない。」

 コウヤは黒いドールを見て言った。



「…?コウヤ。」

 マックスがコウヤの肩を叩いた。



 ウィンクラー少佐の手に、どこからか剣が飛んできた。そして、その剣で、敵の黒いドールに攻撃をした。



 その攻撃を向こうは察知していなかったようで、片手が飛んだ。



 ドールの動きと現実のウィンクラー少佐の動きが重なった。



 顔を上げたコウヤと同時に操舵室の軍人たちは歓声を上げた。



 先ほどまで互角だったのに、剣を取って、腕を切り落とした。



「やった!!少佐!!」

 軍人たちは優位になった様子を見て喜んでいた。





 コウヤはその様子を見て呆然としていた。



「クロスが…負けた?」

 彼の呟きに横にいたマックスは顔を歪ませた。



 二人の様子に操舵室にいる他の軍人は気付いていなかった。









 腕を切り落とした辺りで、視界がおかしくなった。



 いや、今まで見ていた視界は平気なのだ。新たに得た視界がおかしいのだ。



 不思議だった。

 見える黒いドールの攻撃はしっかりと対処するのに、新たに得た視界は不穏だった。そちらの感覚が、二つある感覚の片方の三半規管がおかしくなったような、不思議な感覚だった。



 黒いドールは去っていく。



 当然だ。シンタロウには勝てないのだ。

 勝てないのだ。



 俺は勝った。





 《お前が鍵に近い…》

 ふと視界に不健康そうな、黒髪の白衣の男が映った。



 見たことのあるやつだ。



「…俺は、お前が作った最高傑作だろ…?」

 現実の視界なのか、新たな視界なのかわからなかったが、白衣の男は嬉しそうに笑った。





「そうですよね?グスタフ…さん」

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