11 / 49
5話【通院】
1
しおりを挟む
案の定だった。
「山瓶子麒麟さん……リビングデッドは、自己再生できません。確かにそう、お伝えした筈です」
風邪をひいた時にするような検査をしてくれた後、馬男木先生が困ったように呟く。
「舌を、火傷しています。何か、お心当たりは……?」
「お心当たりしかありません」
「…………気を付けてくださいね……?」
病院で入院している間は、自分が【リビングデッドになった】と意識していたから慎重に行動できたが……一度人間として長く過ごしていた場所へ戻るとどうにも駄目だった。触覚も痛覚も無いけれど、自分のことを【人間】と錯覚して行動してしまう。
口の中を見た後、馬男木先生は俺の顔にある縫合をジッと見つめる。
「肌の手入れは……問題無さそう、ですかね……っ?」
「気を付けてます」
これ以上困らせないよう、家では細心の注意を払ってケアしてきたからバッチリだ。少しだけ得意気に答えると、馬男木先生は眉を八の字にしたまま口角を上げた。
「それは、良かったです」
そのまま、今度はじっくりと目を見られる。それは目を合わせているというわけではなく、目の検査をしている意だ。
「目は、欠損したらすぐ分かると思いますので……何かありましたら、すぐに連絡してくださいね……?」
「勿論です」
入院している頃は毎日行われていた検査も、一週間ぶりだと何だか落ち着かない。そもそも入院中はできうる限りそばにいてくれたから、検査らしい検査ではなかった……というのも、この検査が落ち着かない理由か。
顔面の検査を終えた後、馬男木先生はボールペンを手に持って机に向き合った。
「今、記録しますので……少し、お待ちください」
「ゆっくりで大丈夫です」
以前までと少し違って落ち着かない部分もあるけれど……相変わらずな部分もある。
「……っ。は、はい……っ」
例えば今みたいに、馬男木先生は突然ぎこちない動きをするところなんかは相変わらずだ。今だって、ゆっくりでいいと伝えただけなのに、ペンを動かす指の動きがぎこちなくなっている。急かした方が良かったのだろうか。
「あ、あの……」
「はい」
手を動かしながら、馬男木先生が呟く。
「あ、ありがとう、ございます……っ」
…………何が?
とは、おそらく言ってはいけないのだろうと空気を読んで、閉口。馬男木先生が動く度に舞う雪が水滴になっていることも、あえて指摘しない。
一ヶ月間、担当医としてそこそこ長い期間一緒に居てくれたからか……馬男木先生がこうして俺の為に働いてくれているのを見ると、安心する。
診察室で、二人きり。……と言っても壁の向こう側には看護師がいるけれど。俺は馬男木先生と過ごす時間が、そこそこ好きだったりもする。
が、きっとそれを伝えたら困らせるだろう。馬男木先生は医者として患者の俺を診ているんだから。
なのでたった一言「こちらこそ」と今更過ぎる相槌を打つと、馬男木先生がまた水滴を零した。
「山瓶子麒麟さん……リビングデッドは、自己再生できません。確かにそう、お伝えした筈です」
風邪をひいた時にするような検査をしてくれた後、馬男木先生が困ったように呟く。
「舌を、火傷しています。何か、お心当たりは……?」
「お心当たりしかありません」
「…………気を付けてくださいね……?」
病院で入院している間は、自分が【リビングデッドになった】と意識していたから慎重に行動できたが……一度人間として長く過ごしていた場所へ戻るとどうにも駄目だった。触覚も痛覚も無いけれど、自分のことを【人間】と錯覚して行動してしまう。
口の中を見た後、馬男木先生は俺の顔にある縫合をジッと見つめる。
「肌の手入れは……問題無さそう、ですかね……っ?」
「気を付けてます」
これ以上困らせないよう、家では細心の注意を払ってケアしてきたからバッチリだ。少しだけ得意気に答えると、馬男木先生は眉を八の字にしたまま口角を上げた。
「それは、良かったです」
そのまま、今度はじっくりと目を見られる。それは目を合わせているというわけではなく、目の検査をしている意だ。
「目は、欠損したらすぐ分かると思いますので……何かありましたら、すぐに連絡してくださいね……?」
「勿論です」
入院している頃は毎日行われていた検査も、一週間ぶりだと何だか落ち着かない。そもそも入院中はできうる限りそばにいてくれたから、検査らしい検査ではなかった……というのも、この検査が落ち着かない理由か。
顔面の検査を終えた後、馬男木先生はボールペンを手に持って机に向き合った。
「今、記録しますので……少し、お待ちください」
「ゆっくりで大丈夫です」
以前までと少し違って落ち着かない部分もあるけれど……相変わらずな部分もある。
「……っ。は、はい……っ」
例えば今みたいに、馬男木先生は突然ぎこちない動きをするところなんかは相変わらずだ。今だって、ゆっくりでいいと伝えただけなのに、ペンを動かす指の動きがぎこちなくなっている。急かした方が良かったのだろうか。
「あ、あの……」
「はい」
手を動かしながら、馬男木先生が呟く。
「あ、ありがとう、ございます……っ」
…………何が?
とは、おそらく言ってはいけないのだろうと空気を読んで、閉口。馬男木先生が動く度に舞う雪が水滴になっていることも、あえて指摘しない。
一ヶ月間、担当医としてそこそこ長い期間一緒に居てくれたからか……馬男木先生がこうして俺の為に働いてくれているのを見ると、安心する。
診察室で、二人きり。……と言っても壁の向こう側には看護師がいるけれど。俺は馬男木先生と過ごす時間が、そこそこ好きだったりもする。
が、きっとそれを伝えたら困らせるだろう。馬男木先生は医者として患者の俺を診ているんだから。
なのでたった一言「こちらこそ」と今更過ぎる相槌を打つと、馬男木先生がまた水滴を零した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる