リビングデッドと雪男

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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5話【通院】

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 どうやら診察室にこの書類を持って行きたかったらしい馬男木先生と並び、俺はいつも触診を受けている部屋へ入った。

 書類を机の上に置くと、馬男木先生が落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。


「えっと、あの……お、話……とは? …………あ、良ければ、座ってください……っ」
「失礼します。話というのは、他でもありません」


 促されるまま椅子に座り、俺は正面に座る馬男木先生へ頭を下げた。


「今日は鷭のことでご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」


 膝に手を付き、しっかりと頭を下げる。

 よくよく今朝のことを思い返してみると……初めから、俺は馬男木先生に頼るつもりで病院を訪れていた。今日、仕事をしながらそのことに気付いた俺は……改めて考えてみると、とても失礼なことをしてしまったのでは……と。そう、思えたのだ。


「あ……そ、そのことですか……っ? そ、そんな、全然ボクは気にしてません……っ」
「気を遣わないでください。俺、気付いているんです」
「気付くって……な、何に、でしょうか……?」


 頭を下げたまま、俺は馬男木先生の問いへ真剣に答える。


「――馬男木先生、女性恐怖症なんですよね」
「…………じょ、せ……え?」


 そう、俺は気付いてしまった。

 ――鷭の手を引く直前……馬男木先生がゴム手袋を装着したことに。

 リビングデッドはおろか雪男の体質にも詳しくない俺だが、きっと馬男木先生は女性に触れられないのだ。

 その証拠として……俺がリビングデッドになり、今後生活していく為のリハビリを受けると知ったその日……馬男木先生は俺との握手に素手で応じてくれたのをハッキリと憶えている。


「何も知らず、無理をさせてしまったこと……本当に、なんとお詫びしたらよいのか……ッ」
「ま、待ってください……っ! 違います、誤解です……っ!」


 ――『誤解』?

 顔を上げると、眉を八の字にした馬男木先生と目が合う。


「あの、ボク……女性恐怖症では、ありません。えっと、お恥ずかしながら人見知りですが……そ、それでも【恐怖症】とまではいきません……っ」
「ですが、鷭の手を引く時……ゴム手袋を」
「あ、あれは……えっと……」


 当然の疑問に対して、馬男木先生は悲し気な表情を浮かべたままだ。


「……ボクの体は、雪でできていますから……半司さんに、不快な思いをしてほしくなくて……っ」


 そこでようやく合点がいった。

 馬男木先生の手は、雪だ。素手で鷭の手に触れたら、鷭が冷たい思いをする。だからそうならない為に、気を遣ったのだろう。

 つまり俺は……そんなことは露知らず、派手に勘違いをしてしまった。


「すみません。軽率に変なことを言ってしまって」
「いえ。……ボクも、軽率なことを訊いてしまったので……」
「『軽率なこと』ですか」


 困ったな。

 ――何のことか、皆目見当もつかないぞ。

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