18 / 49
5話【通院】
8
しおりを挟む
どうやら診察室にこの書類を持って行きたかったらしい馬男木先生と並び、俺はいつも触診を受けている部屋へ入った。
書類を机の上に置くと、馬男木先生が落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
「えっと、あの……お、話……とは? …………あ、良ければ、座ってください……っ」
「失礼します。話というのは、他でもありません」
促されるまま椅子に座り、俺は正面に座る馬男木先生へ頭を下げた。
「今日は鷭のことでご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」
膝に手を付き、しっかりと頭を下げる。
よくよく今朝のことを思い返してみると……初めから、俺は馬男木先生に頼るつもりで病院を訪れていた。今日、仕事をしながらそのことに気付いた俺は……改めて考えてみると、とても失礼なことをしてしまったのでは……と。そう、思えたのだ。
「あ……そ、そのことですか……っ? そ、そんな、全然ボクは気にしてません……っ」
「気を遣わないでください。俺、気付いているんです」
「気付くって……な、何に、でしょうか……?」
頭を下げたまま、俺は馬男木先生の問いへ真剣に答える。
「――馬男木先生、女性恐怖症なんですよね」
「…………じょ、せ……え?」
そう、俺は気付いてしまった。
――鷭の手を引く直前……馬男木先生がゴム手袋を装着したことに。
リビングデッドはおろか雪男の体質にも詳しくない俺だが、きっと馬男木先生は女性に触れられないのだ。
その証拠として……俺がリビングデッドになり、今後生活していく為のリハビリを受けると知ったその日……馬男木先生は俺との握手に素手で応じてくれたのをハッキリと憶えている。
「何も知らず、無理をさせてしまったこと……本当に、なんとお詫びしたらよいのか……ッ」
「ま、待ってください……っ! 違います、誤解です……っ!」
――『誤解』?
顔を上げると、眉を八の字にした馬男木先生と目が合う。
「あの、ボク……女性恐怖症では、ありません。えっと、お恥ずかしながら人見知りですが……そ、それでも【恐怖症】とまではいきません……っ」
「ですが、鷭の手を引く時……ゴム手袋を」
「あ、あれは……えっと……」
当然の疑問に対して、馬男木先生は悲し気な表情を浮かべたままだ。
「……ボクの体は、雪でできていますから……半司さんに、不快な思いをしてほしくなくて……っ」
そこでようやく合点がいった。
馬男木先生の手は、雪だ。素手で鷭の手に触れたら、鷭が冷たい思いをする。だからそうならない為に、気を遣ったのだろう。
つまり俺は……そんなことは露知らず、派手に勘違いをしてしまった。
「すみません。軽率に変なことを言ってしまって」
「いえ。……ボクも、軽率なことを訊いてしまったので……」
「『軽率なこと』ですか」
困ったな。
――何のことか、皆目見当もつかないぞ。
書類を机の上に置くと、馬男木先生が落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
「えっと、あの……お、話……とは? …………あ、良ければ、座ってください……っ」
「失礼します。話というのは、他でもありません」
促されるまま椅子に座り、俺は正面に座る馬男木先生へ頭を下げた。
「今日は鷭のことでご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」
膝に手を付き、しっかりと頭を下げる。
よくよく今朝のことを思い返してみると……初めから、俺は馬男木先生に頼るつもりで病院を訪れていた。今日、仕事をしながらそのことに気付いた俺は……改めて考えてみると、とても失礼なことをしてしまったのでは……と。そう、思えたのだ。
「あ……そ、そのことですか……っ? そ、そんな、全然ボクは気にしてません……っ」
「気を遣わないでください。俺、気付いているんです」
「気付くって……な、何に、でしょうか……?」
頭を下げたまま、俺は馬男木先生の問いへ真剣に答える。
「――馬男木先生、女性恐怖症なんですよね」
「…………じょ、せ……え?」
そう、俺は気付いてしまった。
――鷭の手を引く直前……馬男木先生がゴム手袋を装着したことに。
リビングデッドはおろか雪男の体質にも詳しくない俺だが、きっと馬男木先生は女性に触れられないのだ。
その証拠として……俺がリビングデッドになり、今後生活していく為のリハビリを受けると知ったその日……馬男木先生は俺との握手に素手で応じてくれたのをハッキリと憶えている。
「何も知らず、無理をさせてしまったこと……本当に、なんとお詫びしたらよいのか……ッ」
「ま、待ってください……っ! 違います、誤解です……っ!」
――『誤解』?
顔を上げると、眉を八の字にした馬男木先生と目が合う。
「あの、ボク……女性恐怖症では、ありません。えっと、お恥ずかしながら人見知りですが……そ、それでも【恐怖症】とまではいきません……っ」
「ですが、鷭の手を引く時……ゴム手袋を」
「あ、あれは……えっと……」
当然の疑問に対して、馬男木先生は悲し気な表情を浮かべたままだ。
「……ボクの体は、雪でできていますから……半司さんに、不快な思いをしてほしくなくて……っ」
そこでようやく合点がいった。
馬男木先生の手は、雪だ。素手で鷭の手に触れたら、鷭が冷たい思いをする。だからそうならない為に、気を遣ったのだろう。
つまり俺は……そんなことは露知らず、派手に勘違いをしてしまった。
「すみません。軽率に変なことを言ってしまって」
「いえ。……ボクも、軽率なことを訊いてしまったので……」
「『軽率なこと』ですか」
困ったな。
――何のことか、皆目見当もつかないぞ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる