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8.5章【そんなに甘やかさないで】
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しおりを挟む不肖、ツカサ・ホムラは多少のことでは動揺しない男だ。
目の前で誰かが死のうと、空から札束が舞い落ちてこようと、絶世の美女に声をかけられようと。
ツカサは普段通り、貼り付けたような笑みを浮かべるのだ。
しかし、相手がカナタであるのならば話は別。
カナタが相手となると、ツカサはツカサ自身でも驚くほどいとも容易く感情を揺さぶられてしまう。そうした自負が、ツカサにはあった。
……だが、しかし。
──今回の件は、今までのものとはある種比べ物にならない話だった。
「ツカサさん、あーんってしてください?」
「あの、カナちゃん? そういうのは俺の役目と言うか、俺の得意分野な気が──」
「あーん、してっ?」
「……あーっ」
ツカサの膝の上に乗るカナタが、トロンとした瞳でツカサを見つめる。
甘えるように強請られたツカサは、素直に口を開いた。
その口に、チョコが一粒放られる。
「美味しいですか、ツカサさん?」
「う、ん。美味しい、よ」
「じゃあ、あーんってしたお礼にキスしてくれますか?」
「それは、全然。いい、けど……」
「大人のキス、してくださいっ」
目を閉じたカナタに、ツカサはキスをした。
「ぁ、ふ……ん、っ」
舌を絡めると、カナタからはくぐもった声が漏れ出る。
ツカサの口の中に残るチョコを、カナタは舌で舐め取った。
「ん……っ。……ふふっ、おいしいっ」
唇を舐めるカナタは、普段よりもどこか大人っぽく、妖艶だ。
「ツカサさんの舌と、チョコ。どっちも甘くて、フワフワしちゃいます」
カナタは身じろぎ、ツカサとの距離をさらに縮めた。
「ねぇ、ツカサさん。オレのドキドキ、聞こえますか?」
いつもより積極的なカナタに、ツカサは意外にもたじろぐ。
「カナちゃん? ちょっとだけ、近すぎないかなぁ?」
「離れちゃ駄目ですっ。オレとツカサさんはずーっと一緒なんですからっ。ツカサさんだって、そう思ってくれていますよね?」
「それは死後の世界であろうと来世であろうとそのつもりだけど、そうじゃなくて──」
「ツカサさんは、オレと離れたりしませんよね……っ?」
ウルウルと瞳を震わせるカナタに対し、ツカサは胸をときめかせた。
──この状況は、おかしい。
頭ではそう、分かっているというのに……。
「ツカサさん、大好き。好き、すきっ、愛しています」
スリスリとツカサの肩口に額を寄せるカナタを、ツカサは拒めない。
──可愛い。
──ずっと抱き締めていたい。
──これはいつものカナタではないのに。
半数以上を占める煩悩と、少数精鋭で戦う理性。
頼みの綱であるマスターは、テーブルに突っ伏して寝てしまっている。
「ツカサさん、ツカサさん? もう一回、キスしてほしいです」
そう言い、カナタは自身の服を捲り上げた。
「今度は口じゃなくて、おっぱいにしてほしいです」
「カナちゃん、それは──」
「キス、駄目ですか……っ?」
グルグルと、正直すぎる性欲と煩悩が踊り狂う。
いったい、どうしてこんなことになってしまったのか……。
時間は、ほんの少し前へと遡る。
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