226 / 290
11章【そんなに寄り添わないで】
25
しおりを挟む長めのドライブを終えて、夕方。
「ただいま帰りました」
カナタは荷物を一度部屋に置いた後、裏口からマスターたちがいる喫茶店に向かった。
先にカナタたちの帰宅に気付いたのは、厨房でせっせと料理をしているマスターだ。
「おぉ、戻ったか! なら、丁度いい! ツカサ、注文があるからワシの代わりに──」
「さてと。挨拶も済んだし、俺たちは休みを満喫しようか、カナちゃんっ」
「薄情者がッ!」
マスターはギャンと吠えたが、カナタはツカサを窘めない。なぜなら決して、店が混雑をしているわけではないからだ。
マスターなりのジョークだと理解している二人は、理由の違う笑みを互いに向け合う。
「オレ、お腹空いちゃいました。……あっ、そうだ! ツカサさん、今日はお客さんとしてここでご飯を食べませんか?」
「えぇ~っ、ヤダよ~っ。なにが悲しくてマスターの手料理にお金を払わないといけないの? だったら、今すぐ仕事着に着替えて俺が料理をするよ? リクエストはある?」
「でも、それだと休みの意味がないですよ?」
「俺はカナちゃんのためになにかをするなら、いつでもなんでもオッケーだよ。むしろ、どんなときでも頼ってほしいなぁ? だから、マスターなんかの手料理じゃなくて俺の手料理を選んでよ? ねっ、いいでしょっ?」
「──二人共出て行けッ!」
「──えぇっ! オレもですかっ!」
まさか帰宅後すぐに、そんな言葉が飛んでくるとは。家ではないにしても、なかなかに強烈な挨拶だ。
三人で談笑……談笑? をしていると、リンが注文票を持って厨房にやって来た。
「新しい注文で~──って、あっ! カナタ君、おかえり~っ!」
「ただいま、リン君」
「それと、ホムラさんも! ……って、あっ、あれぇ~っ? 怖い顔だっ、なんでぇ~っ?」
「馴れ馴れしくカナちゃんに声をかけないでよ。ホラ、サッサと仕事に戻る」
「ひぇ~っ! オフのホムラさんも相変わらず刺々しいっ! でも、突き刺さるヤキモチは正直ご褒美でっす!」
なぜか、リンは上機嫌だ。八重歯を覗かせながら、敬礼をしつつホールに戻った。
「ここにいてもできることはないし、家に戻ろうか。お腹が空いちゃったなら、晩ご飯の用意をするよ」
「えっと、どうしましょう。……あっ、いえっ。かっ、帰りましょうかっ」
キッと鋭くマスターに睨まれ、カナタは委縮しつつ帰宅を選択。曖昧すぎる愛想笑いを浮かべながら、カナタはツカサを連れて家に戻った。
するとなぜか、そのタイミングで玄関扉が開いたのだ。
「んっ? あぁ、帰っていたのかい。おかえり、二人共」
どうやらウメが入れ違いで、店から家に戻っていたらしい。
「ただいまです、ウメさん」
「なんだ、生きてたんだ」
「なんて対照的な挨拶だい。思わず喜色満面になっちまうよ」
やはり、二人の──ツカサの態度は険悪一色だ。カナタは慌てて、ツカサとウメを引き離そうとする。……さすがに、誰が通るかも分からない外でこの二人のやり取りを披露したくないからだ。
だがその前に、カナタはウメを振り返った。
「あっ、そうでしたっ! ウメさん、あのっ。お母さんから、ウメさんにクーラーボックスを返してほしいって言われました。中にお返しも入っていますので、後で確認してください」
足を止めたウメはすぐに、カナタと同様に振り返る。
「あぁ、ありがとね。……ちなみに確認だけど、カナタはカガミたち──親に渡す前に、あの中を見たかい?」
「いえ、見ていませんけど。……そう言えば、なにが入っていたんですか?」
やけに軽かった、クーラーボックス。昨日の重量を思い出しながら、カナタは根本的すぎる疑問を口にした。
そんなカナタに返された、ウメの回答はと言うと……。
「──アンタたちの婚姻届けさっ!」
「──なぜクーラーボックスにっ!」
誰も予想していなかった方法にて、カナタとツカサの結婚は後押しされていたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】その少年は硝子の魔術士
鏑木 うりこ
BL
神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。
硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!
設定はふんわりしております。
少し痛々しい。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話
こぶじ
BL
前世の記憶を持っている孤児のトマスは、特待生として入学した魔法術の学院で、前世の恋人の生まれ変わりであるジェラード王子殿下と出会う。お互い惹かれ合い相思相愛となるが、トマスの前世にそっくりな少女ガブリエルと知り合ったジェラードは、トマスを邪険にしてガブリエルと始終過ごすようになり…
【現世】凛々しく頑強なドス黒ヤンデレ第一王子ジェラード✕健気で前向きな戦争孤児トマス
(ジェラードは前世と容姿と外面は同じだが、執着拗らせヤンデレ攻め)
【前世】凛々しく頑強なお人好し王弟ミラード✕人心掌握に長けた美貌の神官エゼキエル
(ミラードはひたすら一途で献身的溺愛攻め)
※前世の話が、話の前半で合間合間に挟まります
※前世は死に別れます
※前世も現世も、受け攻め共に徹頭徹尾一途です
俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!
佐倉海斗
BL
十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。
相手は幼馴染の杉田律だ。
……この恋は障害が多すぎる。
律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。
※三人称の全年齢BLです※
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる