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終章【恋模様シーイング】

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 冬総の胸に顔を埋めて、秋在は呟く。


「……フユフサ。フユフサは、この一年……楽しかった?」


 くぐもった声は、変わらず弱々しい。

 冬総は小さな恋人を抱き締めて、笑みを浮かべる。


「そうだな。少なくとも、過去最高に充実してたって胸を張れるくらいには、楽しかったかな」
「そっか」


 秋在はいそいそと手袋を脱ぎ、そのまま冬総の手を握った。


「ボクも」
「俺と同じだな」
「うん。同じ」


 指と指を絡めながら、秋在は慈しむように囁く。


「ボク、ずっと独りだった。それは、全然イヤじゃなかったよ。誰かにボクのことを分かってもらうの、面倒だったから。努力してまで、理解が欲しくなかったんだ。独りが苦痛だって、思ったこともなかったし」
「そうだな。秋在は、そういう感じするよ」
「でも、フユフサだけはダメ」


 そう言い、秋在は顔を上げる。

 真っ直ぐに向けられるクリーム色の瞳は、ほんの少しだけ……揺れていた。


「現実は、いとも容易くフユフサを裏切る。だけど、フユフサ自身とボクだけは、フユフサを裏切らない。……だからフユフサは、ボクを理解しないとダメだよ」


 冬総を見上げたまま、秋在は続ける。


「『誰かに理解されたい』って思ったのは、フユフサが初めて。『誰かを理解したい』って思ったのは、フユフサが初めて。だから、ボクと同じって言ってくれるなら……フユフサは、同じようにボクを想っていてほしい。……これって、残酷なワガママ……なの、かな?」


 不安げに揺れていた瞳は、それでも尚……冬総を見つめていた。

 そんな秋在の瞳を、冬総も真っ直ぐと見つめ返す。


「それが残酷なんだとしても、俺は『もっと言ってもらいたい』って思うぞ? むしろ、どんな内容だったとしても、秋在からのワガママならどんとこいって感じだ。……それに、俺が秋在を理解しようとするのは当たり前だろ? あの日、俺は教室で言ったからな。……『理解してやる』って」


 冬総は、笑みを向けた。

 その笑みへ呼応するように、秋在も微笑む。


「上からな言い方だったよね」
「秋在だって、あの時はもっと尖ってただろ?」
「人見知り」
「秋在に限ってそれはない気がするぞ……?」
「うん、ない」


 手袋によって温められていた秋在の指が、強く絡められる。

 今度は冬総が、秋在に応える番だった。


「あの頃よりは、秋在のこと……分かるようになってきたつもりだ」


 笑みを浮かべ、真っ直ぐに見つめ返し……手を、強く握り返す。


「ね、フユフサ。……もしも、クラスが別々になっちゃったら……ここで、お昼食べよう?」
「勿論、俺は大歓迎だ……けど。秋在、ちゃんと来てくれるのか?」


 冬総の問いかけに対し、秋在は。


「…………」


 なにも言わず、ニコリと笑みを返した。


(なるほど。来てくれないな、こりゃ……)


 秋在は、できない約束はしないタイプなのだろう。

 しかし……全ては惚れた弱みというやつで。

 秋在の笑顔を『可愛い』と思った冬総は、やはり笑みを返すしかなかった。




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