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1章【好奇心は猫をも殺す】
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しおりを挟む山吹は高校を卒業後、すぐに今の会社に就職。
一ヶ月間は融資課の職員として働き、右も左も分からないまま懸命に仕事をしていた。決して就業態度に問題はなく、それでいて業務上の過失もなければ損失も与えていない、今後の成長を待望される存在だっただろう。
だが、融資課に所属してから数週間後──管理課に異動をする、数日前。山吹は、問題を起こした。
──【業務上】ではなく【プライベート】で、だ。
『驚きました。ボクの噂、知らない人がいたなんて……』
山吹は心底驚きながら、桃枝を見る。
桃枝の、呟き。山吹の異動理由を知らないという発言は、まさに驚愕。同じ会社で、しかも課長職の相手だ。知らないはずがない。
もしかすると今の発言は無知を装ったフェイクで、真の意図は【疑惑】に対する自白を促されただけなのか。一瞬だけ、山吹は本気で桃枝を疑った。
しかし、その疑いは一分も持続しない。
『噂? なんだ、それ?』
桃枝は桃枝で、山吹の相槌に心底驚いていたのだ。
『お前、そんなに大きな問題を起こしたのか? ……いや、それはないだろうな。それなら、部課長会議の案件に出るはずだ』
『確かに、そこまでしっかりとした議題にはならないでしょうね……』
『つまりお前は、前の課で業務的な意味合いのミスをしたわけじゃないってことだろ。それ以外の理由なら、俺が知ってるわけもねぇ』
ウーロン茶を飲みつつ、桃枝は呟く。
『楽しく雑談をするような相手、俺にはいないからな』
ようやく、合点がいく。むしろ、どうして気付かなかったのかと思わず己を責めたくなったほどだ。
桃枝の、対人スキル。たった一ヶ月で露呈した人柄と人間関係から推察するに、桃枝は誰かと【うわさ話に興じること】ができていないのだ。
桃枝は職場でただ、仕事をしているだけ。実に面白みがなく、実に健全な男なのだ。
そこを踏まえると、桃枝が山吹の異動理由を知らないのは道理だった。誰一人として、桃枝を相手に山吹の噂を吹聴しなかったのだ。当然だろう。
しかし、今は桃枝の人間関係を哀れんでいる場合ではない。内心で同情をしなくもないが、そういった場面ではないのだ。
『知りたいですか? 融資関連の研修や資格取得に積極的な姿勢を見せていたボクが、どうしてたった一ヶ月ほどで異動させられたのか』
別に、酒の──ウーロン茶の肴として話したって構わない。隠しておきたい理由はなく、しかも山吹本人以外の口からも出回っている話だ。知っている人間が一人増えたくらいで、痛くも痒くもない。
山吹の提案に対し、この話題を生んだ張本人はと言うと……。
『いや、別に。そういうことがあっても珍しくはないだろ。知らなくても一緒に仕事はできてるし、食事だってできるしな』
実にサッパリとした返答を口にした。
『そう、ですか。……それなら、この話題はおしまいで?』
『そうなるな』
話題、終了。おあつらえ向きに、タイミングを見計らったかのように運ばれる、食べ物。
テーブルの上が賑やかになっていく様子を眺めつつ、山吹は頭の中でホワホワと考える。
目の前に座る、上司。この男は、山吹の噂を知らない。
──山吹が誰とでも体の関係を持ち、果ては融資課の課長に妻がいることを知らずに結果として不倫行為をしてしまった、と。
『……変な人』
社内でもホットな話題となったその噂を、桃枝は知らない。
その事実が、山吹からするとなんとも不思議な心地だった。
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