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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】
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しおりを挟む初めから、こうしてしまえば良かった。
このコミュニケーションこそ、山吹にとって唯一の得意分野。なればこそ、山吹の勝利は確実なものとなるだろう。
──ベッドの上で、心身ともに相手を丸裸にする。山吹の目標は、既になりふり構わない段階にまで来ていた。
「ちょっと意外ですね。てっきり、シャワーを浴びている間に逃げちゃうかと思いました」
最早、どうしたいのかも分かっていない。……おそらく初めから、一度だって山吹には分かっていなかったのだろう。
──ただ、桃枝が『酷い男であれば』と。山吹の願いは、それだけだったのだから。
先に桃枝をシャワールームに突っ込み、体を洗わせた。観念したのか、頭を冷やしたかったのか、一先ず桃枝はシャワーを浴びたらしい。
懸念していたのは、その後。山吹がシャワーを浴びている最中に、桃枝がなにをするかだ。先ほどの発言通り、桃枝は逃げると思っていた。
だが、桃枝は暗いオーラを纏いながらベッドに座っている。まるで、借金を体で返済するよう迫られているような雰囲気だ。
「さすがにそれも考えたが、俺が帰ったらお前……帰れない、だろ」
「これから性被害に遭うかもしれないのに、課長って優しいですね」
「話し合いが得策だと思っただけだ」
しっかりとバスローブを着込んだ山吹は、ベッドに腰掛ける桃枝の隣にボスッと勢いよく座る。
「『話し合い』ですか? ポジションについてなら、課長が上のつもりなのでご安心ください」
「そいつは確かに安心だな。だが、そうならないための話し合いだ」
「えっ? まさか課長、ボクを相手に下がいいんですか……っ?」
「断固として上は譲らないぞ」
なんだかんだと、桃枝は男だ。好きな相手を抱きたいという気持ちはあるらしい。これには、山吹もニッコリだ。
「じゃあ、問題解決ですねっ。課長、セックスしましょうかっ」
「せめて俺から納得と理解を得てくれ。……どうして、こうなった」
「『どうして』ですか? ……そうですねぇ~?」
山吹は天井を見上げ、しばし熟考。……それから、すぐに。
「性欲に理由って必要ですか、課長?」
「だから、こっちの小規模な質問に大規模な質問で返すのはやめろ……」
桃枝は片手で自身の顔を覆い、深いため息を吐いた。なにやら、深く悩んでいるらしい。山吹は桃枝の顔を覗き込む。
「もしかして……男じゃ勃たない、ですか?」
「お前を相手にしてそれはない。お前の濡れた髪を見ても『エロい』と思うぞ、俺は」
「じゃあ、またしても問題解決ですねっ」
「どこがだよ……」
まだるっこしい。山吹は堪らず、眉を寄せそうになる。
結局、本性を晒しているのはこちらだ。失敗続きのデートプランで得たのは、どこまでいっても敗北だけだった。
ならばもう、死なば諸共だろう。このままでは、終われないのだ。
「ボクとの時間を沢山共有して、ボクに寂しい思いをさせない。……課長。あなたは確かに、そう言ってくれましたよね」
「山吹……っ?」
「それなのに、あなたはボクを一週間も放置した。……ねぇ、課長。ボク、言いましたよね?」
顔を覆っている桃枝の手を、山吹は握る。そっと、桃枝の顔から外させるために。
「ボクは、いつだって誰とでも寝る淫乱な男なんですよ。だから、体だって寂しがります。……そうさせないと言ったのは、課長。あなた自身ですよね?」
「……っ」
「ボクが望むことを、なんだって叶えてくれるんですよね? そう言ってくださったのも、課長自身ですよね? それなら、ボクはこう望みます」
見つめ合い、捕えて、逃さない。
「──抱いてください、課長。今すぐ、ここで」
性格がひん曲がった山吹ではもう、桃枝への【嫌がらせ】を止められないのだから。
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