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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】
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しおりを挟むまさか、デートの誘いか。それにしてはなんとも分かりづらい。山吹はすいすいとスマホ画面をなぞり、返信をした。
内容は『おはようございます』と『了解です』のみ。残ってもらいたい理由は確認せず、茶化しもしない。
そうした返事をしてから山吹はなにごともなかったかのように出勤し、午前の仕事をこなし、昼休憩を越えてからも仕事を続け……そして、今現在。
就業時間を終えて、周りは帰宅を始める。クリスマス当日であることもあり、職員の帰宅はいつも以上に早かった。
山吹は普段通りの笑顔で職員たちを見送ってから、意味もなくパソコンのフォルダ整理を始める。
そうこうしていると、気付けば事務所には山吹と桃枝だけ。おそらくこれは、桃枝が望んだ状況だろう。山吹は事務所に残ったまま、桃枝からのアクションを待つ。
……しかし。
「……」
事務所に二人きりになってから、二十分が経過。桃枝は依然として、パソコンの画面を睨んでいる。
……おかしい。この事務所には自分と山吹以外の誰もおらず、外勤から帰ってくるような職員だっていない。
それなのに、桃枝は椅子から立ち上がる気配はおろか、山吹に視線を送りもしなかった。これでは残るように言われて、素直に残っている山吹が馬鹿みたいだ。フォルダ整理は不要不急なのだから、残業代だって出やしない。
山吹はパソコンの電源を落とし、立ち上がる。わざとらしく、音を立てて。
「あの、課長? ボクになにか、用事があったんじゃないですか?」
そう言いながら、山吹は課長席に近寄った。
だが、山吹がここまでしても、桃枝は顔を上げない。……それどころかむしろ、山吹からフイッと顔を背けたくらいだ。
なにかを期待していたわけでは、きっとない。それでも山吹は沸々と苛立ちのようなものが湧き上がってくるのを、止められなかった。
「用事がないなら、帰ってもいいですか? 夜の事務所って、人がいなくなるとパソコンの熱もなくなって冷えてくるので」
「いや、待ってくれ。用事が、あるんだ」
「そうですか。生憎と、ボクにはそう見えないんですけどね」
冷たい言い方なのは、百も承知。山吹は桃枝の頭をジッと見つめた。
数秒の、沈黙。するとすぐに桃枝が、モゾモゾと小さく動き始めた。
「悪かった。なかなか、その、なんだ。……勇気が、出なくてな」
「『勇気』? なんのです?」
本気で、分からない。この口下手且つ残念なほど分かりづらい桃枝のことを察してあげられるのは山吹だけだが、こと山吹自身のこととなるとなにも察せられそうになかった。
山吹が、イライラしていると。そう、桃枝は気付いたのだろうか。
「山吹」
ようやく動きを見せた桃枝に、山吹は反射で返事をして──。
「はい。……はいっ?」
──手渡された包みに対しても、反射で受け取ってしまった。
突然渡された包みを、山吹は怪訝そうに眺める。
「なんですか、これ? 書類をラッピングする心配りを覚えるくらいなら、もう少し喋り方について配慮した方がいいと思いますよ?」
「アホ。誰が書類をそんなモンで包むんだよ。……そうじゃなくて、だな」
「『そうじゃない』? じゃあ、これはなんですか?」
上下、左右。山吹は反射的に受け取ってしまった包みをクルクルと回しながら、全面を眺めた。
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