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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】
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しおりを挟むニマニマと笑いながら、山吹は呟く。
「このまま課長が不能になっちゃっても寝覚めが悪いし、イベントにかこつけてトラウマ払拭を図るべきかな?」
巷で話題の【性夜】に則り、桃枝を再度、誘う。山吹からアクションを仕掛けてばかりなのは気になるが、あの一週間もなにもなくて、この一ヶ月だってなにもない。桃枝がなにもしないのなら、山吹から仕掛けるしかないのだ。
しかしそこで、山吹はふと、冷静になる。
「って言うか、普通に考えて一ヶ月もセックスしてないとか、性欲を持て余すんですけどぉ~?」
花も恥じらう、十九歳。まだまだ多感な時期で、そういう意味での元気だって有り余っている。
そんな欲求不満の解消法は、ひとつ。桃枝にその気がないのなら、別の相手と寝ればいいだけ。
今まではそうしていたし、クリスマスという大イベントがあるのならばセックスをする相手なんて選び放題だ。おそらくそろそろ、山吹宛てに『二十四日、または二十五日が空いているか』といった趣旨のメッセージだって届くだろう。
……しかしなぜか、それはそれで踏ん切りがつかない。決して、桃枝と【仮の恋人関係】を築いてから誰にも誘われなかったわけではないが、山吹はことごとくを断っていた。
誘いを、山吹が受けたのなら。仮に応じたとして、それを知った桃枝がどんな顔をするのか……。一瞬でもそう考えると、誘いに対して『イエス』とは言えなくなってしまうのだ。
「なに律儀に恋人ごっこしちゃってるんだろ、ボク」
もう一度、桃枝とのメッセージを読み返す。どこを見ても挨拶ばかりで、何度目かのスクロールで出てきたそれらしいやり取りと言っても、一ヶ月前のデートの打ち合わせだけ。
「放置プレイは、さすがのボクでも好きじゃないんだけどなぁ~」
いっそ、やけくそになってクリスマスは別の相手と寝てしまおうか。苛立ちのようなものを孕み始めた感情が、そんなことを提案し始める。
それでも、山吹はなにもしない。……なにも、できなかった。
「バカみたいだな、ボク」
スマホを太腿の上に置き、目を閉じる。そのまま天井に顔を向けて、山吹はもう一度ため息を吐くのだった。
* * *
結局、桃枝にはなにも言えず。【性夜】の予定も訊けずに、クリスマス当日。山吹はのんびりとした動きで、出勤の準備をしていた。
クリスマスがもうすぐだと気付いてから、この数日間。連絡先を交換したセフレもどきから、何件も【お誘いのメッセージ】が届き始めた。
しかし山吹は、誰一人の誘いにも応じていない。昨日の夜は『別にいいか』と、応じかけたが……寸でのところで、やはり答えは同じ。
「今年は一人かぁ~。もったいないなぁ~……」
髪を整え終えた山吹は、呟きながらスマホを手に取る。そこで山吹は、届いているメッセージが二件あると気付く。
ひとつは、桃枝からの『おはよう』メッセージだろう。つまり、もうひとつは誰かから送られたセックスの誘い。そう見当をつけてから、山吹はメッセージアプリを起動した。
……だが、しかし。
『おはよう』
『今日の夜、少しだけ事務所に残ってくれ』
まさかの、二件とも差出人は同じときた。
これにはさすがの山吹も……。
「……えっ?」
ポカンと口を開けて、メッセージを二度見するしかなかった。
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