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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】
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しおりを挟む手を伸ばしたまま、山吹は続ける。
「課長の後ろにある、壁の凹み。そこはボクが父さんに蹴られた反動で背中をぶつけた場所なんですけど、その後もずっと父さんがボクを殴ってきたので、必死に身をよじってかわした時のものだったかな。……だいたい、この部屋の傷はそういう類のものです」
「お前……虐待でも、受けていたのかよ……っ」
「あれっ? 言ってませんでしたっけ? 山吹家のコミュニケーション術は父親からの暴力だけだって」
なんて白々しい返答だろう。当然、山吹に自覚はある。
それでも、この話題は楽しいものではないだろう。その自覚もある山吹は、それとなく話題を変えようとした。
「もっとカワイイ部屋かと思いましたか? ご期待に沿えず申し訳ございません、課長」
「俺は、そんなことが言いたいわけじゃ……ッ」
「あっ! でも、ご安心ください! この部屋にある家具は全部、父さんが死んだ後に揃えた物ですよ! だから気兼ねなく好きに使ってくださいっ。思い入れとか、そういうものは全くないので!」
両親が既に死んでいようと、山吹にとってはどうだっていい。それは過去のことで、ただの事実だ。嘆いたところでなにも変わらない。だからこそ山吹は、平然とした態度で【親の死】を語れている。
「ちなみに、こっちの部屋が寝室みたいなものです。……って言っても、このドア。形が変わっちゃってうまく閉められないので、開けっ放しなんですけど」
言われるがまま、桃枝は形の変わった扉から開け放たれた先にある寝室を見た。
すぐに、山吹が暗い雰囲気を壊すような言葉を呟いたが。
「あっ、パンツ。ごめんなさい、洗濯物が干したままでした」
「えっ? ……あっ、あぁ。そう、だな」
「あれれぇ~っ、なんですかぁ~っ? ボクのパンツ、チラチラ見ちゃってぇ~っ?」
「ッ! わっ、悪いッ!」
桃枝は顔を真っ赤にした後、即座に俯いた。首を痛めてしまうのではと思ってしまうほど、勢いよく。
赤い顔のまま俯く桃枝を見て、山吹はにたりとイタズラな笑みを浮かべる。
「課長って、実は意外とむっつりさんなんですねぇ~っ? この一ヶ月、キスすらしてこなかったくせにぃ~っ?」
今のは、嫌味ではなく揶揄いだ。山吹にとっては、その程度の意味合いしか含まれていない。
しかし、桃枝は気まずそうにピクリと体を震わせた。……動揺だろう。
すぐさま桃枝は、気まずさから後頭部を掻き始める。
「いや、放置していたわけじゃ、ないんだ。俺はいつだってお前のことを考えていたし、その。……お前とキ、キス、が、したくないわけじゃ、なかったからな」
「へぇ~? ……ふぅ~ん?」
「くっ。その目、やめろよな」
ジロジロと眺めながら、山吹は桃枝の周りをちょろちょろと動き回った。
「パンツをチラチラ見るくせに、上着のひとつも渡してくれない。キスがしたいくせに、朝晩の挨拶以外はなにもしない。……課長の愛って、結構冷たいと言うか、薄情なんですねぇ~?」
「上着くらい渡すし、なにもしたくないからしなかったわけじゃ、ない」
宣言通り上着を脱いで手渡しながら、桃枝は山吹から顔を背ける。
「──がっついてるって、思われたくなかったんだよ。……大事にしたいんだよ、お前のこと」
ロマンに溢れたような、回答。優しい言葉が、桃枝からの返事。
「だ、いじ……」
照れ隠しからか、桃枝はその場にドカッと座り込んだ。やはり、その顔は赤い。
桃枝の上着を受け取り、そのまま呆然としていた山吹は……。
「──やめてくださいよ、そんなこと言うの」
上着をハンガーに掛けながら、そう返した。
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