地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
157 / 466
6章【虎から逃げて、鰐に会う】

5

しおりを挟む



 そして迎えた、翌日。


「おはようござ──わっ!」
「お、っと。山吹か、悪かった」


 事務所の入り口で、入室と退室のタイミングが被ってしまった。

 いつも始業時間ギリギリに出勤する山吹が事務所に入ろうとすると、荷物を持って退出する桃枝とぶつかりそうになってしまったのだ。


「おはようございます、課長。荷物、多いですね」
「あぁ、おはよう。監査で使う資料だ。今、ぶつからなかったか?」
「大丈夫ですよ。……あっ、ちょっと待っていてください。カバンを置いてからお手伝いします」
「いや、そこまで──……あー、いや。悪い、頼んでもいいか?」
「モチロン、頼まれますよ」


 山吹は事務所内の管理課職員に手早く挨拶をしてから、鞄を自分のデスクへ。その後、すぐに桃枝へと近寄った。


「この箱を運んでくれ。場所は分かるよな?」
「はい。二階の第一会議室ですよね。じゃあボクは、先に向かっちゃいますね?」
「あぁ、頼む。鍵は開けてあるから、気にせず入ってくれ。俺は朝礼が終わってから追う」
「承知いたしましたー」


 桃枝が素直に山吹を頼るなんて、珍しい。よほど、余裕がないのだろう。

 これがもしも、山吹主体の運搬作業だとしたら。男女問わず、誰だって『大丈夫?』と、手伝いを申し出ただろう。
 しかし生憎と、相手は桃枝だ。誰だって、わざわざ怖い目に遭いたくはないだろう。加えて、部下にこうした雑務を桃枝は頼まない。なんとも損な性格だ。

 擦れ違う職員に挨拶を送りつつ、山吹は監査場所として押さえてある会議室へと向かう。


「よいしょ、っと。書類は、こっちのテーブルに並べちゃおうかな」


 山吹は入社して間もないということもあり、こうした監査に関わったことがない。ゆえに『自分ならこうされた方が嬉しいかも』という、なんとも心もとない根拠で動き始める。

 箱の中から資料を取り出し、ひとつずつテーブルの上へ。ファイルの表紙が見えるように、必要資料をあまり重ねないようにと地味な移動を始める。


「悪かったな、山吹。……って、なにやってるんだ?」
「あっ、課長。資料、こうして並べた方が分かり易いかなって。……箱から出さない方が良かったですかね?」


 朝礼と言っても、必要事項を確認するだけ。すぐに終わる形だけの儀礼を終えた桃枝はすぐに、山吹が居る会議室へとやって来た。

 資料をテーブルの上に並べている山吹へ近付き、桃枝は難しい顔のまま呟く。


「いや、問題はない。むしろ助かる。ありがとな」
「いえ。このくらいしかお手伝いできませんから」
「十分だ」


 残りの資料をテーブルに下ろし、桃枝が山吹に手を伸ばしかけて。


「……あっ。悪い、山吹。今、お前の頭を撫でそうになった」
「えっ。あ、いえ、別に」
「ったく、情けねぇ。公私混同は良くないな」
「そうですね。良くない、ですね」


 ことある毎に山吹の頭を撫でていたせいか、桃枝は咄嗟に普段と同じように頭を撫でようとしたらしい。すぐに手を下ろし、桃枝はばつが悪そうな顔をしている。桃枝の下がった手を見て、山吹は同意の相槌を返す。

 どうして、今。ほんの一瞬だけ、その手が頭上に伸びることを期待したのか。嫌がって避けるくせに、なにを思ってしまったのだろう。山吹は目を背けるように、会議室の入り口を見た。

 すると。


「桃枝課長、すみません。監査士の方々をお通ししてもよろしいでしょうか?」


 管理課の女性職員が、数人の男を連れて会議室へとやって来た。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

処理中です...