地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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8章【軋む車輪は油を差される】

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「──いい映画でしたね、課長」
「──山場からラストシーンに繋がる部分の記憶がどこかの馬鹿ガキのせいで曖昧だがな」


 館内が明るくなり、周りの客が次々と席を立つ。

 すっかり涙が止まった山吹は、握った桃枝の手を楽しそうにギュギュッと強弱を付けて握り返す。そうするとまた、桃枝が険しい表情を浮かべて山吹を見た。


「お前は本当に、悪ガキだな。大人を揶揄うんじゃねぇよ」
「ボク、もう二十歳ですよ。だから、ボクだって立派な大人です。……ねっ?」
「ぐッ。またそうやって、可愛く笑えばなんでも水に流されると思いやがって……ッ」


 結果、水に流される。桃枝は山吹の手を強く握り、おそらく山吹の可愛さを噛みしめているのだろう。

 ふと、桃枝が顔を上げる。そこで、周りに誰もいなくなったことを確認した。


「そろそろ俺たちも移動するか。行くぞ、山吹」
「はい。……あっ、手。さすがに、放さないといけませんね」
「ゴミを捨てるのに不便だからな」


 名残惜しそうに、手を放す。山吹の視線が寂しそうに桃枝の手を追ったものだから、桃枝はまたしても小さな呻き声を漏らして【山吹萌え】を噛みしめていた。


「なんて言うか、お前……変わった、よな。誕生日の一件から、変わった」


 山吹自身も感じていたが、どうやら桃枝にも思うところがあったらしい。素直な気持ちから向けられた評価に、山吹は眉尻を下げた。


「そう、かもしれません。変わっちゃったボクは、イヤですか?」
「嫌じゃなく、むしろ過去最高レベルに好ましいから困ってんだよ」


 繋いでいた手がポンと、山吹の頭を撫でる。


「お前への気持ちを、これ以上募らせるなっつの」


 そう言う割に、嬉しそうだ。撫でられた頭に触れた後、山吹は歩き出した桃枝を追いかけた。


「もっと、好きになってくれてるんだ。こんな、ボクが相手でも……」


 口角が、指示なんか受けていないはずなのに上がっていく。山吹は今、純粋に喜んでいるのだ。


「ん? 山吹、なにか言ったか?」
「いいえ。ただ『いい映画だったなぁ』と」
「そこまで楽しんでもらえたなら、慣れないことをした甲斐がある。誘って良かった」
「はい。誘っていただき、ありがとうございました」


 ゴミを捨て、山吹たちは駐車場を目指して歩き始める。


「映画館、本当に楽しかったです。雑貨屋さんを課長と見られたのも楽しかったですし、初めての定食屋さんも楽しかったです。今日はいっぱい、課長と楽しい時間を過ごせました」
「なんだよ、いきなり」

「見え透いた謙遜をしない素直なボクが好きって、課長が以前言ってくれましたので。見え透いたお世辞を言わないボクも好きになってほしいなって」
「だから、これ以上お前に惚れさせんなって言ってるだろ。ヘタしたらストーカー化するぞ。……なんてな──」

「──えっ? ボクのこと、二十四時間見つめていてくれるんですかっ?」
「──阿呆。お前がそんな反応したら、俺がマジみたいになるだろ」


 明らかな冗談だったのに、思わず本気で受け取ってしまったようだ。山吹はシュンと反省しつつ、駐車場に停めている桃枝の車に乗った。




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