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10章【疾風に勁草を知る】
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しおりを挟む桃枝が暮らす部屋でおうちデートを終え、上機嫌な気持ちで迎えた月曜日。
いつもの事務所で山吹は、表情を硬化させていた。
「──今日からお世話になります、青梅花緑です。よろしくお願いしまーすっ」
最悪。この二文字以上に、今の山吹にピタリと当てはまる言葉はないだろう。
青梅が関わるといつもこうだ。山吹の頭には同じ言葉ばかりが浮かぶ。青梅本人は『今が最悪なら、後は良くなる一方』と言っていたが、青梅自身がそうしてくれないのだから、あんまりな話だろう。
朝礼の最中、元気よく挨拶をした男には見覚えしかない。つい先日、最低な再会を果たしたばかりなのだから余計だ。
ふと、桃枝と金曜日の夜に通話で交わした会話を思い出す。
『そう言えば、来週から中途採用の奴が来るな』
『最初の三日間は管理課に来るぞ』
中途採用の相手は、青梅だった。それは同時に【青梅が三日間、同じ課にいる】ということも意味している。
朝礼が終わると同時に、山吹は急いで椅子に座った。たとえ悪足掻きだとしても、可能な限り『同じ職場に山吹がる』という事実を青梅に気付かれる瞬間を先延ばしにしたいからだ。
だが、やはりこれは悪足掻きにすぎなかった。
「──そんなハデな頭してるくせに、隠れられると思ったワケ?」
朝礼を終えてすぐ、青梅は山吹が座るデスクに近付いたのだ。
万事休す。ここで思うままに振る舞えば、周りからは過剰な反応に見えてしまう。なんとか穏便且つ素早く青梅との会話を済ませるために、山吹は立ち上がった。
「ボク、別の課から書類を受け取りに行かないといけないから。失礼します」
「ならオレも付いていこっかな~。まだこの会社のどこになにがあるとか把握してないし、案内してよ。お礼に、アンタが取りに行く書類くらいなら持ってあげるからさ」
「なんでボクが──じゃ、なくて。オマエ──でも、なくて。青梅……さんの、教育係はボクじゃないでしょ」
「えっ、そうなのっ? じゃあアンタが名乗り出てよ、オレの教育係。顔見知りの方がやりやすいしさ」
「──オマエ、ちょっとは空気読んでよ」
「──読んだ上で絡んでるんだろ、分かれよな」
やはり、この男は最悪だ。山吹は苦虫を噛み潰した上で味わっていますと言いたげなほど、それはそれは渋い顔をした。
「あれ? 書類取りに行くんじゃなかったんだっけ?」
「そんなの、オマエから離れるためのウソだよ」
「だと思った。アンタの嘘はなんとなく分かるからな」
すると、不意に。
「なぁ、山吹。学生の頃みたく、可愛くオレに強請ってよ。そしたら、アンタのためになんでもしてあげるからさ」
青梅が、山吹の耳元でそう囁いた。
すぐに山吹は青梅の胸をトンと押し、睥睨するかのような眼差しを送る。
「そういうの、もう要らない。それに、ボクの方が入社してからの期間が長いんだから、ボクの方が色々分かってる。入社して数分のオマエに頼ることなんてない」
青梅の教育係が誰なのかは知らないが、サッサと回収してほしいものだ。山吹はプイッと顔を背け、パソコンの画面に目を向ける。
それでも、青梅はめげずに声をかけてきた。
「つれないなぁ。いいじゃん、同級生のよしみってことでさ。オレまだこの職場に友達いないんだから、仲良くしてよ」
「自分で今『この職場に友達がいない』って言ったばっかでしょ。なら、ボクとだってそういうことじゃないの」
「もしかして、オレがアンタを『友達』って呼ばなかったから拗ねてる?」
「オマエ本気で誰を相手に喋ってるワケ?」
最悪だ。これ以上ないほど、最悪すぎる。山吹はわざとらしいほど大きなため息を吐き、そばをチョロチョロとうろつく青梅を睨んだ。
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