地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
325 / 466
10章【疾風に勁草を知る】

31

しおりを挟む



 桃枝が部屋にやってくるのを待って、どのくらい経っただろう。山吹は桃枝から貰ったパンダのぬいぐるみ──シロを抱きながら、ソワソワとスマホを眺めていた。

 いつもより、時間の経過が遅く感じる。もっと早足になってくれてもいいのにと、スマホの中でデジタルに動く針を眺めながら、願ってしまう。

 打ち合わせが、山吹の想像以上に難航しているのか。アパートに向かう途中で、事故にでも遭っていたらどうしよう。自分の容姿以外にはポジティブさをなかなか発揮できない山吹は、強いくらいにシロを抱き締めてしまった。

 不安とシロを抱えて待つこと、数十分。ついに、山吹の鼓膜は素敵な振動をキャッチした。インターホンが鳴ったのだ。

 すぐに山吹はシロを床に座らせた後、玄関へと向かう。そして、全面に『嬉しい』と描きながら扉を開けた。


「課長っ! いらっしゃいませっ!」


 立っていたのは、桃枝だ。むしろ、桃枝以外にここを訪ねる者はいない。
 嫌がらせを目的に向かってきそうな相手は二名ほど思い付くが、どちらも山吹が暮らすアパートを知らないのだから、杞憂にもなり得なかった。

 扉を開け、すぐに桃枝を部屋へと招く。数時間前にも見ていた顔だが、比べるまでもなく二人きりの環境で見る顔の方が何倍も愛おしく──。


「あぁ。邪魔するぞ」


 愛おしく感じる、はずなのに。玄関扉をくぐって靴を脱ぐ桃枝の表情は、どこか重たいものを引きずっているような。そんな暗さを、たたえていた。


「課長? なにかありましたか? お顔が、なんだか疲れているように見えますけど……」
「気にするな」


 打ち合わせが難航したのか、部下のミスが見つかったのか。理由は分からないが、きっと山吹が帰った後に仕事でなにかあったのだろう。通路に通しながら、山吹は考える。

 すぐにピコンと、山吹は閃いた。こんな時こそ、桃枝が好きなコーヒーを用意しよう、と。
 桃枝を労わることができて、尚且つさり気なくお揃いの新品マグカップも見せられる。山吹としては一石二鳥だ。


「課長、座って待っていてください。すぐに飲み物を用意しますね」
「あぁ、悪いな──……って、ん?」


 床に腰を下ろすと同時に、桃枝は気付いたらしい。


「なんだよ、このカップ。前までこんな物、部屋に置いてなかっただろ」


 テーブルの上に並んでいる、色違いの寸胴マグカップ。どう見ても『二個でセットな商品です』と分かるカップを眺めて、桃枝は眉を寄せた。

 確かに山吹は、指摘をしてもらいたくてわざとテーブルの上に置いておいたのだが……いざ訊ねられると、どうにも面映ゆい。


「あっ、これですか? これは、その。……お、お揃いとか、そんな感じで」
「お揃い?」
「そんな、まじまじと注目しなくたっていいじゃないですか。別に、あのっ、ひとつくらいお揃いのなにかがあったって、えっと……お、おかしくないと、思いますけど……っ」


 気恥ずかしさから、山吹は白々しい態度を取ってしまう。まるで『前から置いてありませんでしたっけ?』と言いたげなほど、わざとらしい態度だ。

 やはり箱を捨ててすぐさま使えるようにと置いておいたのは、あざとすぎたか。コーヒーを用意するために立っていた山吹は気恥ずかしさも理由に、テーブルに並べたマグカップを回収しようとする。


「……あぁ、なるほど。そういうことか」


 だが山吹よりも先に、桃枝がマグカップに手を伸ばした。

 桃枝はカップを手に持ち、ジッと見ている。柄にもないことをしただけに山吹は、緊張で心臓がバクバクと騒がしくて仕方なかった。

 デザインなどが桃枝の趣味ではなかったら、どうしよう。そもそも【お揃い】が嫌いな可能性もある。今さらながらに、酷く不安な心持ちとなってしまう。


「えっと、そのっ。お揃いは、一先ずスルーでもいいのですが……今日は、あのっ、お話したいことがあって──」


 なんとか話題をマグカップから逸らそうと、山吹は口を開く。
 ……しかし。山吹が抱く不安をさらに上回る反応を、桃枝は示した。


「──えっ?」


 ──桃枝はカップを、落としたのだ。……【わざと】と分かるよう、床に叩きつけて。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...