327 / 466
10章【疾風に勁草を知る】
33
しおりを挟む決意を固めるのが、遅かったのかもしれない。部屋に取り残された山吹は、今さらすぎる後悔を抱く。
もっと早く──青梅と再会してしまったあの日に、全てを桃枝に打ち明けていたなら。そうすれば、桃枝に愛想を尽かされることもなかったのだろうか。
ふと、山吹は床を見る。視線の先には、割れて砕けたマグカップがあった。
「暴力は、分かりやすくていい。それが愛情だって、父さんが言っていたから。だからボクは、優しくするのもされるのも苦手で……。でも、課長が『それは違う』って、教えてくれたから……っ」
若しくは、もっと前。桃枝の愛情と同じものを向けられない山吹に、桃枝は呆れてしまったのだろうか。
愛想を尽かされたなんて、信じたくない。桃枝はなにも言わずに恋人関係を解消するような男ではないと、山吹は思い込みたかった。
一言も、桃枝から『別れよう』と言われたわけではない。きっと、山吹のネガティブ思考がいつものように最悪のパターンを勝手に演算しているだけ。桃枝は、山吹のことを嫌いになったわけではないはずだ。
だが、ならば、どうして桃枝は帰ってしまったのか。山吹はしゃがみ込んで、割れたマグカップを見つめた。
「好意って、なんなんだろう。なんで、ボクは上手にできないんだろう……」
蹲っていても、俯いていても始まらない。山吹は手を伸ばし、割れたカップを拾い始めた。
だが山吹は、瞬時に手を引っ込める。
「──いたっ」
馬鹿だ。破片を拾えば指を切ることくらい、子供でも想定できるのに。山吹は血が滲む指先を見て、またしても俯いた。
「お揃い、イヤだったのかな……」
いったい、なにが駄目だったのだろう。割れたカップを見て、山吹は考える。
デザインか、それとも機能性か。そもそも大人の男は、お揃いのアイテムなんて恥ずかしくて不快だったのかもしれない。子供の頃、父親にお揃いのキーホルダーを強請ったら頬を叩かれたことを思い出す。
だが、さらに。……より一層、理由を突き詰めていくのなら。
「ボクなんかと、お揃いなんて……嬉しくない、よな」
大前提の問題だ。いつだって山吹は、愛や恋について語ると桃枝を怒らせていた。ついに、愛想を尽かされたのかもしれない。
期待ばかりが先行して、桃枝の気持ちを考えていなかった。勝手に『桃枝なら喜んでくれる』と決めつけた罰なのだと、山吹は蹲る。
「泣くなよ、泣くな。こんなの、父さんに蹴られたことに比べたらなんてことないだろ……っ」
内臓は、外側から圧迫されていない。鈍痛もなければ血も滲んでおらず、ましてや痣だってできないのだ。わざわざ確認しなくたって、山吹が幼少時に受けた苦痛とは比較にもならない。
……それでも、目の奥がジワジワと痛む。鼻の奥がツンとして、うまく声が出せない。
「泣くな、泣くな、泣くな……ッ」
それでも山吹は、声を出した。自らを律し、思い留まらせるために。
涙を流すのは、コミュニケーションに対する怠惰。不意に思い出した黒法師の言葉を、まさかこんな形で痛感してしまうなんて。皮肉な話だ。笑みも浮かばない。
山吹は蹲ったまま、何度も何度も『泣くな』と呟く。今は、それくらいしかできそうになかったから。
21
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる