342 / 466
10.5章【壊れた時計も、1日に2回は正しい】
1
しおりを挟む──山吹が欲しがったものを、青梅はなんでもあげた。
そうしないと山吹が他の誰かを頼りそうで、そうなると山吹が他の誰かに壊されそうで。青梅は山吹を守るために、山吹を幾度となく傷つけ続けた。
だけど、たった一度だけ。青梅は山吹の希望とは違い、優しく接してみようと思った。
本当の山吹は、心のどこかで優しくされることを望んでいるのでは。その欲求が、クソオヤジのせいで抑圧するしかない状況なのだとしたら。青梅は山吹に、そんな思いを抱いたのだ。
すると、どうだろう。山吹は顔色を真っ青にし、叫んだのだ。
セックスをするために誰も使わないご都合的空き教室に来たと言うのに、第三者がこぞって集まってしまうのではと。そんな不安を抱いてしまうほど、山吹は猛烈に嫌がったのだ。
そして、落ち着きを取り戻した後。山吹が口にしたのは、青梅の推測や想定、希望とは全く違う言葉。
『──オマエがボクに優しくするなら、もうオマエと関わりたくない。もう、ボクに関わらないでよ……ッ! ボクなんかに優しくしないでよッ! そんなのッ、オマエの自己満足だろッ!』
本気で、優しくされるのが嫌いなのだと。あの時にそう思わず、めげずに優しく接し続けていたのなら。今とは違う結末が待っていたのではないかと、青梅は考えてしまう。
青梅は、保身に走った。山吹に拒絶される可能性をチラつかせられた瞬間、青梅は山吹にとって都合のいい男でいることを選んだのだ。
山吹を傷つけるのは、本意ではない。だが、山吹と離れるのは断固として拒否する。青梅は自分と山吹を天秤に掛け、自分を選んだ。
その選択が、秤に乗った山吹を遠い遠い場所へと連れて行ってしまい、手を伸ばしても選べなくなってしまうとしても。青梅は、自分を選んでしまった。
……それが、あの男との違い。桃枝との、違いなのだろう。
「──胸糞悪すぎーっ」
こじゃれたバーで一人、カウンター席に座りながら青梅は呟いた。
グッと飲み干したカクテルは、嫌になるほど甘い。苦いものが嫌いな山吹でもこれなら飲めるだろうと、思わず考えてしまうほどに。
「アイツを飲みに誘える未来なんか思い描けもしないのに、なんでオレは好きでもない甘ったるい酒ばっかり覚えようとしてるんだろうねー」
空になったグラスをつつきながら、青梅は呟く。他の客と会話をするバーテンダーからの返事なんて、期待もせずに。
「──簡単な話やろ。誘えばええやん、その子のこと」
「──はいっ?」
しかし、返事があった。それはバーテンダーでもなく、隣に座った一夜限りの過ちを犯しそうな見知らぬ他人でもない。
青梅は顔を上げて、声がした方を振り返る。
見知らぬ他人では、ない。なぜなら、青梅の隣に座ったのは……。
「──アンタは! オレから山吹を奪った長髪ヘンタイ関西人!」
「久し振りやね、クラスメイト君。憶えとってくれたん? 嬉しいわぁ」
一度だけ顔を合わせたことがある男──黒法師なのだから。
「隣、座ってええ? ええよね? はい、座った~」
「なんでオレの隣に座るんだよ。どっか行ってよ、ジャマ」
「えぇ~っ、なんでなん? 仲良うしてやぁ~っ」
キッと、青梅は黒法師を睨む。
青梅が黒法師を睨むのは、なにも山吹を奪われたからだけではない。それよりももっと強い理由が、青梅にはあった。
「──アンタは、山吹の困った顔を見て悦んだ。オレは、傷付いたアイツを見て笑うような奴がすべからく嫌いなんだよ」
明確で、露骨で、分かり易い憎悪と敵意。向けられた嫌悪の表情に、黒法師はと言うと……。
「なるほどなぁ。それなら、僕とは仲良うしてくれへんはずやね」
当然ながら、ニコニコと心底ハッピースマイルを浮かべた。
30
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。
みどりのおおかみ
BL
「強情だな」
忠頼はぽつりと呟く。
「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」
滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。
――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。
*******
雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。
やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。
身分差を越えて、二人は惹かれ合う。
けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。
※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。
※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。
https://www.pixiv.net/users/4499660
【キャラクター紹介】
●弥次郎
「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」
・十八歳。
・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。
・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。
・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。
・はねっかえりだが、本質は割と素直。
●忠頼
忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。
「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」
地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。
・二十八歳。
・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。
・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。
・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。
・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。
●南波
・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。
●源太
・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。
●五郎兵衛
・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。
●孝太郎
・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。
●庄吉
・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる