地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】

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 なんとか無事に映画鑑賞を終えた山吹は、妙な達成感じみたものを抱えながらソファに深く座る。


「濡れ場には驚きましたが、内容はとても面白かったですねっ。結末を知ったうえでもう一度見たいですっ」

「俺は、降り積もった新雪に足跡を残すような気分になったがな」
「よく分かりませんが、詩的ですねっ」


 桃枝も桃枝で、ソファに深く沈んでいた。天井を仰ぐ桃枝が【純真無垢な天使を穢したような気分】になっていると、山吹は気付いていないが。

 深く息を吐いてから、桃枝は気を取り直す。天井に向けていた視線を隣に座る山吹へ向け、それから手を伸ばした。


「だが、そうだな。全体的な内容を鑑みると、確かにアタリだった。調べてくれてありがとな」
「いえっ、このくらい全然っ」


 頭を撫でられた山吹は心底嬉しそうに微笑みながら、桃枝に言葉を返す。


「青梅に訊いた映画だったのですが、アイツも役に立つことがあるんですね」
「……なに?」


 ピタッと、頭を撫でる桃枝の手が止まった。


「青梅に教えてもらったのか、今の映画」
「はい。アイツ、学生の頃から映画が好きな奴なんですよ」


 正直に言うと、桃枝にとっては複雑な気持ちだ。趣味が悪いどころではない【嘘】を吐いて、結果的に山吹を泣かせてしまう元凶になった青梅が相手なのだから、当然だろう。

 しかし、次に湧いて出た感情に、桃枝はまたしても複雑な気持ちになってしまった。
 山吹が、自分以外の男と映画について話したと知って。【嫉妬心】と言うよりは、むしろ……。


「そうか。仲が良さそうで、なによりだ」


 山吹が同年代の友人と仲良くしている事実が、嬉しい気がする。
 そこに恋愛が絡むのなら赦しはしないが、ただ映画について話しただけならば微笑ましい。青梅に対して思うことはあるが、話題からして山吹が青梅に頭を下げたのは明白だ。

 山吹が気にしていないことを、桃枝が気にしすぎるのはおかしいだろう。桃枝はそう割り切り、山吹の頭をもう一度撫で始めた。


「ボクの交友関係に喜ぶなんて、なんだか課長、おじいちゃんみたいですね」
「せめて父親にしてくれねぇか」

「なにを言いますか! ボクの父さんはボクが誰かと仲良くしていたら『遊びに時間を割くな』と言って怒号を浴びせてきますよ!」
「悪かった、俺の返しが間違いだったな」

「あと、アイツとは友達とかじゃないですから。ネットで『面白い映画』と検索するような感覚です。誤解しないでください」
「お、おぉ、そうか。……なぜか、青梅に同情心が湧いてきたな」


 本人不在の中、酷い言われようだ。それでも、そうツッコミを入れる者がここにはいない。
 頭から手が離れた後、桃枝はテレビのリモコンに手を伸ばした。


「他になにか、気になる映画はあるか? 映画じゃなくてもいいが、とにかくなにか気になる作品──……山吹?」


 すぐに、桃枝は目を丸くする。隣に座っていた山吹が突然、立ち上がったからだ。
 それから、山吹は……。


「ねぇ、白菊さん」
「ッ。なっ、なんだよ、いきなり」


 桃枝の膝の上に、甘えるようにして乗った。
 体を押し付けて、顔を近付けて。山吹はほんのりと潤む瞳で、桃枝を見つめた。


「──ボクと、濡れ場。シてくれませんか?」


 突然の接近に動揺していたのも、束の間。桃枝はもう一度、目を丸くした。


「……なんだよ、充てられたのか?」
「あの俳優さんや女優さんにはなにも思いませんでしたが、対抗するように課長とのセックスを思い出していたら、その……っ」
「そうか」


 やはり、はしたなかっただろうか。山吹はそっと、俯いてしまう。
 だが、すぐに──。


「気持ちは、分からなくもないな」


 山吹は体を、ピクッと震わせてしまった。


「俺に触れられているお前の方が、比較にならないほど色っぽい」


 リモコンに触れていたはずの手が、山吹の腰を撫でたからだ。




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