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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】
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しおりを挟む小さくて、軽いのに、重い。
手のひらに落とされた合鍵が、しっかりと手に力を込めないと落としてしまいそうで。なのに山吹は、握り締めることができなかった。
「住所、変わっちゃったら……ボクと課長の関係が、職場にバレちゃいます。そうしたら、課長のメーワクに……」
襲い来る不安が、山吹の手を動かしてくれないのだ。
顔色が悪くなっていく山吹を見て、桃枝は一瞬だけ目を丸くした。小さく震え始めた山吹を見て、咄嗟に手を伸ばそうともする。
だが、桃枝は手を動かさない。ただ静かに、笑みを浮かべた。
「何度もお前に伝えたとは思うが、俺はお前との関係を誰に知られたって気にしない。誰になにを言われたって、仮にお前が心配するような心無い噂を立てられたって、真実をお前が知っているならそれでいい」
ピク、と。合鍵を乗せた山吹の手が、震えた。
「そ、それに。ボクまだ、あの……壁とか床の修繕費が貯まっていなくて」
「俺が出す。お前を手に入れるためなら、いくらかかろうと惜しくないからな」
「……っ」
それでも山吹は、合鍵を握ってくれない。だからほんの少し、桃枝の眉尻が下がった。
「俺と暮らすのは、気乗りしないか?」
問われると同時に、山吹は顔を上げる。
「そんなわけないですっ! こんなに嬉しいお誘い、イヤだと思う理由がありませんっ!」
「俺には、理由を付けて断ろうとしているように見えたんだが」
「ちっ、違いますっ! 違うん、です……」
慌てて首を横に振って、またしても山吹は俯いてしまった。
「自信が、ないんです。どうしても、課長の幸せにボクが……ジャマなんじゃ、ないかって」
あれだけ『好きでいてほしい』と強請り、強要されたわけでもないのに『努力をする』と言ったばかりなのに。山吹は自分の臆病さと身勝手さに、涙が出てしまいそうだった。
桃枝と、ずっと一緒に居たい。だがいざ、こうして目に見える形として用意されると……不安が徒党を組んで姿を現すのだ。
本当に、桃枝と一緒に居ていいのだろうか。こんな自分が、こんなにも素敵な青年のそばに。山吹は俯いて、体を震わせて、合鍵を落としそうになった。
しかしその手を、合鍵と共に握られる。
「前は『課長の幸せにボクが必要不可欠であってほしい』って言ってくれたのにか?」
体の震えが、桃枝に伝わっていく。山吹は恐る恐る、顔を上げた。
「それはモチロン、本心です。課長が他の人を選ぶのは、絶対にイヤです。……でも」
「『でも』なんだよ」
「課長が、誰かになにかを言われたら。ボクと一緒に過ごす時間が増えて、もしも課長に愛想を尽かされたら……っ。ボクはまだ、立派な男じゃないから、だから……ッ」
「そうか」
情けない、情けない。啖呵を切るように決意表明をしたくせに、実際のところはこの程度なのか。またしても俯いた山吹は、悔しさから奥歯を噛んだ。
胸を張って『最高の毎日を約束します』くらい言ってみろ。『このお誘いを後悔なんかさせませんからね』くらい言えないのか。臆病で卑怯で弱虫な自分に、山吹は自ら叱責を重ねる。
これでは、一緒に暮らしたくないように見えてしまう。これでは桃枝を、傷つけてしまうかもしれない。それでも不安が止まらない山吹は、ついに合鍵を──。
「──念のため言っておくが、誰かにお前との関係について直接なにかを言われたら、俺はきっと嬉し気に『羨ましいだろう』って言うぞ」
合鍵を、握ってしまった。
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