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12.5章【ロバにスポンジケーキ】
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しおりを挟む夕飯を食べ終わり、後片付けも終えた。シロを汚してしまった大惨劇からこれだけ時間が経てば、山吹はすっかりいつもの調子だ。
クリーニングをしてもらえるなら、シロは大丈夫。加えてそんな安心感が、山吹に不必要なほどの【余裕】を生んでしまった。
──そう。抜け目のない妄想をしてしまう程度の、余裕を。
シロは、無事に返ってくる。だがそもそも、シロを汚してしまったのは山吹の責任だ。
桃枝から貰った大切なプレゼントに、粗相をしてしまうなんて。そのシチュエーションに山吹は、ほわわんと妄想を始める。
場所は……そう、ベッドの上なんてどうだろうか。妄想の中で山吹は、桃枝と寝室に居た。
『駄目だろ、緋花。お前は俺の可愛い恋人なんだから、ちゃんと俺からのプレゼントを大切にしないと。……違うか?』
『ひゃっ。し、白菊さん……っ』
『いけない子には、お仕置きだな。逃げるなよ、緋花』
『やっ、だめです、白菊さぁ~ん……っ!』
もしかして、もしかしなくても。こんな展開も、起こり得るのではなかろうか。山吹はキュピンと、瞳を輝かせた。
就寝準備を進めつつ、山吹は妄想を膨らませる。それから、無意識のうちにニマッと口角を上げながら、独り言ちた。
「悪くない。むしろ、スゴくいい……!」
「──なにがだ?」
「──ひゃわッ!」
洗面所に居る山吹の背後から、まさかの返事だ。相手は言うまでもなく、桃枝だった。驚きによる奇声を発しながら、山吹は勢いよく桃枝を振り返る。
まさかそんな反応をされるとは想定外だったのか、桃枝も驚きからビクリと体を震わせた。
「おっ、おぉ……。そこまで驚かれるとは、思ってなかった。悪かったな、いきなり声をかけて」
「い、いえっ。その、驚いたには驚いたのですが、それは別に、課長がイヤだとかそういう意味じゃなくて……」
山吹はそろっと瞳を伏せてから、ポツリと零す。
「丁度、課長のことを考えていたので……」
「ッ。……そ、そうだった、のか。……そう、か」
下心満載の妄想で。……とは、付け足せずに。山吹の呟きをとても良い意味で受け取った桃枝は、つられて瞳を伏せた。
「……お前が、なかなか寝室に来ないから。なにかあったのかと思って、探しに来たんだ」
「そっ、そうだったんですね。ご心配をおかけしてしまって、スミマセン」
「いや、別に……。……そ、そろそろ、寝ないか?」
「は、はい。そう、ですね。寝ましょうか、はい……」
おかしな気まずさを感じつつ、二人は洗面所から移動を始める。
各々は全く意味合いの違うドキドキを抱きながら、同じベッドに座った。
そんな中、先に口を開いたのは山吹だ。
「あの、課長。ボク、シロを汚しちゃいましたよね?」
チラリと桃枝を見つめた後、山吹はボソボソと言葉を発する。
すぐに桃枝は、普段と変わらない口調で返事をした。
「結果だけを述べるならまぁそうだが、別にわざとじゃないんだろ」
そう言い、桃枝はポンと山吹の頭を撫でる。
「お前がシロを大事にしてるのは、見て知ってる。だから、俺に気は遣うな。今つらいのは、お前だろ」
「白菊さん……!」
どうやら桃枝は、山吹が『桃枝を悲しませてしまったのでは、といった類の罪悪感を抱いている』と思ったらしい。
「俺があげたマフラーもネクタイも、大事に飾ってるのは知ってる。お前が物をぞんざいに扱うような奴じゃないって、俺は知ってるぞ」
「はうっ」
「シロがいなくて寂しい日が続くだろうが、その変わり……って言うのも、おかしな話だが。とにかく、お前のそばには俺がいる。だから、安心してくれ」
「あうぅ~っ」
ナデナデ、よしよし。桃枝に頭を撫でられながら甘やかされ、山吹はトロリと身も心も蕩けてしまった。
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