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12.5章【ロバにスポンジケーキ】
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しおりを挟む帰宅してすぐに、山吹は目を丸くしてしまった。
なぜなら……。
「無事にシロは預けられたか?」
「えっ? か、課長っ?」
残業をしているはずの桃枝が、リビングにいたのだ。
山吹はすぐさま桃枝に駆け寄り、顔を見つめる。未だにスーツ姿なところを見るに、おそらく桃枝は帰宅したばかりだろう。
「ど、どうしてここに? 課長、今日も残業をしていたんじゃ?」
驚く山吹とは別の意味で、桃枝は眉を寄せて不可解さを露わさにしている。
「なにを言ってるんだ、お前は。あんな連絡がきたら、帰ってくるに決まってるだろ」
桃枝からの返事を聴き、山吹は気付いた。
シロにはさほど興味がないと言っていたが、なんだかんだと愛着が湧いていたのだろう。『ぬいぐるみが汚れた』という内容のメッセージを受けただけで、まさかこんなにも早く帰宅をしてくれるなんて。
……と、山吹は思ったのだが。
「──紅茶、零したんだろ。怪我とか、火傷とか……心配するだろ」
続いた、想定外の返答。即座に、山吹の頬は赤らんだ。
桃枝はスマホを取り出し、山吹に見せる。そのまま、言葉をさらに続けた。
「シロのことばかりで、お前のことがなにも書いていなかったからな。だが、お前の気が動転しているのは文章で伝わってきた。だったらチマチマ連絡を取るよりも、実際にお前と会って確かめるのが一番早いだろ」
「あっ、えっと……」
山吹がたじろぐ理由も知らないまま、桃枝は山吹の手を握る。
「コップ、割れなかったか? それと、紅茶で火傷はしていないか?」
「……っ」
触診をするかのように手を握られて、指を見つめられる。山吹の頬が赤らんでいることに、桃枝は気付いていない様子だ。
「だ、大丈夫、です。シロ以外は、無事ですから……」
「そうか。なら、不幸中の幸いってやつだな」
「は、はい……」
山吹の返事を聴いた後、桃枝は山吹の手を離した。
「じゃあ、俺は着替える」
「あっ、じゃあボクはお夕飯を作りますね」
「いつも悪いな。それと、ありがとう」
「どういたしまして、です」
ポンと頭を撫でてから、桃枝は着替えのためにリビングから離れる。
桃枝の姿が扉の向こうに消えたのを確認してから、山吹はキッチンへと移動を始めた。
「……ふふっ、へへへっ」
不謹慎だとは分かっていながら、口角を上げつつ。山吹はほこほこと胸を温めながら、調理を始めた。
妙にニヤニヤしている山吹を見て、着替えを終えた桃枝は「なにかあったのか」と訊くが、当然、山吹は明確な答えを教えない。
そもそも、言えるわけがないだろう。『桃枝に心配されて、嬉しかった』なんて。そんな心境、あまりにも不謹慎がすぎるのだから。
「今日のお夕飯は腕によりをかけて作りますからね。楽しみにしていてください」
「そうか。そうなった経緯がなんなのか分からないが、それは楽しみだな」
山吹が笑う理由は分からずとも、桃枝は良かったのかもしれない。山吹の笑顔を見られたのなら、桃枝はそれだけで満足なのだから。
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