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13章【雨垂れ石を穿つ】
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しおりを挟む宙ぶらりんになった山吹の手を避けた後、桃枝は強張った表情で山吹を見る。
「いっ、いきっ、いきなりっ、触るのは……きっ、緊張するだろうが……ッ」
いつもの、桃枝だ。普段と変わらない反応を見せながら、桃枝は山吹を見ている。
山吹は手を下げて、堪らずそのまま、視線も下げてしまった。
「嫌われたのかと、思っちゃいました。……白菊さんに避けられるの、イヤです」
山吹は、内心で『どうしよう』と焦ってしまう。
桃枝がそんなこと、するわけない。分かっているのにふと、山吹は『嫌われたのかもしれない』と思ってしまったのだ。
俯いた山吹を見て、桃枝は手を伸ばす。……が、ここはスーパーだ。すぐに桃枝は手を引っ込め、そのまま自らの後頭部を掻いた。
「俺がお前を嫌うわけねぇだろ、馬鹿」
「すみ、ません……」
「……悪い。俺の方が馬鹿野郎だったな」
「いえ、そんなことは……」
山吹は視線を落としたまま、言葉を探す。
「え、っと。……襟に、ゴミが付いています。取っても、いいですか?」
「あぁ、頼む。ありがとな」
今度は、手を伸ばせた。桃枝に、触れられる。山吹は桃枝の襟に付いていた小さなゴミを取り、ニコリと笑う。
「あははっ、スミマセン。最初からこうして一言、断りを入れないとビックリしちゃいますよね」
「いや、俺が過剰すぎるだけだ。悪かったな、妙な気を遣わせて」
「いえいえっ。お外で見る課長の狼狽えっぷりも、なかなか好ましいものですよ~っ?」
「揶揄うなよ」
桃枝の表情は依然として険しいままだが、だからと言って山吹が落ち込んでいては空気が重たいままだ。
「もう気にしていませんから、そんな顔しないでください。言っておきますけど、これはウソでも見栄でもありませんからね? それと、ずっと気にされるのでしたら今日のご飯は抜きですよっ」
「……それは、困るな。分かった、普段通りにする」
「まぁ、白菊さんは普段から怖いお顔をしていますけどねっ」
「ここがスーパーでさえなければ、お前の頬を引っ張ったんだがな」
どうやら、いつも通りに戻れたらしい。明るく笑う山吹を見て、ようやく桃枝も気持ちを切り替えてくれたようだ。山吹はホッとした後で再度、笑みを浮かべる。
「買い物カゴ、貸せ。俺が持つ」
「白菊さんはお米を持ってくれるじゃないですか。一人だけに荷物を持たせると、ボクがカッコ悪く見えちゃいます」
「いや、お前は──」
「カワイイのは知ってまぁ~す」
桃枝は不服そうにムッとしたが、山吹がカゴを渡す気がないと分かり、渋々引いた。……本当に、渋々と。
優しい桃枝を見て、山吹はつい笑ってしまう。そんな山吹を見て、桃枝もどこか嬉しそうに口角を上げている。
……山吹は最近、いつもいつも思っていた。『自分はとても幸せで、贅沢者で、嬉しい日々を過ごしている』と。
だが、そんな喜ばしい気持ちが強くなっていく度にもうひとつ、強まる感情があった。心の中に明るい光が差し込むと同時に、暗い影が色濃く生まれていくのだ。
「……山吹? どうした?」
「いえ、なんでもありませんっ」
その感情は、不意に。唐突に、山吹の前だけに姿を見せる。
その感情の名は──。
「今、ボクはとっても幸せだなって。そう、再認識しただけですよ」
──【不安】だ。
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