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13章【雨垂れ石を穿つ】
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しおりを挟むしばらく、抱き締め合って。囁くように、桃枝が訊ねる。
「落ち着いたか?」
「はい。おかげさまで、とても」
「そうか。なら、良かった」
微笑む桃枝を見て、山吹も微笑みを返す。この微笑みが演技でもなければ空元気でもないと、桃枝には伝わっていた。
笑顔が戻っても、不安を取り払えても。それでも山吹は桃枝にくっついたまま、どこか自嘲的にも見える笑みを浮かべた。
「もっと、目に見えたらいいんですけどね。白菊さんがボクにゾッコンだって、バカなボクでも分かるくらいハッキリと」
「目に、見える……」
ちょっとした冗談のように見せて、本心からの言葉。しかし桃枝が復唱したことにより、山吹はハッとする。
「ごめんなさい、ボクはなにを言っているのでしょうか。あははっ」
これは山吹の気の持ちようであって、桃枝になにかを望むような話ではない。ただただ、情けなさと面倒さを露呈しただけ。山吹は強引に明るい笑みを浮かべて、今の発言を【ジョーク】にすり替えようとした。
この会話は、これで終了。山吹はそう思った。
だが……。
「……そう、だな。少し早い気もするが、しかし……あぁ。今が、いい頃合いかもな」
「白菊さん?」
山吹を抱き締めたまま、桃枝はなにかをブツブツと呟いている。
考えごとをしているのか、目が合わない。山吹は桃枝の袖をクイと引っ張る。
そうされて、山吹の存在を思い出したのか──否。どこか、意思を固めたようにも見える目で、桃枝は山吹を見た。
「山吹、少し離れる。だが、すぐに戻ってくるからな」
「えっ? あの、白菊さん?」
「合鍵の時みたいに泣くなよ」
宣言と注意を残して、桃枝が山吹から離れる。山吹は桃枝に向けて一瞬だけ手を伸ばすも、すぐにその手を引っ込めた。
理由は分からないが、待つように言われたのだ。山吹は泣かずに、寝室を出て行ってしまった桃枝の戻りを待つ。
すると宣言通り、桃枝はあっさりと戻ってきた。
「山吹、手を出せ」
ベッドに座り直した桃枝は、合鍵の時と同じ言葉を山吹に伝える。
いったい、なんだろう。山吹はおずおずと両手を差し出し、手のひらを上に向けた。
山吹の怪訝そうな様子を見てか──見る前から、桃枝の表情は険しい。それが余計に、山吹の中で不可解さを増させた。
「あー、いや……。左手だけで、いい。それと、手のひらを下に向けてくれ」
「左手を、下に? こう、ですか?」
言われた通りに手を動かし、山吹は桃枝からのアクションを待つ。
「その、なんだ。これでお前の中から心配や不安を完全に払拭できるとは、思ってないんだが。それでも、無いよりはマシっつぅか……」
「えっと、白菊さん? ごめんなさい。意図が、あまり……?」
「そう、だよな。……そうだな。ここでウダウダ言葉を並べるのは、むしろ不誠実だよな」
「……?」
どうやら再度、意を決したらしい。
「山──……緋花」
「えっ。あ、はっ、はいっ」
桃枝の緊張が、表情だけではなく言葉からも伝わってくる。つられて緊張してしまった山吹は、上ずった声で返事をした。
そして、すぐに──。
「──これを、貰ってくれないか」
山吹は、言葉を失くしてしまった。
──左手の薬指に、指輪をはめられたのだから。
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