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13章【雨垂れ石を穿つ】
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しおりを挟む状況が、呑み込めない。山吹は言葉を失くしたまま、左手の薬指にはめられたアクセサリーをただただ見つめる。
いったい、なにが起こっているのだろう。まるで脳が理解そのものを放棄しているかのように、山吹は現状を全く把握できなかった。
そんな山吹を見て、焦りのようなものでも抱いたのだろう。珍しく、桃枝の方から口を開いたのだから。
「まぁ、今の法律じゃ俺たちは結婚できないんだが。目に見える約束と言うか、誓いの証と言うか。……そんな感じで、持っていてくれないか?」
桃枝から送られた、決定的な言葉。……【結婚】という単語を受けて、山吹の口はようやく言葉を紡ぎ始める。
「課長……これ、って」
「こういう時くらい、役職呼びなんてつまんねぇことするなよ」
指輪から、顔を上げた。そこで山吹は、自身の瞳でしっかりと捉えたのだ。
「──俺と添い遂げてくれ、緋花」
真っ直ぐと山吹を見つめる、桃枝を。
ようやく、ようやく。やっと、山吹は現状を理解した。
──自分は今、プロポーズをされたのだ。……と。
理解をして、贈られた物や言葉の意味や重みも理解して。それから、山吹は……。
──なにも言わずに、ボロボロと大粒の涙を溢れさせた。
山吹が突然、なんの前置きもなく泣き出したのだ。当然、桃枝は驚いてしまう。
「なっ、お、おいっ? まさか、嫌だったとか──」
「──イヤです」
「──嫌なのかッ!」
仮定を肯定され、桃枝はガンと大きな衝撃を受けた。
だが、違う。山吹が肯定したのは、全く違う意味なのだ。
それを証明するかのように、山吹は桃枝が着ている服の袖をそっとつまむ。それから俯いて、涙を零しながら、続けるべき言葉を紡いだ。
「──こんなにカッコいい白菊さんは、ダメです。ボク、ドキドキして……幸せすぎて、壊れちゃう……っ」
ポタポタと、涙が零れている。しかしこの涙は、桃枝が考えたような負の理由ではない。
「嬉しい、です。ホントに、嬉しくて……ボク、もう、どうしていいのか分からないです……っ」
顔を上げた山吹は、泣いている。それでも笑いながら、桃枝を見つめた。
「マイナス思考のボクは『ホントにボクでいいのかな』とか、そんなことも考えちゃっています。だけど今、ボクの中で一番大きな感情は【嬉しい】です。ホントに、とても、とっても……」
今までの山吹なら、沢山の言葉を──心配や不安をぶつけた後で、この指輪を受け取っただろう。
だが、さすがに分かる。どれだけの覚悟や気持ちを抱いて、桃枝が【指輪を用意してくれた】のかが。
「ボクは、白菊さんを幸せにできるでしょうか……」
涙を拭おうとしながら、山吹は未来への不安をポロリと零す。
しかしすぐに、桃枝は涙諸共、山吹が零したものを掬い取った。
「なに言ってるんだよ、お前は」
俺がする、とでも言うつもりなのだろうか。目元を指で拭われながら、山吹はそんなことを考えた。
しかし、違う。
「──してくれる未来しか見えないっつの」
桃枝が見ている、未来。それは、山吹が欲しくて欲しくて堪らなかった未来なのだ。
──二人で、幸せになっている未来。桃枝がくれた指輪は、そうした未来への誓いを意味していた。
「白菊さん……っ」
山吹はすぐに、桃枝の体に飛びつくように抱き着く。
言うまでもなく、桃枝は山吹の体を愛おしそうに抱き締めたのだった。
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