地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
434 / 466
13章【雨垂れ石を穿つ】

20

しおりを挟む



 状況が、呑み込めない。山吹は言葉を失くしたまま、左手の薬指にはめられたアクセサリーをただただ見つめる。

 いったい、なにが起こっているのだろう。まるで脳が理解そのものを放棄しているかのように、山吹は現状を全く把握できなかった。

 そんな山吹を見て、焦りのようなものでも抱いたのだろう。珍しく、桃枝の方から口を開いたのだから。


「まぁ、今の法律じゃ俺たちは結婚できないんだが。目に見える約束と言うか、誓いの証と言うか。……そんな感じで、持っていてくれないか?」


 桃枝から送られた、決定的な言葉。……【結婚】という単語を受けて、山吹の口はようやく言葉を紡ぎ始める。


「課長……これ、って」
「こういう時くらい、役職呼びなんてつまんねぇことするなよ」


 指輪から、顔を上げた。そこで山吹は、自身の瞳でしっかりと捉えたのだ。


「──俺と添い遂げてくれ、緋花」


 真っ直ぐと山吹を見つめる、桃枝を。
 ようやく、ようやく。やっと、山吹は現状を理解した。

 ──自分は今、プロポーズをされたのだ。……と。

 理解をして、贈られた物や言葉の意味や重みも理解して。それから、山吹は……。

 ──なにも言わずに、ボロボロと大粒の涙を溢れさせた。

 山吹が突然、なんの前置きもなく泣き出したのだ。当然、桃枝は驚いてしまう。


「なっ、お、おいっ? まさか、嫌だったとか──」

「──イヤです」
「──嫌なのかッ!」


 仮定を肯定され、桃枝はガンと大きな衝撃を受けた。
 だが、違う。山吹が肯定したのは、全く違う意味なのだ。

 それを証明するかのように、山吹は桃枝が着ている服の袖をそっとつまむ。それから俯いて、涙を零しながら、続けるべき言葉を紡いだ。


「──こんなにカッコいい白菊さんは、ダメです。ボク、ドキドキして……幸せすぎて、壊れちゃう……っ」


 ポタポタと、涙が零れている。しかしこの涙は、桃枝が考えたような負の理由ではない。


「嬉しい、です。ホントに、嬉しくて……ボク、もう、どうしていいのか分からないです……っ」


 顔を上げた山吹は、泣いている。それでも笑いながら、桃枝を見つめた。


「マイナス思考のボクは『ホントにボクでいいのかな』とか、そんなことも考えちゃっています。だけど今、ボクの中で一番大きな感情は【嬉しい】です。ホントに、とても、とっても……」


 今までの山吹なら、沢山の言葉を──心配や不安をぶつけた後で、この指輪を受け取っただろう。

 だが、さすがに分かる。どれだけの覚悟や気持ちを抱いて、桃枝が【指輪を用意してくれた】のかが。


「ボクは、白菊さんを幸せにできるでしょうか……」


 涙を拭おうとしながら、山吹は未来への不安をポロリと零す。
 しかしすぐに、桃枝は涙諸共、山吹が零したものを掬い取った。


「なに言ってるんだよ、お前は」


 俺がする、とでも言うつもりなのだろうか。目元を指で拭われながら、山吹はそんなことを考えた。

 しかし、違う。


「──してくれる未来しか見えないっつの」


 桃枝が見ている、未来。それは、山吹が欲しくて欲しくて堪らなかった未来なのだ。

 ──二人で、幸せになっている未来。桃枝がくれた指輪は、そうした未来への誓いを意味していた。


「白菊さん……っ」


 山吹はすぐに、桃枝の体に飛びつくように抱き着く。

 言うまでもなく、桃枝は山吹の体を愛おしそうに抱き締めたのだった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

処理中です...