435 / 466
13章【雨垂れ石を穿つ】
21
しおりを挟む桃枝から、プロポーズされた。そして山吹は、そのプロポーズを受けたのだ。
互いの体を抱き締め合いながら、言葉にし尽くせない感動を山吹は抱く。
「白菊さん……」
背中に回した腕に力を込めて、強く抱き着いて。……ふと、山吹はあることに気付いた。
知ってはいたが、桃枝の腹筋は硬い。山吹が顔を埋めている胸筋も、逞しい。いったいいつ、鍛えているのだろうか。
「……山吹? なんだよ、おい?」
背中に回されていたはずの山吹の手が、桃枝の胸筋をペタペタと触り始めた。当然、桃枝は動揺する。
「いえ、その、なんと言いますか。改めて『白菊さんの体ってスゴイな』と。そう思ったので、味わっています」
「かっ、体っ?」
「はい。とっても逞しくて、男らしくて……」
はたと、山吹は気付く。
「その……ステキ、です」
自分が今、なにをしているのか。気付くと同時に、山吹は照れてしまった。
こんなにも素敵な男性に、自分は幾度も愛してもらえているのか。はしたない回想を始めてしまった山吹の顔は、どんどん赤らんでいく。
それでも体から手を離さない山吹を見て、桃枝はなにも言わない。かえってそれが、山吹の羞恥心を煽った。
引くに、引けない。引くべきなのに、引きたくなくて。より深く桃枝を感じたくて、山吹は再度、桃枝に抱き着こうとした。
だが、その少し前に。
「なぁ、山吹」
「はい──えっ?」
山吹は、桃枝に抱き着けなくなってしまった。
桃枝に手首を掴まれ、ベッドに押し倒される。山吹が驚いている間にも、桃枝は続いて動く。押し倒した山吹の上に乗るようにして、山吹を完全に【逃げられない状態】にしたのだ。
まるで、これは。山吹がそう思うのと、ほぼ同時。
「──これは『誘われている』ってことで、いいんだよな?」
桃枝が、らしくない言葉を口にした。
即座に、山吹の顔は真っ赤になる。ここまで直接的な問いを投げられるとは思っていなかったからだ。
「えっ、あ、えっと! そっ、そういうわけじゃ……な、なくも、ない。かも、しれないですけど……っ」
あんなに泣いて、そこを除いたとしてもプロポーズされたばかり。自分の浅ましさが恥ずかしくなり、山吹は顔を隠そうとした。
だが、それはできない。未だに、桃枝が山吹の腕を掴んでいるのだから。
ここから、どうしよう。真っ赤になった山吹は答え未満の言葉をしどろもどろになりながら紡ぎ、慌てながらも状況の好転を考えた。
慌てふためきながら赤くなっている山吹を見て、桃枝はぐっとなにかを堪えるような顔をする。
それから、どこか決意を秘めたような目をした。
「山──……緋花」
「はい、なんで──んっ」
返事をしている途中で、キスをされるなんて。山吹は目を閉じることもできずに、近付いた桃枝の顔を見つめる。
すぐに顔は離れ、桃枝の顔がハッキリと見えた。
「──お前を、愛したい。だから、抱かせてくれないか」
数回、瞳をパチパチと瞬かせる。それから……。
「な、なに、言って……っ」
ポンッと、山吹の顔がさらに赤くなった。
桃枝の顔は、冗談を言っているわけではない。気を遣っているわけでも、なにかしらの空気を読んだわけでもなかった。
本心、なのだ。桃枝は今、自分の意思で【山吹を誘った】。
しかし桃枝からすると、歯切れの悪い山吹の態度は【嫌悪】として映ったらしい。慌てて身を引き、桃枝は撤回の言葉を口にしようとした。
「いや、悪い。嫌なら、ハッキリと断っ──」
「──『イヤ』とは、言ってないです」
そんな桃枝に、山吹は食い気味に答える。
「──初めて、白菊さんから誘ってもらえた……っ。だから、嬉しいです」
そう言って、山吹は赤い顔のまま瞳を細めた。
言葉通り、その表情は幸福そうで。なにかと鈍い桃枝にも、山吹の気持ちは伝わったらしい。
「そ、そう、か……」
その証拠に、桃枝の顔も赤らんでいるのだから。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる