地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
445 / 466
番外編①【待てば海路の日和あり】

1

しおりを挟む



 ※関係性は1章の途中頃ですが、3章のネタバレを含みます。



 子供の頃。山吹は家族と、夏祭りに行ってみたかった。


『母さん。一緒に、夏祭りに行きませんか?』


 ある日の夏。山吹は勇気を出して、家事に勤しむ母親を誘った。手には学校で貰った夏祭りの案内チラシを持ちながら。

 家事をしていた山吹の母は、作業を止めて幼い我が子を見下ろした。チラシを見て、勇気を振り絞った山吹を見て……母は、笑って。


『──ごめんなさいね、緋花。母さん、おうちで父さんのお世話をしなくちゃいけませんから』


 山吹の勇気を、そっと放ったのだ。

 いつだって、山吹の母親は【母親】である以前に【一人の女】だった。子供よりも最愛の旦那をなによりも優先し、反対の天秤になにを乗せられたって【旦那】が乗った方が傾く。いつだって山吹の母は、そういう女だった。

 チラシを下ろし、山吹は悩んでしまった。なぜなら当時の山吹は、父親のことが苦手だったのだ。この時の山吹はまだ、愛した妻に暴力を振るう父のことを疎んでいたから。


『……じゃあ、父さんと三人はダメでしょうか?』


 それでも父親を誘ったのは、外に出た方が母親の安全が保障されると知っていたからだ。

 他人の目があると、暴力を振るわない。父親の異常性を知り、母親を守りたくて。……なによりも、夏祭りに家族で行きたかったから。幼い山吹は色々な考えを内包しながら、母親を見上げた。

 けれど、答えは変わらない。


『ごめんなさい。父さんは、人混みが苦手ですから』


 そう言い、母親は台所から離れる。そしてすぐに、自身が持つ財布を取り出したのだ。


『お金をあげますから、一人で行ってきていいですよ。お夕食代わりに露店で、好きなものを買ってきていいですから』
『えっ。……でもボクは、家族三人で──』
『射的で遊んできてもいいですし、今もあるかは分かりませんが型抜きも楽しいですよ。気に入ったお面があったら買ってきてもいいですし、ヨーヨー風船も釣って構いませんから。……ねっ?』


 財布から抜かれた、数枚の千円札。母親は取り出した現金をすぐに、山吹が使っている可愛らしい財布に差し込んだ。


『ですが、帰りがあまり遅くなってはいけませんよ。緋花になにかあっては、母さんも父さんも心配してしまいますから』


 だったら、一緒についてきてくれたら。……そう、言いたかったのに。


『──緋花はいい子ですから、母さんと約束できますね?』


 その言葉はまるで、呪いのようで。


『あ、っ。……は、い。ありがとうございます、母さん。気を付けて、行ってきます』


 渡された財布を受け取り、山吹は【母親が望むいい子】として振る舞った。

 初めて行った夏祭りの会場は、想像していたよりも人が多くて、キラキラと輝いていて。『確かに、父さんは苦手そうだ』と思いながら、山吹は露店を巡った。

 母親に言われた通り、射的で遊んだ。型抜きも、思いの外綺麗に成功できた。お面も眺めて、水に浮かぶヨーヨー風船も見て……。

 ……なにひとつ、楽しくなかった。色々な匂いが混ざった露店の前を通過しても、喉の奥が詰まって食欲が湧かなくなるほどに……。


「……ん、っ」


 乾いた声を漏らしながら、現在。大人になった山吹は一人きりの部屋で、そっと瞼を開いた。


「さい、あく。……イヤな夢、見ちゃったな」


 季節は、夏。山吹が管理課へ異動して、三ヶ月が経過した頃。

 不愉快な目覚めは、うだるような暑さのせいにして。山吹は独り言ちながら、濡れた頬をそっと拭った。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

処理中です...