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2章【主体的には動かない、諧謔的なオメガ】

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 玄関の戸を閉めた瞬間。


「はぁい、センパイ。ちゅっちゅしましょうねぇ?」


 靴を脱ぐよりも先に、矢車は松葉瀬にそう強請った。


「殺すぞボケナス」


 自分に抱き着く矢車を冷ややかな目線で見下し、松葉瀬は吐き捨てる。

 が、松葉瀬が要求を呑まない限り、矢車が自らの意思で動かないのは自明の理。


「――んむ、っ!」


 キスを強請る矢車に対し、松葉瀬は噛みつくように唇を重ねた。


「んく、ん……ん、ふ、っ!」


 荒々しく、愛情も遠慮もないキス。

 それでも矢車はくぐもった声を漏らし、快楽に体を火照らせる。

 そんな口づけを交わしていると……不意に松葉瀬は、矢車が受けていた係長からのセクハラを思い出す。


「……お前さ、俺以外にもこういうことする相手いんのかよ」


 唇を離し、くたりと脱力した矢車に松葉瀬は問いかける。

 潤んだ瞳で、矢車は松葉瀬を見上げた。


「ふ、ぇ……? なに、それぇ……?」


 熱に浮かされたかのような瞳が、キョトンと丸くなる。


「もしかして、センパイって……意外と独占欲強い感じですかぁ?」
「あ?」
「おかしいなぁ……? ボクの見立てだと、センパイはサバサバしてる感じだったんですけど……?」
「なに気色わりィ考察してんだ、クソビッチ」


 矢車が身に着けていたネクタイを、松葉瀬が突然引き抜く。


「テメェの貞操観念は、無いどころかマイナスだろォが。だから、俺以外にもそういう相手がいてもおかしくねェなと思っただけだ」


 スーツを脱がし、そのまま床に落とす。

 すると矢車は、眉を寄せた。


「センパイの愛玩動物になってあげて、一年経ちますけど……センパイはその一年間、ボクのことをちっとも見てくれてなかったんですね」


 そう呟いた矢車が、唇を尖らせる。

 ――珍しく、拗ねたのか。

 ほんの一瞬だけそう感じた松葉瀬だったが、矢車は安定の台詞を紡いだ。


「センパイほどカワイソウで残念で、抱かれたら屈辱以外の何でもない相手じゃないと……ボクは興奮できないんですよぉ? そんな社会のゴミみたいな人、そうそういないじゃないですかぁ? センパイって、顔しかいいところがないんですかぁ? バカなんですぅ? センパイこそ、義務教育やり直した方がいいですよぉ?」
「咬むぞクソガキ」


 ワイシャツの第二ボタンまでを一気に外し、襟を下げる。

 脅しのつもりだったが、矢車には逆効果。


「モチロン、いいですよぉ? ……ほら、どうぞ? 残念アルファなお粗末センパイ? 欲望の赴くままに、ガブッとしちゃってください?」


 そう言い、矢車は松葉瀬に背を向けた。

 その瞬間……ふわりと、甘い香りが舞う。

 鼻腔をくすぐり、理性すらも弄ぶ、艶めかしいフェロモン。

 松葉瀬は誘われるように、矢車のうなじへ手を伸ばし……。


「殺すぞ、ガキが」


 思い切り、つねった。




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