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4章【普遍的ゆえに模範的な、上司による裂傷】
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しおりを挟むいつか、こんな目を向けられる日が来ると。
幼い頃から松葉瀬は、分かっていたつもりだった。
松葉瀬にとって、初めて出会ったオメガは矢車だ。それ以外のオメガを、松葉瀬は話に聞いたこともなかった。
だから、松葉瀬にとって【普通のオメガ】は矢車になりつつあったのだ。
アルファである自分に怯えるどころか、自ら寄ってきて。
警戒するどころか、懐いてきた。
だからこそ、松葉瀬は勘違いしてしまったのだ。
(あのド淫乱が【普遍的なオメガ】だなんて、笑えねェわ)
終業時間を迎えた事務所で、松葉瀬は背もたれに寄りかかり、小さく息を吐く。
(オメガの基本がアイツなワケ、ねェのにな)
基本的なオメガが矢車だと。
矢車の反応こそが、普通なんだと……松葉瀬は、誤認した。
……実際には、茨田こそが正しいのだ。
オメガにとってアルファは……オメガの意思と関係なく、オメガを屈服させられる。
そういう、絶対的で恐ろしい存在。
そんな存在が近くにいるのなら、どう考えたって脅威にしかならない。
(ンなこと、アルファとオメガってモンを知った時から、分かってたことだろォが……ッ)
自分が、オメガという存在の平穏を脅かす存在だと思われる。
そんなこと……松葉瀬には容易に想像できていた。
――けれど……【想定】と【体験】は全く違う。
茨田から向けられた、警戒したような……怯えたような、目。
あの目が、松葉瀬はどうしたって忘れられなかった。
(クソッ! ふざけんなよ、クソが……ッ!)
威圧的で、他者と距離を取り、周りを毛嫌いしていた松葉瀬だが。
それでも松葉瀬は……茨田を、人として尊敬していた。
『アルファなんだから』と言ってくることが、なかったわけではないけれど……それでも、尊敬していたのだ。
仕事ができて、人当たりもよく……自分がオメガになってしまったことを素直に告白できる。
それほどまでに、強くて立派な上司。
(そんな奴でさえ、オメガになった途端……俺を、恐れたんだ)
茨田は課内でも信頼が厚く、正しくて、常識的なベータだった。
――つまり、茨田が松葉瀬に向けた【恐怖心】は。
――あまりにも普遍的で、正当な……【畏怖】だ。
だからこそ松葉瀬は余計に悔しく、空しい気持ちになった。
「それじゃ、ボクはお先に失礼しますぅ」
「やっちゃん、お疲れ様~」
不意に。
松葉瀬の耳に、矢車の声が届く。
「はぁい、お疲れ様です、係長」
矢車は鞄を持ち、係長に笑みを浮かべて挨拶をしていた。
そんな矢車の姿を視界に入れると同時に。
「――センパイ?」
松葉瀬は、椅子から立ち上がり。
矢車の華奢な腕を、思い切り……掴んでしまっていた。
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