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番外編~日常小噺~
【片恋慕】
午前11時。起きてきた鶴城と棕櫚に、東雲が出くわした。
「お早うございます、鶴城太夫、棕櫚太夫」
「おはよう、東雲番新。三階に居るの珍しいな。何かあったのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
目を伏せてもじもじと言葉を濁す東雲に、棕櫚はすぐさまその心情を察したが、鶴城はまったく的外れな答えを導き出した。
「嗚呼、朱理を起こしに来たんだな。東雲は相変わらず真面目だなー」
「……ええ、まぁ……」
「彼奴ホント寝起き悪いもんなぁ。苦労するだろうけど頑張って。俺たちは風呂行こうぜ、棕櫚。じゃあ、また」
「は、はい……。行ってらっしゃいませ……」
「やれやれ。色恋商売なのに鈍いのばっかりで、まいっちゃうね。東雲の苦労が身に染みるよ……」
「なにぶつぶつ言ってんだよ、棕櫚」
「いーや、なんでもなーい」
遠ざかる鶴城と棕櫚の背を見送り、東雲は静かに唇を噛んだ。
──鶴城が好きだ。ずっと前から大好きだ。
貴方が私に興味が無いのは分かっている。それでも、どうしても諦められず、何度も貴方の気を引こうとしてきた。
貴方は昔から、他者の細かな変化も見逃さない広い視野の持ち主で、あっという間に手の届かない人気太夫へ成り上がっていった──
これは、まだ東雲が太夫を務めていた数年前。鶴城の観察眼が遺憾無く発揮される日常と、東雲のささやかなアプローチの数々である。
「和泉、髪切った?」
「毛先を少し。よく分かったな、鶴城」
「なんか雰囲気違うなーと思ったからさ」
「数ミリ整えただけだぞ。これに気付くって気持ち悪いな」
「ちょ、変質者見るみたいな目やめろよ。こういう仕事なんだから当然だろ。女ってのは、小さな変化に気づいてやると喜ぶもんなんだよ」
「発言の節々にクズが見えてるぞ。俺は喜ばないから、いちいち言わんでいい」
「お、おう……。相変わらず絶対零度だな、和泉は……」
翌日。
「ん? 東雲、今日髪型違うな」
「……少し、気分転換に……」
「アップにすると色っぽくて良いね、似合ってるぜ」
「あ、有難うございます……!」
「はー、東雲は和泉みたいにキレないから、褒め甲斐があるなぁ」
「そう言って頂けると、とても嬉しいです……」
またとある日。
「珍しいな、棕櫚が簪なんて挿してんの」
「んー、大分伸びたから鬱陶しくてさぁ。まとめたいって言ってたら、朱理が結ってくれたんだよねー」
「なにそれ、羨ましい。しかし、流石に彼奴は良いモン持ってんなー。高そうな漆塗り」
「それよー。今や人気は完全に太夫格なのに、いつまで駄々こねる気なんだろうねぇ」
「ちょっとその簪、貸せよ」
「絶対やだ。今日一日、髪ほどかないって決めてるから」
「なんだよ、腹立つな。俺だって結べる長さあんのに、そんな贔屓されたことないんだぞ」
「いや、知らないよ。普通に頼めばいいじゃん」
翌日。
「東雲、その髪飾り初めて見た」
「え、ええ……初めて付けましたので……」
「なに、道中でもあんの?」
「いえ……その、たまには良いかなと思って……。お、おかしいでしょうか?」
「全然おかしくないよ。控え目だけど上品な感じで、清楚な雰囲気が洗練されるね」
「こ、光栄です……!」
またまたとある日。
「朱理、香水変えたな?」
「よく分かったな。そろそろ暑くなってきたし、爽やかなのにしたくてさ」
「確かに柑橘系でさっぱりしてる。エクストリームだろ」
「まじかよ、すげぇな。まさか当てられるとは思わなかったわ」
「実は俺もそれ、気になってたんだよ。やっぱ良い匂いだよな。被るけど買って良い?」
「良いよ。後で貸してやるから、自分でも試してみな」
「おお、サンキュー! って、お前と同じの使ってたら殺されないか、俺……」
「確かに俺まで余計な恨み買いそうだな……。じゃあもう俺が使ってるやつ全部やるよ。被りも誤解も免れるだろ」
「え、そしたらお前どうすんの?」
「ロードゥ使うわ。気分で変えてるから、他にもいっぱいあるし」
「流石、朱理は似合う香りのチョイスが完璧だな」
翌日。
「……ん? 東雲、もしかして香水付けてる?」
「ええ」
「へえ、珍しい。今日は特別なお客さんでも来るのか?」
「いえ、ただの気分転換です」
「ふぅん……なんか香水ってイメージじゃなかったから、びっくりした。気分も良いけど、営業に響かないようにな」
「……あ、あの……似合いませんか……?」
「んー、似合うかどうかってより印象がな。東雲は人工的な香りより、伽羅や白檀のほうが合うよ。客商売にイメージ戦略は欠かせないから」
「は……はい……。以後、気をつけます……」
そのまたとある日。
「陸奥さん、それ新しい羽織ですか?」
「おー、こないだ貰った。趣味じゃないんだけど、今日その客と会うからさ。礼儀として一度は見せとかないとな」
「そういう柄物も似合ってますけどね。顔面偏差値、振り切ってますし」
「いやぁ、ちょっと派手過ぎるだろ。お前のほうが似合うんじゃないか? 見せ終わったらやるよ」
「いやいや、いいですよ! そんな高価そうな物! 第一、俺がそれ着てるの見られたら、お互いヤバいじゃないですか」
「そうだな。じゃ、さっさと売るか」
「冷帝、容赦ねぇな……」
翌日。
「あれ? 打掛、いつものと雰囲気違う。前から持ってたっけ?」
「いえ、最近買ったばかりです」
「東雲は肌が白いから、そういう鮮やかな蒼が映えるね。華やかな感じで好みだわ」
「そ、そうですか。では、もう少し買い付けてみます」
「なら、一枚買ってあげる」
「い、いえ、そんな……頂く訳には……」
「いーの、いーの。俺が好きなだけだから」
「──……っ」
──鶴城の反応、言葉に一喜一憂する。褒められれば天にも昇り、暫く降りて来られない。窘められると、奈落の底まで落ちて行く。そして、やはり上がってくるのはとても難しい──
東雲が初めて鶴城を見たのは、大学の頃だった。実は東雲と鶴城、一茶は同じ大学の同期だ。学部が違ったため、東雲と鶴城らには一切、交流は無かった。
東雲が学食前の自販機で飲み物を買おうとした時、先客が居た。それが鶴城だったのだ。どうやら何本かまとめて買った缶が引っ掛かって取り出せず、苦労しているらしい。見かねた東雲が取り出すのを手伝うと、鶴城は笑顔で礼を言い、買ったうちの1本をくれた。
それが始まりで、初めての恋だった。東雲の初恋は、甘酸っぱいレモネードの味だった。
鶴城は大学の王子様で、いつも友人や女性達に囲まれていた。鶴城と一茶の人気は有名で、とても声など掛けられず、目で追うだけの日々だった。
やがて就活の時期に入り、どうやら鶴城と一茶は共に吉原へ行くらしいという噂を耳にした。引っ込み思案で内気な東雲が万華郷の面接を受けたのは、鶴城を追いかけてきた結果だったのだ。
突き出し相手に選ばれた時は、始終、夢心地だった。鶴城にされることの何もかもが嬉しくて、気持ち良くて、試験だということなどすっかり頭から抜け落ちていた。
結果的に、それは良いほうに転んだ。性格上、仕事が務まるか不安視されていたのだ。
しかし、夢はどこまでも夢であり、いつか覚めてしまう物だ。突き出しが終わってからと言うもの、鶴城は二度と東雲と肉体関係を持つことは無かった。
こうなったらいっそ、告白してしまおうかと勇気を奮い起こした時期もあった。
「つ、鶴城……」
「ん? どうした、東雲」
「そっ……その……わ、私と、つっ……つき……つきっ……ぁ……っ」
「月? 嗚呼、今度のスーパームーンの日、雨らしいぞ。折角なのに残念だよな」
「い、いや……あの……」
「東雲も楽しみにしてたんだな、次回は晴れると良いね」
「……そう……ですね……」
そんなことを数回、繰り返したものの、想いは未だ伝わらず。他人の些細な変化に敏い鶴城も、何故か東雲の心情にだけはまったく気付かない。
何度あしらわれても、何度ふられても、東雲の恋は冷めるどころか募る一方で。
思わぬ年季明けが決まった際も、鶴城と離れることだけは何としても回避せねばならないと思った。そうして、今もひたすら鶴城を愛し続けながら、番頭新造として仕事に精を出している。
「ねぇ景虎ぁ、今度のお休みはデートしようよぉ」
「別に構わんが、身体を休めなくて大丈夫か?」
「全然へーき。景虎と居られるだけで癒されるからぁ」
「そうか。無理するなよ」
「心配してくれてるの? 優しいなぁ。そういうところ、大好きだよぉ」
通りかかった香づきと景虎の仲睦まじい会話に、寂しさが込み上げる。
「朱理、今日も愛してるよ」
「あーはいはい、俺も俺も」
「軽い! 軽過ぎるぞ、お前の愛!」
「挨拶代わりに言ってくるてめーに言われたくねぇわ」
「俺は真剣に言ってるの。お前が俺を好きになるまで、毎日愛を囁くぜ。あと軽く50年は言い続けるね」
「ノイローゼになるから辞めてもらえる? つか重い! うざい! くっつくな鬱陶しい!」
何年ふられ続けてもめげない陸奥の強さに憧れ、朱理に鶴城を重ねては虚しくなった。哀しくて堪らなくなって、目頭が熱くなる。
「東雲番新、どうした? 珍しくぼーっとして」
「っ、鶴城太夫っ……! お、お疲れ様です……」
「あれ、なんか目ぇ赤くない? 大丈夫か? 慣れない仕事で大変だろうけど、あんまり頑張り過ぎるなよ」
「は、はい! お気遣い、有難う御座います」
──貴方はそうしてあっさりと、私の世界を天国にも地獄にも変えてしまう。
貴方を想うごとに、貴方の姿を見るたびに、貴方の声を聞くほどに、この愛は大きく深くなってしまう。
もしも実ることがあるのなら、どうか一刻も早くその日が来て欲しい。
何故ならこの想いは腐って落ちることは無く、ただひたすら育ち続けていくのだから──
終
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