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【神藤⠀一茶】
上手格子太夫、神藤 一茶は典型的な王道美男だ。
容姿は言うまでもなく端麗で、物腰も柔らかく、いつも穏やかな微笑を湛えている。積極的に話すほうではないが、無口でもなく、的確な相槌や話題提供ができる聞き上手で、面倒見もいい。
もし鶴城が居なければ、王子枠の人気は欲しいままだったであろう、売れっ子だ。
難点を上げるとすれば、優し過ぎてやや個性に乏しい所である。温和、親切と言えば聞こえは良いが、それだけで満足するほど、吉原の客は甘くない。
受け身の下手ならば、けい菲の深すぎる懐も長所と個性になりうるが、リードする側の上手にとって、優しいだけでは面白味に欠けてしまう。一定以上の抜きん出た人気を獲得するには、少々、丸すぎたのだ。
それでも、抜群の顔の良さと完璧な紳士的接客により、揺るがぬ固定客を確保している。
そんな一茶は、六人兄弟の長男だ。弟が二人、妹が三人居る。父は貿易会社勤務で、一年のほとんどは海外に単身赴任。母は元モデルで、現在は高級クラブのオーナー兼ママだ。
幼い頃から不在がちな父に変わり、母と共に下の子たちの面倒を見ていた。元々、温厚な性格の一茶は、サバサバとした母を上回る母性を発揮して、弟たちを可愛がった。さながら母が父親役、一茶が母親役をこなす格好となっていた。少し風変わりではあったが、家族仲は良好で、何の問題も無かった。
一茶は容姿と性格の良さで、学生時代から地元で一番と言っていい人気者だった。それは大学へ進んでからも変わらず、瞬く間に学部の最人気となって騒がれた。
他の学部にも大変なモテ男が居ると噂に聞いたが、広い構内だ。学部が違うとまったく交流が無いため、特に気にしていなかった。
一年の秋。学祭で恒例のミスターコンテストにノミネートされた一茶は、当然のように一位を獲得した。が、なんとミスターコン史上初、同票一位の男が居たのだ。それが鶴城だった。
奇妙な出会いから二人は交流を始め、たまに学食を一緒したり、互いの講義が空いた時には遊んだりする友人となった。
しょっちゅう彼女が変わる鶴城とは正反対に、一茶はまったく恋人を作らない。ある日の学食で、二人はそんな話になった。
「なんでカノジョ作らねぇの? もしかして、女苦手?」
「ううん、そういう訳じゃないよ。単に時間取れないだけ。勉強もあるし、家のこともしなきゃいけないからね」
「あー、お前んちって大家族だもんな」
「逆に、鶴城はなんでコロコロ相手が変わるの? 恨まれても知らないよ」
「いや……嫉妬がさ、やばいんだよ、みんな……。何回、携帯割られたか覚えてねーもん……。断ったら断ったで、しつこく追っかけられるし……あ、そうだ。どうやって躱してんのか、聞こうと思ってたんだわ」
げっそりする鶴城に、一茶は苦笑を漏らす。
「難儀だねぇ。俺はほら、さっき言ったこと、そのまんま伝えてるから。たまに手伝うって言ってくれる子も居るけど、うちの弟たち、人見知りが激しいからさ」
「あー……家庭の事情じゃ食い下がれねぇよなぁ、流石に。くそ、羨ましいぜ……」
「いっそゲイだって言っちゃえば?」
「それ、今更過ぎて嘘だって丸わかりじゃん……。それに、俺はゲイじゃなくてバイだからな」
「じゃあ、バイだってカミングアウトしたら良いんじゃない?」
「なんの意味があんの、それ。面倒が増えるだけじゃね?」
「あ、そうか。困ったねぇ」
そんなこんなで、モテる男同士ならではの友情を育みつつ、順調に単位を取り、三年に上がった。新入生で賑わうキャンパスを眺めて、そろそろ就活を考えねばなと思った。
子ども好きな一茶は、海外で日本語を教える日本語教員を目指すつもりでいたが、年々、激しくなる反日運動や世界情勢を見るにつけ、あまり魅力的とは思えなくなっていた。
貿易関係の父は、反日の影響で思わぬ減給をくらい、母の店も不況の煽りを受け、売り上げは年々、減少している。安定した公務員も良いが、今後は弟たちの就学が重なり、かなりの出費が予想される。
何か、もっと実入りの良い仕事が無いものかと思案していると、背後から肩を叩かれた。
「よ。お前もいよいよ品定めか?」
「ははっ、違うよ。鶴城は相変わらずだねぇ」
すっかり女性のあしらいにも慣れた鶴城が、初々しい新入生たちへ視線を流しながら、いつものように世間話を始める。
「お前、入学式見に行った?」
「ううん、行ってないよ。何かあったの?」
「いやさぁ、一人すげぇ目立ってた子が居てさ。よく見てみたくて探してんだけど、入学式以来、全然見つけらんねーのよ」
「へえ、鶴城がそこまで言うなんて珍しいね。どんな子? 派手な感じ?」
「派手ってわけじゃないけど、ものすんごい美人。普通に黒髪で黒スーツだったのに、やけに目に付いたんだよな。この世のものとは思えない美しさっつーか、浮世離れ感がすげぇのよ」
「へえ、それは凄そう。俺も見てみたいから、居たら教えてよ」
「おう。てか、就職とかもう考えてる? お前、確か教師目指してんだったよな」
「そうだったんだけどねぇ……。色々考えると、給与面が物足りないかなって。もっと視野広げてみようかと思ってた所だったよ」
「確かに、どうせなら稼げるとこ就きたいよな。ま、俺は夏あたりから本格的に考えるわ」
あっという間に春が過ぎ、夏季休暇も家事やらなにやらでバタバタと終わり、気付けば学祭の季節になっていた。
結局、一茶はこれだと思える職を見付けられず、鶴城も同じく決めかねているようだった。二人して難航する就活にうなだれていると、学祭の実行委員長を務めている共通の友人、来須が陽気に声を掛けてきた。
「色男どもが萎えてるなー。年イチの祭りなんだから、もっと楽しめよ。ほら、そろそろメインステージでライブ始まっから、見に行こうぜ」
「えー、俺はやめとく。軽音のやつら、身内の盛り上がり方がやべーんだもん。狂気を感じる」
「それは仕方ないんじゃない? 仲間を応援するのは、当たり前なんだから」
「そうそう、一茶の言う通り。我が校の花形サークルなんだから、盛り上がってもらわなきゃ俺も困る。ほら、良いから来いって。広場が空いてると、見栄えが悪いんだよ」
半ば強引に引っ張り出された先で、鶴城はバンド演奏に負けないほどの叫び声を上げた。
「びっくりしたぁ……。突然どうしたの、鶴城」
「あの子だよ! 俺が入学式で見たの!」
鶴城の指差すステージでは、中折れ帽を目深にかぶった細身の男が歌っている。遠い上にほとんど顔も見えないのに、よく分かったなと一茶は思った。
「あー、確か文学部の一年だ。よく文学棟の東屋で見かけるわ。すごい美人だし雰囲気あるし、良い声してるよな」
「あの子フリー!?」
食い気味で聞いてくる鶴城に、来須は苦い顔で首の後ろへ手を当てる。
「いや、残念ながら、もう部長のお手付きだ。可哀想にな」
「まじかよ、最悪……」
「ひと足遅かったねぇ、鶴城」
がっくりと肩を落とす鶴城に、ステージ上へ憐憫の眼差しを送る来須と一茶。軽音部の部長が相当、手癖の悪い男だというのは、同期なら知らぬ者は居ない話だ。
ともあれ、盛り上がるバンド演奏は、有名歌手が吉原を歌った曲のカバーに移った。哀愁と妖艶が入り混じる曲調に、悲愴を滲ませた声色がよく合っている。
「吉原、かぁ……」
ぽつりと漏らした一茶の言葉に、来須が反応した。
「ああ、良いんじゃねぇの、吉原。お前らのモテ方って尋常じゃねーし。まだ全然、就活進んでないんだろ? 採用条件くそ厳しいけど、受かりゃめちゃくちゃ稼げる店があるらしいぜ」
「お前、そんな簡単に言うなよ。ちょっとこの辺でモテる程度で勤まるなら、みんなそこ行くだろ」
「そうだよ来須。鶴城はともかく、俺なんかじゃ、あんな厳しい所で生きていけないよ」
来須は二人を呆れた苦笑で見比べ、ゆるゆると首を振った。
「お前ら、自分のレベルがどんだけ振り切ってっか、まったく分かってねぇのな。この辺どころか、他所の大学にまでファンクラブあるのなんて、お前らくらいだぞ」
「そりゃ、初心で若いお嬢さんらにはウケてるかもしれねーけど、目の肥えた金持ちにウケるとは限らねぇだろ」
「吉原と言えば、芸能界の何倍も生き残り厳しい世界でしょ? そもそも受かる気がしないよ」
「あーもう、ごちゃごちゃ言うのは落ちてからにしろ! ダメ元で送ってみろって」
「うーん……どうする? 鶴城」
「まあ、一茶が応募するなら……」
こうして、何気に最良の助言者だった来須のお陰で、二人とも万華郷への就職が決まったのだった。
新造時代はよく仕事の愚痴や弱音を吐きあったものだが、格上げされて鶴城が三階へ移ると、めっきり顔を合わせる機会が減ってしまった。
しかし、卒業後もたまに三人で食事に行くなどして、来須との交流も続いている。因みに、来須は順調に内定を取り付けた一般企業で、社畜生活を送っているという。
「お前もたまには遊んで行けよ。馴染みになるくらいまでなら、出資してやるからさ。お前には、背中押してもらった恩もあるし」
「いや、無理だって。家族養うので手一杯で、通う金が続かねぇもん。ヒラリーマンの薄給、舐めんなよ」
「あんまり高望みしなければ、そこそこで通える見世もあるよ。うちとか三大遊郭が、特別に高いだけだからね」
ある日。いつものように三人で飲んでいると、そんな話になった。来須はちびちび酒を舐めながら二人を眺めて笑う。
「しっかし、立派になったよなぁ。本当に吉原一の太夫になっちまうとは、流石に驚いたぜ」
「なってねぇよ。トップはもっと雲の上だ」
「でも、来須には俺も感謝してるよ。あの時の助言が無かったら、今の俺達も無かったからね」
「お前らが売れっ子になっても変わらず居てくれて、俺も嬉しいよ」
そうして、旧友たちの夜は更けていく。穏やかな一茶の人生の、緩やかな変遷であった。
終
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