万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩

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番外編~日常小噺~

【性差万別】

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 ある日の昼下がり。控え所で、朱理しゅりが唐突にこんな話を切り出した。

「皆のセクシャリティって、どうなってんの?」
「そんなデリケートな問題を藪から棒に出すかね、普通」

 鶴城つるぎが苦笑しながら珈琲をすする。

「いやさぁ、上手かみては完全ゲイってことはないだろ? 女性客9割なんだからさ。逆に下手しもては9割男性客だから、完全ノーマルじゃ務まらない訳じゃん」
「まぁ、そりゃそうだけど。なんで今更そんなこと聞くの?」

 咥えた煙草に火を点けながら棕櫚しゅろが問い返す。

「今朝、ニュースでLGBTQとかノンバイナリー公表とかなんとかって記事見てさ。今や、そういうことも公にする時代なんだなぁと思ったら、ふと気になって」
「ノンバイナリーとLGBTQとは、ちょっと話が違うんじゃないのぉ?」
「そうなんだけど、まとめて聞いてみる良い機会かなって。まぁ、言いたくなきゃ言わなくて良いけどね。単なる俺の好奇心だから」
「ふうん……それで言うなら、俺はゲイかなぁ。自分の性は男って認識してるから、ノンバイナリーじゃないねぇ」

 真っ先に答えてくれたのは香づきだ。
 近年、性の考え方やり方、捉えられ方は、目まぐるしい変化と飛躍を遂げている。まさにこの見世も、そんな性解放と共にのし上がってきた。数百年前から活躍し続ける花魁たちに追い付け追い越せの陰間など、ひと昔前には有り得なかった存在だ。
 そんな見世へ自ら志願して働く娼妓らの本音が知りたい、と朱理は考えたのである。

「バイを隠してる訳じゃないけど、公表もしてないな。言って得することねーし。あ、俺も自分は男って自認してるぞ」
「俺も鶴城と同じだな。ただ、女に本気になることは二度とないけど」

 香づきに続いて答えたのは鶴城と荘紫そうしだ。

「俺もバイかなぁ。とは言っても、あんまり性別にこだわり無いや。好きになった人が好み」
「んー、上手は基本的にバイ・セクシャルがほとんどだと思うよー。俺もそうだし。仕事柄、やっぱり性行為が伴うからね」
「確かに。お前は?」

 棕櫚、一茶いっさの答えに納得しつつ、朱理は伊まりへ顔を向けた。

「俺は元々ノンケや。色々あって、ここで働くって決まってから割り切ったな」
「えっ、そうなの!? 色々って……性癖覆すほどの何があったんだよ、お前……」

 まさかの転身に皆が驚く中、引きつった笑みを浮かべる伊まりは、「聞くな」と紫煙を吐いた。

冠次かんじは?」
「知らん。男も女もどうでもいい」
「まさにクエスチョニングだな。それで仕事出来てんだから、ある意味、一番すげぇのかも」

 予想通りの答えだが、冠次の謎は深まるばかりだ。

奈央なおは?」
「経験則から言うとゲイ寄りのバイだな、多分。別に女が無理ってこともないが、同性相手のほうが多かったし」
「あー、分かる気がする」

 この場に居ない陸奥むつ、けい菲、東雲しののめ景虎かげとらの意見は聞けないが、上手より下手のほうが精神的に複雑なのかもしれない、と朱理は思った。

「そう言うお前はどうなんだよ、朱理。聞くだけ聞いといて、自分は言わないとか無しだぜ」

 鶴城に問われ、朱理は改めて己の性生活をかえりみる。

「んー……あれ? そう聞かれると、よく分かんなくなるな。俺もゲイ寄りのバイなんだと思うけど、なりたくてなったんじゃないような……?」
「え、なにそれ。どういうこと?」
「女も抱けるし、男も抱けるし、抱かれるし? 求められたら基本的に何でもイけるな。まぁ、昔は選択肢なんて無かったことも多かったからなぁ」

 のほほんとした口調で言っているが、ほの暗い過去が見え隠れする話に場の空気が若干、冷える。

「お前、一体どんな人生を……いや、やっぱりいい。聞いたら後悔しそう……」
「えー? 別にどうってことねぇよ。フツー、フツー」
「お前の普通は一般常識とズレ過ぎてっから。まじで狂気なこと言い出しそうだから辞めろ」

 冷や汗と苦笑を浮かべる鶴城と荘紫に、朱理は心底、不思議そうに首を傾げている。

「流れついでに聞くけどさぁ、突き出しってどうだった?」
「お前な……だから、そういうことを世間話みたいに聞くなよ。俺は絶対、ノーコメントだぜ」
「嗚呼、鶴城んとこは聞かなくても予想つくからいい。どうせ普通にヤって普通に終わったんだろ」

 色々と不満はありつつも、返す言葉もない鶴城は厭な顔をして押し黙った。

「それなら、棕櫚んとこも淡々とヤって終わったんだろ。前に言ってたもんな」
「荘紫ッ……! いや、あの、和泉いずみさん……これには訳がありまして……」

 あわあわと和泉の顔色をうかがう棕櫚に、和泉は眉ひとつ動かさずに紫煙を吐いた。

「別にどうでもいい。その通りだしな」
「棕櫚のテクどうだった? めっちゃ興味ある」
「ちょ、やめてよ朱理ぃ! 本人目の前にしてそれ聞かれるのは、流石にしんどい!」
「どうってことなかったぞ。ま、ここに受かったくらいだから、少なくともヘタではなかったと思う。あんまり覚えてない」
「えー、それだけ? 相変わらず淡白だよなぁ奈央は。勿体ない」
「いやぁあー! やめてぇええー!」

 顔を真っ赤にして耳を塞ぐ棕櫚を完全無視な和泉らに、荘紫たちは厭な汗を滲ませている。
 ふと、香づきが遠い目をしながら呟いた。

「淡白と言えば、景虎も相当だったよぉ。ほとんど俺のリードで進んだしぃ。よくあれで受かったなと思うわぁ」
「おわぁ……なんか凄い簡単に想像つく……。つかさ、それこそどうやって客掴んでんだって話よな。あいつもかなり謎だわ」
「さあ? リードしたい系女子も多いんじゃない? 最近は肉食系とか増えてるしぃ」
「それは一理ある」

 では淡白を通り越して無関心な冠次はどうだったのか、と朱理は伊まりへ小声で問う。

「あいつホンマ最悪やぞ。ヤっとる最中、あーせぇ、こーせぇってやかましいの何のって。金積まれたって二度と御免やわ」
「ちょ、おま……声でかいって! 折角ひそっと聞いた俺の気遣いよ……」
「いらへんわ、そんなもん。アレの神経はな、図太いとかやない。無いねん。もう人間辞めてんねんで」

 伊まりは当て付けるように大声で答えるが、冠次はソファに寝転んだまま鼻で笑っている。

「えーと……結局なに? オラオラって解釈で良いの? それ」
「全然ちゃう。やれ台詞あざといだの、やれ声デカ過ぎだの、動きわざとらしいだの、小言めっちゃ言うてくんねん。おのれはセックス教官かて、びっくりしたわ」

 そんな突き出し、厭すぎる、と全員が思った。と、荘紫が思い出したように声を上げた。

「嗚呼、そう言えばお前、なんか喚いてたよな。突き出し中に何事かと思った覚えあるわ」
「もーイライラして堪らんで、令法りょうぶさんらに相手変えてくれって頼んだんやけど、合格にしたるから最後までヤっとけ言われてな。ホンマにえずきそうやった」
「令法さんが言いそうなことだな……。それにしても不憫過ぎる……」

 流石に皆、伊まりを憐れみの目で見ている。中途入楼の朱理は、そんな現場も前楼主も知らないため、いまいち空気が掴めていない。

「荘紫はどうだった? けい菲なら問題無く済みそうだけど」
「お、おお……まぁな。俺はガチガチに緊張してたけど、向こうは余裕だったぜ。逆に気遣われて、今思うとくそ恥ずかしいわ」
「へぇ。荘紫って意外とそっち方面、初心うぶなとこありそうだもんな」
「う、うるせぇな! 若かったんだよ! しかも相手アレだぞ!? 精神年齢、俺らより絶対ひと回り上だろ!」
「確かになぁ。まぁでも、はんなり美人と致せたんだし、役得で良い思い出じゃねぇの」
「もういいだろ、俺の話は終わりだ!」

 照れ怒る荘紫を弄り倒して気が済んだ朱理は、最後に一茶へ問いかけた。

「あにぃんとこは?」
「うーん、本人の居ない所で話すのも、はばかられるからなぁ。まぁ、つゆ李は恥ずかしがってたけど、そこがまた可愛かったよー」
「おお、素晴らしく模範的かつ紳士的な感想。あにぃは普通に優しいセックスしそうだよね」
「あはは、そうかもね。特に面白味は無いと思うよ」
「普通が一番って場合も多々あるしな。やっぱ、一茶は万華郷の良心だぜ」

 鶴城が落ちを付けようとした所で、ふと朱理にある疑問が浮かんだ。

「てかさ、なんであにぃはつゆ李と付き合わなかったの? あにぃが恋人になってたら、つゆ李の身上がり癖もあんなに酷くならなかったかもじゃん」
「うわ、ド直球。猛者もさやな、朱理」
「いやだって、皆も思ってたろ、絶対」

 無言の肯定の中、一茶は困ったように笑いながら首を傾げた。

「答えても良いけど、何があっても本人に言わないでね。もし傷付けちゃったら厭だからさぁ」
「分かった、言わないって約束する!」
「実は俺、ああいう派手な美形って得意じゃないんだよ。別次元の存在みたいで、萎縮しちゃうんだよねぇ」

 その場の全員が、「お前が言うか」と思ったが、後が怖いので口には出さない。

「……そ、そっかぁ、成程ね! 好みじゃないなら仕方ないよね、うん!」

 流石の朱理もさっさと話を切り上げようと大袈裟に明るい声を上げている。すると、鶴城が眉をひそめて怪訝そうに呟いた。

「妙だな。令法さん達がそんなミスするとは考えにくいんだが……」
「そりゃあ単なる情報不足さ」
「うおっ、陸奥さん!?」

 声を上げたのは、いつの間にか控え所の戸口にもたれて話を聞いていた陸奥だった。

「おー陸奥。珍しいな、お前が顔出すの」
「お疲れ、朱理。なんか面白そうな話してたからさ」

 朱理を背後から抱きかかえて座る陸奥に、鶴城がおずおずと問いかける。

「あの、情報不足とは……?」
「嗚呼、一茶って学生時代、誰とも付き合ってなかったんだろ。だから好みがさっぱり分からんって、令法さんがボヤいてるの聞いたことあるから」
「そ、そんな調査してたんすね……。怖過ぎるけど納得……」
「あの人、所轄の刑事みたいに現場出るの好きだったからなぁ。俺も色々、嗅ぎ廻られてたよ」
「言い方……」

 陸奥から知らされた前楼主の裏調査に、朱理以外の一同はぞっとする。

「その点、俺らは成り行きだから関係ねーな」
「やだなぁ朱理ってば、運命って言ってよ。もしくは必然ね」
「はからずも、きせずして、偶然、たまさか、ゆくりなし」
「わー、すごい語彙力で否定してくる。くそ可愛い、愛してる」
「黙れ変態」

 相変わらず息の合ったやり取りに、何故この二人はくっつかないのかと心底、不思議に思う娼妓たちなのであった。

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