万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩

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番外編~日常小噺~

【愛夫家の非日常】

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※椎名林檎さん『愛妻家の朝食』をイメージした小話を、とリクエスト頂いた短編です。



 午後12時。昼見世の支度まで自室で暇を潰していた朱理しゅりは、テレビを垂れ流しつつ携帯をぽちぽちやっていた。ある番組のコーナータイトルに目が止まる。

「……果物が煙草の害を軽減、か」

 確かに煙草を吸っていると様々な弊害がある。しかし、果物を少し摂取したところで吸う量が多過ぎるため、ほとんど意味を成さないだろうとすぐに興味を無くした。が、ふとある人物を思い出して気が変わる。

「折角だし、昼終わったら商店でも覗いてみるかなぁ……」

 そうして外出用の着物と帽子を用意し、昼見世へ向かった。



 いつも通りに仕事をこなし、揚屋あげやで着流しに着替えていると、付き添い新造の月城つきしろが怪訝そうに声を掛けてくる。

「お出掛けなさるんですか?」
「うん。ちょっとぶらついてから帰るよ。悪いけど座敷衣装、持って帰ってくれる?」
「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 月城に見送られて仲之町の商店街へおもむき、目当ての店に辿り着いた。色とりどりの果物が並び、目にも美しい。
 何を買おうか迷いつつ店先の商品へ手を伸ばした時、ほぼ同時に隣から伸びてきた手とぶつかった。

「失礼……って、あれ? 奈央なお?」
「ん? なんだ、お前か。帽子なんかかぶってるから気付かなかった」
「びっくりしたぁ。まさかこんな所で会うなんてね。あ、眼鏡かけてる。変装? 可愛いね」
五月蝿うるさいな、俺こそ驚いたわ。お前が果物屋に来るなんて、明日は雪か?」
「失礼な。これでも果物は好きなんだぜ」
「知ってる。自分でわざわざ買いに来るイメージが無いんだよ」
「それは……まぁ、確かに無いな。気分だよ、気分」
「また例の発作か? 今すぐアレ食べないと死ぬー、ってやつ」

 朱理は相当な気分屋なうえ我慢知らずである。それは食にも言えることで、例えば夜中に突然チョコレートが食べたくなり、無いとなると大騒ぎをするような性分だ。

「テレビ見てたら果物特集みたいなのしててさ。たまには直接、店に見に行くのも良いかなーと」
「お前ほんと影響されやすいのな」
「そう言う奈央こそ何してるんだよ」
「俺は常連だ。この店のプラムが1番美味い」
「またハイソな物を……。奈央って桃系好きだよな」
「お前だって好きだろ、桃」
「確かに好きだけど、すももは苦手だよ。剥きにくいし、酸っぱいじゃん」
「ここのは甘いぞ。後で分けてやるよ」
「ありがと。しっかし、これだけあると何買うか迷うなぁ」
「林檎は?」
「皮剥くのが面倒くさい」
「梨」
「だから皮剥くのが面倒だっつってんじゃん」
「オレンジ」
「手が汚れるから厭だ」
葡萄ぶどう
「んー……皮ごといけるやつなら」
「今は無いな。ならパイナップルにしろ、大好物だろ」
「そうだけども……。あんなん丸々1個買っても、どうやって切りゃ良いのかさっぱり分からん」
「あーもう、ごちゃごちゃ五月蝿ぇなぁ。台所に頼みゃあ良いじゃねぇか」
「あ、その手があったか。じゃあパイナップルと……あといくつか買いたいんだよなぁ」
「はぁ……。てめーの買い物は長くてたまらん。女の服屋じゃねぇんだぞ。果物くらいぱぱっと決めらんねーのか」
「いやぁ、いざ見ちゃうと迷うんだよ。食べる時のことも考えるしさぁ」

 などと不毛な会話を繰り広げながら結局、和泉いずみはプラムとオレンジを数個ずつ。朱理はパイナップルと苺とライチと柘榴ざくろを紙袋いっばいに買った。ついでに練乳もしっかり購入している。

「重っ……! くそ……やっぱパイナップルかさばるわ」
「いっきに買い過ぎなんだよ。腐るぞ」
「あの店主、ちゃんと柔らかい物上にしてんだろうな。潰れてたらクレームもんだぞ」
「聞けよ、人の話をよ」



 一方その頃、番頭台には打ち合わせ中の黒蔓くろづる東雲しののめの姿があった。髪を搔き上げる黒蔓の仕草に、東雲が声を掛ける。

「随分と伸びましたね。切らないんですか?」
「ん? あー……まぁ……めんどくせぇし。むすんどきゃ支障ねぇだろ」

 そう答えながら、優しい手付きで髪をく愛しい男の顔が脳裏をよぎる。
 綺麗な黒だと言いながら、細く白い指にこの髪を巻きつけて微笑わらうのだ。だからもう少し、このままにしておこうと思う。



 翌午前5時半。

「ゔぅ……あー、長かったぁ……」

 帰りたくないとごねる客をなだめすかしてなんとか送り出し、ようやく解放された朱理は伸びをしつつ自室へ戻った。そこにはいつものごとく待ち受けている恋人の姿がある。

「お疲れ。今朝も遅い午前様だな」
「時間前からかしちゃいるんだけどねぇ……」
「ったく、お前の客は5時前に帰ったためしがねぇな」
「そんなこと言いながら、いつも戻るまで待っててくれるんだから。やっぱり優しいよね、黒蔓さんは」

 朱理は微笑みながら黒蔓へ口付ける。香った煙草の匂いに、そういえばと思い出し、いそいそとコンロ下の小型冷蔵庫へ向かった。

「黒蔓さん、苺って食べられる?」
「そりゃまぁ食えるが……なんだ、突然」
「昼終わった後に買い物してさ。一緒に食べようと思って置いといたんだ」

 珈琲をたてながら取り出した苺をさっと水洗いし、ヘタを切り落とした実を半分にして皿へ盛る。ちょうど出来上がった珈琲と共に、苺の皿を文机ふづくえに置いた。

「はい、どーぞ。練乳もあるから好きに使って」
「ありがとよ。苺なんて久し振りに食うわ」
「俺も。滅多に自分じゃ買わないもんね」
「で、今回は一体なんの気紛れだ?」
「昨日テレビで見たんだよ。果物が煙草の害を減らしてくれるー、とかなんとかって」
「お前、俺らの吸う量がたったこれしきで軽減されるとか、本気で信じてんのか?」
「あはは、まさか。気持ちの問題だよ。たまには、こんな真面まともなことしてみても良いかなって」
「本当に気分屋だな。でもまぁ、確かに悪くない」

 黒蔓は苦笑しつつも、艶のあるみずみずしい赤を頬張った。ほど良い酸味と甘味が舌の上に広がる。
 指先で黒蔓の髪をつまみ、微笑む朱理の顔は朝陽に照らされて普段より柔らかく、とても優しかった。
 互いに顔を寄せながら何度となく想う。この瞬間、共に過ごせるなら他に何も要らない。些細な事柄で互いを思い出し、喜ぶ顔が見たくて普段はしないようなことをしてしまう。
 2人の愛夫家にとって、そんな小さな幸せさえあれば、どんな日でも至高の非日常となるのだった。
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