万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩

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番外編~迷作文学~

【シンデレラ⠀5】

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 王子はというと、朝から必死で捜索しているにも関わらず、金の靴がぴったりはまる足の持ち主は一向いっこうに現れていなかった。

「くそッ! ここも駄目か! 一体どこへ消えてしまったんだ、俺の王妃……っ!」
「ハハ……言葉だけ聞けば、間違ってはいないんですけどね……。もう234軒目ですよ、鶴城つるぎ王子。今日のところは一旦、終わりにされてはいかがです?」

 頭をかかえる王子を、苦笑を浮かべながら側近そっきん渡会わたらいが諌めている。

「これだけ探しても見つからないとなると、やっぱり他国の姫だったのかな。そうなると国交問題がなぁ……。別に戦争しても良いんだけど、相手によっては長期戦になるかもしれないし……」
「ちょ、物騒なこと言わないで下さいよ! なんで嫁貰うのに戦争しなきゃならないんですか! 舞踏会より国政に影響しますよ!」
「そういえばアノ国はこの前、ついにネクロフィリア王子が生きてる嫁もらったって騒いでたよなー。ソノ国もめっちゃ派手な結婚式してたし。まぁ、ソノ国は顔も性格も完璧なイケ王子だから納得だけど、アノ国はなんで結婚できたのか、未だに謎だぜ。……ってあれ? 俺、まじで行き遅れてね? いやいや、これからだし。俺も絶対、あの姫と盛大な結婚式するし……」

 側近の言うことなどまったく耳に入っていない王子は、まだ不毛なことに頭を悩ませている。

「と、とにかく、次の屋敷へ行ってみましょう! そこが駄目なら、また明日探すということで……ね?」
「はぁ……とりあえずそれが1番現実的だな。次はここか。ふーん、小洒落た屋敷じゃねーの」
「では私が呼び鈴を鳴らしますので、お待ちくださいね」

 そうしてベルの鳴らされた屋敷は、まさしくシンデレラの家であった。

「おや、王子様。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちはマダム。話は聞いていると思うが、この靴にぴったりの足の持ち主を探しているところでね。お宅のお子様方にも、お願いしてよろしいかな?」
「ええ、もちろん。ただいま呼んで参りますので、少々お待ちを」

 そう言って王子らを応接室へ通すと、継母ままははは2階へ上がって姉たちとシンデレラを呼びつけた。

「来たぞ、例の嫁探し。お前ら、支度は万全か?」
「ま、一応は。メイクで結構、寄ったんちゃう?」
「んー、顔はそれなりに出来たけど……俺と伊まりじゃ、王妃様と身長差があり過ぎて厳しいよぉ。シンデレラが1番上手くいったんじゃない?」
「背格好もほぼ同じやしな。まるであの時のお姫様並みに似とるで」
「そ、そうでしょうか……。しかし身なりが……それに足のサイズとなると、見た目だけではカバーしきれないのでは……?」
「格好なんて気にするな。王子はどうせ顔と足しか見ちゃいない。靴に入りさえすれば、多少、合ってなくてもなんとかなるだろ」

 そうして香づきから順に、金の靴へ足を入れる作業が始まった。継母はそれを真横で監視さながらに見つめている。

「まずは貴方ですね。では、こちらをどうぞ」
「はぁい」

 早速、靴へ足を入れようとした香づきだが、どうやら靴が指のぶん小さく、まったく入る気配がない。数回の格闘の末、継母は香づきに近づき、囁いた。

「お前、城暮らしがしたいって言ってたよな? これで嫁になれたら叶うぞ」
「でも和泉ぃ、指がつっかえて入らないんだよぉ!」
「そうか……なら、ちょっとトイレ行ってくるフリして指落として来い」
「はぁ!? マジで言ってんの!? そんなこと出来るわけないでしょ!」
「大丈夫だろ。姫にさえなれば、指くらい無くても生きていける」
「ええ……そんなむちゃくちゃな……」
「いいから早く行け」

 継母による威圧と城暮らしの誘惑に負けた香づきは、仕方なく足の指を切断するというクレイジーなことを成し遂げ、激しい痛みに脂汗あぶらあせを滲ませつつ王子達の元へ戻って来た。

「も、もう一度試してみてもよろしいでしょうか……?」
「ええ、どうぞ」

 そうして再挑戦した香づきは、見事、金の靴を履くことに成功した。

「おお! ぴったりじゃないですか! この方が王子の探していらした姫なんですね!」
「うーん……確かにぴったりだ……。しかし、どう見ても朱理しゅりじゃないぞ」
「朱理様じゃないことくらい、いい加減受け入れて下さい! この靴を履けた方と結婚なさると、王子がおっしゃったんでしょう! 言っておきますが、既に出された御触おふれは撤回できませんからね!」
「わ、分かったよ……仕方ないな……。ではマドモアゼル、私と共に城へ参りましょうか」
「は、はい!」

 そうして王子の手を借りて立ち上がった香づきだが、余りの激痛に歩くこともままならない。一歩を踏み出すにも恐る恐るの有様ありさまだ。怪訝に思った王子が、香づきの様子をうかがう。

「どうかされましたか? ご気分でも?」
「……っ、いえ……なんでも、ありません……ッ」

 側近がふと足元を見ると、なんと香づきの靴から大量の血があふれているのに気付いた。

「待ってください王子! その方の足……っ!」
「足? うわっ! ちょ、血まみれじゃないですか!」
「……まさか、靴を履くためだけに足の指を……?」
「えぇっ!? なんて恐ろしいことを……」

 ドン引きする王子たちに、継母は目論見失敗に舌打ちして眉をひそめる。貧血と激痛に意識が朦朧とする香づきは、あっさり偽物であるとバレてしまったのだった。

「ああ、びっくりした……。まったく……とんでもないことするな……。ともかく、この方は違いますね。他にいらっしゃいますか?」
「ええ。ほら、出て来い」
「は、はーい……」

 すぐさま医者へ連れていかれた香づきを見てしまった伊まりは、嫌な予感しかしないままに靴の前へと押し出された。

「では、どうぞお試し下さい」
「……ん? あれ、これいけそう?」

 難なくつま先が入り、後はかかとを残すのみというところで、継母と伊まりの期待値は跳ね上がる。が、そこから一向に進まなくなってしまった。あと少しなのだが、かかとがどうしても入らないのだ。
 奮闘する伊まりに、またもや継母が耳打ちする。

「あと少しなんだろう? なら、少しげば良いじゃないか」
「アホ言うな! んなことできるか! さっきの大惨事、お前も見たやろが!」
「あれは指を落とした上に止血をおこたったからだ。お前はほんの少しけずれば良いだけだから、そう酷いことにはならないだろ。多少の出血は靴下で隠せる」
「嘘やろ、まじか……。いくら残酷話とはいえ、ホンマにやらす……?」

 伊まりも継母の威圧と、ほんの少しという甘い考えにより、かかとを削るという暴挙に出たのだった。少しとは言え、当然ながら痛いものは痛い。香づきと同様に脂汗を滲ませつつ、再び金の靴へと足を入れた。するりとおさまった姿に、王子らも感嘆している。

「おお……すんなり入った! 貴方があの時の姫だったのですね! 少し背が低い気もするが……うん、誤差の範疇だ!」
「は、ははは……そりゃ良かった……」

 すっかりその気になっている王子の横で、先ほどの件を忘れていない側近は伊まりの足元を注意深く観察していた。
 王子らがいざ馬車へ乗り込もうとしたその時、側近がハッとして声を上げる。

「お待ち下さい!」
「なんっだよもー! この人はすんなり入ったじゃないか!」
「いやいや、よく見て下さいよ! じわじわ血が滲んでるじゃないですか!」
「えっ!? またぁ!?」
「まったく……無駄に目端めはしく側近だな、鬱陶しい」
「あー……やっぱ無理があるわなぁ……」

 案の定、薄い靴下ごときでは誤魔化せなかった出血は、かかとから滲み出て太ももにまでたっしようとしていた。
 またもや偽物とばれてしまい、伊まりも医者へ連れていかれたのだった。
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