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1章
5【同病相憐れむ】
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「ナナちゃんさぁ、そろそろ郡司と付き合っちゃえば?」
「……なんだよ、藪から棒に」
とある日の夜。久し振りに帰宅の重なった丹生と神前は、麻布の個室居酒屋へ来ていた。
「だって、俺の所と違って相手に不足無いじゃん。本当はもう、とっくに郡司のこと好きになってるんじゃないの?」
「とんでもない勘違いしてるぞ。今も昔も、まったく好きじゃない。良い奴だとは思うがな。お前と同じで、職場で公私混同したくないんだよ」
「なに言ってんのさ。してるでしょうが、すでに思いっきり」
「……お前相手に、誤魔化しは無意味だよな……」
神前は手元のグラスを傾け、見透かされている事に苦笑を漏らした。
「そーだよ。上司絡みで厄介なのは俺らだけ。こんな話、他所じゃ絶対できないっしょ」
「まぁな。そう言うお前はどうなってるんだよ。毎週、何時間も言い寄られてるくせに、よく12年も躱し続けられるな。俺だったら気が狂うわ」
「ははっ! 俺、ドMですから」
丹生のドヤ顔に、神前は声を立てて笑った。
この2人は抱えている問題が似ているせいか、自然と距離が縮まった同胞に近い関係だ。今のようなデリケートな話を持ちかけられるのは互いしかおらず、複雑な事情や心情を認識し合っている。
「ぶっちゃけ、自分でもよく分かんないんだよなー。長門と付き合うなんて有り得ないけど、だからってあの人とどーこーなるってのは、さすがになぁ……。下手に首突っ込むと、マジでシャレになんないんだもん」
「俺としちゃ、あの人が落ち着いてくれるなら、是非ともどうこうなって貰いたいんだがな。とばっちりでパワハラ受けるの、いい加減しんどいんだよ」
「わぉ、お墨付きもらっちゃったよ。でも、そしたらナナちゃん、余計に辛くなるんじゃないの? 郡司に興味無いなら、いっそナナちゃんがあの人に告白したら?」
「やめろ、それこそ今更だろ。あの人は最初から俺なんて見てないし、俺ももう何とも思ってない。面倒になったからって、こっちに押し付けるな」
「ごめん、ごめん、言い方が悪かった。そんなつもりじゃないよ。たださ、俺としては一刻も早く、お前には幸せになって欲しいワケ。お互い、明日も知れない身だろ?」
「それを言うならお前もだろ。俺だって、お前には早く楽になって欲しいと思ってるんだぞ」
「ありがと、俺は平気だよ。でもお前は違う。俺の何倍も危ない現場に行かされて、いつ死ぬような目にあっても不思議じゃない。求めてくれる真面な相手が居るんだから、応えても損はしないでしょ。別に、本気で恋してなきゃ付き合っちゃいけないワケでもないしさ」
「……善処はしてるさ、少しずつな」
覇気のない答えに、丹生はふっと小さく息を吐いた。
神前の気持ちはよく解る。けれど、もどかしいのだ。甘受してもいい幸福を、無駄にして欲しくない。
「簡単に割り切れないのは分かる。でも、この止まったままの時間が、すごく勿体ないと思うんだ。俺たちが五体満足で定年を迎えられる可能性は、一般人より遥かに低いんだから。今やれる事、やりたい事をしたほうが、きっとずっと楽になれるよ」
困ったように微笑む丹生を見て、神前は以前、全く同じ顔を見たのを思い出した。
それは、自分の現状に強い影響を及ぼした事件が起きた頃の話だ。
◇
11年前。丹生たちは駆け出しの新人調査官だった。所属はキド班、当時の花形班だ。
班長は城戸 秀成、同班の更科は部長補佐を務めていた。2人は大学の同期で、入庁前から親友だったらしい。
城戸は豪快で大胆、質実剛健な好漢で、リーダーに相応しい人格者であり、任務成績もトップクラスだった。
更科は若くして部長補佐に上り詰めた実力と、非の打ち所の無い完璧な容姿とスタイルで誰からも一目置かれており、「次期部長は城戸か更科だろう」ともっぱらの評判だった。
神前と郡司は順調にバディ仲を深めていたが、「一人前になるまで仕事に集中したい」という神前の申し出で、恋人関係には至っていなかった。しかし実の所、それは真っ赤な嘘だった。
神前は郡司に対して、恋愛感情など欠片も持っていなかったのだ。バディと上手くやるのも、成績査定に有利だと考えた損得勘定だった。
当時の神前は少々、傲慢なほどの野心家で、更科に強く心酔し、憧れ、焦がれていた。しかし、更科は丹生の育成にかかりきりで、神前の事など全く耳目に入っていなかった。
班長の城戸に認められれば、更科も少しは自分に目を向けてくれるだろうと信じ、ひたすら成績向上に邁進した。
ある日、カップルでの潜入調査に神前が駆り出される事になった。相手役は城戸で、ベテランと共に現場経験を積む目的で回ってきた仕事だ。
珍しい事ではなく、丹生など入庁してひと月も経たないうちから現場へ放り出され、更科に引っ張り回されていた。
ようやく自分にも本格的な現場調査ができるチャンスが巡ってきたと、神前は喜びとやる気に満ちていた。
神前のクロス任務は目標以上の成果を上げ、城戸はますます彼を重宝するようになった。国外任務をこなすようになってからは、城戸と共に中期の潜入をする事も増えていった。
国内は更科と丹生、国外は城戸と神前がペアで動くケースが多くなり、丹生と神前は新進気鋭のクロスとして名を揚げていた。しかし、それは神前の真の目的とは正反対の方へ向かっていた。
数ヶ月が過ぎ、着々と実務経験を積んでいるかに思えたが、日を追うごとに神前は窶れ、城戸への接し方に妙な違和感が出はじめた。
最初に気付いたのは更科だ。神前をオフィスに呼び出し、「何か困っている事があるんじゃないのか」と問いただしたところ、とんでもない事態が発覚した。
神前が「城戸班長から肉体関係を強いられている」というニュアンスの話を、卒倒しそうに青ざめながら零したのだ。
こんな職場だ、惚れた腫れたは日常茶飯事だ。しかし、あくまで合意の上での話であり、無理強いは絶対的禁忌である。
これに激怒した更科は、即座に部長と局長へ報告した。城戸は上官らに呼び出され、事情を問われたが肯定も否定もせず、ただ沈黙した。
更科が殴っても、部長が宥めても、局官が賺しても、査問委員会にかけられてさえ、一貫して黙秘を続けた。
神前も更科に話した以上の事は口にしようとせず、ただ「申し訳ありません」と繰り返すばかりだった。
決定的な証拠は無かったが、城戸が否定しない以上、無視する訳にもいかず、結果的に城戸は出入国在留管理庁へ出向──事実上の左遷となり、一応の解決を見た。
特別局の信用と神前の心情を考慮して、この一件は完全秘匿とされ、関係者には箝口令が敷かれた。
神前にとって、これは想定外の事件となった。ここまで話を大きくするつもりなど、まったく無かったのだ。少しばかり更科の気を引きたかった、ただそれだけだった。
城戸が去った後、すっかり意気消沈してしまった更科に、かける言葉も無かった。長年の友情と信頼を思わぬ形で裏切られ、明確な理由も聞けずに別離を味わう事になった彼の苦衷は、全て自分のせいなのだ。
オフィスへこもり、雨の叩き付ける窓に向かって座る更科の後ろ姿を、ただ見つめる事しか出来なかった。
そんな時、更科の隣へ寄り添っていたのが丹生だった。
黙って傍に立っていた丹生の袖を摘んだ更科の手は震えていて、それに気づいた丹生は困ったように微笑み、もたれかかってきた更科の頭を優しく抱いていた。「心配ないよ」と繰り返しながら。
その光景を目にしたとき、神前は激しく嫉妬すると同時に、己の浅はかさを嫌というほど思い知らされたのだ。
(こんなはずじゃなかった……。自分さえ、もっとしっかり考えていれば……。もっと上手くやっていれば……。もっと、もっと……)
神前は己の過ちを責めて、責めて、責め抜いた。
以来、神前は郡司を完全に遠ざけたのだ。「こんなに汚い心と体では、お前に相応しくない。もっと良い人を見つけてくれ」と。
◇
眼前のグラスの中で、氷が乾いた音を立てて崩れた。
「……分かってる。俺だって、無駄も無益も嫌いだからな」
「なら良いけど。もう時効だよ、とっくにね。自分で蒔いた種は、必ず自分で刈り取らなきゃいけないなんて事はないんだ。時間と共に枯れる事も、他人が刈ってくれる事もあるのさ」
神前はほんの少し眉をひそめたが、苦く笑って視線を落とした。
「こんな俺を、責めるどころか赦してくれるなんてな。お前は良い奴だよ、本当に」
「光栄至極、お互い様だろ。な、親友」
湿っぽい空気を打ち消すように、丹生は酒を一気に干した。空のグラスをテーブルへ置くと、打って変わった明るい声を上げる。
「ところで俺さぁ、いっそ全然関係ないヤツと付き合うとかどうよ? 例えばー……巴山とか?」
「やめとけ、消される。これ以上、局内で揉めると、やりにくくなるのは自分だぞ」
「ですよねー。あんな善人、巻き込むのも可哀想だし。はーあ、どうしよー……」
「いい加減、サイコパスかソシオパスか、腹くくって選べよ」
「ひっど! 友達に言う台詞かね、それ!」
「仕方ないだろ。お前はそういう人種を惹きつける性分だ、諦めろ」
丹生はテーブルへ突っ伏し、力の無い呻き声を上げた。
「んな事、嫌っつーほど分かってるけどさぁ……。どっちに転んでもお先真っ暗じゃねぇかぁ……。因みに、ナナちゃんならどっち?」
「どっちも御免だわ。もし俺がお前の立場なら、しっぽ巻いて逃げ出す。そりゃもう一目散に、脱兎の如くな」
部屋に丹生の弾けるような笑い声が響く。神前は丹生の笑いがおさまると、ソファに背を沈めながら軽い声で言った。
「ま、なる様にしかならないなら、身を任せておけば良いんじゃないのか。勝手にどうにかなる事もあるんだろ?」
「……うん、そうだね」
自分の言葉をそっくり返され、丹生は少し恥ずかしそうに笑った。
そうして、悩み多き調査官の夜は更けていくのであった。
「……なんだよ、藪から棒に」
とある日の夜。久し振りに帰宅の重なった丹生と神前は、麻布の個室居酒屋へ来ていた。
「だって、俺の所と違って相手に不足無いじゃん。本当はもう、とっくに郡司のこと好きになってるんじゃないの?」
「とんでもない勘違いしてるぞ。今も昔も、まったく好きじゃない。良い奴だとは思うがな。お前と同じで、職場で公私混同したくないんだよ」
「なに言ってんのさ。してるでしょうが、すでに思いっきり」
「……お前相手に、誤魔化しは無意味だよな……」
神前は手元のグラスを傾け、見透かされている事に苦笑を漏らした。
「そーだよ。上司絡みで厄介なのは俺らだけ。こんな話、他所じゃ絶対できないっしょ」
「まぁな。そう言うお前はどうなってるんだよ。毎週、何時間も言い寄られてるくせに、よく12年も躱し続けられるな。俺だったら気が狂うわ」
「ははっ! 俺、ドMですから」
丹生のドヤ顔に、神前は声を立てて笑った。
この2人は抱えている問題が似ているせいか、自然と距離が縮まった同胞に近い関係だ。今のようなデリケートな話を持ちかけられるのは互いしかおらず、複雑な事情や心情を認識し合っている。
「ぶっちゃけ、自分でもよく分かんないんだよなー。長門と付き合うなんて有り得ないけど、だからってあの人とどーこーなるってのは、さすがになぁ……。下手に首突っ込むと、マジでシャレになんないんだもん」
「俺としちゃ、あの人が落ち着いてくれるなら、是非ともどうこうなって貰いたいんだがな。とばっちりでパワハラ受けるの、いい加減しんどいんだよ」
「わぉ、お墨付きもらっちゃったよ。でも、そしたらナナちゃん、余計に辛くなるんじゃないの? 郡司に興味無いなら、いっそナナちゃんがあの人に告白したら?」
「やめろ、それこそ今更だろ。あの人は最初から俺なんて見てないし、俺ももう何とも思ってない。面倒になったからって、こっちに押し付けるな」
「ごめん、ごめん、言い方が悪かった。そんなつもりじゃないよ。たださ、俺としては一刻も早く、お前には幸せになって欲しいワケ。お互い、明日も知れない身だろ?」
「それを言うならお前もだろ。俺だって、お前には早く楽になって欲しいと思ってるんだぞ」
「ありがと、俺は平気だよ。でもお前は違う。俺の何倍も危ない現場に行かされて、いつ死ぬような目にあっても不思議じゃない。求めてくれる真面な相手が居るんだから、応えても損はしないでしょ。別に、本気で恋してなきゃ付き合っちゃいけないワケでもないしさ」
「……善処はしてるさ、少しずつな」
覇気のない答えに、丹生はふっと小さく息を吐いた。
神前の気持ちはよく解る。けれど、もどかしいのだ。甘受してもいい幸福を、無駄にして欲しくない。
「簡単に割り切れないのは分かる。でも、この止まったままの時間が、すごく勿体ないと思うんだ。俺たちが五体満足で定年を迎えられる可能性は、一般人より遥かに低いんだから。今やれる事、やりたい事をしたほうが、きっとずっと楽になれるよ」
困ったように微笑む丹生を見て、神前は以前、全く同じ顔を見たのを思い出した。
それは、自分の現状に強い影響を及ぼした事件が起きた頃の話だ。
◇
11年前。丹生たちは駆け出しの新人調査官だった。所属はキド班、当時の花形班だ。
班長は城戸 秀成、同班の更科は部長補佐を務めていた。2人は大学の同期で、入庁前から親友だったらしい。
城戸は豪快で大胆、質実剛健な好漢で、リーダーに相応しい人格者であり、任務成績もトップクラスだった。
更科は若くして部長補佐に上り詰めた実力と、非の打ち所の無い完璧な容姿とスタイルで誰からも一目置かれており、「次期部長は城戸か更科だろう」ともっぱらの評判だった。
神前と郡司は順調にバディ仲を深めていたが、「一人前になるまで仕事に集中したい」という神前の申し出で、恋人関係には至っていなかった。しかし実の所、それは真っ赤な嘘だった。
神前は郡司に対して、恋愛感情など欠片も持っていなかったのだ。バディと上手くやるのも、成績査定に有利だと考えた損得勘定だった。
当時の神前は少々、傲慢なほどの野心家で、更科に強く心酔し、憧れ、焦がれていた。しかし、更科は丹生の育成にかかりきりで、神前の事など全く耳目に入っていなかった。
班長の城戸に認められれば、更科も少しは自分に目を向けてくれるだろうと信じ、ひたすら成績向上に邁進した。
ある日、カップルでの潜入調査に神前が駆り出される事になった。相手役は城戸で、ベテランと共に現場経験を積む目的で回ってきた仕事だ。
珍しい事ではなく、丹生など入庁してひと月も経たないうちから現場へ放り出され、更科に引っ張り回されていた。
ようやく自分にも本格的な現場調査ができるチャンスが巡ってきたと、神前は喜びとやる気に満ちていた。
神前のクロス任務は目標以上の成果を上げ、城戸はますます彼を重宝するようになった。国外任務をこなすようになってからは、城戸と共に中期の潜入をする事も増えていった。
国内は更科と丹生、国外は城戸と神前がペアで動くケースが多くなり、丹生と神前は新進気鋭のクロスとして名を揚げていた。しかし、それは神前の真の目的とは正反対の方へ向かっていた。
数ヶ月が過ぎ、着々と実務経験を積んでいるかに思えたが、日を追うごとに神前は窶れ、城戸への接し方に妙な違和感が出はじめた。
最初に気付いたのは更科だ。神前をオフィスに呼び出し、「何か困っている事があるんじゃないのか」と問いただしたところ、とんでもない事態が発覚した。
神前が「城戸班長から肉体関係を強いられている」というニュアンスの話を、卒倒しそうに青ざめながら零したのだ。
こんな職場だ、惚れた腫れたは日常茶飯事だ。しかし、あくまで合意の上での話であり、無理強いは絶対的禁忌である。
これに激怒した更科は、即座に部長と局長へ報告した。城戸は上官らに呼び出され、事情を問われたが肯定も否定もせず、ただ沈黙した。
更科が殴っても、部長が宥めても、局官が賺しても、査問委員会にかけられてさえ、一貫して黙秘を続けた。
神前も更科に話した以上の事は口にしようとせず、ただ「申し訳ありません」と繰り返すばかりだった。
決定的な証拠は無かったが、城戸が否定しない以上、無視する訳にもいかず、結果的に城戸は出入国在留管理庁へ出向──事実上の左遷となり、一応の解決を見た。
特別局の信用と神前の心情を考慮して、この一件は完全秘匿とされ、関係者には箝口令が敷かれた。
神前にとって、これは想定外の事件となった。ここまで話を大きくするつもりなど、まったく無かったのだ。少しばかり更科の気を引きたかった、ただそれだけだった。
城戸が去った後、すっかり意気消沈してしまった更科に、かける言葉も無かった。長年の友情と信頼を思わぬ形で裏切られ、明確な理由も聞けずに別離を味わう事になった彼の苦衷は、全て自分のせいなのだ。
オフィスへこもり、雨の叩き付ける窓に向かって座る更科の後ろ姿を、ただ見つめる事しか出来なかった。
そんな時、更科の隣へ寄り添っていたのが丹生だった。
黙って傍に立っていた丹生の袖を摘んだ更科の手は震えていて、それに気づいた丹生は困ったように微笑み、もたれかかってきた更科の頭を優しく抱いていた。「心配ないよ」と繰り返しながら。
その光景を目にしたとき、神前は激しく嫉妬すると同時に、己の浅はかさを嫌というほど思い知らされたのだ。
(こんなはずじゃなかった……。自分さえ、もっとしっかり考えていれば……。もっと上手くやっていれば……。もっと、もっと……)
神前は己の過ちを責めて、責めて、責め抜いた。
以来、神前は郡司を完全に遠ざけたのだ。「こんなに汚い心と体では、お前に相応しくない。もっと良い人を見つけてくれ」と。
◇
眼前のグラスの中で、氷が乾いた音を立てて崩れた。
「……分かってる。俺だって、無駄も無益も嫌いだからな」
「なら良いけど。もう時効だよ、とっくにね。自分で蒔いた種は、必ず自分で刈り取らなきゃいけないなんて事はないんだ。時間と共に枯れる事も、他人が刈ってくれる事もあるのさ」
神前はほんの少し眉をひそめたが、苦く笑って視線を落とした。
「こんな俺を、責めるどころか赦してくれるなんてな。お前は良い奴だよ、本当に」
「光栄至極、お互い様だろ。な、親友」
湿っぽい空気を打ち消すように、丹生は酒を一気に干した。空のグラスをテーブルへ置くと、打って変わった明るい声を上げる。
「ところで俺さぁ、いっそ全然関係ないヤツと付き合うとかどうよ? 例えばー……巴山とか?」
「やめとけ、消される。これ以上、局内で揉めると、やりにくくなるのは自分だぞ」
「ですよねー。あんな善人、巻き込むのも可哀想だし。はーあ、どうしよー……」
「いい加減、サイコパスかソシオパスか、腹くくって選べよ」
「ひっど! 友達に言う台詞かね、それ!」
「仕方ないだろ。お前はそういう人種を惹きつける性分だ、諦めろ」
丹生はテーブルへ突っ伏し、力の無い呻き声を上げた。
「んな事、嫌っつーほど分かってるけどさぁ……。どっちに転んでもお先真っ暗じゃねぇかぁ……。因みに、ナナちゃんならどっち?」
「どっちも御免だわ。もし俺がお前の立場なら、しっぽ巻いて逃げ出す。そりゃもう一目散に、脱兎の如くな」
部屋に丹生の弾けるような笑い声が響く。神前は丹生の笑いがおさまると、ソファに背を沈めながら軽い声で言った。
「ま、なる様にしかならないなら、身を任せておけば良いんじゃないのか。勝手にどうにかなる事もあるんだろ?」
「……うん、そうだね」
自分の言葉をそっくり返され、丹生は少し恥ずかしそうに笑った。
そうして、悩み多き調査官の夜は更けていくのであった。
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