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5章
49【事務飲酒と擬似酩酊】
しおりを挟む「それでは会議を始めます。任務以外の欠席者はいますか?」
午前10時。その日、いつものごとくアグリ班合同報告会議が開かれていた。メンバー全員が揃うとは限らないため、議長は毎回、持ち回りである。
今回の議長、小鳥遊がぐるりと室内を見渡す。ぽつぽつと空席が目立ち、小鳥遊は任務予定表を見ながら問うた。
「阿久里は? 予定ではもう戻ってるはずなんだけど」
「班長はまだ欧州です。調査ついでに親族の方々へ挨拶に行くそうで、帰国は1週間ほど伸びそうだとおっしゃってました」
素早く相模が挙手して答えると、小鳥遊は「了解」と頷いた。
「あそこらへんは無駄にテロ組織多いからなー。しっかし、寒国に中期滞在とは災難だよな。いくら身内いるからってキツすぎ」
「そう思うんなら変わってやれよ、辻」
「絶対ヤだ。つーか無理だし、俺ユーバじゃなくてハッカーだし。そういう棗がやれ。てかさ、阿久里ってやたら欧州の任務多いよな。ハーフって得することも多い反面、こういう時は損だよなー」
ふと、土岐が怪訝そうな声を上げた。
「今朝は特に外勤が多いですね。神前さんは昨日から出張で、郡司さんは酒梨と設楽連れて任務中だし、羽咲さんは相変わらず帰ってこないし……あれ? 丹生さんは? この時間に居ないって珍しくないですか?」
朝夷が「ああ」と土岐を振り返った。
「多分まだ新宿。いつもはもう少し早いんだけど、アフターかな。そろそろ戻るはずだけどね」
「そういえば潜入で不定期バイトしてるんでしたね」
「丹生さんって、どんな店で何について調べてるんですか?」
相模と土岐の問いに、朝夷は配られた資料をめくりながら答える。
「最近、出茂会の枝が仕入れてる武器のルート調査。そこがさばいてる新型麻薬の件も含めて、サパーの店員やりながら探ってる。大陸系の組織と繋がってる可能性があるらしくてね。ここのところ連日シフトだから、毎朝べろべろになって帰ってきて、夕方まで爆睡してるよ」
辻が顔をしかめて「うわぁ」と呻く。
「それ、海外飛び回るよりしんどくね? あいつって、取っ付きにくい美形なくせにノリ良くてギャップ萌えするし、やたら酒に強いのも仇になってるよなー」
出茂会は日本帝国最大の指定暴力団で、全国に支部や傘下を多く置いている。半月前、横浜を仕切る二次団体が大量の銃器や爆薬などを買い付けているとの情報を得た。そこで駆り出されたのが丹生だ。
入庁前に丹生が働いていたのが、出茂会と繋がりのある件のサパー・クラブ『AL』で、入庁後も不定期でスタッフを続け、情報収集をおこなっているのだ。
棗がボールペンを回しながら、思い出したように声を上げる。
「そう言えば、あいつが繋がってる出茂会のオヤジ、執行部に昇格したんだったか。吉原のアガリが相当デカかったみてぇだな。今や、吉原警察も完全にヤツらの腹ン中だし、結構なやり手だぜ」
「ああ、今や本部長だとさ。10代からの付き合いらしいけど、先見の明でもあるのかな、あの子」
「しかしアレだろ? その幹部ってゴリゴリの武闘派のくせに、やたら頭のキレるオッサンなんだろ。よく身バレせずにやってこれてるよなー。まじで年上転がしの天才だわ」
丹生がまだ大学在学中、小遣い稼ぎに『AL』でホールスタッフをしていた時、たまたま接客して気に入られたのが、先ほどから話題にのぼっている幹部、逢坂 吉平だった。逢坂は当時、吉原を仕切る晋和会の会長を務めていた。先ごろ、晋和会の跡目を子分の若頭に譲り、最高幹部の末席に加わった大物である。
棗、朝夷、辻がそんな話をしていると、派手な音を立ててオフィスラウンジのドアが開き、千鳥足の丹生が陽気に挨拶しながら入って来た。
「ういーす。ただいま戻りましたーぁ」
「お疲れ様、璃津君。大丈夫?」
笑顔で迎える小鳥遊に片手を上げて答え、足元のおぼつかない状態でソファへ倒れ込むのを、朝夷が優しく受けとめている。
「丹生さん、ストリート系もめちゃくちゃ似合うなぁ」
「カッコ可愛い! 同い年くらいに見える!」
「異性装じゃなくても凄いお洒落。見応え半端ないわー。雑誌に載ってても不思議じゃない」
黒のレザージャケットに黒無地のロングTシャツ、ダメージ加工のスキニージーンズ、ハットにショートブーツという、あまり見ることのない潜入用の私服姿に、研修官たちがざわつく。
「りっちゃん、水飲む?」
「ブラックがいい、甘めの氷たっぷりで」
「胃を痛めるよ。せめてミルク入りにしたら?」
「ヤダ! 今そんなの飲んだら吐く!」
朝夷の気遣いを一蹴する丹生に、小鳥遊も柔らかい声をかけた。
「璃津君、休んでも良いんだよ。今日はメンバーも少ないし、さして重要事項は無いはずだから。無理しないで」
「優しいねぇマコさん、ありがとねぇ。大丈夫、平気だから続けてー。って、うわっ! 俺めっちゃタバコ臭っ! あははは!」
一応、聞かれたことにはきちんと返答しつつも、脈絡なく笑い始める。完全な酔っ払いの様相は、早朝のオフィスラウンジには非常に不釣り合いながらも微笑ましく、場の空気を和ませていた。
「はい、コーヒー。こぼさないように気をつけて」
「ありがと。帽子持ってて。ねー、俺すごい臭いよねー、引くレベルだよねー」
「全然、臭くないよ。今日もすごく可愛い」
コーヒーを受け取ると、代わりに自分のハットを朝夷の頭へ乗せ、ヘラヘラとご機嫌である。そんな丹生に、研修官たちは驚いたり見蕩れたりと忙しい。
「完全にへべれけだな……。アレで会議の内容、頭に入るのか?」
「受け答えちゃんとしてるし、大丈夫なんじゃない? もし駄目でも、後で朝夷さんから聞くでしょ」
「丹生さん、笑い上戸なんだな。酔い方まで愛らしい!」
「っていうか朝夷さん、ハット被ると何かのボス感がやばいな……」
朝夷の膝の上で丸くなりながらも、資料はちゃんと見ているあたりは流石と言える。が、合間合間に朝夷へちょっかいをかけていた。
「長門のほっぺ、ぷにぷにー。お鼻高いねぇ、まつげ長いねぇ。綺麗なおめめちゃん。お前はホントにいけめんだなぁ」
「褒めてもらえて嬉しいけど、今は静かにしていようね。こーら、ネクタイ引っ張らないで、苦しいでしょ」
「うぅーん……シャワー浴びたい……」
「駄目だよ、お酒飲んだら入浴禁止。体に悪いから」
「分かってるもん! うるさいなー、もー! 保護者か!」
「暴れないで、落ちちゃうよ」
会議も中盤を過ぎた頃、朝夷を褒め倒したかと思えばバシバシと叩いたり、にわかに騒ぎ始めた丹生と、普段は丹生馬鹿な朝夷の落ち着き払ったあしらいように、皆の意識が根こそぎ持っていかれる。
辻はソファの背もたれに頭を乗せ、丹生を見て愉快そうに笑った。
「30過ぎて〝もん〟使って許されるの、璃津くらいだよなぁ。朝夷さんにすっぽりおさまってんのが可愛いー、ぬいぐるみみてぇ。璃津のぬい欲しーな。作ろうかな」
「あそこまで酔ってんの、久々に見たわ。くそ、朝夷と代わりてぇ」
「棗、せめて敬称付けるボーダーラインだけは守ろうぜ」
「璃津、無理しなくて良いから、もう仮眠室へ行こう」
「あー、しーなさんだぁー。今日もかぁいいねー。チューして、チュー」
「あっ、ちょ……な、何を……っ!?」
見かねた椎奈が近寄ると、丹生は満面の笑みで抱きついてキスの雨を降らせている。
「こらこら、やめときなさい! 椎奈は免疫ないから! 恥ずか死にそうになってるから!」
「璃津、チューなら俺にしろよ」
「どさくさに紛れてんじゃないぞ、棗。あっち行け」
「うるせぇな、てめぇがどっか行け」
「おいおい、誰に喧嘩売ってるか分かってるのかい、クソガキ君。もしかして、羨ましすぎて余裕ないのかな?」
動転した椎奈が目を回しかけ、慌てて朝夷が引き離す。すると、いつの間にか寄ってきていた棗が大人気ない小競り合いを始めた。
皆が丹生に振り回され、心配やら興味やらで会議どころではなくなっている。予想通りの展開に、小鳥遊は「やれやれ」と困った笑顔で嘆息した。
「丹生さんって、酔うとキス魔になる人なのかな……」
「いや、あれでもしっかり意識あるし、ぜんぶ覚えてるんだよ。絡むのはクロスにだけって自制してるし、理性もちゃんとあるからね」
「クロスが羨ましいこと、このうえない!」
小鳥遊の返答に、相模と土岐が羨望の声を揃えた。
「さて、縁もたけなわということで、これにて会議は終了します。皆さん、資料を返却後、退席して下さい」
アグリ班の良心、小鳥遊の号令で会議は終了となり、研修官たちが資料を集めて回り始めた。朝夷は前かがみになって顔を寄せ、優しく問う。
「りっちゃん、仮眠室いく?」
「いくー。運んでー」
「了解。じゃ、お先に」
丹生をお姫様抱っこして立ち上がった朝夷は、舌打ちする棗を笑顔で見下ろして会議室を後にした。
◇
ぐったりと朝夷の胸に頭を預け、丹生は疲労困憊で溜め息をつく。
「大丈夫?」
「……ぜんっぜん大丈夫じゃない……。まじで肝臓ぶっ壊れそー……。歳には勝てねーよな……ヘパとウコン必須だわ」
「ほとんど寝てないんでしょ? まだ調査かかりそうなの?」
「んーん、もうちょっと。明日……ってもう今日か……逢坂さん、取引き先の代表と食事するって。同伴する予定だから、相手が確認できたら引き上げる。あんまり深追いしたくないし」
朝夷は不信感をあらわにして眉を曇らせた。
「よくそんな場に同伴取り付けられたね。なんか怪しくない?」
「まあ、無駄に付き合い長いから。コンパニオン代わりだってよ。下手に外注のオンナ呼ぶより、口の固さは信用あるらしいわ」
朝夷が目をすがめて「ふうん」と相槌を打つと、丹生は眉間を揉みながら続ける。
「それにしても、突然どうしたのかね出茂会は。どっかと揉めてるなんて話も聞かないのに、なんで武装強化しだしたんだろ」
「探りは入れてみたんでしょ?」
「ううん、昔から仕事の話はしないから、情報らしいモンはほとんど聞けてない。逢坂さんが直接、絡んでるわけじゃないのは確かだけど……。相手さえ分かれば、何かしら見えてくるかもな」
「そう……。単騎潜入は本当に危ないから、くれぐれも気をつけて。ちゃんと社用携帯も持って行くんだよ」
「分かってる」
朝夷は一抹の不安を覚えたが、ここで働く以上、危険は常に隣り合わせである。単独で高難度の任務に当たるなど、インテリジェンスの世界ではごく一般的だ。
「大好きだよ、璃津。体ふいてあげるから、ゆっくり休んで」
「うん、ありがと」
朝夷は優しく額に口付けて煩慮を追いやる。しかしこの後、何故もっと気を回さなかったのかと、激しく後悔することになるとは、夢にも思っていなかった。
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